週刊READING LIFE Vol,94

想いを伝える、きっと伝わる《週刊READING LIFE vol,94 コミュニケーションは○○が肝心》


記事:布施 京(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「慎太が交通事故で即死だって……」
叔父からの早朝の電話。慎太は叔父の息子、私の従弟だ。規定のスピードを遥かに超えて、電柱に激突した車に同乗していた。23歳だった。
 
慎太は、私より4つ年下だった。慎太が2~3歳の頃、うちで一緒に暮らしていた。なぜなら、叔父の奥さんである叔母が失踪してしまったからだ。だから、私はよく慎太と遊んだ。母は、足の悪い舅の面倒も見ながら、2つ年上の姉と私、そして慎太の面倒を見ていた。そんな母は、余裕がなく、義理の甥っ子に対して、あまり愛情深く接することができなかった。私も、それが当たり前のように、慎太を本当の弟のように接してあげることはなかった。
 
慎太が3歳の時、失踪した叔母が現れた。
叔母は、正式に離婚をし、荷物を整理しに来た。駅まで叔父と慎太が見送った。その時、慎太は、必死に泣きながら叔母を止めた。
「ママー! ママー! 行かないでー! 行かないでー!」
叔父は、慎太の手を引っ張り、叔母の後を追わせないようにした。慎太が泣き叫び続ける中、叔母は駅の構内に入ってしまった。通りすがる人が憐れむ目で見ていた。叔母が母親として、どういう気持ちで慎太の声を聞いていたのか。それは、誰にもわからなかった。
 
私は、慎太が泣き叫ぶ姿を想像した。
どれだけ、母親に行かないでもらいたかったか。一緒にいてもらいたかったか。幼い私にもたやすく理解することができた。
 
その後、叔父が、どのように慎太を育てたのか、詳しくは知らない。
 
慎太は私と同じ小学校に入学した。
私が六年生、慎太が二年生になったときである。
「慎太くんは、京ちゃんの従弟なんだってね。名字は同じだけど、全然違うから、わからなかったわ」
私の担任の先生に言われた言葉だ。
慎太も私も、体型は細身で顔は少し面長だったが、慎太は、母親似で一重まぶたの切れ長、私は二重まぶたで、顔つきはまるで違っていた。そして、私は、先生に口答えをしない、おとなしい生徒。慎太は、一年生のときから先生に歯向かう問題児だった。
 
ある日、近所の人が、あることを伝えにうちにやって来た。
慎太がその人の家に勝手に入り、貯金箱を盗んだという。
その人は、慎太が家から出ていくところを目撃していた。すぐに、慎太の部屋から貯金箱が見つかった。貯金箱が戻ってきたので、その人は警察には届けないと言ってくれた。
だけど、叔父は許さなかった。風呂場の湯かき棒で、慎太の背中を何度も何度も叩いた。
 
叔母が失踪したのは、叔父の暴力が原因だと聞かされた。父と叔父は、兄弟で、同じ親に育てられた。家庭環境は同じはずなのに、父が暴力を奮ったのは見たことがない。何が叔父をそうさせたのだろうか。
 
うちの両親もケンカが絶えなかった。もし、離婚して、父に育てられていたら、私も同じようになっていたのだろうか。私は、物心つくようになると、慎太に何かしてあげたい気持ちになった。だが、子どもの私に、たいしたことはできなかった。ただ、近所ですれ違う時に、声をかけるくらいだった。見かけた時は、いつも声をかけ、会話をした。遠くから見かけた時は、大きな声で、名前を呼んで、手を振った。
 
慎太が中学生になると、叔父は警察にしばしば呼ばれるようになった。慎太には、盗み癖がついていた。
慎太は、中学校を卒業すると、ホテルのレストランに就職した。住み込みで働くことになった。私は、朝が弱い慎太に、就職祝いとして、目覚まし時計をプレゼントした。
「よかったな。慎太は、京のことが、好きだからな」
叔父の言葉に、慎太がはにかむように笑って、私を見たのを覚えている。
これからは、きっと更生してくれる。誰もが、そう思っていた。
 
だが、慎太は、あっという間にみんなの期待を裏切った。無断欠勤するようになったのだ。レストランから叔父に連絡が入り、叔父は慎太を住み込みのアパートに連れ戻した。何度かそんなことを繰り返し、とうとう慎太はレストランを辞めてしまった。そして、家にも帰らなくなった。その後、慎太は「悪い道」といわれる王道を猛スピードで進んでいった。そして、誰も止めることができないまま、23歳を迎え、生き急ぐように、人生の幕を閉じた。
 
父方の祖父は、明治生まれで、長男の私の父だけを大変かわいがっていたらしい。祖父の愛情が父にばかり注がれていたとしたら、父と叔父の家庭環境は、相当違ったものになっていたのではないだろうか。ひょっとしたら、親の愛情をたっぷり受けることができなかった叔父は、愛情を表現する術を知らず、暴力で表現しようとしていたのかもしれない。
 
私には、今8歳になる息子がいる。生意気に口答えをして、親に歯向かうことも増えてきた。最近、私は、子育ての難しさを感じながら、慎太のことをよく思い出す。
 
「うちで慎太と一緒に暮らしたとき、もっと優しくしてあげていたら、慎太の生き方は変わっていただろうか」
 
そんな苦しい問いかけを自分自身にしてしまう。
何が正解だったかは、わからない。
だけど、慎太に対する愛情と関心が不足していたことだけは、はっきりと言える。
 
「今、ちょっと忙しいから、あとでね」
これは、私が息子に対してよく使う言葉だ。
息子は、自分がしたいこと、話したいことを押し付けてくる。私が何をしていても、お構いなしだ。私は、そんな息子にイラッとしながら、「あとでね」と言ってしまう。そんな時、私が息子に関心をもっていないことは明らかで、それは、息子にも伝わってしまう。だから、息子もふてくされてしまうのだ。
 
子どもが関心をもってもらいたい時に、きちんと見ているよ、と関心をもって接してあげる。
子どもが愛情をもって接してもらいたい時に、目一杯の愛情をもって接してあげる。
 
それが、子どもとのコミュニケーションでもっとも大事なことではないかと思う。
先日、「あとでね」を言わないことを意識して、息子と接してみたら、息子は満足そうに私に抱きついてきた。息子が、言葉はなくともスキンシップで私とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのを感じた。
 
実は、私は、コミュニケーションは会話をすることが大切だとずっと思っていた。だが、まず、大切なのは、非言語的な要素なのではないかと思う。愛情や関心をもって、会話をすれば、子どもでなくとも、きっと、誰とでもコミュニケーションはスムーズにいくはずだ。
 
今、私が、慎太と暮らしていた幼い頃に戻れたら、そっと慎太と手をつなぐだろう。
公園に行くときも、どこへ行くときも、いつも慎太と手をつなぐ。幼い私は、愛情をうまく言葉にできないけれど、慎太を守りたいという思いを手のひらに込める。
そして、それは、慎太にも伝わって、安心して私に付いてきてくれるだろう。
 
だけど、あの頃に戻ることは、もうできない。
手をつないであげられなかったことを、ここで慎太に心から詫びたい。
「慎太、ごめん。守ってあげられなくて、本当に、ごめん」
 
天国にいる叔父と慎太が、「今更なにを」と笑ってくれていたら、いいなと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
布施 京(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,94

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