週刊READING LIFE Vol,94

見づらいくらいが、ちょうどいい《週刊 READING LIFE Vol,94 コミュニケーションには○○が肝心》


記事:竹下 優(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「怪しい人だったらどうしよう……何か売りつけられたりしないかなぁ?」
どうしても不安が拭えず、母に顛末を話して聞かせることにした。
 
「アンタねぇ、いくら知り合いって言っても
SNSで何度かコメントやり取りしただけなんでしょう?
“福岡に旅行に来るから”って食事に誘われて、そこで何かあっても、自己責任よ?」
 
「いや、そうなんだけどさぁ……この人、お母さんくらいの年代みたいやし
“文通相手と会ってみる”くらいの気持ちかもしれんよ?」
 
まったく、どうしたもんかなぁ。
instagramに送られてきたメッセージを見ながら、ため息をついていた。
 
遡ること1年前。
instagramを旅や外食の備忘録として使っている私は、
その日、宝塚歌劇を観劇し、会場に貼り出されたポスターの写真をアップした。
投稿する際には、個人的な感想は一切書かないと決めている。
メモ代わりに、「#宝塚歌劇団」そして、主演俳優の名前である「#望海風斗」と
2つのハッシュタグを載せていた。
 
確かに、そのワードで検索すれば私の投稿に辿り着くことが出来るのだが、
「#宝塚歌劇団」とついた投稿は22.8万、
「#望海風斗」とついた投稿は8.1万もあるのだ。
見知らぬ誰かが、私の投稿を見つけるなんて思いもよらずにいた。
 
いつものように、顔見知りの友達から押される「いいね」を確認し
数日もすれば、その投稿のことなんかすっかり忘れている……はず、だったのに。
 
「あの舞台、観劇されたんですね! 私も大好きな作品になりました!
娘が福岡にいて、親近感を感じたのでフォローさせて頂きます」
 
投稿の翌日、1件のメッセージが送られて来た。
日夜、星の数ほど新たな写真が投稿される中で
この人はどうして私の投稿を見つけたのか。
そして、私の味気ない投稿の、一体どこに興味を持ったのか。
とはいえ、こうしてメッセージを送ってきてくれているのだから、何かを返さねば。
 
「メッセージ、ありがとうございます!娘さんが福岡におられるのですね。
博多座にお越しの際には、ぜひお声がけ下さい」
彼女がどこに住んでいるのかは知らないけれど、“娘が福岡に居る”ということは
その娘さんはおそらく、大学生以上の年齢のはず。
40代以上の大人を想定し、当たり障りの無い、文面を送ったつもりだった。
 
その後も、宝塚歌劇を観劇した投稿に、
お互いそっと「いいね」を送りあう仲が続いていたのだが……
半年ほどたったある日、均衡は破られたのである。
 
「娘に会いがてら、福岡~鹿児島を旅行する予定です。
娘の仕事が終わるのは遅いので、それまでお食事をご一緒にいかがですか?」
 
確かに、贔屓の俳優も同じ。
趣味も合うだろうし、面白そうな提案ではあるけど……!
なにせ相手の名前も顔も性別も、どこに住んでいるのかも
何も知らないまま、会っても良いものなのだろうか?
何か別の目的があったらどうしよう?
高い壷とか水とか売りつけられるんじゃ……
 
悩んだあげく、私は母と友人に声をかけ、助っ人として同伴することにした。
2人とも宝塚歌劇が好きだから会話には事欠かないし、
3人で会えば、予期せぬ何かが起きても逃げおおせるだろう。
 
食事をするのは、ファッションビルのレストランゾーン。
個室は避け、開放的な雰囲気で、なるべく多くの人目があるところをチョイスした。
 
「ヤバい! って思ったら、トイレに立ってLINEするからね。
スマホは必ずテーブルの上に置いておくこと。
サっとお会計して帰るようにしようね!」
 
あくまでも最大限に警戒して。
何度も念をおしあい、“その日”を迎えたのであった。
 
「すっかりお待たせしてしまって、すみません!」
当日はあいにくの残業で、集合から遅れること30分。
お店へ駆け込んだ私を待っていたのは
拍子抜けするほどに大盛り上がりの3人組だった。
 
「あのショーの衣装はほんっとうにキラキラしててステキでしたよね!」
「あら、あの公演、宝塚大劇場で見たの?あれ良かったわよね~」
 
あの~……私、今着いたんですけど?
もしも~し?
 
すっかり置いてきぼりを食らった私は、
ひとまず場の様子を観察しようと、ビール片手に腰を下ろした。
 
目の前に座っている女性が、あのメッセージの送り主か。
笑いシワのある、物腰柔らかそうな女性。
年は……うん、やはり母と同世代に見える。
母親を同伴したのは、間違っていなかったかもしれないな。
 
それにしても楽しそうに話すこと、話すこと。
観劇した舞台の話、CS放送で見せた贔屓の俳優のプライベート、
雑誌やカレンダーの写真がうんぬん……
よほど宝塚が好きなんだなぁ。
ぼんやり見つめていると、ハっと気がついたように視線がこちらへ飛んできた。
 
「ユウさんですよね!? 急にお誘いしてごめんなさいね、びっくりしたでしょう?
あのあと、娘夫婦に怒られたんですよ、“お母さん、何考えてるの!?”って。
あ、申し遅れました、カヨと言います、どうぞ宜しくお願いしますね」
 
カヨさんは、宝塚歌劇の本拠地・兵庫にお住まいの女性で
20代後半の娘さんは、就職を機に福岡へ。
最近結婚したので、新婚生活の様子も見がてら、会いに来たのだという。
 
