第13章 今ここでしか食べられない魅惑の中華《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》
2021/07/26/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「どこか美味しいところ、連れて行ってくださいよ」
誰かと外食をするときは、自分が誘う側だろうと誘われた側だろうと、店を決めるのが私の仕事になることが多い。なまじ食関係の仕事をしているせいか、それとも京都出身だから食にうるさいと思われているのか、もしくは詳しそうだと思われているのか、初めての場所や旅行先であったとしても、なぜか私が店を決める係になります。
気心の知れた相手との外食や会食であれば、ざっくばらんにお互い食べたいものを伝え合うので問題はないですが、初対面の人や、まだあまり親しくない間柄の方だとお店選びはとたんに難しくなります。なぜなら、選ぶお店によって、その方をどう扱おうとしているのかという気配を悟られてしまうからです。
そんなとき、よく選ぶのが中華です。
フレンチやイタリアンなどのコース料理じゃ重いし、かといってシェアできるようなカジュアルなお店では格がない。和食も料亭では敷居が高すぎてやりすぎる。とはいえ、おばんざいや居酒屋というのではどうにもならない。となると、ちょっと外した「中華」というカテゴリーが、なんだかうまくはまるのです。
もちろん中華にもいろいろあって、餃子とラーメン、チャーハンが主流の大衆中華料理店もあれば、本場北京の宮廷料理が食べられる本格中華というのもあります。これらも決して悪くなく、それぞれのTPOに合わせて選べば素晴らしい食体験になるものだけど、せっかくだから、ちょっと他所では食べられない、今の時代らしい中華を体験しておきたい。
8年越しの再会、にしぶち飯店
京都は祇園の路地裏に、一件の小さな中華料理店があります。その名はにしぶち飯店といいます。オーナーシェフと相方さんの二人で切り盛りされており、席数も10席のみというこじんまりさ。2階のスペースでは少し大きなグループも受け入れていらっしゃるようですが、基本的に1階のカウンター席のみのご案内です。
中華のはずなのにその内装は和食屋そのもの。祇園に数多くある小気味よい割烹の体で、カウンター越しに大将と言葉を交わしたり、手仕事を見ることもできます。誰かの家に招かれてキッチンで会話をしながらつまむ、みたいな感じにも似ているアットホームさがありながらも、それでいて並ぶ料理は上品な一流。この雰囲気が人を呼び込み、半年先まで予約がいっぱい。また半年が明けて予約受付がスタートしても、あっという間に常連さんだけで満席になってしまう。そんなこんなで私自身、2回目の来店はなんと8年ぶりになりました。
オーナーである西淵健太郎さんがお店をオープンされたのは29歳のとき。京都ブライトンホテルで中華の修行をされたのち、祇園さゝ木で5年間修行をしたという経歴の持ち主。祇園さゝ木は本連載の第一話でも登場している京料理の雄ですが、そのころからのご縁で開店当初から応援の気持ちを込めて、おうかがいしたのが始まりです。
しかし、すぐに予約がとれなくなってしまいました。
というのも、開店して4ヶ月ほどで、急に休業されてしまったからです。その理由は、ご自身もインタビューなどで話していらっしゃいますが、自信がないまま料理を提供することが申し訳なく、店を継続することが難しくなってしまったからだとか。そりゃ29歳で祇園に店を構えたわけですから、そのプレッシャーたるや想像にかたくない。いろんな方の力を借りて開業したものの、やはり自信や気持ちが追いつかなかったのでしょう。そこから7ヶ月の間休業されていたのですが、私たちも状況を少しは耳にしていたので「いつ開業するの」とせっつくわけにもいかず、心情を想像しながら再開を今か今かと待ち侘びているような状況でした。
再開されたことを聞きつけて予約を取ろうとするも、その時にはすでにもう、予約が取れない店になっていました。そもそも祇園のこの手の店は、自分の都合に合わせて予約をとるのではなく、お店の予約が取れたらそれに合わせて自分のスケジュールを調整するのが当たり前。それぐらいの気概の猛者たちが予約をしてしまうのですから、なかなかその隙間に入り込むことはできません。
そして気づいたらそこから8年の月日が流れ、とある常連さんの口利きにより、ようやく予約をねじ込むことができたのです。
久しぶりに訪れたにしぶち飯店にてまず目を見張ったのが、西淵オーナーの顔つきの変化でした。8年も経っているのでもちろん、歳を重ねられていますしそれなりの変化はあるでしょうけれど、なんといってもお顔つきや目から放たれているオーラがまるで別人です。この8年という時間のなかで、多くの経験や葛藤、感動、失敗と、いろいろな体験をされたんだろうな、と想いを馳せてしまいます。
