大切なことは1人で旅に出ることだった《週刊READING LIFE Vol.236 私のベスト・トリップ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/10/23/公開
記事:松本 萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「僕にとって旅は1人になることです」
「あなたにとって旅とは?」という問いかけに対し、穏やかな笑みを浮かべながらエッセイスト松浦弥太郎さんが答えた。
幸運なことに、今年は二回も松浦弥太郎さんの講演に参加することができた。
松浦弥太郎さんの文章に出会ったのは本屋での立ち読みがきっかけだ。手にした雑誌をパラパラ見ていたとき、食に関するコラムが目に止まった。何気なしに読み進めていくうちに、文章に引き込まれていった。短い文章ながら著者の料理への深い愛情が感じられ、味、香り、食感、満足感が伝わってきて「私もこの人が食べているものを食べたい」と思った。この文章を書いているのは誰だろうと思い著者名を見ると「松浦弥太郎」と書かれていた。
微笑みをたたえながら松浦弥太郎さんは続けた。
「今の生活の中で1人になるって案外難しいことです。だから1人になることってある種の贅沢なんです。なぜ1人になることが大切かというと、例えば自分と向き合う時間を持てたり、1人ではできないことがあることに気がついて、自分の無力さを知ることができるからです。人って何でも自分はできるって勘違いしやすいんですよね。だから僕は1人で旅に出ます」
松浦弥太郎さんの優しい声を聞くうちに、数年前のフィンランド旅行で出会った女性のことを思い出した。
どこまでも続く白銀の世界、一日中夕焼けのような空が続く極夜のフィンランドに、オーロラを見に友人と行った。ある夜、オーロラが見られやすいところに連れて行ってくれるオーロラハンティングに参加することにした。連れて行かれたところは凍った大きな湖の上だった。少し待っているとまるで雄大な海の波のように動くオーロラが現れた。その光景をカメラに収めようと必死になっていたとき、少し離れたところにたたずむ女性に気がついた。
彼女のことを何度かホテルで見かけたことがあった。どうやら1人で日本から来たようだった。
その彼女が旅行者達から少し離れたところにポツンと立ち、空を見上げていた。暗闇のためどんな表情なのかうかがい知ることはできなかったが、微動にせずオーロラを見上げる姿は美しかった。まるでオーロラに包まれているかのように見える彼女が、とても崇高な存在に見えた。
彼女は1人で静かに、そして思う存分オーロラを堪能していた。なんとも贅沢な時間だ。
1人で旅行なんて、ましてや海外に1人で行っても寂しいだけでつまらないと考えていた私が「1人で海外もいいかもしれない」と思った瞬間だった。
1人旅行が気になりながらも、実はまだ実現させたことがない。
ただ初めましての人達と海外で数日一緒に過ごしたことはある。きっかけは松浦弥太郎さんの著書「居ごこちのよい旅」だ。
松浦弥太郎さんがお気に入りの都市を訪れた際のできごとについて綴ったエッセイで、その中でも台湾の東側、台東を訪れた際の話が好きだ。本の中では台湾の原住民スミンとの交流が書かれている。文字文化のない台湾原住民にとって大切な歌と踊りを発信していて、日本での公演経験もあるアーティストだ。
スミンがどんな歌を歌うのか気になり聞いてみた。
目をつむりながら聞いていると温かい太陽の光の下、草の上に寝転がりながらそよ風を楽しんでいるような、とてもリラックスした気持ちになった。
いつかスミンに会ってみたい。生の歌声を聞いてみたいと思うようになった。
願えば叶う。
ある日Facebookで、台湾でコーディネーター業をしている青木由香さんの投稿に出合った。
「台湾の原住民スミンが台東でフェスをします」
これは運命ではないか。
フォローしていたわけではなく、たまたま巡り合った青木由香さんの投稿でスミンと会える情報が流れてくるなんて。
台東ってどんなところだろう。
台東ってどう行けばいいんだろう。
台東に行けたとして、どうやってフェスの会場に行けばいいんだろう。
誰かを誘ってみようか。でも誰を? スミンのことを好きな友達っている? いや、いないよな。
1人で見ず知らずの場所に、しかも海外に行くって本当にできる?
