第8章 100年以上も愛される京都の鍋料理《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》
2021/03/01/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
冬はこれがなくちゃ、始まらない。それも特に気温が一番落ち込む12月から1月、日本人なら絶対に食べたくなる和食の一つに、鍋料理があります。
和食といえば高級料亭とか寿司天ぷらとか、そういうものばかりを連想してしまうけれど、そういう華やかなメニューたちを表とするなら、鍋料理はまさにその裏側。料理、というからには料理なのだけど、実際には食べながら調理という、ただ料理としての味を味わう以上の愉しみが鍋料理にはあります。
一般に鍋料理とは、大きめの鍋に具材を入れて調理しながら食べるものです。使う具材、出汁の種類、味付けなどにより種類が無数にあり、またすき焼きやしゃぶしゃぶのように、名前は同じでも地方によってその味付けや使う具材など工夫が異なるものがあるので、一概に鍋料理と言っても同じ料理とは思えないほどです。
いろんな鍋があるけれど、中でもちょっと別格な特別な鍋料理を、一生のうちで一度は味わっておきたいものです。今日はそんな少し特別な鍋を、しかも鍋料理の本質が見えてくる究極の鍋料理をご紹介しましょう。
100年の歴史を刻む、魅惑のぼたん鍋
創業大正7年、平成30年に創業100年を迎えたぼたん鍋の老舗といえば、鞍馬口の畑かくさん。かつて御所の御陵場だった京都洛北・雲ケ畑出身の初代が、田舎料理だった猪鍋からヒントを得て生み出したメニューが「ぼたん鍋」と言われています。通常猪肉だと赤味噌を合わせることが一般的でしたが、初代は京らしい味わいにしたいと白味噌仕立てにしました。
昔から猪肉のことが「ぼたん」と呼ばれていたことに加えて、お皿に広げて盛り付けられた猪肉がぼたんの花びらのように美しいことがぼたん鍋という名前の由来になっています。創業時から改良と改良を重ね、今の味に仕上がったといいます。白味噌の優しい甘みや風味で猪の臭みや荒々しいところがまるくなり、ただただ甘くて美味しいお肉として、シニア層から子どもまで、世代を超えて愛されています。
料理は個室でいただきます。大人数だろうと数人だろうと全てがプライベートの空間でいただけます。部屋には炉が切られており、その中に炭火をおこして、そのうえで土鍋を炊いていきます。炭火を使うためにはそれをしっかりと温め加熱させておく時間が必要なので、必ずお店は予約して、来店時間を伝えて置いて欲しい。
京都の料理屋の多くはその昔、ほとんどのお店が一見さんお断りでした。
そんな京都人を周りのひとは、いけず(意地悪)だと言います。しかしそれには理由があるのです。
一見さんがお断りなのは、急に予約なしで入ってこられても、思うようなおもてなしができないからです。それほど古い料理屋というのはおもてなしの心を大事にしています。
中途半端な状態でお客様をもてなしても決して満足していただけない。ひいてはそれがお店の評判となりあちこちに伝え広められます。京都はせまい社会ですから、悪い評判がたつことだけは避けなければならない。京都で地に足をつけて愛される料理屋として存在したいのであれば、このおもてなしマインドは必須です。
とはいえ、自己保身のために一見さんをお断りにしているわけではなく、結局はしっかりとおもてなしをさせていただきたいのです。商売人の基本はいかにお客様に満足していただいて、その上でお代をいただけるかどうか。しっかりとおもてなしをする準備ができていませんのでお断りください、というのは、お客様に対する愛情と自分たちの仕事に対するプライドの現れなのです。
お料理はシンプルにぼたん鍋といきたい。畑かくさんは懐石料理やハモ鍋なども提供されてはいるものの、やっぱり目当てはぼたん鍋。そのメインとなる肉には丁寧な下処理がなされているため、臭みはまったくありません。養殖ではなく、丹波の契約している猟師さんから直接お肉を仕入れています。まだ妊娠出産を経ていない若い雌の猪が、一番柔らかくて甘みがあり美味だとか。その理由は脂肪にあります。出産経験のないメスは脂肪をたっぷりと蓄えて、それが肉に甘みを加えます。
