老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第6章 脱とりあえず〜コーヒーのお作法《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2021/01/06/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ご注文はどうなさいますか」
「あ、じゃあ、ホットで」
 
カフェや喫茶店に入ると「とりあえずコーヒー」を注文すること、ないですか。ホット、ブレンド、アイスと呼び方は様々だけど、なぜだかどこでもそれでコーヒーだと通じてしまう。ついつい注文するし、気づいたら1日に数杯飲んでいることも珍しくない。私たちは日常で、すっかりコーヒーを当たり前に飲むようになりました。
 
しかし本当は、とりたてて飲みたいわけでもなく、なんとなく惰性でいつものコーヒーを頼んでしまうのではなかろうか。果たしてそのコーヒーは、本当に美味しくて、心から飲みたいコーヒーですか。
 
打ち合わせや暇つぶしにと、どこそこでなんとなく飲んでしまうコーヒーですけど、どうせ飲むならとことん美味しいやつが飲みたい。だらだらとなんとなく飲むのではなく、ミルクや砂糖で誤魔化すのではなく、コーヒー自体の味がちゃんと感じられて、嫌な苦味やえぐみがない、絶対に美味しいというやつを1日に1杯か、多くても2杯。ほんまに美味しいコーヒーがちゃんと飲める、そういう習慣の一つも持ちたいものです。果たして、本当に美味しいコーヒーってなんでしょうね。
 
 

京都コーヒー界の雄、イノダコーヒ


京都でコーヒーといえば、抑えておきたいのはまずここ、1940年創業のコーヒーチェーン店イノダコーヒさん。”コーヒー”ではなく”コーヒ”と表記するのは、創業当時京都ではそうする文化があったためで、他店でもコーヒと読ませる老舗がいまだにいくつかみられます。
 
本店は三条堺町をちょっと下がったところにあります。木造とレンガ作りの建物が、レトロな古き良き昭和を思い出させてくれつつ、庭からは温かな自然光が差し込んで心地いい。1階席、2階席とあり広々とした店内は、それでも朝の開店と同時に満席になります。
 
観光名所にもなっているのでもちろん観光客で賑わいますが、地元愛溢れるローカルの常連客の存在が、開店前の座席に置かれている新聞でわかります。常連客は自分のお気に入りの席があるので、お店がその方達の座席を取り置きしてくれているのです。まったく京都という街は、本当に常連さんを贔屓にするし、またそのやり方も露骨だからか、京都人は一見さんお断りで「京都人はいけず」というレッテルを貼られてしまいます。しかしこれはそもそも常連さんを大事にしようとするおもてなしの気持ちの現れ。京都人は京都人であることが好きなので、こういう特別感も何気に京都人魂をくすぐります。
 
こちらの代表的コーヒーは「アラビアの真珠」と言われる、アイコニックな赤い缶に入ったコーヒーです。砂糖とミルクがあらかじめ入れてあるカフェ色のコーヒーが、ぽってりした厚みのあるコーヒーカップで供されます。ここ最近では砂糖、ミルクを入れてもいいかどうかを訊ねてくれますが、私が子どものころ、今から40年ほど前の記憶だと、入っているのが当たり前でした。
 
私がイノダコーヒを最初に訪れたのは2歳の時。当時の記憶があるはずはないですが、母、祖母と一緒によく、ランチや休憩をしにきていたことを、なんとなく覚えています。祖母も母も当時はタバコを吸っていて、美味しそうにコーヒーを飲みながらくゆらすタバコの煙が、なんだかかっこいいものでした。
 
今から思えば、小さい子連れで喫煙なんて、とお叱りをうけそうですが、昔は喫煙者に対してもっと寛大で、どこでも喫煙できていたような気がします。大人はタバコをすってコーヒーを飲み、それがかっこいいんだと、子どものころからそんなふうに刷り込まれてしまっていました。
 
