老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第30章 たかがお弁当、されどお弁当《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2023/01/30/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
焼肉弁当、唐揚げ弁当、幕内弁当、と、弁当と名がつくものはあちこちで買えるのだけれど、どんなにお金を積んでも買えない弁当があります。それは我が家のお弁当です。子どものころにお母さんが作ってくれたお弁当の記憶は、それがない、という方にとっては大変申し訳ないのですが、その記憶は何者にも替え難い、親からの愛情を如実に感じさせてくれるものです。
 
料理屋を営んでいた我が家でも、毎日のお弁当だけは母親が作ってくれていました。定番のおかずは牛肉のしぐれ煮やミートボール、卵焼きや唐揚げと、料理屋だからといって特に変わったものではありません。そしてなんなら当時は「またこれか」と文句を言っていたような記憶しかないけれど、それでも今思い起こせばあり得ないぐらいありがたいことだったんだと振り返ることができます。
 
その本当の価値を感じられるようになるのに、20年以上かかったということになります。
 
皆様にはどのようなお弁当の記憶がありますか。
 
 

賛成派?反対派?キャラ弁という流行


昨今のお弁当は、なんだかものすごく華やかです。
 
漫画やアニメのキャラクターを描いたキャラ弁や、断面が華やかになるデコ巻きなど、手が込んでいてカラフルなお弁当が流行り出したのは記憶に新しい。SNSの普及に伴い個人が写真や文章、ときには動画で発信できる時代ですから、たくさんの料理好きな女性、ときには男性が、華やかなお弁当の写真や制作動画を投稿し、インターネットを賑わせています。キャラ弁は、かわいいキャラクターとポップな彩りで目を惹きます。
 
誰がやり始めたのかは定かではありませんが、もともとは偏食で何も食べようとしないお子様をもつ母親が、なんとかして子どもにお弁当を食べてもらいたいという思いで、子どもが好きなキャラクターを模したお弁当を作ったことが始まりといわれています。
 
わあ、素敵、と感じてチャレンジしてみた方も多いのではないかと思います。
そして確かにそれで食べない子が食べてくれるのであれば、親としてそれほどうれしいことはありませんから、作り甲斐があるというものです。
 
ちょうど我が家も息子がまだ小さいときに、キャラ弁ブームの只中でした。そして我が息子も例に漏れず、いわゆる偏食が激しい子です。なるほどキャラ弁とは思ったものの、いかんせん不器用な私、どれだけレシピ本を真似してもキャラ弁など作れるはずはありません。それでもなんとなくそのエッセンスだけでも感じてもらえたらいいなと、海苔をハサミで切って名前やちょっとしたメッセージをご飯の上にのせて、なんとなく気分を味わうので精一杯でした。当時息子がどれだけそれを喜んでくれていたのかはわかりません。あくまでも自己満足な気もいたしますが、それでもご飯を全部平らげてくれていると、心中親かになったものです。
 
親にとって「食べない子」というのはものすごいストレスであり、プレッシャーであります。日本には「偏食はだめ」「なんでも食べられる子どもがよい」という社会通念がありますから、それから外れてしまうような「好き嫌いがある子」「食べられないものがある子」を持つ親というのは、子どもが食べないことを自分の責任と感じるぐらい、デリケートな感情を抱えがちです。
 
そして私のように不器用な母親は、キャラ弁文化をさぞかし呪ったことだろうと思います。不器用で自分ではなかなか難しいのに、子どもに「ポケモンのお弁当がいい」と言われたら作らないわけにはいかないと思ってしまうからです。もともとよく食べる子をもつお母様にはわからないかもしれませんが、全く食べようとしない子どもをもつお母様は、キャラ弁なら食べると言われたら、それには藁をもすがる思いかもしれません。しかしそれが上手にできるか、できないかは、実はあまり重要ではありません。できない人のひがみと言われるかもしれませんが、とにかくチャレンジしてみる姿勢だったり、子どもに向き合う親の愛情というものに、1ミリのブレもないのであれば、もうそれだけで充分です。キャラ弁はそんな姿勢を示すための、ちょっとしたきっかけに過ぎないものだと、華麗にスルーしておきましょう。
 
 

アースカラーのお弁当


自分が子どものころはよく、お弁当が茶色い、まるでアースカラーだと文句を言っていた記憶があります。今みたいに凝ったお弁当箱やデコレーション素材があったわけではなく、彩やレイアウトに関しても限界がありました。
 
