老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第38章 もらうよりも、与える悦び〜心を元気にするおやつ《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2023/9/25/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「手を洗って、おやつ食べなさい」
 
子どものころ学校から帰ってくると、母親が台所からそんなふうに語りかけてきた記憶はないだろうか。我が家は商売人の家だったので母親も忙しく働いており、帰宅時に家にいるようなことは少なかったけれど、それでも時折娘達のことを気にしては、「おやつ食べなさい」と言いながらあれやこれや用意してくれていたことを思い出します。
 
朝昼晩の三度の食事以外の、なにかちょっと食べるもののことをおやつと呼びます。英語でいうならmeal(ミール)ではなくsnack(スナック)、つまり軽食を意味しています。しかし「おやつ」というとなんだかちょっと、子どものころの楽しい時間を思い出させてくれるような、なんだかちょっと暖かく、少しくすぐったいような響きですらあります。
 
さてそんなおやつ。果たして私たち大人には、どんなおやつがふさわしいのでしょう。
 
 

そもそも”おやつ”って何?


諸説ありますがおやつというのは、八つ刻(やつどき)に食べる食べもの、という意味があります。八つ刻というのは今でいう14時から16時のことで、このことから「3時のおやつ」という表現が生まれたと言われます。
今でこそ1日3食が普通ですが、江戸時代は1日2食の時代。朝ごはんを食べたら仕事に出て、夜になるまで食べられません。そのため午後に少し何かを食べることにより、空腹を凌いでいました。その時に食べていた軽い食事、つまり八つ刻に食べる食事なのでおやつ、になりました。
 
では一体、なぜ2食が3食に増えたのでしょう。
 
大きな理由は、生活様式の変化でした。
江戸時代の大火災の後、街の復興のために大工などの仕事が盛んになりました。また街には屋台が増えて、食べる楽しみが大きく変化しました。また物流も豊かになったことから行燈用の油が流通することにより、日が暮れても活動ができるようになりました。起きて活動する時間が増えると自ずとお腹も空きます。そのため2食では足りなくなり、3食食べることが普通になっていきました。
 
1日3食食べるようになったのだから、もうおやつはいらないのでは?
と思うかも知れません。
しかしかれこれ150年以上、おやつは廃れることなく食べられ続けています。これはつまりおやつは、お腹を満たす以外の効果が多大にあるからということを意味しています。
 
 

食料難の時代から飽食の時代へ〜ダイエットブームとおやつ


私たちの母親世代ぐらいだと、何かにつけて「食べなさい」を連呼していたかも知れません。この世代の人たちは、戦後の、物がない時代に貧しい子ども時代を過ごしてきました。そのため常にお腹が空いていたので、お腹が空いていることが貧しさの象徴、と感じるのかも知れません。空腹は貧しかった記憶を思い出させてしまうようなところから、人を空腹にしてはいけないという使命感を持つような感覚になるのではないかと思います。うちの母親は1943年生まれなのですが、とにかくいつも食べることを気にして、お腹が空いていないかどうかを確認してくるのでした。それは私が50歳になった今でも変わらず、実家に帰る度に「何か食べたいののはない?」と必ずラインでを訊いてきます。さすがに少し高齢になってきたので、お鍋いっぱいに料理を作ることはもうしませんが、昔はそれこそ
 
「これ、誰が食べるの?」
 
というぐらい、大量に食事を作り、それを家族に食べさせることに命を燃やしていたかのようでした。
 
昭和というのはそんな時代でしたから、とにかく食べる。残さず食べる。おやつももちろん食べる。食べることが正義、とでもいうような時代が長く続きました。
 
しかし最近は空前のダイエットや筋トレブーム。多くの人が体調や体型を整えるために、食事を制限するという食べ方をするようになりました。そのため、食事以外のものは「間食」として、節制することが必要になりました。
 
欧米人に比べたらまだまだ肥満が少ない日本人ですが、それでも人口の30%ほどには肥満があると言われています。メタボや生活習慣病などへの意識があがり、特に中年以降の年代では、健康に食べることを意識せざるを得ない状況に置かれることも少なくありません。
 
家族や自分自身の病気によって食事を制限しなければならない、という人も増加傾向にあります。
 
これまで栄養補給として食べられてきた「おやつ」は、必要以上のカロリーを摂取させ、体重を増加させる憎き存在として、敬遠されるようになりました。
 
確かに食事を制限したり、運動をしたりして健康な体を手に入れることは、とても大事なことです。しかもそれが達成できると、心身ともに快適になります。
疲れているのが当たり前の体が、どれだけ動いても動ける体に変わり、ボディラインが変わってぶかぶかの洋服しか着れなかったのが、痩せてスリムになり憧れの洋服が着れるようになる。それで気持ちが明るく切り替わり、毎日が楽しくなることはなる、のですが、そこでふと気づくことがあります。
 
私たちは一体、いつまで食事を制限する食べ方をし続けなければならないのだろう、と。
 
 

一生食べ続けることができる食事の仕方


何かを我慢したり制限したりすることは、一生続けられることではありません。期間限定だからこそがんばれるものであり、それを一生続けるということは、よほど重大な病気などの危険があったとしても、なかなか続けられるものではありません。
 
ましてやアラフィフにもなろうものなら、人生も後半にさしかかり、食べたいものを食べ、残りの人生を楽しみたいもの。食事制限が苦にならないぐらいにまでなればいいのですが、みんながみんなそれほどまでにストイックになれるはずはありません。
 
我慢するということは、私たちの心にとって、ものすごく負担でしんどいことです。
我慢が続くとそのことが却って病を産みます。せっかく健康になろうとして食事を制限していても、そのことで心を病んで、さらにそれが体まで蝕んでしまったら、せっかくの食事制限は元も子もありません。
 
