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週刊READING LIFE Vol,93

生きているだけで《週刊READING LIFE Vol,93 ドラマチック!》

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記事:大森瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
セブンイレブンで私は泣いていた。
お弁当の陳列棚の前だった。
月曜の夜23時、やっと仕事を終えて、疲弊した体を引きずって夕飯を買いに来た。
なのに、食べたいものが見つからない。
決して品揃えが少ないわけではなかった。
買おうと思えば、和洋中から甘味まで選び放題なはずなのに、なぜだか触手が動かない。
店に食べたいものが置いていないのではなくて、自分が何を食べたいか分からないのだ。
店内は意外に人が多くて、泣いているところを見られたくないので、俯いて必死に顔を隠していたけど、しゃくりあげる肩を抑えることは出来ない。
なぜ私は、自分の食べたいものすらわからないのだろう。
今思えば、ご飯に限ったことではない。
もうだいぶ前から、自分が何が欲しいのかわからない。
本も、洋服も、映画も手に取りたいと思うものが一つもない。
自分が何をしたいのか、分からない。
ただ一つだけ分かるのは、仕事が嫌で嫌で仕方のないことだけだ。
毎日毎日、営業先をくるくると訪問しながら、昼ご飯を食べる暇もなく、夜になる。
取引先や職場の人から言われた理不尽な言葉が、頭の中を離れずに悶々とする。
やってもやっても終わらない仕事。
こうも忙しいと、本当はあるはずのやりがいも全く感じられなくなっていた。
平日は仕事から帰るとぐったりとして、風呂にも入らず汗臭い体のままベッドに入る。
休日はベッドから一歩も動けず、天井のシミをずっと見ている。
目を覚ましたら翌朝になっているのが怖くて、夜は寝られない。
部屋の掃除を随分しておらず、ごみを何週間も溜めているから、部屋はごみだめのようだ。
今まで大好きだった本も、今では一行すら読むことがきつく、毎週定期的に書いていた文章も、書けなくなった。
私、なんのために生きているのだっけ。
そう思うと、涙があとからあとから溢れて止まらなくなった。
コンビニは涼しい。
目からこぼれたての涙は熱いけれど、店内の冷房に急速に冷やされて、顎や首をつたう時にはもう冷たくなっていた。
こんな人生が一生続くのだろうか。
結局何も買わずに、店を出た。
 
私は鬱なのかもしれない。
道行く人の笑顔を見ては、私はもうあの世界には戻れないのではないかと思う。
生きるのがこんなに辛いのは私だけなのか。
私が弱いからこんなに生きぐるしいのだろうか。
この世の辛さに淘汰され、死んでしまいそうだ。
体も心も途絶えて、私自身が絶滅してしまいそうだ。
 
