週刊READING LIFE vol.236

初めての海外で、血だらけになったけれども《週刊READING LIFE Vol.236 私のベスト・トリップ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/10/23/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「オレンジジュースください」
 
もう、何回言っただろうか、座席の背もたれに身体を委ねていたのだが、あえて背中をシャキッと立たせてからも言っているのに、一向に伝わらない。
 
私は、バブル期のOL時代、初めての海外旅行を体験した。
同期入社のともちゃんが、短大時代にハワイ学舎で学んだ経験から、ハワイに一緒に行くことになったのだ。
ちょうど、その時期は学生をハワイへと引率している、知り合いの先生も現地にいるということで、案内もしてもらえるというラッキーな時だった。
 
私は、短大では、英文科を専攻し、学校での英語の成績は中学の頃から良かったものの、飛行機の中で、CAさんに自分の希望する飲み物すら伝えられないという、人生初の体験をいきなりすることとなった。
日本語というのは、さほど抑揚のないイントネーションなので、英語のように強弱をつけるクセがついていなかったのだ。
英語を話すということは、腹筋が鍛えられるものだということに気づかされた一件だった。
 
カルチャーショックはそれだけではなかった。
ホノルルに到着して、ともちゃんの恩師の先生が車で迎えに来てくれて、フリーウェイを走っていると、すれ違う車がみんな汚かったのだ。
中には、ドアの表面が一枚はがれていて、錆がついているモノもあった。
どう見ても、あまり洗車をしていないような車ばかりが走っているのだ。
日本では、お休みの日になると、良い天気なのにお父さんたちは一生懸命自分の車を洗っている光景を見かける。
自家用車を所有するということは、かなりの経費がかかっている。
大きな買い物の一つだろう。
それだからか、日本のお父さんたちは、朝からガレージで丁寧に洗車をしているのが印象的なのだ。
 
ところが、ホノルルの街では、その車というのは、まるで道具の一つで、走ればいいというような考えの対象のように感じた。
移動のための手段の道具。
確かに、そうかもしれない。
 
日本のお父さんたちは、お休みの一日、大切な時間をどう過ごすかよりも、高い買い物をした車を大事にしているように思えて仕方なかった。
 
しかも、街を歩く人のファッションもまちまちだった。
常夏のハワイだからかもしれないが、Tシャツに短パン。
アロハシャツにジーンズ。
そうかと思うと、ブランド物のワンピースを着ている人もいる。
誰もが、自分自身の心地良さを最優先していて、そこには他人の目を気にするような感覚はないように思えた。
 
私の母は、当時、大阪市内で勤めていた私に、初夏の頃になると必ず、「もう、みんな白い靴履いてはる?」と尋ねてきた。
当時、夏になると白い靴、秋冬は黒っぽい靴を履く、というような傾向があった。
そんな世間の常識、他人の目を気にする母は、周りの様子をいつも伺うような人だった。
 
そんなことを思うと、このハワイの地で暮らすことが出来れば、人生においてもっと自由度をあげることができただろうなとつくづく思った。
 
それにしても、初めてのハワイでは予想外のことも体験した。
時差ボケだ。
当時、関西では住宅街にある大阪国際空港しかなく、そこからの出発は深夜の便がないため、時差をもろに受けてしまうようなフライトスケジュールだった。
案の定、ハワイでの時間の前半ほとんどは、昼夜が逆転したような状態で、せっかくともちゃんの恩師が市内観光に連れて行ってくれているのに、うっすらと景色として見たこと以外、詳しい説明も殆ど覚えていなかった。
それでも、パールハーバー、パンチボールの丘、タンタラスの丘、さらには、宇治の平等院を真似た建物、など。
オプショナルツアーをいくつも頼まないと行けないような内容で、オアフ島を2日くらいで網羅してくれた。
 
やっぱり、ハワイの景色は素晴らしかった。
青い空と海。
そこに拭き渡る風が忘れられなくなった。
五感で感じる体験は、海外旅行は贅沢なモノではないと思えるくらい、私にとっては大切な経験だった。
 
そんなハワイを満喫していた旅行も後半に差し掛かった時のこと。
ともちゃんは、市内を走る路線バスに乗って人が少ないビーチへ行こうと言い出した。
短大時代、ハワイ学舎で学んだ経験のあるともちゃんなので、バスに乗ることくらい平気なのだ。
私なんて、英語で書かれた路線図を見て、停留所を調べ、目的地で降りるということ自体がミッションと思えるくらい未知のことだった。
尊敬に値するともちゃんにくっついて行かなくてはいけないと思っていたら、カピオラ二パークで目的のバスが来たと言って、小走りし始めたともちゃんを追いかけていると、私は何かにつまずいて転んでしまったのだ。
 
