週刊READING LIFE vol.223

ランダムなAIがくれる感情は時を超えて《週刊READING LIFE Vol.223 AI時代に、私たちは何を書く?》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/7/10/公開
記事:河瀬佳代子(REEADING LIFE編集部公認ライター)
 
 
あまり時代の最先端には飛びつかない性格である。
新しいものが世に出たてのときはどんなものかわからなかったり、使いづらかったりするもので、慌てて取り入れて失敗したと思うことは多々あった。だから世の中に普及していい評判が確実になり、改良されて使いやすくなった頃にお手頃価格で手に入れるのが自分流の導入だ。車だってパソコンだって今までそうしてきた。だからここにきてAIがどうのこうのと騒がれてもねと思う。
 
もちろん生活が便利になってきたのはAIの知られざる働きがあるからというのはわかる。外出先からスマートフォンで家の中の温度調節ができるとか、家具にぶつからずに上手に掃除するロボットとか、指先ひとつで何かをしてくれるような人工知能が生活家電にさりげなく仕込まれ、そしてそんな動きが当たり前に広がりつつある。
 
つまり知らないうちにAIの機能があることがデフォルトになっているから、それ以前の、AI機能がない製品やサービスは考えられないと思うことも多い。だからだろうか。新しいサービスを見ても使い方が分かりやすくシンプルだ。高齢化が加速しているから若者以外にも操作しやすい仕様にしないと売れないのだろう。そこに「動作が早い」「おしゃれ」「選択肢が多い」などの要素が加わると、そのサービスは広がっていく。
 
実は今、結構ハマっているアプリがある。Spotify(スポティファイ 本社:スウェーデン)という音楽ストリーミングサービスのアプリだ。これの何が好きかというと、1億曲もの中から自分が好きなジャンルの曲を検索できて、ネットに繋がってさえいればいつでもどこでも音楽を楽しめるところである。
 
それまでもネットに繋いで音楽を楽しむサービスはたくさんあった。ただ曲を購入しないと聴けないなどの制限があったが、このSpotifyは無料プランでもかなりの曲数にリーチできる。もちろん有料プランの方がよりきめ細かいサービスだけど、無料でも多くの曲を、しかも高品質で聴くことが出来るのは非常にいい。特に今はノイズキャンセリングのイヤホンが主流なだけに、音楽ストリーミングサービスを選ぶ際に音質の良し悪しは大きな決め手になる。友人が使っていたこのアプリが気になってダウンロードしてみたら、無料でもとても幅広く音楽が聴ける、しかも音がクリア。そして私が最も気に入ったのが、歌詞が自動で出てくるところだ。
 
例えば洋楽だったら、大体自分で聴くのは英語の曲だけど、歌っているアーティストの声に合わせて歌詞の色が変わる。これを見つけて「おお、すごい!」とちょっと感動した。カラオケでもそういうのはあることはあるけど、英語の発音と全く同じ速度で歌詞がついてきてくれると、大して変わらないはずなのに感動量が大きいのが不思議である。
 
しかもSpotifyは、クリック1つでカラオケにも変身するというマジックがある。これも発見した時はめちゃくちゃ感激した。そしたら、気に入った曲を、歌いたいなーと思ったら歌えるんだ! しかもおうちで。いや、家じゃなくたってどこでもいい。例えばパーティーとかで盛り上がった時に「そしたら、あれ歌おう!」となったら歌うことができるなんて! カラオケと違って歌詞も最初からしっかり見えるから歌も途中でもこもこと口ごもらない。なんて便利なんだろう。
 
私はSpotifyを毎日通勤途中のお供にした。今日は何にしよう、洋楽か、それとも邦楽か。30年くらい前に流行ったはずなのに当時全く興味がなく、最近人に教えてもらって聴いたらめちゃくちゃ刺さったR&Bのグループの曲はいつでも気分が上がる。それとか絶対にハズレがないサザンオールスターズだの山下達郎だのユーミンだのにしようかな。割と長い距離電車に乗るので、どの曲を選ぶかでその日のテンションに影響するからかなり大事になる。
 
こうして選曲をしていると、アーティストごとにミックスリストがあることに気がついた。あるアーティストにまつわる曲を年代問わず集めた選曲集である。その中のひとつに目が止まった。
 
ビリー・ジョエル。
 
そうか。そうだよね。アーティスト別だから当然ビリー・ジョエルだってあるに決まってる。思わず懐かしくなり再生ボタンをクリックした。しっかりとしたピアノのアレンジを生かした軽快な曲が流れてくる。
 
「中二病」という言葉はすっかりポピュラーになったのだろうか。あの頃の私もまさにそうだった。1980年代、世の中が浮かれ騒いで最も洋楽が熱く面白かったあの時代、DJが海外のミュージックビデオを紹介するTV番組を見ながら、中学生の私は英語なんて分かりもしないのに懸命に全米ヒットチャートを確認するのが楽しくて仕方がなかった。その中でひときわ心を掴んだ曲があった。
 