「どことなく投稿の雰囲気から、娘と同年代じゃないしら、と思っていたので
私は何にも心配してなかったんですけどね。
若い方はなかなか“実際に会いましょう”とはならないんですねぇ。
娘に言われて“失礼な事したかしら”って心配していたんですよ」
ちょっぴりバツの悪そうな笑顔に、こちらの心もほころんだ。
 
「いえいえ、最初はちょっとビックリしちゃって。
ひとりでお目にかかって良いのかな、ってドキドキしちゃったので、友人と母も誘うことにしたんです。
けど、みんな“大好きなモノが同じ”っていうだけで、こんなに盛り上がるものなんですね!」
 
出会ってから2時間あまり、
私たちはお互いの名前と、贔屓にしている宝塚スターが誰かしか知らない。
かろうじて、カヨさんが福岡へやってきた理由は聞いたけれど
各々の“人となり”だとか、連絡先だとか、
通常、人と人が知り合っていく中で、最初に知りうる情報については全く把握していないのだ。
 
「“好き”の一点突破で繋がる人付き合いっていうのも、あるんだなぁ……」
 
年代も違う、相手のことなんてよく知らない、
それでもここにあるのは、れっきとした“友情”だ。
初めての経験にワクワクしながら杯を重ね、夜は更けていった。
 
子どもの頃から折りに触れて読む本に、こんな一説がある。
『大切なものは、目に見えないんだよ』
 
確かに、言われてみれば私たちは日頃から、多くのものを見すぎているのかもしれない。
『人は見かけによらない』だとか、『大切なものは心の目で見るんだよ』とか、
口酸っぱく言われてきて、耳にタコができるくらいなのに。
 
いや、だからこそ、失敗してはならぬと身構えて、
相手をしっかり見定めようと目を凝らしてしまう。
 
性別、年齢、どんな服を着ているか。
言葉を交わす前から、物理的にも、精神的にも適度な距離を維持しつつ
「仲良くなれそうかどうか」をジャッジしてしまう。
 
その点、SNSを通じた出会いは“軽い近視”のようなものだった。
なんとなく透けて見える情報はあるけれど、
相手の輪郭をはっきりと捉えることはできない。
この場合、メガネやコンタクトで“視力を矯正する”という手立ても無い。
 
だからこそ、「もっとよく見よう」と、
相手の言葉の選び方やコメントを残すタイミングなど、
普段は見落としがちな、些細な要素を拾い上げ、
知らぬ間に、関係性を紡ぐ努力をしていた。
 
「きっと劇場ですれ違っても、お話することはなかったでしょうね」
「本当に! 思い切って会ってみて良かったです、人のご縁って、不思議ですねぇ」
そう笑いあった私たちの出会いには、
実はちょっとした“オマケ”のサプライズがある。
 
「そういえば、ユウさんはお仕事大変だったんですか?」
ひと通り食事が終わった頃に、カヨさんが口を開いた。
そう、遅れた理由を話す間もないくらい、ずっと宝塚歌劇の話で盛り上がっていたのである。
 
「えぇ、明日は台風が来るかもしれないので。
私は放送局で働いているので、放送内容が変更になるかも知れず
なかなか会社を出られなかったんです」
 
その瞬間、カヨさんの顔色がサっと変わったのを見逃さなかった。
そっとスマホを取り出し、どこかに連絡しているようだ。
 
「どうかしました?」
少し焦った様子のカヨさんの顔を覗き込む。
 
「いえ、実は……あらイヤだっ!」
スマホに誰かからのメッセージが表示されると、カヨさんは頭を抱え込んだ。
 
「実は、私の娘も放送局で働いていまして……
昨夜、ユウさんのアカウントを一緒に見た時には
全く気がついていなかったみたいなんですけど
娘に聞いたら、 “何度かお会いしたことがある”って言ってます!
娘の知り合いと、こんなにはしゃいでいたなんて……恥ずかしいわぁ」
 
ええぇっ!?
 
「娘さん……どちらの放送局にお勤めなんですか?」
やましい事をしている訳ではないのに、
見られてはいけない一面を見せてしまったような気がして
私の背中にもヒヤっと一筋の汗が流れ落ちた。
 
結果的に、カヨさんの娘さんは、私とは違う会社にお勤めだったのだけれど
2-3歳下の彼女とは、仕事の席で何度か一緒になったことがあった。
そういえば、「もうすぐ結婚するんです」という話を聞いて、「おめでとう!」と返したっけ。
 
それにしても、“奇縁”とはこういう事を言うのだなぁ。
SNSという宇宙空間の中で、
住んでいる場所も違うのに、知人の母親と友達になる確率って
いったい、何パーセントくらいなんだろうか。
そして、実際に顔を合わせる確率ときたら……
 
「いやぁ、世の中って狭いんですね。悪いことはできませんねぇ」
お互い、ちょっぴり気まずい笑顔を交わし合った。
 
私たちの関係は依然変わらず、
「あの番組見ました!?」「あの雑誌、ステキですよね!」と
こまめにSNSにコメントを送りあう仲ではあるが
これがもし、カヨさんの娘さんから
「私の母も、宝塚歌劇が好きなんですよ」と紹介されていたとしても、
こうはならなかっただろう、と断言できる。
 
出会いのチャンスを広げ、人間関係を豊かにしようと思うなら
きっと「見えづらいくらいがちょうど良い」と
心にかけたメガネを外すのが、肝心なのだ。
 
大らかに、のんびり、ゆっくりと。
うまくピントが合う位置を探りあうのも、一興かもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
竹下 優(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

生まれてこのかた福岡県から出たことのない、生粋の福岡人。
趣味は晩酌、特技は二度寝と千鳥足。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,94

関連記事