週刊READING LIFE vol.237

47歳で父親になる私は、筋トレで家族愛を育む《週刊READING LIFE Vol.237 家族愛》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/10/30/公開
記事:青山一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
奥さんから「8か月後に、赤ちゃんが生まるよ」と聞いた男性は、最初に何をするだろうか。
 
今年の夏、私は47歳を迎えた。多くの男性が、キャリアの後半戦や、人生の折り返しを意識する年齢だ。だが、その年齢で私は突如として新たな人生のステージを迎えることになった。来年のお正月明け、第一子が生まれることが分かった。しかし、父親としての自覚は、なかなか芽生えてこなかった。
 
妻から妊娠の報告があった2か月後、私は3年半ぶりに兄と会った。私たち夫婦は、兄へ半年後に第一子が生まれることを伝えた。兄は自分ごとのように喜んでくれた。そして「子育てには体力が必要だよ」と45歳で父親になった兄から教えてもらった。「でも、40代になると子育てしながら体力はつかないよ」という言葉もセットでついてきた。
 
20代、30代の頃に親になれば、子どもを抱っこしたり、ベビーカーを押したり、の動作で体力がつくかもしれない。兄の会社の20代の女性は、子育てが筋トレ代わりだった。しかし、45歳から子育てを始めた兄は、同僚と同じことをしても筋力がつかず、ただ育児の疲労感だけが残ったそうだ。
 
父親としてやるべきことが、私の中で決まった。それは、筋力トレーニングである。しかし、私は筋トレが嫌いだ。スポーツクラブに23年間通っていが。エアロビスクやランニングマシンといった有酸素運動が中心である。当然、筋トレに注力していた時期もあったが、筋トレは、地味で辛くて、そのうえ成果が出るまで時間がかかる。そのため、ダンベルやマシンの使い方を教えてもらっても、その時だけで継続的に取り組まなかった。
 
私が筋トレをするのは、人間ドックの日が近づいてきて、体重や体脂肪率の値が気になった時だけである。そして、人間ドックが終わったら、しばらく筋トレをやめる。その繰り返しだった。
 
しかし、今回は事情が異なる。産まれてくる子どもの為に、抱っこや肩車をしてあげられるだけの筋力が必要である。子どものためなら、筋トレを継続できるはずだ。そう考えた私は、さっそくスポーツクラブの全身筋力アップさせるトレーニングプランへ申し込んだ。
 
筋トレのカリキュラムはシンプルであった。パーソナルトレーナーの指導のもと、週に1回30分間、決められた部位の筋トレを行うだけだ。そして、計8回のトレーニング代は5万5千円と、決して安くなかった。しかし、払った金額以上の見返りがあるだろうと考え、私は筋トレを開始した。
 
1回目、2回目のトレーニングは順調だった。1週間前に比べて、明らかに筋力がついているのが実感できた。ダンベルの重さやトレーニングマシンの重りを、前の週よりも軽く感じるようになった。トレーニングのフォームに至っては、トレーナーから修正されることも、ほとんどない。「この調子で、トレーニングを重ねていけば、8週間後には、かなりの筋力がつくぞ」と、筋トレなんぞ楽勝だと思い始めた矢先、トラブルに遭遇した。
 
コロナに感染してしまったのだ。ワクチンを4回摂取し、出かける時は常にマスクをつけていたにもかかわらず、感染してしまった。感染した日から5日間は自宅療養、更に5日間は運動を控えた。そのため、2回目から3回目のトレーニングが2週間ほど空いてしまった。
 
コロナが明けて、久しぶりにスポーツクラブを訪れ、筋トレを再開した。そこで、私は自分の筋力の低下に驚いた。今まで使っていたダンベルやマシンなど、持ち上げることができなくなっている。トレーニング開始日より、明らかに筋力が低下していた。
 
コロナ感染中に47歳の誕生日を迎えた私は、たとえ健康であっても筋力がつきにくくなっているであろう。若いころと比べて体質が変わっているにもかかわらず、コロナ感染によりで2週間ほど運動ができなかった。この年齢になると、筋力をつけるには時間がかかるが、筋力が低下するには時間がかからないことを実感した。
 
筋力と体力はコロナ感染前の水準になかなか戻らないが、皮肉なことに食欲だけは戻ってきた。身体を動かすことはセーブしているのにも関わらず、食事をセーブできない日が続いた。その結果、コロナ療養中に落ちた4キロの体重は、またたく間に戻った。
 
やっと筋力と体力が戻ってきた頃、トレーニングコースも終わりを迎えた。トレーニングの最終日に、全8回の間にどれだけ身体に変化があったか、体重や体脂肪率、筋肉量などを測定する。
 
「体重はマイナス0.5キロ、体脂肪はマイナス0.5%ですね」とパーソナルトレーナーは、困った表情をしながら私に伝えた。両手、両足、お腹の筋肉量も、トレーニングの開始時から終了時の2カ月間でほとんど変わっていない。筋肉量が100グラム減っている部位もあった。5万5千円という私の自己投資は、現状維持という結果に終わってしまった。
 
「辛いだけで効果ないなら、筋トレやめようかな」と私は考え始めた。というのも、トレーニング最終日の3日前に妻から連絡があり、産まれてくるのは女の子というのが分かった。男の子に比べると女の子は大人しそうだ。育児に、それほど体力と筋力は必要ないだろう。と、筋トレが嫌いな私は、自分の都合の良いように、女の子の子育てを解釈し、筋トレをやめる理由を探していた。
 
それでも、しばらくの間、筋トレを続けるべきか、やめるべきかで迷っていた。そんな私に、兄夫婦からランチの誘いがあった。私と妻は、久しぶりに兄のマンションにお邪魔した。マンションの入り口で、兄と一緒に出迎えてくれたのは、4歳になった姪っ子だった。
 