スミンに会いたいという気持ちと、行くことへの不安な気持ちがない交ぜになり数日悩んだ結果、まずは青木さんにコンタクトを取ってみることにした。スミンのフェスに参加したいがどう行けばよいかアドバイスが欲しいと、ダメ元でMessengerを送ってみた。
果たして返事が来るのかドキドキしながら待っていたところ、程なく青木さんから返信があった。
「私も仲間何人かと行くんですよ。よかったら一緒に行きませんか?」
こんなラッキーなことってあるだろうか。
スミンに会える喜びと初対面の人達と数日一緒に過ごすことへの不安を抱えながら、2017年の秋台東に向かった。
まずは台北へ。
台東行きのフライトまで少し時間があるので、台北の街をぶらぶらすることにした。重い荷物を持って行動するのは大変なので、空港内のコインロッカーに荷物を預けることにした。使用方法が書いてあるのでやってみるのだが、扱い方がわからない。1人で悩んでいたら、後ろから「日本人! 日本人!」という声が聞こえる。わたしのことだろうかと振り返ると、1人の老人が私を見ていた。目が合うと身振り手振りでコインロッカーの使い方を教えてくれた。
なんとか荷物を預けることができた。「謝謝」と言うと、老人は満足そうに笑みを浮かべた。
青木さん達とは台東の空港で合流した。
メンバーは青木さんのご家族や青木さんの経営する雑貨店の店長、青木さんのお友達のアーティストや写真家等総勢8名だった。緊張状態の私を、青木さんのお仲間達は快く受け入れてくれた。
スミンのフェスは台湾に限らず近隣国の原住民の人達が集まり至る所で歌や踊りが披露され、料理が振る舞われ、まさにお祭りだった。パフォーマーも観客も入り乱れ肩を組んで踊り、歌い、笑った。国籍や言葉の壁は無く、フェスを心から楽しむ人達の熱気であふれていた。
驚いたことに青木さんのお仲間の一人がスミンの師匠だった。
鹿児島を拠点に活動するアーティストで、その人が鹿児島で主催するフェスに影響を受けたスミンが「台湾で原住民のフェスをしたい」と思い、台東でフェスが開催されることになったというのだ。師匠を見つけてにこにこしながら駆け寄ってきたスミンと引き合わせてくれた。「スミン、君の歌が好きで君に会いたくて日本から来たんだよ。一緒に写真撮ってあげてよ」と私のことを紹介してくれた。
スミンとのツーショットは今でも大切な宝物だ。
青木さんもお仲間も皆明るくてお喋り好きで、そして行動力のある人達だった。
フェスの帰り道、車の中での会話を今でも覚えている。
おもむろに青木さんが「あれもやりたい、これもやりたいってアイディア溢れてきてどうしようもなくなることがあるんだよね。寝るのが惜しくなっちゃうの。時間が足りない、もっと仕事したいってなるんだよね。そういうことってない?」と問いかけた。「あるある。自分はシャワー浴びてるときにアイディアが生まれやすいの。だから色々思いついたときはずっとシャワー浴びてるから、家族から水がもったいないって怒られるんだよね」
仕事でわくわくして寝られないとか、アイディアが生まれてきて止まらなくなるという経験が一度もない私はびっくりした。
仕事をする中で嬉しいことがあったり達成感を得られたりしたことはもちろんある。ただ基本的には「仕事はつらいもの」「我慢してなんぼ」「生きていくために必要なお金を得るためには我慢することは当たり前」という思いが強い。
1日の大半の時間を割く仕事に対してポジティブな思いを持ちたいと思いつつ「そんなのは夢だよ」と思っている自分がいることに気がついた。でも実際には同じ車の中にポジティブな思いを持って、日々わくわく過ごしている人達がいる。
漫然と日々を過ごすのではなく、目標を持って生きる人達と私では、同じ車窓から眺める台東の景色も似て非なるものなのかもしれないと思った。
青木さん達はフェス最終日に台東を離れたが、私はもう1日台東で過ごした。
1人になると賑やかに感じた街の喧騒や活気ある夜市が少しクールダウンしたように思えた。いつもは1人で行動していても苦にならないのに、寂しく感じた。
ただ1人でいるからこそのよさに気がつくことができた。