しかも、ビーチで使うゴザを抱えていた私は、咄嗟に手を着くこともできず、もろに膝を打ち付けてしまい、みるみるうちに血が流れて来たのだ。
もちろん、泣きたいくらい痛かった。
でも、その時ともちゃんは、
 
「海の塩水で消毒したら大丈夫」と、言ったのだ。
 
人生初の海外旅行。
未体験の私は、とにかくハワイで数カ月間生活したことがあるともちゃんを100%信頼していた。
まるで、この時ばかりは、親のように思うくらい全てを委ねていたのだ。
なので、このともちゃんの言葉を私はすぐさま信用して、バスに飛び乗ったのだ。
 
膝小僧に心臓が来たかと思うくらいジンジンしてきたが、「大丈夫、もうすぐ海に着いたら消毒できる」と思うと、不思議なことに耐えられたのだ。
その時のバスからの景色は、ワイキキの観光客が多い地域から、一気にローカルの生活圏へと移っていった。
 
ハワイと言えば、日本人にとっては夢の国と称されたこともあった。
ようやく、私のような若い者も気兼ねなく海外旅行が出来るようになったことは、とても有難いことでもあった。
そんな、贅沢な経験をまさに出来ていたあの初めてのハワイ。
 
膝の流血は痛かったし、同乗している現地の人たちからも、「大丈夫?」と、声をかけられるくらい、きっとスゴイ傷だったのだろうけれど、私の心の方は夢の国に浸っていた。
それでも、派手な観光地に比べて、ローカルな場所は、あの頃の日本よりもまだまだ素朴な印象の街だった。
 
その昔、この地に別の意味で夢を抱いて、必死な思いで移住してきた人たちのことを思うと、こうして観光が出来ていることに対してとても複雑な想いも湧いてきた。
海外旅行というのは、キラキラとした観光やお買い物という娯楽の反面、その土地に根付いた歴史や人々の想いを考えると、人生においての様々な学びを与えてくれるようだった。
そう思うと、あの20歳そこらの若い時期に、海外旅行というのは贅沢を思われるかもしれないが、そんな若い時代だからこそ、知見を増やし、経験を積むことは、多くの学びとなるので、私は価値があると考える。
 
そう、体力があるからこそ、ちょっとしたアクシデントも乗り越えられるのだ。
若いからこそ、時差ボケも早く解消できたのだろう。
そんなことを考えながらバスに揺られてどれくらいの時間が経っただろうか。
ともちゃんと目指したビーチに到着した。
 
私たち以外、観光客は誰一人もいなくて、ローカルの家族が一組くらいいただけだった。
私たちにとっては、非日常の観光でも、ローカルの人たちにとっては日常の時間。
それでも、こんなにも素晴らしく美しい海を毎日眺められることは、様々な便利なモノに囲まれて、お金も行動も自由に出来ることよりも、とても羨ましく思えたのだ。
 
日本では、バブル期を迎える前のフワフワし出した時代。
そんなところで生活をしている私にとって、キラキラしたことばかりに手を伸ばそうとしていたが、あのハワイでのローカルの人たち、名もないような美しいビーチ。
そんな地に足がついたような環境を私は今でも忘れていない。
時代の波にそれなりに乗りながら、おかげさまで今こうして元気に生活している。
それでも、キラキラしたこと、フワフワしたモノに触れる時でも、自分の足はどの地面で踏ん張っているのか、足元を必ず忘れないようになっていった。
 
私の膝の流血は、ともちゃんがかつて学んだ、ハワイ学舎に、今回お世話になった恩師を訪ねた際、事務員の方が手当してくれた。
 
「まあ、大変だったわね」
 
そうか、大変な傷だったんだね。
でも、痛かったけれど、ハワイでは私の親のようにくっついていたともちゃんの言葉、「海の塩水で消毒したら大丈夫」という言葉に助けられたのかもしれない。
 
数日間のハワイで、私は夢の国であるハワイと、地に足がついているローカルの人たちの生活に触れることで、人生においての大切な糧となる学びを得たのだった。
 
私の人生初の海外旅行。
ハワイでのあの時間は、私の中では人生のベスト・トリップだと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-10-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.236

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