あなたの上手な酔わせ方

だから私は、ジンのような女になりたい《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》


 
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記事:松尾英理子(READING LIFE公認ライター)

 

今年もあと2ヶ月ちょっとになり、お酒を飲む機会が多くなる季節到来です。

せっかくのお酒、美味しく楽しく上手に酔いたいですよね。

でも、あー飲まなきゃよかった、と思えるお酒が多いのも事実。 う~気持ち悪い……なんていう体調不良はもちろんのこと、気が大きくなって余計なことやっちゃったり、言わなくてもいいことしゃべっちゃったり、今までの後悔は私も数え切れず。でも年を重ねる毎に、次の日後悔しないお酒というか、上手に酔うことができるようになってきた気がしています。それは多分、一杯一杯大事に飲んで、ちゃんと記憶に刻み続けてきたからなのかもしれません。

「松尾って名前の人は、先祖がお酒の神様なんだから、大事にお酒を飲まないとね」
随分前に会社の先輩にそう言われて初めて知ったのですが、その理由は、京都の嵐山エリアにある松尾大社の存在でした。調べてみると、松尾大社は古くから酒の神様として広く信仰されてきた神社。だから、松尾という姓を持つことで、酒の神様のご加護があるはず、ということのようでした。

お酒の神様に見守られているはずの私は、人生で一体どのくらいのお酒を飲んできたでしょうね。ワインは5000本くらい、カクテルは1000杯くらい飲んできたかもしれません。でも、お酒の神様に見守られているからか、お酒の大きな失敗、つまり記憶をなくしたのは、人生で1度だけのはず。

もう何十年も前の話ですけど、会社の歓送迎会で今まで飲んだことがないような極上のお酒がいくつも出てきました。嬉しくて美味しくて次から次へと杯が進んでしまったのと、先輩がほとんどだったその会で気が張っていたのもあり、解散した後、歩き出したところまでは記憶があるのに、いつの間にか記憶がぷっつり切れていました。目覚めたら、朝方。私は一晩コンクリートの路上で寝てしまったみたいです。強烈な頭痛とともに顔にはコンクリートの模様がくっきりとついていた、何度振り返っても寒気がする、若い頃の情けない思い出。

その頃はまだ若い女の子だったわけで、襲われていてもおかしくなかった。
それに路上で寝ていたのだから、車に引かれてしまう可能性だってあった。
たった1回の失敗が、取り返しのつかないことになったかもしれない。

記憶に残らないような飲み方をしたから、いつも守ってくれていたお酒の神様に見放されたのかもしれない。一生、いい酔っ払いでいたい。私は心の中で、お酒の神様と約束しました。

これからは、もう記憶に残らないお酒は飲みません。
飲む時は大事に、一杯一杯記憶に刻むようにお酒を飲みます。

 

それから数十年。私の人生の思い出のほとんどにお酒が登場し、思い出は積み重なり、うまく付き合えば、お酒は人生の強い武器になることもわかってきました。

記憶の中にたくさん刻まれている愛すべきお酒の中の一つ、それはジン。
「ジン」という音の響きを聞くだけで、その香りを思い出し愛おしい気持ちになってしまうくらい、ジンは、私の人生にずっと寄り添い続けてくれている、そんな存在かもしれません。

ジンは、ジュニパーベリー(ネズの実)をメインに、コリアンダーシードやアンジェリカなどのボタニカル素材をいっぱい使った香り高い蒸留酒で、もともと、オランダやイギリスでは薬用酒として親しまれてきました。あまりメジャーなお酒ではないけど、恋に仕事に、友達との時間に、お酒を通じてこれからいろいろな経験をしていく若い女子達へ、ジンはオススメしたいお酒の一つ。なぜなら、ジンは恋愛にも仕事にも穏やかに効いてくれる気がするからです。

大学生になってすぐ、憧れていた先輩はいつもジントニックを飲んでいました。
「ジントニックはさ、ビリー・ジョエルの“ピアノマン”の中にも出てくるんだよね」

その頃バブル時代を過ごしていた私は、学生には似合わないようなお店で、背伸びした男子から、当時流行っていたビリー・ジョエルの名曲を聴きながらそう教えてもらい、心ときめかせていました。今でもビリー・ジョエルを聴くと、ジン・トニックが飲みたくなるのは、その時感じたジントニックの香りが、今もうっすらと記憶に残っているからかもしれません。

