週刊READING LIFE vol.217

マネジメントをしていると人の人生を変えてしまう可能性があることを、身をもって知った《週刊READING LIFE Vol.217》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/5/29/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
勤めている会社でマネジメントをするようになって9ヵ月が経過した。
学生時代を含めて誰かの上に立ったり、チームを率いたりした経験はまったくなかった。最初に上司から話をもらった時は、正直寝耳に水だった。
 
何度か断り、その度に説得され、1人でぐるぐると考え「自分の中になかった選択肢をやってみるのもアリなのか」という結論に至り、以降、プレイングマネージャーとしてチームを率いている。
 
プレイングマネージャーなので、チームのマネジメントもしているが、プレイヤーでもある。今までのように自身の担当先を持ちながら、加えて他のメンバーの様子を見たり、業務の進捗を確認しなければならない。
大変だろうなぁ、と思ってはいたものの、想像を遥かに超える大変さだった。自分で決めて受けた話ではあったが、後悔したこともあったし、私の器ではなかったかもしれないと何度も弱音も吐いた。実際に今でも「私が適任なのか?」と吐いてしまうことがある。
適任ではないかもしれないし、大変なことも多く精神的に弱ってしまうこともあるが、周りの上司や同僚、チームの部下たちに支えられながら、そして怒涛の業務量に追われていたら、あっという間に月日が経った。「もう9ヵ月か」という思いと「まだ9ヵ月しか経っていないのか」という思いが混じった心境であるが、とにかく目の前の業務をがむしゃらにこなしてきた9ヵ月だった。
 
年末あたりから、部署内の退職者が相次いだ。私が所属している営業部は、他の部署に比べて離職者が少なかった。というか、私が入社してからの5年間、退職者はいなかった。私が入社する前も、1人いただけだった。規模が大きくなり取引先が多くなるにつれて入社する人はいたものの、離職率は低かった。
それが年末から今年の夏(まさに今)にかけて、ドミノのように退職者が続いている。私のチームも例外ではなく、7人のチームから3人が退職、1人が産休に入ることにより、一気に3人になった。残った3人のうち1人も、他のチームに専念することになったので、実質2人になってしまった。
 
どうしよう、というのが率直な思いだった。今まで7人で手分けして担当していた取引先を、一気に半分以下の人数で回さなければならない。半分以下といっても2人だ。今まで通りの業務をしていると、どこかで限界がくる。いや、どこかなんて言わずとも、即刻限界がくることは、やってみなくても容易にわかった。
 
なんとかしなければ。
そう思って夏以降のチームについて考えを巡らせていたところ、新入社員が入ってきた。
彼は私よりも5歳年下の20代後半だ。営業経験はないものの、私のチームで活かせるスキルがあるということで採用となった。2人しかいなくなるチームなので、もし彼が戦力となってくれるなら、私ともう1人のメンバーにとっては想定していたよりも負担が減るし、とても有り難い話である。
 
どこの会社でも、入社したらまず「試用期間」があると思う。私が勤めている会社も例外ではなく、正規雇用までに最短3ヵ月、最長6カ月の試用期間が設けられている。業務内容自体は正規雇用と変わりはないのだが、その試用期間の中で「会社に合った人物なのか」だとか「一緒に働いていける人物なのか」ということを見極める。
 
そして私が教育係となり、指導を始めた。
といっても私だけが指導をするのではなく、会社について理解を深めてもらうために、最初の1カ月は会社が運営している直営店のシフトに入ってもらうことになった。そのため、最初の1カ月、私が直接指導することは特になかった。しかし、一応彼の上司にはあたるため、直営店の店長やマネージャーに近況を聞きに行くようにしていた。
 
しかし、どうも上手くいってなさそうだ。
「どんな感じですか? ちゃんとやってますか?」と話を切り出すと、必ず「うーん……、悪い子じゃないんだけど……」と返ってくる。どうやら、決して上手くはやっていないらしい。
 
まだ入社して1カ月の段階でそういう声が出てくるってどうなんだ? と思っていたが、その「うーん……」という意見は、私も接していくうちに段々とわかってきた。
 
まず、メモを取ることがほとんどない。取ったとしても、スマホで取るのだ。
 
別にスマホで取ることに関して問題はない。覚えられないくせにメモも取らないことに比べると格段に問題ない。ノートとペンが取り出せない状態でまで「スマホでメモを取るな!」と言うつもりもない。私もそういう状況下の時はスマホでメモを取ることはある。
 
私が問題視していたのは「スマホでメモを取っていたとしても他のことをしているように見られてしまう可能性がある」ということと、「人によってはスマホでメモを取られているというのが不快に感じる人もいる」ということだ。特に後者に関しては、年代や考え方の違いでそう感じる人が少なくない可能性が高い、と私は思っている。
 
前職も含めて、営業職で働き8年が経った。決して天職だと思って勤めてきたわけではないが、8年やってみて営業職にとって大事なのは「どれだけ売上を作れるか」ということより「どれだけ取引先に合わせられるか」ということだと思う。
性別、年代、その人の考え方や性格、話すテンション、使う言葉など、あらゆる要素をあらゆる角度から見極め、その人に応じた対応をしなければならない。ある取引先には最適な対応も、別の取引先では完全NGの場合もある。本当の自分はどうであれ、営業職は取引先に合わせて、まるで俳優のように演じ分けなければならない。
 
演じ分けるには、取引先を人間観察するように分析しなければならない。
スマホでメモを取ることを快く思わない人もいる一方、特に何も思わない人もいる。ただ、安牌な判断は「NGの人がいそうな言動はできるだけ避ける」というものだと思う。
そういった意味では、少々厳しいかもしれないが、彼が「スマホでメモを取る」という行動は慎んだ方が無難だ。
 