おやつを食べることは、現代に生きる私たちにとって、もはや体の栄養を補給するためではありません。栄養は3食の食事で充分賄っているはずです。
 
しかし私たちに本当に必要なのは、心の栄養です。
 
毎日ストレスフルに動き、考え、活動しているアラフィフにとって、おやつは心を元気にするための秘密兵器。
ご褒美スイーツ、みたいな言い方もあるように、自分を悦ばせるために食べるおやつを、毎日の生活のどこかに忍ばせておきたい。
 
 

元気になるためのおやつを食べよう


自分を元気にするための、ちょっとしたおやつ。
 
例えば日常で、ちょっと疲れてきた午後のひととき。まさに昔からおやつが食べられてきたぐらいの時間に、休憩がてら一口二口ちょっとだけつまむ。仕事仲間からもらうちょっとしたお土産のスイーツでもいいし、コンビニやスーパーにある一口サイズのおやつでもいい。何かちょっと、ほんの一口。お口直しのような、気分転換のような、そんな一息があることで、午後の残りの時間も頑張り切れる。そのような一口おやつがあってもいい。
 
また何かを達成したり、やりきったとき。そんな時には自分をしっかりと褒める、ご褒美おやつがあってもいい。ご褒美だから思いっきり贅沢に、また思いっきり羽目を外して。クリームやアイスがたっぷりのパフェでもいいし、フルーツをふんだんに使ったタルトでもいい。デパ地下で買うような、普段は自分では買わないような、ちょっと高級なスイーツでもいい。なんなら大好きなアイスクリームをファミリーサイズのままでもいい。通販でランキング1位のおやつでもいい。普段はちょっとさすがに食べないけれど、何かを労いたい時にえいや、と食べる。そんなご褒美おやつがあってもいい。
 
また反対に、何かをやらかしてしまったときや、がっつり落ち込んでいるときに、徹底的にジャンクやドカ食いに走るようなおやつもいい。絶対に体に悪いとわかっているけれど、またそれを食べるとさらに気分が落ち込むかもしれないと思っても、むしゃくしゃした気持ちを切り替えるためにも、眼には目をのハンムラビ方式で、イケナイものに身を委ねる。普段は食べないようなジャンクフードやスナック菓子など、体に悪い!健康に悪い!と言われるものに、敢えてがっつりいってみる。そうすることで何かが吹っ切れ、また頑張ろうと思えるようになるのであれば、そんな荒療治もまたおやつの魅力、いや魔力と言えるのかも知れません。
 
 

心を元気にするおやつの選び方


とはいえ、気の赴くままに、気分に振り回されて食べるのは、その時はよくてもあとからどーんと落ちることがあります。我を忘れて食べていると、ふとした瞬間に気持ち悪くなったり、また翌日にお腹を壊していたり。私たちの体は無敵ではありませんから、体の限界を超える食べ方をするとどうしても、体は悲鳴をあげてしまいます。
 
食べ物は、食べるものであり、食べられるものではありません。
お酒も、飲むものであり、飲まれるものではないように、おやつも楽しみながら食べるものであり、食べられるものではありません。
自分で上手に付き合いながら、コントロールして食べるのが一番。食べ物に支配され、コントロールされてしまうと、それが依存や摂食障害にまで繋がることがあります。
 
では一体どんなおやつを食べればいいのでしょう。
 
基本的には、食べてはいけないものなんて、この世には存在しません。
どんなものでも、食べ物としてこの世界にある以上、それを作り出してくれた人がいるはずですから、その人たちに感謝して、その思いをいただくことは大事なことです。それがつまり私たちが日々口にする「いただきます」の意味になるから。食べるからには感謝の気持ちを忘れず、罪悪感を感じずに食べたいと思うのです。
 
そのためには、罪悪感を持たなくていいものを選びたい。
つまりは、素性がしっかりとしているもの、また作り手の愛情を感じるもの。
手間暇かけて、愛情かけて作られたもの。
そういうものには食べ物のエネルギー、命のエネルギーがたくさんつまっていますから、食べた時の満足感が大きく違います。
これに対して大量生産されたものや工場で作られるものたちは、なるべく安価に大量に作ることをゴールにしているため、食物としてのエネルギーが著しく乏しい。これらのものを食べることは、安価なので金銭的な代償を支払ってはいませんが、その分心、体という大切な資産から代償を支払っていることになります。
 
おやつとして、心を潤すために食べるのですから、心が潤うものをいただきたい。
心を込めて作られたものや、大切に育てられたもの、手間暇かかったもの。
食べる人を心から喜ばせようとするエネルギーに満ちたものを、おやつとしていただきたい。
 
老舗の和菓子屋さんが作る伝統的な和菓子とか、海外の老舗ショコラティエが作るチョコレートとか、はたまた愛する家族やパートナーが心を込めて作ってくれる手作りのおやつとか、そういう人の手、想い、愛情がこもったものをいただきたい。
 
また欲を言えば、誰かを元気にするおやつを、自分が生み出せる存在でありたい。
大切な人の元気を支え、応援することができる存在であることそのことこそが、実は自分を何よりも元気にしてくれる原動力なのです。
 
与えてもらうから元気になるんじゃない。
与えるから、元気になる。
 
人からもらってばかりでいるより、人に与えることができる存在であるほうが、人生がよっぽど豊かであること、そろそろ50歳にもなろうというのなら、気づいておいたほうがいいかも知れません。
 
だからこそ、誰かをお訪ねするときには、小さなおやつの手土産をもっていきたいものです。ありったけの想いをこめて。
 
 
《第39章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、世界一やさしいSNS軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の肩が書かれた記事です。受講ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


関連記事