週刊READING LIFE vol.226

磨くことで出会えた命の居場所《週刊READING LIFE Vol.226 私の居場所》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/8/7/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「暑すぎる……」
 
バルコニーで、ピアノの椅子についたキズを修正ペンでメンテナンスしていると、クラクラしてきた。
災害級の暑さと言われる、2023年の夏。
私は、とある取材を受けることになり、わが家のメンテナンスに励んでいる。
 
かつて、関西では有名な清荒神のお札をお祀りしていた和室では、毎朝線香をたいていたので、いつしか壁紙が油煙で茶色くなってしまっていた。
気になりながらも、そのままにしていたが、これを機会に壁紙の貼り換えもすることにした。
 
それと、トイプードルの息子が、ガリガリとかじってしまった襖。
こちらは、2度目となるが、やっぱりここも貼り換えてもらおう。
 
目線を下すと、畳もずいぶんとくたびれていた。
イグサはささくれたところもあって、色も黄色に変色している。
6帖分の畳も張替えることにした。
そうすると、和室が、イグサの青い香りが漂う空間へと蘇っていった。
 
それから目についたのは、リビングのカーテンだ。
遮光の分厚いカーテンと、ミラータイプの薄手のカーテン。
2カ所分のカーテン、8枚を洗濯し、ミラーカーテンのアイロンがけ。
もう、ヘロヘロになりながらも、なんとかやり終えた。
 
さらには、娘も手伝ってくれて、水周りなどの掃除も丁寧にやった。
ふぅ~、19年住んでいる家というものは、少しずつ汚れがたまってしまっている。
 
19年前の夏、今の、このマンションに家族3人で引っ越してきた。
夫の会社の規定では、借り上げ社宅の制度は10年を目途に終了することになっていた。
なので、そのタイミングで、殆どの社員は自らの住まいを購入してゆくようだった。
 
私たちも、その機会に、大阪の賃貸マンションを退去して、新しくマンションを購入することにした。
そのマンションは、私の実家の近くにあって、新しく建っているその様を見た時に、とても魅かれるものがあった。
 
「ああ、ここに住みたい」
 
なぜだか、そんな強い思いが湧いてきたのだ。
 
新しい住まいでの暮らしで、私は夫婦関係の改善が出来ればと願っていた。
娘が生まれた後、夫婦の会話も減ってゆき、気持ちも少しずつ離れてゆくような、そんな思いに陥っていた。
そんな関係を、住まいという環境を変えることによって、改善したいと思っていたのだ。
ところが、住まいの環境が変わっても、夫との関係が改善されることなく、お互いの気持ちはさらに離れてゆくこととなっていった。
 
希望を持っていたところから、どうしようもないということがわかってくると、そのやるせなさや、寂しさを埋めるように、私は買い物行動に走った。
洋服も、鞄も、靴も、アクセサリーも。
欲しいと思ったモノは、全て手に入れていったので、みるみるうちに、家の中はモノであふれていってしまった。
入居した時には、真っ白な壁がまぶしいくらいに輝いていたのに、いつしかモノをしまうための家具が並び、わが家は茶色い世界へと変わっていってしまった。
 
モノが増えてゆくと、ホコリやダニ、カビの温床となってゆき、さらにその汚れ方は半端なかった。
モノの量に比例して、家というモノは汚れてゆくものだ。
でも、それらを取り除く、体力や気力は夫婦関係の悪化に伴って失われて行った。
 
もう一度、家族が仲良くなれたら、そんな希望も崩れ落ちていってしまい、私は家にいても落ち着かず、家が嫌いになっていった。
家にいることが少なくなり、家はさらに荒れて行った。
 
そんな時代のことを思い出しながら、その当時の残骸のようにこびりついた汚れを一つずつ落としていった。
 
壁の天井近くに黒ずんでいるところがたくさんあった。
それは、タンスの上に、衣装ケースを積んでいたからだ。
買い物に明け暮れ、何百着もの洋服を手に入れていたので、季節外の洋服は、衣装ケースに詰め替えて、タンスの上に置くしかなかったのだ。
 
なぜか、そんな時代のことを思い出しながら、強力な洗剤で拭いてゆくと、少しずつ汚れがとれていく。
その汚れが取り除かれてゆくたびに、私の心の中にあった、家族なのに、家族でなかった、あの悲しい時代の痛みがカケラとなって落ちていくようだった。
汚れを一つ落とすたびに、私の心から辛かった思いが一つ消えてゆくようだった
壁紙が、元の白さを取り戻してゆくと、私の心はさらに軽くなっていっていた。
 
かつて、家族がもう一度仲良く暮らせるようにと願って引っ越して来たこのマンション。
私の気持ちに比例して、荒れた時代もあったけれど、こうやってまた一つずつ汚れを取り除き、磨いてゆくことで、やっと、私の心地良い居場所へと入れ替わってゆくようだった
 
夫婦の関係は改善できず、お互いに別々の人生を歩むこととなった。
その後も、どこかでその上手く行かなかった時代のキズを引きずっていて、私はこの家を好きになることが出来なかったのかもしれない。
今回、取材をきっかけに、丁寧なメンテナンスをしていると、このマンションとの出会った時の喜びの気持ちが蘇ってきた。
 
「ああ、このマンションを見つけた時の、あの大好きな気持ちって、これだったよね」
 
丁寧に住むことが出来なかった時代を経て、ようやくこのマンションとの良い関係が結び直せたように感じた。
今ならば、胸を張って言える、この家が大好き、と。
 
やっぱり、わが家が一番いい。
やっぱり、丁寧に扱ってあげたい。
だって、ここが私の命の居場所だから。
 
だから、これからも、うんと丁寧に磨いていってあげよう。
そうすることで、間違いなく私自身も磨かれてゆくはずだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.226

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