それから時代が変わり、タバコは公の場所では禁止されるぐらいにまで法律も社会も変わりました。しかしコーヒーは変わらず、禁止されるどころかどんどんと広がりをみせ、喫茶店だけではなく、カフェやスタバのような大手チェーン店もが現れ始めました。大衆化、低年齢化が進むコーヒー文化ですが、依然として大人の味であり、大人だけが味わえる、ちょっと秘密めいた飲み物であることには変わりありません。
 
とあるカフェの常連となり、極上のおもてなしを受けながらコーヒーをいただく。朝1杯のコーヒーとモーニングが心も体も満たしてその日1日の活力を作ります。コーヒーの魅力はその味や香りだけでなく、コーヒーのある風景の全てを”オトナ”の時間の記憶として、脳裏に焼き付けてくれるところにあります。往々にして幸せな時間の記録と結びついていきますから、コーヒーの香りを嗅ぐだけでも幸せな感情がついてくる。だから私たちはコーヒー中毒になるのかもしれません。
 
 

一緒に食べたいホットケーキ、スマート珈琲店


イノダが先駆けかと思いきや、それよりも少しばかり老舗なのがスマート珈琲店です。1932年創業、スマートという名前には、「気の利いたサービスができる店を目指したい」という意味が込められています。創業当時からいまも変わらず自家焙煎オリジナルコーヒー豆を使い続けており、こちらも常連さんだけでなく、レトロな喫茶店に憧れる観光客で連日賑わう珈琲店です。
 
寺町通の、ちょっと薄暗く感じるぐらいの入り口と店構え。創業当時からかわらない建物は、一歩中に入ると暗めの照明で落ち着いた雰囲気で、レトロ感満載です。1階が喫茶、2階がランチと分かれており、1階では軽食やスイーツ、2階ではしっかりとした洋食メニューをいただくことができます。
 
コーヒーの名店であるスマート珈琲店は、ホットケーキでも有名です。昨今流行りのいわゆるパンケーキのような少し薄手のものではなく、昔ながらのぽってりした、カステラのような”ホットケーキ”は、鉄板で1枚ずつ丁寧に焼かれます。こんがり狐色に焼き色がつき、ナイフをいれると表面のざくっとした感触が伝わってきます。たっぷりのバターとシロップをかけて頬張ると、なんとも言えない幸福感に包まれます。一口食べて口が乾いたらコーヒーをごくり。ホットケーキの甘味をコーヒーがうまく包み込んでくれます。
 
ホットケーキのような食べ物のことを英語でコンフォートフード(comford food)といいます。つまり「食べたらほっとする味」という意味で、家族との団欒やのんびり友人たちと寛ぎたいときに食べるものというような意味合いでしょうか。シチューのように煮込んだ料理や、じっくり時間をかけて調理したロースト料理も同様で、つまり食べることで心を癒し、ほっとさせてくれます。落ち着き、温かな気持ちになり、心から癒されるという経験を、食べ物を通して体験することができるのです。
 
そのコンフォートフードの一つであるホットケーキと、そのお供であるコーヒーは、切ってもきれない関係にあります。ここでもコーヒーは、寛ぐという幸せの記憶を作り出す、大事な役割をもっているのです。香ばしく焼き上がるホットケーキはそれだけで幸福の香りが漂いますが、それとコーヒーが一緒になることで、さらに幸せの記憶が深く深く脳裏に刻み込まれていくようです。
 
ちなみにスマート珈琲店では、1階喫茶メニューのなかの、フレンチトーストやプリンでも同様のコンフォートフード的幸福感を得ることができます。昔懐かしいほっとする味を求めて連日客が列をなすために、並ばずに入れることはめったにないですが、並ぶ価値を存分に感じられる店であること、間違いなしです。
 
 

コーヒーに対する貪欲な探究心 丸山珈琲店


イノダコーヒもスマート珈琲店も、もちろんコーヒーは美味しいのですが、それでもフードや雰囲気と一緒になっての珈琲体験を作り出すものですが、コーヒー自体の味を追求しているお店もあります。
 
