週刊READING LIFE vol.226

新米坊っちゃん経営者、自分の“得意”を発見する《週刊READING LIFE Vol.226 私の居場所》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/8/7/公開
記事:信行一宏(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「自分には向いていない」
何度そう思ったことでしょう。いまもその思いは常につきまとっています。それでも私は前に進まなければいけません。だって、私は“跡取り”だから。
 
私は、現在幼稚園の副園長をしています。園長は母。いわゆる世襲経営者です。昭和の時代と比べて世襲に対するイメージは悪くなったような気がしますが、現在でも多くの企業・団体では、世襲ありきで経営しているところも少なくないでしょう。世襲のメリットとしては、見かけ上は安定した事業承継ができるので、息の長い経営が可能というところだと思います。逆にデメリットとしては、後継ぎが必ずしも“優秀”である保証はないということでしょう。私はどちらかというと、デメリット寄りの後継ぎだと思いました。なぜなら、私には幼児教育の経験も無ければ、いわゆるサラリーマンとしての社会経験もなかったからです。
 
入職直後は用務員という立場でした。園長である母からは、「一切園のことに関しては口を出すな。粛々と仕事をこなせ」と言われていました。なんの経験もスキルもないわけですから、できることと言ったら掃除ぐらいです。暇があれば、掃除。スキあらば、草抜き。雨が降れば備品修理。そんな日々を過ごしていました。幸い子どもは好きだったので、自由遊びの時間は子どもたちと一緒に遊んでいました。仕事について嫌いという感情はなかったものの、やはり気を遣うのは他の職員の存在です。当時は30人ほどの職員がいましたが、男性は私一人。女心など全くわからない私は、どうやってコミュニュケーションを取っていいかも分からず、ただただ辛い日々でした。一般的に「女性脳」「男性脳」の違いから、考え方の傾向が異なるということは知識ではわかっていたつもりでしたが、いざ実践となるとどうしていいか分からずオロオロとしていましたし、正直所もどかしい気分になったこともありました。他の職員の言っていることと、心のうちに思っていることが異なっていることもあり、人間不信になってしまうこともありました。実際にとある職員から「女の職場で働いていることを肝に銘じろ」と言われたこともあります。ここに私の居場所はあるのだろうか。そんな考えも頭によぎるようになっていました。今にして思えば、他の職員からしたら、得体のしれない園長の息子が入職したわけですから、距離感が難しかったのかもしれません。
 
年月が経ち、少しずつ園の経営に関する仕事も任されるようになりました。そうしていくと段々と「自分はこうしたい」といった気持ちもでてきます。いや、「こうしたい」というより、「もっとこうしたほうがスムーズなんじゃないのか?」といった業務改善の思いが出てきたのかもしれません。当時の幼稚園はICTなど夢のまた夢で、紙資料はもちろんのこと、カセットテープが現役でした。ちなみに、6年前の話です。私は衝撃を受けました。園長からは口を出すなと言われていましたが、思わず当時の主任職員に提案をしてしまいました。
 
「カセットテープではなくCDを使ってみたらどうですか?そんなに難しくないですよ」
「カセットテープのほうがだれでも編集ができるでしょ」
 
玉砕です。意味がわかりませんでしたが、圧倒的な圧力の前に屈してしまいました。「私達のやってきたことと、今やっていることに口を出すな」と、言われたような気がしました。そして、決意しました。だったら、ICTを駆使して便利さを実現してやろうと。
 
最初に取り掛かったのは、カセットテープ問題です。平成の後期になってもCD化できない理由は、編集の問題ということだったので、私自身が編集技術を習得しました。波形編集のフリーソフトをダウンロードし、独学で編集技術を磨きました。はじめは、再生速度やピッチ調整といった簡単なことしかできませんでしたが、段々と音源の切り貼りなどもできるようになり、いままでカセットテープでできていたこと以上のことはできるようになりました。それらの音源をもって、再び件の職員と交渉をしました。
 
