老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第10章 ここ一番の勝負メシ、うなぎ《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2021/06/07/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ああ、ちょっとそろそろ、うなぎが食べたいなあ」
 
土用の丑の日になると、やはりどうしても食べたくなるのがうなぎです。いやむしろ、丑の日でもないとわざわざ食べないようなものかもしれません。その理由の一つに、まずうなぎが高価な食材である、ということもありますが、それよりもなにより、うなぎは家庭で日常的に調理できるような魚ではないからです。
 
触ったことがある方はお分かりかもしれません。うなぎはぬめりがすごく、とてもじゃないですが経験を積んだ板前でないと調理できる代物ではありません。にょろにょろと動くうなぎを手に取るところからまず大変です。普通ではなかなか掴むことができないうえに、長くて細い形状なものですから、そりゃ素人には扱いが難しい。もしかしたら江戸時代辺りでは自分たちで調理をして食べていたかもしれませんが、現代に暮らす私たちにとって、もはやうなぎは外で食べるか、調理したものを買ってきて食べるかの二択になりました。
 
 

土用は年に4回ある


土用、というのは、季節の変わり目に存在する18日間のことを指します。春から夏、夏から秋、秋から冬、冬から春へ、それぞれの季節の移り変わりにはそれぞれ立春、立夏、立秋、立冬があり、その前の18日間が土用にあたります。つまり年に4回あることになります。丑の日、というのは古来から伝わる時間の表記で、昔日本では時間に関わる数字の単位を12の動物で表していました。干支(えと)といえば効き馴染みがあるかと思います。子から亥まで12種類の動物たちが、年や月、そして日という数字にを表すものになります。
 
土用の丑の日にうなぎ、というのは、夏の土用(7月19日ごろから8月6日ごろ)にうなぎを食べる習慣のことを指します。18日間の土用期間ですから、その年によって1〜2回はうなぎを食べる日がくるというわけです。
 
そもそもなぜうなぎを夏の土用の丑の日に食べるようになったのでしょう。
いろんな説がありますが、最も有名なのは平賀源内が生み出したという説です。
江戸時代、夏の暑い時期にうなぎが売れずに困っていた鰻屋が、蘭学者であった平賀源内に相談したところ、「本日、土用丑の日」と書いた紙を店頭に貼ることになりました。これが当たってお店が大繁盛したのが始まりということです。
そのほかにも春木屋説、大田蜀山人説などがありますが、どれが本当なのかは定かではありません。
 
それよりも何より、丑の日にちなんで、「う」のつく食べ物を食べるとよいと言われていることが、うなぎが大当たりしたきっかけだったということが、一番定説のようです。これから夏になる暑い時期、食欲が落ちたり体力が落ちたりすることから、「う」のつく食べ物を食べることで精をつけようというのが目的です。そのためほかにも、梅干しだったり、うどん、瓜なども、夏の土用に食べるとよいとされています。
 
ちなみに、他の土用では食べた方がいいものが異なります。
 
春の土用(4月18日ごろから5月6日ごろ)では、五月病や心の問題を引き起こしやすく、そのために戌の日に「い」のつく食べ物を食べるといいとされています。いわし、いんげん豆、いちご、いかなどがあります。また白い食べ物もおすすめなので、大根やしらすなども入ります。
 
秋の土用(10月20日ごろから11月6日ごろ)は、夏の疲れがでてしまう時期なので、辰の日に「た」のつくものを食べるといい、とされています。大根、玉ねぎなどがこれにあたります。また青いものを食べると良いともされているので、さんまのような青魚も好んで食べられます。
 
冬の土用(1月17日ごろから2月3日ごろ)は寒さが厳しく、風邪やインフルエンザにかかりやすくなる時期です。冬の土用は未の日に、「ひ」のつくものを食べるとよいとされています。ひらめ、ひらまさなどの冬の魚があてはまります。また赤いもののおすすめなので、トマトなどもよいとされています。
 
 