マニアックなぐらいに一つのことを突き詰めて尖らせる、そんな今らしい理念をもった珈琲店、それは長野県で1991年に創業したのが丸山珈琲さんです。
 
「日々を豊かにするコーヒー体験をあなたに届けたい」という想いで、オーナーの丸山健太郎さんは1年のほぼ半分を生産地で過ごし、世界中旅して美味しいコーヒー豆を探し続けています。まだ知られていない美味しさがあるに違いないと、豆選びから焙煎、抽出と、全ての工程にこだわり密接に関わります。最高に美味しいコーヒーに出会うための探究心が素晴らしく、この熱量は凄まじいほど。こうして選ばれた豆の数々はどれも個性的で、コーヒーってこんなにたくさんの種類があって、それぞれに違った美味しさがあるのかと、ただ驚くばかりです。
 
カフェにはバリスタと呼ばれるコーヒーの専門家が常駐しています。彼らはコーヒーの個性を一つ一つ理解し、覚え、言語化して伝えてくれます。
 
バリスタの仕事は、コーヒーの美味しさを伝えるだけではありません。
それぞれのコーヒー豆に対する生産者の想いを伝え、コーヒーの持つポテンシャルを最大限に引き出して焙煎、抽出し、それをまるごとお客様に届けることがバリスタの役目です。コーヒー愛が半端なくないとできない仕事です。丸山珈琲は2006年から毎年ジャパン・バリスタチャンピオンシップに参加し、2009年以降毎年日本チャンピオンを輩出しています。
 
お店ではバリスタたちが、一つ一つのコーヒー豆の違いを詳細に伝えてくれます。また希望すればテイスティングも可能。気になる味のコーヒーを少しずつ、飲み比べてみることもできます。複数種類のコーヒーを飲み比べられる機会はそうそうありません。産地もアフリカ、ブラジル、アジアなど多岐にわたり、それぞれの豆の違いをビビッドに感じることができます。フルーティなもの、ナッティなもの、ショコラ風味なもの、ベリー系、柑橘風味…… まるでワインを評するときのような形容詞でコーヒーも表現されるのかと、世界に広がるコーヒーの世界の豊かさに、舌も心も震えます。
 
丸山珈琲店ではフードもスイーツも必要なし。ただ素直にコーヒーの味を味わいたくなります。個性豊かなコーヒーたちの、それぞれの魅力に触れるたびに、普段そこらへんのカフェや喫茶店で飲んでいるコーヒーは一体なんなのだろうと思うほどです。コーヒーはそもそも日本産ではありませんが、美味しいコーヒーを追求するマニアックさに、日本の国民性を感じられたりもします。
 
 

たかが一杯のコーヒーだけれど


世界には美味しいコーヒーがたくさんあります。
イタリアやスペインのエスプレッソ文化、トルコやベトナムなどのアジア文化、アメリカはシアトル系のカフェ文化といろいろとあるなかでも日本では、すっきりとドリップされた昔ながらの喫茶店系コーヒーが一番しっくりきます。
 
美味しいコーヒーを飲む時間は、自分に向き合い自分を振り返る、貴重なリセットタイムなのです。ほっと一息つくこと、自分を心から大事にして癒す時間を作ること、幸せな記憶を積み重ねていくこと、そんなことが一杯のコーヒーからできる。それも毎日少しずつできる。そんな魅力的な飲み物は他には見当たりません。
 
人生をがむしゃらに生きてくればくるほど、時間に追われて忙しい。その忙しい毎日のなかで、呼吸の抜きどころを知っているのが、オトナの嗜みなのではなかろうか。たかがいっぱいのコーヒー、その選び方や飲み方に、あなたがどう自分の人生にむきあっているのかが色濃く反映されるのが、コーヒーの魅力でもあり、恐ろしさでもあります。
 
そやから、美味しいコーヒー、とにかく飲んでおくれやす。
 
 
 
 
《第7章に続く》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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