甘みのあるシンプルなぼたん肉を、昆布と白味噌仕立てのあっさりしたスープで煮込んで食べていきます。煮込めば煮込むほど柔らかくなり甘味がまします。通常は赤味噌で濃い目に仕上げて食べることが一般的なぼたん肉は、京都では上品に、そして優しく食べることができます。そんな不思議な鍋料理が、畑かくさんのぼたん鍋なのです。
その昔この鞍馬口界隈は、西陣織が有名な産業でした。過去には大きかったきもの文化もすっかりと以前の勢いを失い、いまではずいぶんと縮小されてしまいました。きっと畑かくさんはそんな業界の変遷を常に真横に感じながら、西陣で仕事をする人たちを腹から支えてきた存在なのでしょう。
料理屋で頂く料理は、いつもとはちょっと違う特別な料理です。
畑かくさんでは席を全て個室にしているのですがそれにも理由があります。
少人数のお部屋では接待や商談など、大切なビジネスのシーンでも使われますし、またお見合いやデートなどのおめでたい席でも使われます。また大広間を使って婚礼やパーティを行うことも可能です。現代のように結婚式場やホテルが多くなかった昔には、このような料理屋さんが人々の晴れの舞台を引き受ける場所だったのでしょう。きっとたくさんのドラマが生まれ、たくさんの愛が育まれてきたことでしょう。人の喜びや悲しみの場にはいつも、なにか食べるものがあるものです。
まる鍋を食べずして鍋を語るなかれ
創業100年ぐらいで老舗やて言わんといて、というお叱りを受けるのは京都ならでは。次にご紹介したいのは創業330年になるすっぽん鍋の老舗、大市さんです。
江戸時代中期に初代、近江屋定八が創業し、以降18代にわたってすっぽん一筋を貫いてきました。店舗も当時の建物のまま営んでいらっしゃるため、足を一歩踏み入れただけで歴史の重さを感じます。
すっぽんは日本のみならず欧米でも高級食材で、滋養に富み、強壮によいと言われています。5000年前からも食されていたという記録があるほど、古くから珍重されてきました。良質のたんぱく質やアミノ酸が豊富で、動物でありながらもアルカリ性食品、脂肪は植物と同じ、不飽和脂肪酸です。この脂肪は他の動物では見られることがない、すっぽん独特の脂肪です。
大市さんのメニューは潔くすっぽん鍋だけ。鍋といっても、すっぽんの身だけを食べるシンプルな鍋です。普通だったら他の野菜が入ったり、鍋以外のおかずもついたりするのかと思いますが、大市さんはすっぽんだけでの勝負です。
ぶつ切りにしたすっぽんの身を土鍋にいれ、コークスで一気に加熱していきます。この調理法では土鍋にかなり強い火力を加えるため、1つの土鍋が3ヶ月ほどしかもたないそう。土鍋は滋賀県産の信楽焼、ぽってり分厚い専用の土鍋を使用します。
すっぽんだけが入った鍋を2ラウンドほどいただいた後、最後はご飯を入れて雑炊でしめます。鍋は基本、中居さんが作ってくれるので、私たちはただ食べればいいだけ。雑炊が出来上がったら鍋を火から下ろしますが、土鍋だと熱が下がるまでに時間がかかります。その間土鍋のなかではご飯が鍋底にコゲを作ります。このおこげをバリバリと食べると美味しいと言いたいところですが、がりがりとこそげ取ると鍋が割れるのでやってくれるなと先手を打たれてしまいました。ただただシンプルにすっぽんを味わう、そして美味しいという言葉を引き出す。ただそれだけが大事だという店主の気概が食べかたの作法にも感じられます。
素材であるすっぽんは高級食材です。貴重なものなので、天然はほとんど手に入りません。そのため大市さんでは独自の養殖場を経営しており、そこで大市専用のすっぽんを育てています。養殖といえども薬品は一切使わず、独自の餌や飼育方法を用いるというこだわりよう。さすが300年以上も続くのは、細部にまで目を光らせこだわり抜くオーナーの姿勢が大きく関係しているんじゃないかと思います。
創業以来330年も続けていくのは、とんでもなく大変なことです。ただ美味しい料理を提供していればお店が繁盛して生き残れるというものではありません。残念ながら飲食業界は、そういう甘い世界ではありません。
