『盲目的な恋と友情』はおそろしい《週刊READING LIFE Vol.225 「他人」が変わった瞬間》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/7/31/公開
記事:記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
物語の冒頭で、ウエディングドレスを着た主人公が過去の恋愛を思い出している。
身も心もボロボロというよりぐちゃぐちゃになった、ある男との5年間の恋のことを。
この先、もう二度と味わうことがないであろう、天国と地獄を味わった、あの終わってしまった恋のことを。
あぁ、そういう話か。
付き合ったのはいいけれど、どうして彼が自分を選んだのかがわからない。
皆が憧れる彼と自分が釣り合わずに悩んでいく……そんな話の展開になるのだろう。
きっと向こうから別れを切り出されるのかな?
辻村深月の『盲目的な恋と友情』という小説を読み始めた直後はそう思っていた。
しかし、全然違っていた。
結構序盤で心の中で作者に謝ることになる。
読みながら、ゾワッとしたのは初めてかもしれない。
自分のなかの自分と、他人の目を通して見る自分はまったくの別人だ。
自分なんてつまらない人物だと卑下していても、どこかの誰かにとっては恋焦がれる存在であるかもしれない。
誰もが憧れる存在である彼が彼女を選んだ理由も読んでいると納得だ。
そりゃ選ばれるだろう。
むしろ、選んだのは彼女のほうだ。
そして、ページをめくると、「わかる」「みたことある」というような小さな共感がある。
登場人物たちの会話から漏れだす小さな悪意。
誰かを傷つけようとしてわざと言った言葉。
返ってくる答えがわかっていながら、あえて名前を引き合いに出して聞いた質問。
完璧な男のかばんの中から感じるダメ男の予感。
自分の所有物として安全なところから男を手元に置いておきたい女の欲望。
そして、恋であっても、友情であっても、「誰かの特別でありたい」という思いが強すぎるがゆえの歪んだ愛情。
スルーしてしまうような小さなことがいちいちリアルだった。
女同士のドロッとした部分が随所に散りばめられている。
この小説の特徴として、物語が「盲目的な恋」のパートと、「盲目的な友情」の二部構成になっている。
恋と友情のパートで一人称の主人公が変わるのだ。
同じ出来事でも、人が変わると全然違う解釈になる。
前半の謎が後半で回収されるという、ミステリー要素が入っている。
読みながら、「そういうことか!」と思い、先が気になって読むのに半日かからなかった。
読み終わった後は、点と線が繋がり、強すぎる愛にクラクラした。
なんて、歪んだ愛なのだろうと。
この小説には3人の異なったタイプの女性が登場する。
どのタイプの女性も、「こういうタイプいるよね」と思えるような女性だ。
ひとりは元タカラジェンヌの母を持つ、「異形なほど美人」と言われる美貌の持ち主である蘭花。
もうひとりはコミュニケーション能力が高く、大学内で合コンをしまくっていて、男好きする、いわゆる「遊んでいる女子」代表の美波。
そして、頭はいいが、自分の見た目に対するコンプレックスが半端なく、自己肯定感が低い留利絵。
前半の恋のパートは蘭花の目線で、後半の友情のパートは留利絵の目線で語られる。
ただし、美波のパートはない。
美波は常に傍観者だ。
バランサーのような役割をしている。
蘭花にとっては恋愛のよき理解者で、留利絵にとっては「蘭花の親友」という座を争っている嫌いな人物だ。
蘭花は「親友」と呼んでいるが、美波にとっては多くの仲の良い友達の一人だろう。
蘭花も普通の友達よりも相談できるので「親友」という言葉を使ったにすぎない。
しかし、留利絵にとっては蘭花に「親友」と認められている美波に嫉妬せずにはいられない。
この本のなかで、美波が留利絵のことを「ルリエール」と呼ぶ場面が印象に残っている。
サラッとニックネームをつけて、面と向かって言えるところが、美波の性格をよく表しているように感じた。
明るくて華やかな性格。
彼女はセクハラもうまく受け流す。
処世術に長け、人との距離感を縮めるのもうまければ、距離感をとるのもうまい。
真面目ではないが、友達思いの面もあるし、仲間と一緒に悪口を言っている場面もある。