食と食に関わる我々、日本人


このように日本人は古来から、季節に応じた食べ物をうまく取り入れることを知っていて、食べ物の力で滋養をつけ、当時薬や医者も少なかった中、自分たちで、日常にできることを最大限に利用して、家族の健康を守り生活の基盤を作っていたのでしょう。それに比べて現代は、健康が大事、食べることは大事といいながらも、食の力を取り入れて暮らしている人は稀になりました。
 
江戸時代とは違い、街には飲食店やコンビニが並び、いつでもなんでも食べるものが手に入る時代になりました。いつでも食べられるのは豊かなことではありますが、そのおかげで楽しく享楽的に食べることや簡単、便利に食べることばかりがフォーカスされて、食のもつ本来の力がないがしろにされているような気がするのは、わたしだけでしょうか。季節に応じて季節のものを食べることで、その季節を肌身に感じ、その季節ならではの病気や不調から体を守り、活力をつける。活力がつくから、仕事や勉強などの活動を思いっきりがんばることができ、その結果街の経済にまで好循環が及ぶ。こんなふうに個人の食は、街や国力にまで多大な影響を及ぼしうる、非常にパワフルな要素なのです。
 
なかでもうなぎは、本来夏の土用に食べるものとは言われますが、なぜか、ちょっとしたときに、食べたくなるパワーフードではなかろうか。毎日の食卓に上るには値が張りすぎるうえに調理が難しい。しかし折に触れ、なんだか無性に食べたくなる。その理由ははたしてなんなのか。
 
うなぎは、女子にとっての赤いレースのTバックなのだ。
 
ここぞ、と気合を入れたい時、ちょっとよそ行きのとき、自分の軸を確認したいとき、そんなときに身に纏う勝負パンツのように、普段忙しさや感情の揺れ動きで落ち着かなくなっている心をふっとグラウンディングしてくれる、そんなパワーフードがうなぎなんじゃないかと思います。
 
少し奮発して、普段食べないものを気合入れて食べる。それもとびっきり脂が乗ってて背徳的なもののほうが、心浮き立つのはやはりうなぎは赤いレースのTバックだから。どうせ食べるなら思いっきり美味しいやつを、思いっきり食べたい。
 
 

やっぱり上品、京都のうなぎ


うなぎ、と一言でいっても、関東と関西では食べ方が全く異なります。
京都出身の私としてはやはり、関西のうなぎが贔屓ではありますが、東京、名古屋でもそれぞれ特徴的なうなぎをいただくことができます。今日は3つの異なるうなぎをご紹介しましょう。
 
まずは地元京都にて、東山は円山公園内にあるのが鰻料理の老舗「梅の井」です。
創業1914年。長く祇園の一角に構えていた店を2014年に移転し、ゆっくり落ち着く店にしたいという4代目主人の意向により、生家の一軒家が改築されました。
 
京都のうなぎは、どこかやっぱり上品な趣です。タレも甘すぎず、濃すぎず、一人前を食べてもうっとくることがない。関西のうなぎは基本的に腹開きで、蒸さずにその分、時間をかけて焼き上げます。腹からさくのは大阪、商人文化発祥の地で生まれた習慣で、「お互いに腹を割って話そう」という意図が込められているといいます。このとき関東のように一度蒸さずに焼くため、その分多めに焼き時間がかかります。焼き上がりは外側がパリッと、そして内側はふわっと、油の甘みや旨味を程よく、かつ芳醇に感じらる仕上げになっています。
 
実は梅の井は京都に3つのお店があります。それぞれ経営が別なので、同じお店ではありません。柳馬場、大宮とこちらの祇園、3つの店舗は名前こそ同じですが、まったく別のお店ですので、ぜひお間違えのないように。
なぜ同じ名前なのか、はっきりしたことはわかりませんが、おおじいさんたちがいとこ同士だった、などと言われています。本当のことはあまりよくわかっておらず、今はお店同士の交流もないそう。
 
祇園のお店は場所柄もあり一番高級なしつらいで、その次が柳馬場、そして一番カジュアルなのが大宮と続きます。どのお店でも美味しくいただくことができるので、気分に合わせて使い分けてもらいたい。
 
 

本場江戸前の貫禄、東の横綱


美味しいうなぎとくれば東京のほうが厳選区で、野田岩や竹葉亭などの大御所が控えています。しかし私が一押しなのは南千住にある尾花。これぞうなぎ、というような、ガツンとパンチの効いた圧倒的なうなぎをいただくことができます。
 