その後、数々の失恋の痛みに苦しみながら過ごした20代は、江國香織の小説がお気に入りでした。彼女の小説には、ジントニックが頻繁に登場するので、江國さんはきっとジントニックが大好きなんだな、と親近感が沸いていました。話の設定が当時の自分に少し似ていて共感してしまった小説、ホリー・ガーデン。主人公の果歩は、バーに行くと必ずジントニックを頼んでいました。その頃「一人でバーに行く」ことがマイブームだったので、私も主人公気分で、ジントニックやジンを使ったカクテルを頼み、ひとり悦に入ってました。特に、疲れている時や悩んでいる時は、心にジンが染み渡りました。

最近、ジンの香りのアロマオイルが出たと聞いて調べていたら、ジンが心に染み渡る理由がやっと分かりました。ジンの原料である、ジュニパーベリーという植物に由来するさわやかで甘い香り。その香りの一番の効能は「浄化」つまりデトックス。ネガティブな気持ちやわだかまりを押し流してくれる。心を暖め、強くする。ジンの香りにはそんな力があるようなんです。

ジンは、20代の私の、苦しむ気持ち、悩める心を癒してくれていたんだね。
ありがとう、ジン。

それから何十年も続けてきた社会人生活。今でも、ジンは私にとって、なくてはならないパートナーでい続けてくれている。
会社の飲み会の二次会や接待で、バーや小さなクラブなどに連れて行ってもらう、そんな時、甘系のカクテルやハイボールって少しつまらない。でも、ウイスキーだと少し可愛くない感じ。そんな時は、ジンをオーダー。それも銘柄名で頼みます。

「すみません、ビーフィーターをソーダで。それとライムを絞っていただけますか」

こんな頼み方、超カッコよくないですか(笑)
赤い制服を身にまとったイギリス衛兵のラベルがカッコいいビーフィーター、水色の透明ボトルが美しいボンベイサファイヤ。最近では、日本で作られたクラフトジンも。ジンは、ずっと眺めていたくなるようなボトルに入ったものが多いので、もしバーに行く機会があったら、ジンの棚からお気に入りのデザインを見つけてその銘柄を覚えておいてください。それだけで、「あ、ちゃんと酒知ってるんだ」って思ってもらえて、バーテンダーに美味しいカクテルを作ってもらえる可能性が上がります。

また、会社勤めをしていると、歓送迎会に忘年会そして接待と、年間通じて飲む機会、いわゆる飲みニケーションがたくさんあるものですよね。飲み会が多い季節にはあっという間に1ヶ月で2キロオーバーとか、そんなことを繰り返しながら年を重ね、どんどん横に巨大化していく同年代が多いのも事実。

この飲み会太りを防ぐにも、ジンは活躍してくれるんです。お酒はエンプティカロリーというけど、やっぱりお酒を飲むと食が進んでしまう。でも、せっかくの会合でお酒の量をあまりにセーブしたりすると、お酒好きが全員に知れ渡っている私の場合は特に、「えー、何で飲まないの? 具合でも悪いの?」と心配されて、とっても面倒くさい。それに、接待の時には、一人だけ杯が進まないと、ご一緒している方々に対して失礼にあたってしまうこともありますよね。

だからそんな時は、ジントニックかジンリッキーを頼みます。そしてお店の人に小声で「できればジンの量少なめでお願いします」と伝えます。ちょっとした手間にはなるけれど、その一杯で30分くらいはもちますからね。透明だから薄く作ってもらってもわからないし、氷が入っているから、飲んでも量が少しずつ増えていく。酒量をセーブしたい時には、場をシラけさせることもなくのめるスマートなお酒としてオススメです。

そして、ジンはおうちに一本あるだけで、たくさんの種類のカクテルが作れる万能なお酒。家に友達を呼んだ時、ホームパーティなんかでこんなに重宝するお酒はないです。トニックウォーターで割れば、ジントニック。ジンジャーエールとレモンジュースで割れば、ジンバック。レモン味のソーダで割ったら、トム・コリンズ。オレンジジュースで割ればオレンジフィズ。プレーンなソーダと割ったらジンリッキー。ああ、たくさんありすぎて止まらない。

どうしてこんなに、どんな素材にも寄り添うことができるんでしょうね。ジンってやつは。

 

だから私は、ジンのような女になりたい。
一緒にいるだけで、相手を癒し、浄化してくれるような存在。
一緒に組む人に柔軟に合わせて、よさを引き出してあげる存在。
でも、自分自身の個性もしっかりある。

 

そんなわけで、まさに「ジン生」を生きる私は、次の日、そして時間が経っても「いいお酒だったなあ。またあんな飲み方したいな」って思える話で、あなたを上手に酔わせていきたいです。

 

 

❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーデンタースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。Web READING LIFE公認ライター。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-10-15 | Posted in あなたの上手な酔わせ方

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