塩や醤油での味付けが主流な和風のお弁当のおかずは、色が茶色っぽくなってしまいます。また私が高校生ぐらいのときに流行っていたファッションのトレンドカラーがアースカラー、つまり茶色やベージュがベースの落ち着いた色合いだったために、母親が作るお弁当をアースカラーのお弁当と呼んでいました。
 
アースカラーだから食べないとか嫌いとか、そう言っているのではありません。なんならきちんと毎回完食はしてくるのですが、それでもやっぱりひとこと言いたい。いろんな色が散りばめられている他の子たちのお弁当が羨ましかったためか、チクリと一言親に言わずにはいられなかったのでしょう。もっとカラフルなお弁当にしてほしいと。
 
今でもよく覚えている当時のお弁当のおかず、ナンバー1は何と言っても牛肉のしぐれ煮です。関西は牛肉を比較的好んで食べる文化があり、近所には有名なすき焼き屋、三嶋亭もありましたから、そこから牛肉を仕入れて生麩と一緒に甘辛く煮たしぐれ煮は、他の追随を許さない、我が家の定番おかずとなりました。
 
今なら牛肉の美味しさや価値みたいなものはとてもよくわかるのですが、当時子どもだった私にとって、牛肉は脂っこくて甘ったるく、美味しいものとは思えませんでした。なんとも贅沢で世間知らずと今なら振り返って思います。高級なおかず「牛肉のしぐれ煮」を、喜ぶどころか憂いていた過去、今でも懐かしく思い出します。
 
また、あまり好きではなかった定番おかずに、笹がれいの塩焼きがありました。カレイの一種、笹がれいを塩焼きにしたものですが、これがなんとも微妙で、当時は美味しいと思えなかった。よく子持ちで卵があったりもしたのですが、食感が若干ドライでパサパサしがち、親からしてみたら汁が漏れることもない、使いやすい食材だったのでしょうけれど、子どもからしたらどうにも食べにくくテンションがあがらないおかずだったと言えます。
 
子どものころは何も考えず「これ嫌い」と言い放っていたのですが、今自分が親になり、お弁当を作る身になると、おかずに対する文句はどんなに小さいものでも心に刺さるものです。
 
「文句言わずに全部食べなさい」
 
と、親からよく言われた記憶があります。
このセリフが精一杯のセリフだったのだろうかと、今ならものすごくよくわかる。本当は何も文句を言わずに「美味しかったよ、ありがとう」という言葉を聞きたかったのでしょう。しかしそれをなかなか子どもは言えないことが多い。
親の苦労。子知らずとはよく言ったもので、自分が親にならないと、親の感情は一生わかることがありません。
 
子どもがなかなかご飯を食べない、好き嫌いが多い、ということは、多くの親の悩みです。なんでも食べる子だとどれだけストレスがないだろうかと、超偏食の我が子と向き合う今、それを痛切に感じています。
 
食べる、ということは人生の基本です。
 
そこで「食べない」「食べられない」が多いと、ひいては「できない」「受け入れられない」と、人生の幅そのものが狭くなっていくことに繋がります。だからこそ親は、食べない子どものことを心配してしまうのだと、自分が親になってやっと腑に落ちたのでした。
 
 

お弁当にしか入っていないおかず


そんなアースカラーのお弁当のなかでも、ひときわ彩を放っていたのがウインナーの卵焼きです。ウインナーのピンク、卵の黄色がとにかくカラフルで、よく登場していたおかずでした。
 
ウインナーは10本1パックで売られている、決して高級とは言えないウインナーです。1本ずつオレンジのビニールのなかに詰められていて、両端が金属製の留め具で留められているものです。子どものころは日曜日の朝、テレビでアニメを見ながらおやつ代わりに食べていた、とても人工的なウインナーです。
 
このウインナーを芯にして、母親はよく卵焼きを作ってくれました。このおかずは決して日常のおかずとして食卓に登ることはありませんでしたから、おべんとうのおかずの定番として、今でもよく思い出すばかりか、食べたいと思う味の記憶です。
 