きっと、彼は直営店でもそういう言動を取ることが多かったのかもしれない。その上、入社1カ月が経つか経たないかという期間で、そういう良くない声が多い。少し雲行きが怪しい気がした。
 
それ以降も、私の出張に同行する際に遅刻をしてきたり、忘れ物をしたり、業務に問題があるというよりは勤務態度に問題がある言動が目についた。週報やレポートも「見直しました」という割に、文法的にどうも意味がおかしいところや誤字脱字が多く見受けられた。正直、彼に対しての信頼はほとんどなかったが、上司に相談すると「一度彼としっかり話をして向き合え」と言われたため、私も腹を括り、彼ともう一度真剣に向き合うことにした。
 
溜まりかねた私は彼を呼び出し、面談をした。私自身の経験をもとに、一度落ちた信頼を取り戻すのは、信頼を落とすことよりも格段に時間がかかるし、努力もしなければならないし、精神的にも擦り減る、という話をした。
 
というのも、私は現在勤めている会社で一度処分を受けている。
詳しい内容は差し控えたいのだが、4年前の出来事だった。若くて生意気だった、といえばそれまでなのだし、退職しても良かったのだが、当時の私は働き続けることを選んだ。社内では処分のことを知っている人もいれば、知らない人もいた。しかし、少なからず知っている人がいる以上、誰かが話せば知らない人も知っている人にいつでも変わり得る。処分を受けてからは、とにかくがむしゃらに働いた。すべては「信頼回復をしなければいけない」という思いだけだった。上司でなくとも、周りからは「常に『本当に反省しているのか』と監視されている」という思いで働いていた。
 
処分から半年経った面談の時、上司に「ちゃんと頑張って働いてくれてるって、わかってるから」と言われた。自業自得が招いた環境ではあったが、涙が出てきた。涙が出たものの、自分で「もう大丈夫」と思えることはなかった。その後もがむしゃらに働き続けた結果、1年前にマネージャーの打診を受けた。その時に初めて「ちゃんと働いたのが評価されたのかもしれない」とホッとした。それでも処分のことはこの4年、頭から離れたことはなく、働いている間はずっと頭の片隅にある。
 
彼はその話を驚いて聞いていた。
決して自慢できる実体験ではないし、できればこんな話は知らない人に対してあえてしたくはない。けれど、普通に指摘してもなかなか改善が見られない彼に対しては、これくらい激性の高い話をした方が響くのではないかと思った。そして、この話をきっかけに彼が変わってくれたら私はそれで良かった。
 
しかし、少なくとも私の目から見て、彼が変わったようには見えなかった。遅刻、週報の添付忘れ、文章の意味の通らなさ、誤字、その他私が教えた細かいこと。他の同僚がしていたら、特に何も思わないレベルのものもある。メールに資料の添付を忘れたり、誤字があったり、きっと何も思わない。でも、できれば話したくない実体験の話までしたのに、当週の週報を早速添付忘れでメールを送ってくる。
 
無駄だったか、と思った。
腹が立つというより、とても悲しくなった。
 
私は上司に電話し、事の経緯を話した。私の処分についても話したと伝えた。そして「私はきっと、もう彼と働けません。彼と一緒のチームで働ける気がしませんし、輪を乱される気がします」と言った。
上司は私が処分の話までしたことに驚いていた。決して誇れる話ではないし、しなくてはいけない話でもない。どちらかというと、言わない方がいい話である。
お前がそこまで話したのに無理やったなら、少なくともお前と一緒のチームで働くのは無理やな」と、上司は自分も一度面談をしてみると言ってくれた。そして、残り1カ月で改善が見られなかった場合は、退職してもらうという話で進めることになった。
 
試用期間は、会社や一緒に働く人材が合うかどうかをお互いに見極める期間だ。だから、彼を試用期間で「切る」という判断をすることは、会社として何ら問題はない。しかし、彼とは一緒に働けないという判断のもとは、私だ。私が彼と働ける気がしない、という一言から事が進んでいる。ものすごく端的に言ってしまうと、私がクビにしたのと一緒なのかもしれない。少なくとも、感覚的にはそのように感じる。
私の器が小さいのかもしれない、他の人だったら彼を上手く扱えたのかもしれない、という考えが頭をよぎる。これで良かったのだろうか、私の判断は正しかったのだろうか、いや、間違っていたのかもしれない。そんな思いがぐるぐると頭の中を占領していく。
 
マネジメントは、本当に難しい。自分のことだけを考えるだけではダメなのだ。メンバーの状況や、様々なものを見て判断しなければならない。チームが良くなるように課題を見つけ、改善し続けなければならない。
 
チームが良くなるための1つに、チームメンバーの構成も挙げられる。今回、彼をチームから外す判断も、そのうちの1つなのだと思う。そうはわかっていても、やはり自分がもう少し……という思いは拭いきれない。
 
今のポジションは、人の人生を変えてしまう可能性がある。良い方向に変えるかもしれないし、悪い方向に変えてしまうかもしれない。これも繰り返すたびに麻痺して、普通になってしまうのだろうか。それでも当分、この感覚には慣れそうにない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。コロナ禍で当時付き合っていた彼氏に振られ、見返すために自分磨きを開始し、その一環で2021年10月開講の天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、振られた頃には想像もしていなかった方向に進もうとしている。WEB READING LIFEにて連載企画『こじらせ女子図鑑』を連載開始予定。

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2023-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.217

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