8月7日に「ドラえもん のび太の新恐竜」が公開された。
私はドラえもんが好きなので、毎年映画館に観に行っている。
そして毎回、年甲斐もなく泣いてしまう。
正直、今の精神状態で楽しめる自信はなかったので、今年は観に行くのを迷ったが、少しでも仕事のことを忘れる為に足を運んでみることにした。
観始めると、やはり自分の心が映画を観る準備をできていなかったことに気づく。
心が健康の時とそうでない時では、同じものを見ても感じ方が違う。
普段なら感動するであろう場面も、今回は素通りしてしまう。
心が氷になってしまったかのようだ。
しかしその反面、心が健康な時には気にならなかったかもしれないことが、今回は妙に気になる。
私が気になったこと。
のび太の優しさでも、秘密道具の有能さでも、仲間との友情でもない。
それは、「ティラノサウルスが絶滅したのは、地球に隕石が落ちてきたから」ということだった。
映画を観ている私自身が絶滅寸前だったからこそ、ティラノサウルスが気になったのかもしれない。
恐竜たちが絶滅した理由は、地球に隕石が落ちた反動で、大量の砂がすっぽり地球全体を覆い、太陽光を長期間遮ったことで、気温が急速に低下したことだ。
草木が育たなくなったことで、草食恐竜が絶滅。
草食恐竜を食べていたティラノサウルスも絶滅、という流れだ。
私は恥ずかしながら、恐竜が絶滅した理由について今まで知らなかった。
環境の変化によるものだろうとか、食物連鎖が関係しているとは何となく思っていたが、詳しくは知らなかった。
だから見ている最中は妙に感心してしまった。
6600年前の地球の王者は恐竜で、その中でも頂点に君臨していたティラノサウルス。
現代で食物連鎖のピラミッドの頂点にいる人間と同じ立場だった。
どれだけ最強と言われる生物も自然を相手には勝てない。
もし恐竜がこの時に絶滅せず生き残っていたら、今、人間は存在していないかもしれないのだなぁ、と思った。
作中では、地球に隕石が落ちてきて、迫り狂う炎と波と粉塵から恐竜たちが逃げ惑い、のび太とその仲間たちが恐竜たちを助けていた。
映画館内にいる多くの人が、のび太と恐竜たちの交流や、仲間との友情にドラマを感じている中で、私の頭の中は滅んでいった恐竜のことでいっぱいだった。
私は家に帰ってから、取り憑かれたように、絶滅した生物たちのことについて調べた。
今まで人知れず滅んでいった生き物について知りたかった。
なぜこの世から種が一つ残らずいなくなってしまったのか、その原因を探りたかった。
調べれば調べる程、地球が誕生してから現代にいたるまで膨大な数の生物たちが生まれては消えてきたことが分かり、くらくらした。
そしてすべての種において、何かしらの理由があって絶滅したことが分かった。
なかでも、ティラノサウルスのように、理不尽な環境の変化により絶滅を余儀なくされたものが圧倒的に多い。
強い生き物も、賢い生き物も、地球を目の前にしたら皆、無力だ。
今まで何度も大絶滅は起きていて、その度に地球のメンバーはがらりと入れ替わる。
生き残ったのは、たまたま難を逃れたラッキーな生物たちだけだ。
たとえ、生きながらえたとしても、自分より強い生物に淘汰され、滅んでいくことも十分ありうる。
なんでも、今まで地球に生まれた数え切れない生き物のうち、99.9%の種は絶滅しているのだそうだ。
地球の空気や水や土などの資源は限りがあるから、それを享受する生物たちも無限に増え続けることはできない。
私たち生物は、言わば地球を舞台に椅子取りゲームをしていて、何かが滅べば、違うものが進化していくという繰り返しをし続けている。
こう考えると、地球に生まれた生物はいつかは絶滅する運命で、むしろ生き残っていることが例外のように思える。
人間も今のところ、例外の種のうちの一つなのかもしれない。
生きていると色々なことが辛く、嘆き悲しんだり、悩んだりするけれども、
地球規模で考えたら、実は生きているだけで奇跡なのかもしれない。
スケールが大きすぎて、頭が少しぼぉっとしてしまう反面、途端に自分の存在がちっぽけなものに思えてきた。
それは決して虚しさからくるものではい。
自分自身もヒトという種の中のひとりであることは間違いなく、
他の生物と同じように、この地球で懸命に生きているものの一つであることを俯瞰的に見ることができたからだ。
 
毎日毎日同じことの繰り返しで心が摩耗していた私は、これからもずっとこんな人生が続くことに絶望していた。
これからの私の人生に、劇的なことが起こるという希望を持つことが出来ないでいた。
事実、この先の人生が喜劇なのか悲劇なのかは分からない。
けれど、一つ言えることは、生きているだけで既にドラマチックなのだ。
地球規模で言えば、いつ絶滅したっておかしくないのに、私は今まで25年間生きてきた。
もっと言えば、私の祖先、そのまた祖先が命を繋いで、絶滅せずにここまで来られたのだ。
そう思うと、自分がかけがえのない存在のように思えて、久しぶりに心が明るくなった。
 
まだ、鬱状態から完全に抜け出せたわけではない。
油断すると、とてつもなく苦しくなり、相変わらず眠れない夜を過ごしている。
でも、そんなときは自分に言い続ける。
生きているだけで奇跡。
私も、この地球上で懸命に生きる生物の一つなのだと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大森瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

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