久しぶりに会った姪っ子は、すっかり大きくなっていた。産まれたばかりの頃、私が抱っこしてあげたことなど、当然のように忘れていた。姪っ子は、大きくなっただけでなく、元気いっぱいだった。マンションのエレベーターに乗るところから、大きな声で騒いでいる。部屋に入っても、じっとしておらず、ずっと動き回っている。お家にお客さんが来たことが、とても嬉しかったのだろう。
 
食事が終わり、兄夫婦から、子育てのエピソードを聞かせてもらった。最も興味深かったのは、ディズニーランドでの出来事だった。兄夫婦と姪っ子は3人で、ディズニーランドへ行った。しかし、姪っ子の身長が足りず、ほとんどのアトラクションに乗ることができなった。
 
乗り物を楽しむことができないのであれば、代わりにエレクトリカルパレードを見せてやりたい、と兄夫婦は考えた。しかし、パレードを楽しみたい人も多くいるため、最前列で見ることができなかった。そこで、兄は姪っ子を肩車してパレードを見せてあげた。パレードの開始から終了までの30分間も。
 
その話を聞いていた姪っ子は、ディズニーランドでの楽しかった肩車を思い出したのか、椅子に腰かけている兄の身体に登ってきた。再び、姪っ子は、自分の父親に肩車をおねだりしていた。
 
18キロになる我が娘を落とすまいと、兄は、全身に力を入れて肩車をしている。「お兄ちゃん、大変だな……」と心配している私の気持ちとは裏腹に、兄は嬉しそうな顔をして、姪っ子を肩車している。その笑顔は、兄自身がどれほど待ち望んだ我が子だったのか。そして、自分の娘のために、どれほど身体を鍛えてきたのか。を教えてくれた。
 
帰り際、兄夫婦は、私にベビーカーの押し方を練習させてくれた。私は、ベビーカーに乗せた姪っ子を駅まで運んだのである。兄夫婦のマンションから、最寄り駅まで約400メールであり、「この程度の距離なら、ベビーカーを押すのは楽勝だな」と私は思った。
 
しかし、ベビーカーを押す動作というのは、想像以上に大変だった。まず、姪っ子がベビーカーの中で大人しくしていない。右を向いたり、左を向いたり、身体の向きを変える。そのたびに、ベビーカーのバランスが安定せず、両手でしっかりとハンドルを支えていないと、横転させてしまいそうになる。そして、道路も平らな部分がほとんどない。少しの段差でベビーカーが進まなくなる。そのたびに、私は、ベビーカーの前輪を少し浮かせて、前に進んだ。
 
ハンドルを力一杯握る、前輪を少し浮かせる、といった動作を繰り返すことによって、私の体力は消耗しきっていた。最寄り駅までの、わずか400メートルが、果てしない距離に感じた。
 
「いきなり18キロになるわけじゃないから。少しずつ、子どものあやし方やベビーカーの使い方が、分かってくるよ」と別れ際に、兄が優しく言ってくれた。この言葉を聞いた瞬間、私は筋トレの継続を決めた。自分の娘がいきなり18キロに増えないのと同じように、私の筋肉量もいきなり1キロ、2キロと増えるはずがなかった。結果が出なかったからといって、たった8週間で諦めるのは、産まれてくる娘に合わせる顔がない。と、思った。
 
私は、再度5万5千円を支払い、同じトレーニングコースに申し込んだ。だが、同じペースで筋トレしても、1回目のように現状維持という結果が出るだけだ。そこで私は、トレーナーによる週1回のトレーニングとは別の日に一人で筋トレをすることにした。
 
週1回の筋トレでは、筋肉が増加しないことが分かった。では、週に何回筋トレをすれば効果的なのか。これについては、様々な研究がなされている。私のように、子育てに必要なくらいの筋力をつけるには、週2~3回のペースがベストということが分かった。
 
筋トレ後に24~48時間くらいの休息をとることによって、「超回復」という現象が起こり、筋肉の総量がトレーニング前よりも増加する。そのタイミングで、再び筋トレをすると、より筋肉量が増える。よって、2日に1回か、3日に1回のペースで筋トレをすると、より効果的に筋肉がつくのである。よって、私の場合は週1回のペースでは少なすぎる。逆に毎日やるのは多すぎる。
 
私は、パーソナルトレーナーをつけて週末に1回、個人ワークとして平日に1回というペースで筋トレを再開した。このペースを維持しながら半月ほど経った。そして、ある日の朝、スーツを履いた時にウエストが少しだけ細くなっている感じがした。また別の日の朝、歯磨きをしている自分の姿を鏡で見た時、二の腕と胸の筋肉が大きくなっている感じもした。
 
この感覚は、私の思い込みで、実際にウエストやバストのサイズを測定しても、数値的な変化はないかもしれない。しかし、思い込みでもいいから、筋トレの効果が自覚できたのは、ありがたかった。なぜなら、筋トレは地味で辛くて、しかも結果に表れるのが遅い。だから、私は筋トレが嫌いになり、続けることができなかった。しかし、このように短期間で身体に変化が出てくるのであれば、筋トレが楽しくなり、続けることができるからだ。
 
娘は2か月半後に生まれてくる。その4年後には、姪っ子と同じように体重が18キロになっているかもしれない。娘が4歳の時、私は51歳であり、今の兄より年齢が上になる。しかし、喜ぶなら1時間でも2時間でも、娘を肩車してあげたい。そのために、肩車をできるくらいの筋力をつけておきたい。なぜなら、肩車こそ、親子愛を映す姿だからだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2023-10-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.237

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