ミシュランの一つ星を獲得したこちらのお店は、南千住というちょっと都心よりははずれた東京東部にありながら、いつも行列が絶えません。予約を一切受け付けていないので、並ぶしかないわけです。
 
注文が入ってからうなぎを捌き調理していくため、注文からサーブされるまでに30分以上かかります。また途中で追加は一切できないため、お持ち帰りの分がもしあるとしたら、最初から全て注文しておかなければなりません。
 
天然のうなぎだけを使い、丁寧に下処理をするため、小骨が全く気になりません。大きめで厚みのあるうなぎは、焦げ目がなく美しい見た目をしています。捌いてから最初に蒸す江戸前の調理法なので、うなぎがふっくら柔らかく仕上がります。
 
ふわっとしているけど崩れない、そしてうなぎの旨味や野趣がしっかりと感じられる、さすが東の横綱と称されるのもわかるぐらい、圧倒的な存在感のうなぎを堪能することができます。
 
ちなみに西の横綱は野田岩とされますが、尾花の、がつんとくるうなぎ感がたまらなく好きなのです。
 
 

独自の食文化を貫く愛知、名古屋のうなぎは変化球


最後にご紹介したいのは名古屋。名古屋のうなぎといえばひつまぶし。関東とも関西とも異なる食文化県をもつ愛知県、うなぎも例外ではありません。
 
愛知で食される鰻はひつまぶし、と呼ばれます。
蒲焼にしたうなぎの身を細かく切り、御櫃に入れたご飯の上に乗せて、茶碗に装って食べるのが基本です。お櫃のご飯にうなぎを混ぜる(まぶす)ことからひつまぶし、というのが語源で、だいたい1人前で茶碗3杯分になり、食べかたには流儀があります。
 
1膳目はそのまま食べて、うなぎの旨味を堪能します。2膳目は山葵や刻み海苔などの薬味を加え、味を変えていただきます。そして3膳目は出汁かお茶を入れてお茶漬けにして、最後まで飽きずに食べ切るのが基本スタイルです。
 
ひつまぶしの雄はダントツ、あつた蓬莱軒だと言えるでしょう。
創業1873年、熱田神社の門前町として栄えた熱田は、東海道五十三次の41番目の宿場町として賑わいました。蓬莱軒は料亭として創業し、名古屋名物の蒲焼(うなぎ)とかしわ(鶏肉)料理を提供していました。
当時出前が多く、出前持ちが容器をよく割ってしまうことから、割れないように木の器を思いつき、その大きなおひつにご飯を入れてお届けしはじめました。
すると今度はおかずばっかり食べてしまい、ご飯が余ってしまいました。そこで2代目は女中頭と相談し、ご飯に細かく切ったうなぎを混ぜて提供する今の形になったことが、ひつまぶしの起源といわれています。
 
関西ではぱりっ、ふわっと、また関東ではふわふわっと柔らかい、そんなうなぎの当たり前を大きく変えたのが名古屋のひつまぶしでした。もちろんうなぎの味は楽しむのですが、それよりもご飯、そして薬味、出汁とのマリアージュを楽しむのがひつまぶしの身上。時に脂っこかったり、甘めのタレが強すぎる場合も、山葵を効かせると全く別のものにりますから、お茶碗3杯分もあるボリュームたっぷりの一人前は、女性でもぺろっと食べられてしまいます。
 
美味しいものは毎日でも食べたい、と思うかもしれません。しかし、うなぎを毎日食べたら必ず飽きてしまいます。過去に同じように思い食べ続けたものに北京ダックがあります。好きすぎて香港も北京も、もちろん国内も食べ尽くしたあげく、飽きてしまったのか今ではめったに食べることがありません。食べるという経験をし尽くした感があるから、改めて食べたいと思わなくなってしまいました。
 
美味しいうなぎは飽きるほど食べてみたいと思うかもしれません。だけど本当に飽きてしまうには、少しもったいない気がするのです。
 
なぜならうなぎは、私の勝負パンツなのだから。
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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