老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第12章 飲めないからこそ焦がれる、魅惑のお酒《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2021/06/28/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「これだけはどうしてもやめられないのよね」
 
と言いながら毎晩グラスにワインを注いだり、ビールをくいっと飲み干すこと、ないですか。お酒の種類は数多く、また飲み方もいろいろだけど、いい歳をした大人であれば、いい酒の飲み方ぐらい知っておきたい。
 
そう偉そうなことを言っておきながら、筆者はお酒が一滴も飲めません。いわゆる下戸なのです。大学を卒業したぐらいのころは、練習したら飲めるようになるからと言われて、飲みたくもないビールやチューハイ、カクテルなんかを無理やり喉の奥に流し込み、夜な夜な路上で吐いたこともありました。飲めない人に無理やり飲ませることが、まだそんなにタブー視されていなかった時代、大人になるためにはこの苦行をやり抜けなければならないんだと半ば本気で思っていたぐらいです。
 
そんな感じで数年を過ごしていたら、さすがに周りも理解し初めてくれたようで、「もう飲まなくていいよ」と無理やり飲まされることはなくなりました。それはそれでほっとしたものの、悲劇はその後に起こるのです。
 
「飲めないから、誘えないよね」
 
つまり、夜の飲み会に誘われることがなくなりました。当時盛んに行われていたコンパにもおかげさまで誘われたことがなく、お酒が飲めない、ということはつまり、この日本社会のなかでは仲間外れにされてしまう、ということを多感な二十代後半に思い知ることとなったのでした。
 
それから約25年ほどが経った今、私もいくばくかの歳をとり、世の中も大きくかわりました。今ではべつに飲めようが飲めまいが関係ないということにもちゃんと気づいてはいますし、ノンアルドリンクの台頭や飲酒運転の取締りが厳しくなった流れもあって、飲めない、もしくは飲まない人たちの権利も守られてきました。お酒が飲めなくても人生は同じように楽しめるはず、なのですが、それでも敢えて言いたい。
 
お酒を愉しめる習慣があるのとないのとでは、人生が50%ぐらいは確実に違う、と。
 
再度いいますが、筆者は飲めません。だからこれはあくまでも、飲めない人からみたお酒文化の、ロマンと憧れにすぎないかもしれないけれど。
 
 

黄金色に光る魅惑のスパークリングワイン、シャンパーニュ


シャンパーニュほど、なぜかテンションのあがるお酒はありません。
ちょっとしたフェスティブ感と高級感、お祝いのイメージもあり、それを’日常的に’飲むことに、憧れを持つ人も多いんじゃないかと思います。お酒を飲まない私にとってのシャンパンのイメージは、映画「プリティ・ウーマン」でジュリア・ロバーツが嗜んでいたシャンパンベリーか、デューク更家氏のウォーキングシャンパン、もしくは話でしか聞いたことはないですが、お姉さんがいるクラブなんかでのシャンパンタワーぐらいじゃなかろうか。そんな偏ったイメージしかないにもかかわらず、それでもなぜか、シャンパンが持つお酒以上の魅力に、心を惹かれてしまうのです。
 
今の仕事をする前は、東京にある現代美術画廊で絵画を売買する仕事をしていました。そんな画廊勤務時代、フランスにある街、ランスに行く機会がありました。画廊の仕事として夏はヨーロッパを車で横断し、アートフェアや画廊、オークションハウスを見て回りながら仕入れをするというのが常で、ヨーロッパ地方都市や小さな街のを回りながら、それぞれの街の宝石のような美しさに毎回魅了されてしまいます。その中でもランスは特別にな街でした。
 
パリから約130kmのところにあるランスでは、車を降りた瞬間から衝撃を受けました。なぜなら町中からシャンパーニュの香りが漂っているからです。シャンパーニュ地方にある人口約18万人の街、ここには日本でもよく知られるシャンパーニュのメゾン、ヴーヴ・クリコ、モエ・エ・シャンドン、ポメリー、テタンジェ、マムなどが多数あります。観光名所にもなっており、この地にあるノートルダム寺院では昔、フランス歴代国王の戴冠式が行われていて、ランスは「戴冠の都市」「王たちの都市」とも呼ばれています。
 