「このような形で、カセットテープで運用していたものを、CD化してみてはいかがでしょうか?」
「だったら、こんな事もできる?」
「できます!」
 
職員が提案してきたのは、いわゆる「ポン出し」音源のことでした。演劇で効果音などを狙ったタイミングで出すことができるようにしてほしいというものでした。勢いでできますと答えたものの、その時点ではやったこともありませんでした。それでも、いままで頑なに考え方を変えなかった職員が、逆提案をしてくれたタイミングを逃すまいと、必死のハッタリをカマしてしまったわけです。そしてまた、独学で必死に技術を習得し、希望の機能を実装することができました。
 
「こんなことがしたかったんよ。ありがとう」
 
ポン出し機能の実装後、件の職員から感謝の言葉をいただきました。なんてこと無い言葉だったかもしれませんが、ようやく私の居場所が見つかったような気がしました。組織での居場所を作るということは、自分の能力が他人に認められたときということに気付かされたのです。
 
その喜びに味をしめた私は、次々に色々なことに挑戦しました。幼稚園のHPのリニューアル、会計事務の効率化、保護者連絡ツールの導入など。どれも大変なことばかりでしたが、自分の居場所で自分の能力を発揮することは、本当に喜びをもって取り組むことができたし、なによりも楽しくて仕方がありませんでした。
 
そして、大きな落とし穴にハマってしまうのです。
 
「いろいろ一気に変わりすぎてついていけません」
 
とある職員から、後頭部をバットでフルスイングされたような言葉をかけられました。私は、職員全体の業務を効率化し、私の技術を役立ててもらえるように整備してきたつもりでしたが、「ついていけない」と言われるまで、自分が暴走していたのに気づけなかったのです。その職員は、更に言葉を続けました。
 
「たしかに、とても便利になりました。その反面、私達職員のわからないことが増えて、不安になります」
 
完全に盲点でした。私自身ができることが増えていって、新しいことをどんどん導入していき、物量としての仕事量は減っていったのに、「職員の漠然とした不安」に対するフォローを全くしていなかったのです。つまり、説明不足だったのです。私は、「女性の職場」というものに苦手意識がありました。それは、コミュニケーションを取る上での会話の間とか、気持ちによりそうとか、そういったこと意味を見いだせなかったからです。だから、「便利な機能を実装したので、黙ってこれについてきてください」といった、乱暴な導入しかしてこなかったのです。苦手と思っていたことから逃げたツケが回ってきたのでした。
 
大いに反省しました。「不安」に寄り添うことは、対人関係構築においてとても重要だったのに、いつしか自分の力で園の業務を回している気持ちになっていたのです。入職時、園長に言われた言葉を思い出しました。
 
「一切園のことに関しては口を出すな。粛々と仕事をこなせ」
 
この言葉は、余計な口出しをするなと言う意味ではなく、独りよがりなことをするなと言う意味だったのです。「自分の居場所」ということにこだわりすぎて、「自分の居場所」がいつしか、「自分のナワバリ」になり、他者の不安を駆り立てていたのでした。それから、また月日が流れ、今は副園長という職務を与えられています。あのとき、不安にさせてしまった職員の言葉は今でも自戒の言葉として身に刻まれています。
 
私は確かに幼児教育の技術は持ち合わせていません。だからこそ、私の存在というものは、当時の幼稚園にとって“異物”以外の何物でもなかったのでしょう。何もできない園長の息子がポンと現場に入っていったところで、腫れ物のように扱われるのは当然のことです。そして、園長の息子で後継者候補だからこそ、本当のことは言ってくれない可能性があります。私が幸せだったのは、私の間違いを指摘してくれる職員がいたことです。
 
私は職場の中に「私の居場所」が欲しかったのですが、それは決して「私独りの居場所」ではありません。それに気づくことができたので、「私たちの居場所」について考えることができるようになりました。
 
副園長3年目、まだまだ新米坊っちゃん経営者。日々精進。日々感謝。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
信行一宏(ライターズ倶楽部)

1989年、福岡県にあるお寺の長男として生まれ、特に大きな疑問もなく福井県にある永平寺で2年間の修行をし、現在は僧侶と幼稚園副園長の2つの顔をもって生きている。僧侶としても経営者としてもまだまだ未熟。2023年2月にライティング・ゼミに、2023年7月よりライターズ倶楽部にそれぞれ入会。だんだんと、書くこと・伝えることの楽しさ、魅力に取りつかれている。

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2023-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.226

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