1年でも生き残るのが大変な飲食業界、10年続けたらすごいと言われる、それぐらい続けていくのが難しい世界です。300年前、100年前とは食や外食産業をとりまく状況ががらりと異なりますから、そのときどきの時代に生き残っていくことだけでもものすごいことなのに、代を跨ぐとなるとそれはまた大変な苦労があります。
ハレの日のご飯をみんなで囲む喜び
料理は、料理人という職人の世界です。
職人一人一人にはそれぞれの個性があり、お客様はその個性に惹かれて食べるものを選んできました。昨今では無人で提供される食があったり、チェーン店が増えてどこでも同じ味が安定して食べられること、そして安価なことに価値がおかれるようになりましたが、そもそも外食文化というのはそういうものではありません。
いつもとは違う特別なシーンで、職人さんの経験やスキルに対しての対価を支払いながら、自分では食べられない味や食体験をするためのもの、ちょっとよそ行きで非日常を体験するもの、それがそもそもの外食の役割でした。
食べるという行為をもし2つに分けるとしたら、一つはハレの日の食事、つまり特別な日、特別なシーンでの食事があります。お祝い事や商談、大切な人をおもてなしする、人と人とがより親しくなることを助けてくれる、また記念日の記憶を美味しく彩ってくれるスパイスのようなものです。
また一方でケの日の食事、つまり当たり前の日常、毎日の通常の生活のなかで食べる料理があります。物事には陰陽があって、どんなことにもかならず表と裏があるように、食べることにも必ず陰と陽があります。ハレの日で華やかに特別なものを食べる時があるのは、それは普段のケの日があるから。どちらがいい、悪いではなく、両方があるから成立するし、両方があるからこそどちらもが大事です。
よく、健康になるために健康的な食事を選ぶということがあります。
もちろん健康であること、心や体が健やかなことは全ての活動の基本ですから、そこは大事にしていきたいことですが、ときにそれが行き過ぎになり、本来の食の愉しさを味わえなくしている場合があります。
また反対に、健康的な食事をまったく受け入れない人もいます。
そこまでストイックにならなくても、とか、好きなものを我慢する生活なんて耐えられない、好きなものを好きなだけ食べたっていいじゃないという、食へのこだわりのベクトルが完全に別の方向を向いている場合です。それはそれで一つの考えですから、そしてまた食べることは個人の選択ですから、そういう食べかたを選択することに対して批判も批評もありません。
ただ一つ思うことは、どちらがいい、悪いではなくて、どっちも必要なんだということです。
普段の食事で体や心を気遣い、健康的な食事や食べかたをベースに据えて、その上で時には思いっきりハメをはずして食べる。食の本来の楽しさである、美味しいものに身を委ねて味わうグルメだったり、仲間や友人、愛する人と思いっきり食べる会食だったり、どんなシーンであれその場を最大に楽しみ慈しんで食べることができることが、食を本当に楽しむということだと、私は確信しています。
食べることへの趣味嗜好は本当にパーソナルで、ひとそれぞれに、それぞれの思いやポリシーがあります。自分が大事にしたい食べ方があるなら、他の人にも同様、その方が大事にしたい食べかたがある。他人の大事にしているものを自分も大事にしてあげること、それが何より人と人とが信頼でつながるための、大事なファーストステップだと思うのです。
畑かくさんと大市さん、どちらも私たちの特別な日を飾るのにふさわしい猛者たちです。
どうか100年以上の時の流れに身を委ね、人との関わり、歴史の重さ、そして自然への畏敬の念に身を委ねてくださいませ。
人生も50年生きてきたのであれば、食べることぐらいでごちゃごちゃ言わんと、まずは美味しく食べたらええ。心からそう思います。
□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
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