全身からあふれる自信。
そういうものが所作の端々、表情の奥から滲み出ていました。
美味しいものを創り提供して、お客様を絶対に幸せにするという気持ちが、お料理をはじめ、サービスの全てから感じさせていただけるのです。
こちらで供される料理はもちろん中華なのですが、ただの中華ではありません。さすが、トップレベルの和食を修行されただけのことはあり、ひとつ一つのお料理がとても丁寧で優しい。
スープもお味は明らかに中華なのですが、塗りのお椀に入っていたり、あしらいに和が取り入れられていたり、いわゆるがっつり中華を食べているのとは全く別物の体験です。広東料理をベースとして、京料理に使う食材や技法を取り入れ、独自のスタイルとして確立されています。
中華も京料理も、どちらもが壮大な伝統に支えられている食文化ですから、少しでも適当に扱うと足元をすくわれます。京料理はとくに伝統や格式を重んじる料理で、新しいことを取り入れても大体うまくいかず、中途半端になってしまう。
(その中でも新しいスタイルを作りながらの京料理のプロファイルを更新しつづけているのが祇園さゝ木で、こちらについては第一話をご参照ください)
その京料理とまったく質の違う中華を合わせるとなると、大事故になってしまう可能性も高い。それを見事に自分の世界観でまとめあげた西淵さんには、脱帽するしかない。
応援してくれる師匠や仲間の存在に気づき、やはりがんばりたいと確信してどん底から這い上がり、今の彼があります。8年の間に日々食材に向き合い、お客様に鍛えられ、全身で板前業と向き合ってこられたのであろうと、一人の男性の生き様に心が震えてしまいます。
これからのにしぶち飯店の成長と活躍からは、目が離せません。
なぜスターウォーズなのかは問うまい、O2
予約の取れない中華は東京にもあります。
それが江東区清澄白河にあるO2(オーツー)。お店の名前からして中華とはまったく思えず、しかもなぜO2なのかが想像もつかない、ちょっと変わった食体験が、こちらでも味わえます。
店舗はフレンチビストロを思わせるモダンな作りで、カウンター、奥には個室が一つ、そこには大きなテーブルが1台あります。オーナーシェフは大津光太郎さん。つまりお店の名前のO2は、シェフの苗字からきているとこのと。そのちょっと人を笑わせるユーモアが、サービス全体に散りばめられています。
肝心のお料理は、とにかく異質の中華体験。
幼少期から料理が好きで、自分のお弁当も自分で作っていたという大津さん。調理の専門学校でフレンチを学び始めるも、その味に納得せず、中華に転向されたといいます。トゥーランドット臥龍居で15年間修行をされたのち、ご出身である清澄白河に2018年にお店をオープンされました。
そのため料理はフレンチ、それもヌーベルシノワの雰囲気をベースに、ごま油や香辛料づかいで中華料理として仕上がっています。
スペシャリテの一つに牛ホホ肉の豆鼓煮込みがあります。八角やシナモンで味付けした牛ホホ肉を醤油と鶏ガラスープ、砂糖で煮込み、仕上げに豆鼓を入れて味に旨み、深みを加えています。お箸で簡単に食べられるぐらいに柔らかいホホ肉は、仕上げに1時間蒸すことで、その旨みを閉じ込めてあります。
メニューは上海やきそば、しゅうまい、フカヒレの姿煮と、名前にしてしまえば普通の中華に聞こえるのですが、一品一品に細かいこだわりがあり、他では絶対に食べられないオリジナルな中華の味に仕上がっています。
さすがフレンチ出身だけあり、ワインも充実しています。
奥の個室にはワインセラーがあり、たくさんのワインが並んでいます。筆者がお酒が飲めないので指をくわえて見ているだけですが、ホホ肉とワインのマリアージュはきっと絶品なんだろうと想像します。
コロナ禍ではテイクアウトメニューも始めたらしく、これまでお店で食べられなかった方達もテイクアウトなら、と喜ばれています。
清澄白河は飲食店の激戦区。こじんまりした個人経営の美味しいお店に、路地にはいるたびに出会います。しかしこの店が群を抜いているのは、オーナーの料理だけが理由ではないんじゃないか、と思うのです。
店員さんたちのサービスが、なんだか心温かいのです。
注文をとるときも、「あ、それだったらこちらがおすすめですね、きっと気に入ってくださると思います」とか、「いかがですか、お料理は大丈夫ですか」と、とにかく気配り心配りがすばらしい。
このお店にはお手洗いが2箇所あります。
そしてそのお手洗いには、なんとスターウォーズのモチーフでデコレーションがされ、お手洗いのなかのBGMも、件のテーマソングなのです。
なぜ、スターウォーズなんですか?