フランスでは葡萄から作る醸造酒をワインとよび、その中でも発砲しているもので、シャンパーニュ地方で作られるものだけがシャンパーニュ(シャンパン)と呼ばれます。フランス人にとってワインは生活とは切っても切り離せないもの、そして必ず料理とともに楽しむものという位置付けです。ワインとチーズ、ワインとパン、ワインと肉、というように、それぞれのアイテムにペアリングされる相性があり、それらがバチんと合ったときには1+1=無限大の美味しさになります。
 
ワインとペアリングされるものに関係するのがテロワールです。つまり、その同じ土地で採れた農作物であるかどうか、ということ。同じ空気、同じ土、同じ水、同じ太陽から育った農作物は、とにかく素直に相性がいい。そのためフランス人は土地の風土と食、お酒のマリアージュを心から楽しみます。
 
美味しいお酒があるところには必ず美味しい料理があります。
おそらくランスで最も有名なのが、7ヘクタールの土地を所有するシャトーホテル、レ・クレイエール内のル・パルクです。ここはフランスが誇る典型的なオーベルジュで、ミシュランの二つ星を所有しています。また最近では日本人シェフ田中一行さんのラシーヌが2020年にミシュラン二つ星に昇格するなど、日本人にとってもランスはますます身近な存在になってきました。
 
お酒、食事、ときたらその後に続くのはアート、つまり芸術です。お酒と食事の場にふさわしい話題として、芸術がもっとも好まれます。なぜならスポーツや政治、宗教は、和やかな食事の席ではタブーの会話とされており、かといって家族の話題もプライベートすぎるし、日本人がついついやりがちな病気の話題や、ましてや人の悪口なんかは敬遠されます。そうなると万人が利害関係なしでフラットに話せるテーマということになると、アートが最も適しているということになります。
 
アートの世界でもランスは、日本人にとっても身近な街です。
20世期の日本人画家藤田嗣治は、日本で生まれてはいるもののフランス国籍を取得、つまりフランス人画家として、エコール・ド・パリを代表する作家として知られています。フランス名をレオナール・フジタと名乗り、猫、裸婦、自画像をモデルとし数多くの名作を残しました。
 
彼はランスのノートルダム大聖堂でカトリックの洗礼をうけ、シャンパンのメゾンであるG.H.マム社のラルー氏とテタンジェ社のテタンジェ氏からレオナールの名をもらいました。そのご縁からフジタはシャンパンキャップやエチケットのデザインなども手掛けたことがあります。一介の日本人がフランスに渡りこのようにフランスの文化に関わるようになるというのは、同じ日本人としてもなんだか誇りに思えることですし、その全てのご縁をつないでいるのが「シャンパン」というお酒であることに、ますますシャンパンの魅力を感じてしまうのです。
 
人は美味しいお酒に集まります。そうしてそこから文化をつくり、社会を変える。
これほどまでの影響力を持つ飲み物を、私は他にみたことがありません。
 
 

1300年の歴史を持つ日本酒の魔力


もう一つ、お酒を飲めない私が膨大な憧れを抱いているのが日本酒です。
なんせ飲むことがかなわないので、飲んだ経験など味見程度に数種類をなめたぐらいで、まともに飲んだことなど一度もありません。子どものころは両親が営む料理屋で、時折手伝うときに嗅いだお酒の匂いは、飲むと態度が変わる酔っ払いのおじさまたちの記憶を刷り込んでしまったため、日本酒にはおよそいいイメージを持たずに育ちました。そのため、長らくなんの興味もなかったし、当然種類や銘柄、度数など、何一つろくに知りもしないのですが、もしお酒が飲めたら絶対に自分のものにしたいと思うのが日本酒なのです。
 
酔っ払いの匂いという嫌な記憶から日本酒のイメージが大きく変わったのは、京料理屋のおかげでした。大人になってから訪れた料亭や割烹ではとにかくお酒好きな店主が多く、どこにいっても店主お気に入りの銘柄だったり、飲み方だったりを勧めてくださるわけです。これほどまでに大の料理人たちを虜にしてしまう日本酒の力とはどんなものだろうと、そこから日本酒に対する興味が湧いてきました。
 