きっと母にとってはこのおかずが、救世主だったのではないかと思います。
 
お弁当作りというのは、たまにしかやらないのであれば、ものすごく手間暇がかかり、面倒臭いものです。なぜなら普段作り慣れていない「お弁当」を作ることになるから。小さい箱のなかにおかずを詰めていくのには、少しコツが必要だったり、やり方があります。
 
汁が漏れないように汁気の多いものは避けたほうがいいし、お弁当の形やサイズによってはおかずの切り方が変わるし、おかずの温度も熱いもの、冷たいものとさまざまであれば、それぞれが常温になるまで冷ましてからでないといけないし、何かとルールが細やかにあって気を使います。
 
そんなことは無視して作る、という方は、お弁当を作り慣れている方。
そういう方であればたまに作ろうと毎日作ろうと手間暇は変わりませんが、たまに作る人にとってはものすごく高いハードルです。
 
反対に、毎日作る人にとっては、それがルーティンとしてスムーズにできるレベルになっていればいいですが、そうなるまでには時間もかかるしコツもいる。特に悩ましいのが献立を決めることです。
 
よく「晩御飯のおかずの残り物を詰めればいいのよ」なんて言われますが、そして確かにそれはそうなのですが、おかずによってはお弁当に不向きなものもたくさんあります。例えば鍋料理だったり、カレーやシチューなどの汁物であれば、到底お弁当箱に詰めることができません。そうなると改めてメニューを考えて作る手間がかかる。またおかずも1品だけでいいわけでもなく、少なくとも2、3品作る必要があるとすると、常にインテンションを貼り続けていないと、朝にパニックを起こすことになりかねません。
 
それほどお弁当作りというのは、簡単なように見えて簡単でなく、それでいてかつ、食べるのはあっという間という、なんとも切ない創作活動なのです。
 
 

人工vs手作り、冷凍食品はダメなのか


お弁当の定番おかずといえば、冷凍食品を使う方も多いと思います。私は別に、冷凍がダメだとか、そんなことを言いたいわけではありません。たまたま我が家は実家が料理屋だったために、冷凍食品を使うというアイデアそのものがありませんでしたが、今の忙しい世の中で、忙しいお母さんたちが、その家事の負担を少しでもやわらげ、快適に暮らせるのであれば冷凍食品だろうとなんだろうと使うべきだとすら思っています。
 
少し前に、とある幼稚園でお弁当に冷凍食品を使うことを禁止する、とお母さんたちに伝えたことが炎上したことがありました。幼稚園の意図としては、「子どもがしっかりと愛情を感じられるように、お弁当は手作りのおかずをいれてほしい」という、いかにも真っ当に聞こえるものだったのですが、これにお母さんたちは猛反対。家事もして、育児もして、なんならフルタイムで働く母親たちの気持ちにまったく寄り添っていないと、社会を大きく賑わせました。
 
手作りだと愛情があり、手作りだと愛情がない。
そんなふうに決められることは、なんとも居心地が悪いことです。
 
お母さんといえど、料理が得意な人もいれば、苦手な人もいます。美味しくつくることが難しいと感じている方も大勢いらっしゃるなか、美味しいものを手作りしなければならないというのは、その人の人格を否定するぐらいの、大きなプレッシャーになりかねません。
料理が上手とか、美味しいものを作ることができる、というのは、ある意味特別なスキルです。だからこそ飲食店があり、彼らは食事を提供することでお金をいただいているのです。
 
一方家庭の主婦(最近では主夫も)というものは、どんなに美味しい料理を作っても1円の売り上げもたちません。家族からの「美味しい」がもらえたらラッキー、多くの場合は作るのが当たり前ぐらいに捉えられており、そのありがたみは子どもが親の世代になるまで伝わることがありません。
 
しかし親は、お弁当を作り続けます。
なぜならそこには、作らないという選択肢がないから。
自分のために無償でご飯を作り続けてくれる人というのは、親以外には存在しないのです。
 
そんなことも、自分が親になり、毎日弁当を作ることになって初めてわかります。自分が大人になると、作ってくれる人がいるだけでありがたいと、心から思います。
 
だから、なんだっていいんです。冷凍だろうとなんだろうと、ただただそこに、誰かが自分のことを思い、何かを作ってくれているのですから。
 
そんな人の気持ちを見出し受け止めることができることが、大人になることの醍醐味なのかもしれません。
 
そやから文句言わんと、ちゃんと全部食べておくれやす。
 
 
《第31章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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