もし、美波の一人称で語ったパートがあったら、それはまた、恐ろしい気がする。
前半は、蘭花が大学の管弦楽団で、オーケストラのプロの指揮者として迎えられた茂実星近という男と出会い、彼女が彼に惹かれていく物語が展開される。
茂実と付き合うことになり、今まで恋愛に対して希薄だった蘭花が恋愛に溺れ、ガラッとかわっていく。
やはり、人が変わるきっかけは人であることが多い。
特に恋愛をしているときは、周りが見えなくなることもある。
やめたほうがいいと頭ではわかっている。
100人が100人ともNOと言っていても、恋愛という風にあたると、YESと言ってしまうこともあるだろう。
ダメだとわかっていても、何度嫌な思いをさせられても別れられない。
だって、いいときを知っているから。
冷静な第三者の意見を素直にきくことができず、茂実から抜け出せない。
盲目的な恋は、蘭花の冷静な判断力を鈍らせていくのだ。
蘭花は茂実に執着し、そして、茂実もまた蘭花に執着する。
この恋の破綻は彼女にとっても、彼にとっても、喜びの絶頂から地獄へとつき落とすものとなる。
そして後半は、蘭花の友達の一人である留利絵の一人称で物語が進む。
蘭花にとっての留利絵は大切な友達のなかの一人にしか過ぎないが、留利絵にとってはそうではない。
重さが違う。
自分が彼女のなかにおいて一番の親友でないと気が済まない。
留利絵は、頭はいいが自分の見た目に対してコンプレックスがある。
子どもの頃、顔のニキビをクラスの中心的存在の男子に「うつる」「ビョーキ」と言われてから、ずっとトラウマになっている。
世の中には、笑われる女子と、それを笑う権利がある女子とで線が引かれると思っている。
留利絵からみた蘭花は留利絵とはまったく逆で、
「小さな顔に、信じられないくらい整ったパーツが完璧な配置で並んでいて、瞬き一つで光が零れそうだ」
と、留利絵が蘭花を初めてみたときの描写で、蘭花がとてつもない美貌を持っていることがわかる。
蘭花は、自分の見た目のことをまったく気にしていないので、人の見た目を差別することを知らない。
でも、そんな蘭花だって人をふるいにかけている。
悩みごとのすべてを留利絵に話すわけではない。
前半のパートをみると、蘭花も普通の女の子だ。
この子に恋愛話をするのは違うかな?
恋愛のことは美波に相談し、それ以外のことを留利絵に相談している。
蘭花が頼るのはわたしだけであってほしい……。
そんな感情はもはやねじれた恋のように思える。
そして、前半の出来事を留利絵の目線から見ると、まったく異なる景色になる。
読んでいて、前半の謎解きをしているような気分になった。
美波がきょとんとしていたのは、こういうことだったのか!
あのときの言葉にはそういう意味があったのか!
前半の謎解きパートでもある。
そして、マイナスな言葉を言われ続けていると、人がふと放った言葉にも敏感になるときがある。
悲しいが、人のあらを探すように、少しでも自分に対するネガティブな要素を拾いあげてしまう。
そういう細かいところを作者の辻村深月さんは描くのがうまい。
「気にしてるみたいだけど、肌、そこまでひどくないよ」
外見を揶揄された留利絵をなぐさめるつもりで言った同級生の「そこまで」という言葉に留利絵は引っかからずにはいられない。
知らず知らずに人を傷つけてしまうことは誰だってある。
こういう言葉は無自覚で出てきてしまうし、気にしていると、そういう言葉をすくいあげてしまうものだ。
そんな細かい心理描写に共感しつつ、あっという間に作品を読み終わった。
最初は単なる恋愛小説だと思っていた。
しかし、真実を知ったとき、月並みな表現になるが、驚愕した。
何度も自分の予想を裏切られる、そんな作品だ。
きっとそう思うのはわたしだけではないだろう。
読んでから、誰かに語りたくなる。
この物語を最後まで読み終えると、巻末に山本文緒さんの解説が登載されている。
この解説が、読んだ直後の読者の気持ちを代弁してくれているので、この本を手にとる機会があれば、ぜひ解説まで楽しんで欲しい。
きっと「わかる!」と、誰かと語り合った気分になれるから。
□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。
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