翌朝ホテルで朝食をしていたら、賑やかな団体が近くのテーブルについた。するとレストランの人が「こちらの席なら静かにゆっくり食べられますよ」と窓辺の席に案内してくれた。「謝謝」と言うと茶目っ気のある笑顔を返してくれた。気遣いが有り難かった。
フライトまで時間があったので台東の街へ行くことにした。
皆と訪れたお店をもう一度覗いたり、ゆっくり台東名物の麺料理を堪能した。気になる横道に入ってみたり、青色と白色を基調にしたオシャレなカフェでのんびりしたり、街や人を観察して過ごした。
帰りは田んぼ道を歩いて戻った。日本の稲穂より大きく、どこまでも緑が広がる景色は圧巻だった。皆で行動していたときは車移動だったので、こんなにも広大な土地で稲作が行われていることに気がつかなかった。稲穂を眺めながら楽しかったフェスのことを振り返ったり、子供の時に親の実家に帰省する際に車窓から眺めた田んぼの風景を思い出したりした。
最終日に台湾の米所として有名な台東の姿を楽しむことができた。
1人でもいいから台東に行こうと決意しなかったら、憧れのスミンとは出会えなかった。
1人で行くことに不安を覚えたことが、青木由香さんにコンタクトを取るという行動に繋がった。
1人だからこそ、青木さんやそのお仲間と一緒に行動することができた。
1人でいることが台湾の人達の優しさに気がつくきっかけとなった。
1人でいるから自分の好きな場所で好きなだけ過ごすことができた。
1人でいることが台東での数日を思い出深い旅にしてくれた。
1人でいることはメリットだらけだ。
もちろん1人旅のデメリットはある。
その時感じた楽しい思い出を共有する相手がいなかったり、トラブルが起こったときに1人で対応しなければいけない。
ただこれもなんとかなる。
楽しいできごとがあったら絵葉書を買って、友人に葉書で伝えればいい。海外から届く絵葉書は最高のプレゼントになる。旅行中の貴重な時間を割いて自分のために文章をしたためてくれる相手がいるのは、幸せ者の証だ。
困ったときは誰かが助けてくれる。空港でコインロッカーの使い方が分からなかった私を助けてくれた人がいい例だ。
1人旅、しかも海外なんてハードルが高いと思う人もいるだろう。
旅行好きでないなら無理に旅に出る必要はない。そんな人にお薦めなのは、推しに1人で会いに行くことだ。
私は先日日帰りで名古屋を訪れた。
推しの美容家が名古屋のデパートでポップアップを開催すると知り、いてもたってもいられなくなり1人で会いに行ってきた。推しのいる場所には推し活仲間がたくさんいる。以前から知り合いの推し活仲間に会ったり、はじめましての推し活仲間と仲良くなったりととても楽しい時間を過ごすことができた。ポップアップのためだけに千葉から日帰りで来たことに興味を持ってくれ、色々な人が話し掛けてくれた。
だれかと一緒に行っていたら、はじめましての人と仲良くなるのは難しい。1人行動の最大のメリットはその場で出会った人と仲良くなれることだ。
青木さんとそのお仲間との出会いで、改めて仕事とは何かを考えるようになった。
以前は置かれたところでどう頑張るかを考えて仕事をしていたが、どこに自分がいたいか、どんな仕事をしたいかを考えて行動するようになった。今ではいつか働いてみたいと思っていた東京のど真ん中で、以前から興味をもっていた企画の仕事をしている。
コロナ禍で遠退いていた海外にそろそろ行く計画を立てようと思っている。
行き先はフィンランドだ。以前はオーロラ目的だったため、オーロラを見られる地域のみの滞在だった。今度はヘルシンキのカフェでのんびり過ごしたり、北欧雑貨のお店を回る予定だ。もちろん1人で。
今度はどんな出会いがあるのか楽しみだ。
□ライターズプロフィール
松本 萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。千葉在住。
2023年6月に天狼院書店の「人生を変える『ライティング・ゼミ』」に参加し、10月よりライターズ倶楽部を絶賛受講中。実体験を通じて学んだこと・感じたことを1人でも多くの人に分かりやすい文章で伝えられるよう奮闘中。
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