日本の歴史を紐解くと、およそ1300年前の奈良時代に書かれた播磨国風土記に記述があります。当時、お米にカビが生えてしまって食糧がだめになってしまったことから、偶然にお酒が生まれたと記されています。このカビが今で言う麹のもとになっていると言われ、ここから日本の食文化は麹を使って発酵させた醤油や酢などの発酵食品が生まれていくこととなります。つまり日本酒は日本料理の礎でもあるわけです。
 
そんなお酒ですから日本酒は和食にとてもよく合います。また昨今ではフレンチやお肉料理にも合うと、貪欲な日本酒ラバーたちがどんどんとその間口を広げています。日本酒もワインと同様、ペアリングをすることによって、料理の味が何層にも深まり、また変化します。これをどうしても体験してみたくてたまらないのです。
 
いつも食べているであろう魚料理や肉料理が、日本酒と一緒にいただくことによって全く別の味に生まれ変わる。しかもそれは、ただそのまま食べるよりも、どうやらもっと味わい深いものらしい。しかもそれは、お酒が飲める人にしか味わえない。そんなふうに言われたら、その味を味わうことなく一生を終えるなんてと、残念な気持ちでいっぱいになります。
 
日本には全国に約1500の酒蔵が存在し、それぞれの蔵でこだわり抜いた日本酒が作られています。それぞれの酒造で杜氏たちがその経験や知識、感覚をフル稼働させて、最高のお酒を作ろうと切磋琢磨しています。
その努力や苦労の塊が、料理の世界と融合し、料理人の想いや息遣いと共鳴する。そうしてさらなる新しい味わいを無限に生み出していく。想像するだけでも深まる食と味の世界に、それを体験してみたいとあこがれる好奇心が、この上なく刺激されてしまいます。
 
 

体験し尽くすことが人生のゴール


生きて元気にご飯が食べられるうちに、味の極みを体験したいと、思います。
 
せっかく生まれてきたのだから、この世界に存在する美味しさにとことん出会いたい。その美味しさは素材の力だったり、料理人のスキルだったり、さまざまですが、その様々な要素がそれぞれの分野でで極みを感じさせてくれる、そんな食べ物に出会って食べておきたいというのが食体験のゴールにあります。食事は毎日食べるものですから、ただ漫然と、惰性やルーティンで適当に食べることもできるけれど、その惰性の積み重ねで迎える50代と、できる限り一食一食に心を配った食べ方をした50代では、その人のもつ経験の奥行きが明らかに違ってきます。
 
人の在り方というものは、細部にこそ現れます。
自分に余裕があるときには人に優しくできたり、良い人であることができたとしても、自分がしんどいときや辛い時にこそそう在ることができるのが本物です。そしてそういう場面ですら在り方を整えておくことができるようになるためには、普段見えないところでどれだけコツコツと自分を律して積み上げているかが大事になってきます。
毎日の自分の食事を疎かにする人は、いくら高級フレンチや懐石を食べ、ミシュラン星付きのレストランに行き、マナーを熟知していたとしても、いざ自分が辛い時には他人や物事を疎かにします。なぜならその人は普段のあり方が「疎かにする」だからです。普段疎かな態度をとっているのに、ここぞという場面でだけデキる人として現れ出るはずはなく、もしそれが仮にできたとしても、その化けの皮は一瞬にして剥がれます。
 
人の心を大切にし、人の気持ちに寄り添い、他人のことを本当に大切にすることができる人は、人が見ていないところでも日々、大切にするという習慣を積み重ねていらっしゃいます。普段そうしているからこそ、いざというときにその在り方が浮き上がってくるのです。
 
人生50にもなったら、そろそろ自分中心、自分が前面に出ていくようの在り方ではなく、慈愛で人を包み込むような存在でありたいと思います。そうなるためには、様々な分野で、最高レベルと言われるものの極みを体験しておきたいのです。その極みの体験があれば、私たちは自分に奢ることもなく、また自分を必要以上に過小評価することもなく、自分自身に寛ぐことができるようになります。物事の極みを見ずして、どうして今の自分の小ささに気づき続けることができるというのでしょう。
 
自分自身に寛ぐことができるようになったら、そこで初めて人は慈愛で人を包み込むことができる存在になり得るというもの。そういう懐の大きなおばさんでありたい、と、飲めないお酒を眺めながらお酒の世界に想いを馳せているのでした。
 
まだまだ人生、先は長おすなあ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の肩が書かれた記事です。受講ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


関連記事