と尋ねると、
「オーナーが、ファンなんです」
と答えてくださった店員さん。
その答え方の端々に、みんながオーナーを大好きで、心から楽しく仕事をしている様子がうかがえるのでした。
いくら美味しい料理でも、サービスに血が通っていなかったらその価値は半減します。
飲食店というプロが腕を振るうお店でいただくのですから、ある意味料理が美味しいことは当たり前であるはずです。
しかしその時、そこに伴うサービスの質で、そのお店にリピートしたいかどうかが決まります。いくら美味しくてもサービスが冷たいお店やずさんなお店には、2度といきたくないと思うのが心情です。
しかしこちらのO2では、オーナーはじめスタッフの皆様全てが、美味しいものが好き、それをお客様に食べてもらいたい、楽しんでもらいたい、という想いが溢れているのです。その中でいただくモダンチャイナ、美味しくないはずがありません。
また行きたいと思いつつ、なかなか予約がとれずに悶々とする日々を過ごしている人は、私以外にもたくさんいらっしゃるのだろうと思います。
一人よりみんな〜時代は嵐
にしぶち飯店とO2には、共通点があります。
それは中華、しかもプラスアルファでアレンジした中華である、ということではなく、お客様がファンになるための、大事な要素が共通しているのです。
それはつまり、仲間の力です。チームワーク、コミュニティとも言われますが、そこに関わるメンバーが一丸となって、料理を愛し、食べることを慈しみ、そしてお互いがお互いを応援しあって、温かい空間を作っていることです。これがあるからマニュアルを超えるサービスを提供することができている、私はそんなふうに思います。
本当に大切なサービスは、マニュアルには書ききれません。
大手やチェーンの飲食店には素晴らしい接客マニュアルがありますが、マニュアル通りに接客をしたら完璧にはなりますが、感動はうみません。しかし感動を生むサービスには、ある共通点があるのです。
それがこの、仲間や商品を心から愛する気持ちです。
オーナー自身が食を愛し、そこに徹底していることはもちろんですが、そこに惹かれた仲間たちが集まり、それぞれが自分の役目を果たしながら、みんなが一丸となってお客様に美味しい体験をしてもらいたいと願っている。この気持ちに勝てるサービスは、他には見当たりません。
ジャニーズ事務所の嵐であること、それが多くのファンを惹きつける秘密です。
嵐があれだけ人気があり、国民的大スターなのは、もちろん個人がそれぞれ魅力的ではあるのですが、彼らが集まりお互いを愛し応援する姿勢が魅力的だから。愛ある彼らのやりとりをみて、ファンはそのなかに彼らの人間性の本質を見てとり、そこに心が惹きつけられていくのです。
オーナーシェフが一人で修行し、プロイズムを追求していく時代はもしかしたら、もう終わりつつあるのかもしれません。
熱いオーナーとそれを支える店員さんと、またご家族も一緒に支えられているのでしょう。またその空間に惹きつけられた客自体も、熱いオーナーの料理に舌鼓をうちつつ、そのお店の発展と成長を願い、応援するためにお店に足繁く通うようになる。
人生50にもなったら、自分の喜びのためだけに食べることから卒業し、そろそろ誰かを応援したり、貢献したりするための食べ方を知っておきたい。
なまじ、いくばくかの人生経験があるのだから、その経験や知見を次の世代に受け渡していきながら、かといって口うるさいおやじ、おばさんには成り下がらず、温かく食文化の伝承と成長を見守り応援する存在でありたい。
飲食業は、その修行のきつさ、また賃金の安さから、最近の若い人たちにはあまり人気のない職業です。しかし彼らは味の伝統を守り、またチャレンジし、食文化の伝統を担い新しい文化を作っていく人たちです。またそのプロの腕前をもってして美味しいものをその腕で作り出し、食べた人を100%幸せにすることができる、世にも崇高な仕事でもあります。
どうかその文化の担い手が、これからも夢をもって食の世界に繰り出せるよう、少しばかり人生の先輩である私たちから、応援していきたいと思うのです。
今日も「美味しい」をおおきに。
□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
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