チョコレートの飲み物のコマーシャルに使われていたのは、ビリー・ジョエルの『オネスティ』(原題: ”Honesty”)だった。日本語で「誠実」という意味のタイトルのその曲は、サビの部分をハイキーで歌い上げるしっとりとした楽曲だった。今でも多く歌い継がれているであろうその曲がすっかり気に入った私は、片っ端からビリー・ジョエルの曲を聴き始めた。特に 『オネスティ』が収録されているアルバム『ニューヨーク52番街』(原題: 52nd Street)は、LPレコードをカセットテープに録音して、擦り切れるまで何度も何度もラジカセで聴いた。イントロが少し流れただけでどの曲だかもちろんわかったし、カセットテープを聴いていない時だって脳内で再生するくらい好きだった。だから今でも『ニューヨーク52番街』の中のどれかの曲が流れてくると、あの頃過ごした日々が一挙に蘇ってくる。
 
部活でなかなかレギュラーになれなくて、部内の人をまとめきれなくて、どうしたらいいのかわからずに悩んだ日のこと。思春期の複雑な人間関係がいやで、苦しくて、でもどこかでは認められたくて仕方がない、相反する自分のことがわからなくなったこと。好きな人がいるのにおくびにも出さず、全然想いを伝えようともしないのに、誰か別の子が彼のことをどうのこうのと言うのが聞こえてくるたびに凄まじく妬ましい気持ちになったこと。
 
中でも最も私の心に重くのしかかったのは、中学時代を通じて、とある女子と敵対したことだった。
 
私と彼女とは、「不倶戴天の敵」という言葉がまさにふさわしい関係だったように思う。不良のイメージが大嫌いな私にとって、少しばかり美人(とは私はいまだに全く思ってはいないけど)に生まれついたことを鼻にかけ、中途半端にグレる真似をして、自分が能力があるように見せかけて人気者に取り入り、適当に毎日を過ごしているような彼女は、まるで受け入れられないタイプだった。そんな人が、どうして同じ部活になるのだろう。同じ部活の人間とは長い時間過ごさないといけない機会が多いのに、どうしてよその部活に入らないんだろうと思っていた。
 
とにかく私は彼女のやることなすことが受け入れられず、嫌いだった。表立って態度に出したわけでも、真っ向から喧嘩したわけでもなかったが、私が彼女に対してよい感情を持っていないこと、彼女に批判的なことが誰かの口を通じて伝わったのだろうか。ある時期から彼女は堂々と私に嫌がらせをするようになった。ある時は私と出会うと大声で罵る、他人に私の悪口を吹聴する、変な噂を流す。子どもじみた嫌がらせが1年以上は続いただろうか。
 
もちろん自分の悪口を言われるのは嫌に決まっている。でも相手は馬鹿だからしょうがない、馬鹿なことをしている馬鹿は己の馬鹿をさらに加速させるだけだと思っていた。そんな馬鹿に構っている暇はなく、足を引っ張られてたまるかと思っていた。こうなったら絶対に志望校に受かってやると、私は高校受験の勉強に邁進した。中学3年の冬期講習から、2月の受験までの1ヶ月間は、たぶん人生で一番勉強というものをしたのではないかというくらい勉強したと思っている。勉強勉強また勉強の甲斐あって私は第一志望校に合格した。不倶戴天の彼女はと言えば、頭が悪すぎて私立の底辺不良女子校に三次募集くらいでようやく拾ってもらった話を聞き、長年の溜飲がようやく下がったのを覚えている。
 
中学時代は確かに苦しかった。周りの人に伝えたいことがあるのに伝わらず、物事が思うようにならなくて、ねじれるような気持ちで過ごしていた毎日のこと。
 
今振り返れば、本当にどうでもいいことで萎縮していたわけで、それが思春期なのだけど、素直に生まれつかなかった私は人生で一番ピュアな時期をもやもやと過ごしていたことに気がつく。一言で言ってしまえば「子どもだった」わけで、中学生のときにはひとつひとつが厄介だった人との関わりだって大人になったらそれなりにうまくこなしたり、あしらったりもできている。でもうまくできないときは何をやっても歯車が噛み合わず、途方に暮れる時を過ごさないといけない。
 
思うようにいかないときは、音楽に癒されていた。ラジオから好きな曲が流れてくるとじっと聴き入り、その曲をレコード屋で探したりエアチェックをしたりして手に入れた。明日学校に行けばまた悩まなくてはいけないことがあるとわかってはいたけど、それでも音楽があれば、好きな曲を口ずさめば、幾分か楽になるような気がしていた。あの頃の私にとって、音楽は支えだったのだ。
 
そこから何十年も経過した今、いつでもどこからでもアクセスできるアプリが悩める日々を思い起こさせてくれようとは思いもしなかった。音楽は一気に時を戻してくれる。楽しい時も辛い時も、その曲を聴けばそのころの自分に会える。手のひらの中のAIはランダムに私たちにサービスをしてくれるだけだが、そこからのドラマを展開させるのはあくまでも人間である。
 
AIがなぞってくれたヒントから、無限に時を呼び起こすのは人間にしかできない作業であり、呼び起こされた記憶を元に人は語り合い、歌い、物語を紡いでいくのかもしれない。人生で最初に「心の傷」を意識させられたあの頃の自分が感じていたことは山ほどあって、そこを修復するためにわざわざなぞることもあるのだろう。
 
苦しいことばかりではなく、今度は嬉しい話を呼び起こさせるものをAIが提供してくれたら、それはそれで素敵なことでもある。人の心の琴線に触れることで今まで感じられなかった感情が整理されてさらに心が豊かになるのなら、新しいものを使いこなすのが苦手な私でもAIの力をちょっとくらいは借りてもいいのかなと、大好きな『ニューヨーク52番街』を聴きながら思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)

2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/  連載中。

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2023-07-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.223

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