天狼院のカシオレを飲んだら、久しぶりにカシス女子になれました《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
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記事:松尾英理子(READING LIFE 公認ライター)
「天狼院のカシオレ、すごく美味しいですよ」
今年の夏、天狼院書店のライティング・ゼミの休憩時間に、講師の三浦さんに薦められたカシオレ。でも、私は頼むのをためらってしまいました。だって、カシオレは普段絶対に頼まないアルコールの筆頭だったからです。
店主が薦めるなら飲んでみようかな。
多分、飲むのは20年ぶりくらい。久しぶりに飲むカシオレは、どんな味がするだろう。
本当に美味しいのかな。期待と不安が交錯しながらレジに並び、運ばれてくるのを待つこと数分。
目の前に運ばれてきたカシオレは、イメージ以上に濃い赤紫色で、濁っていました。キレイな色というより、「どどめ」色。カシスオレンジって、もっとかわいい色のイメージだった記憶があるけど……。まあ、飲んでみよう。
グラスを顔に近づけると、カシス特有の上品で清々しい、それでいてふわっと落ち着く、甘く心地よい香り。
これはイメージ通り。でも、一口飲んでみると、20年前の記憶とは別の飲み物。
口中に限りなく広がる甘酸っぱい味わい。気がつくとその甘酸っぱさがすっと鼻に抜けていく。
意外にさっぱりした後口で、まるで、もぎたてのみかんを食べたようなさわやかさだけが残る。
まるで、酸いも甘いもかみ分けた女のような、こなれたしなやかなカシオレ。
いいなあ、このカシオレ。すごく好きな味。
それにしても、何十年もアルコールを飲み続けているのに、いつからカシオレを飲まなくなったのだろう……。
アルコールの記憶を辿っていったら、20代の頃は、カシスリキュールのボトルを自宅に常備していたくらいカシスが大好きだったことを思い出しました。
カシス。Cassis.フランス語っぽく発音すると、キャスィス。軽やかな響きのこの言葉が、何より好きでした。
カシスの日本名は黒すぐり。英語ではブラック・カラント。カシスはイチゴと同じベリー系で、ブルーベリーよりも実が小さい果実。小さくかわいい実の中に、ぎゅっと成分が凝縮されているから、酸味甘味渋み、そして香り、どれもが強いのが特徴です。
そして、女性にとって何より嬉しいのは、カシスに含まれる成分です。最近、ブルーベリーの成分として紹介されることが多いアントシアニン。アントシアニンは、眼精疲労だけでなく、肌のくすみや冷え性の改善に効くと言われていて、女性の強い味方なのですが、実はカシスにはこの成分がブルーベリー以上に含まれているみたいです。
近年、そんな研究が進められるずっと前から、18世紀頃のヨーロッパでは、「若返り効果のある果物」として、カシスは既に有名だったようです。ヨーロッパでは昔から、薬効の高い植物を浸漬してできたリキュールを、薬代わりに飲む習慣がありましたから、当然のようにカシスも、薬代わりのリキュールとして誕生することになりました。果物のリキュールは当時珍しく、その美味しさで一気に人気が高まり、それから何百年たった今も、不動の人気をキープしています。
そうだ。
私はカシス好きだったんだ。
久しぶりに思い出した私は、カシスリキュールを久しぶりに買ってみることにしました。
カシスリキュールで一番有名なのは、ワインで有名なフランス、ブルゴーニュ地方の街、ディジョン生まれの「LEJAY・CASSIS(ルジェ・カシス)」でしょう。ラベルを見てみると、美味しそうなカシスの実と、今にもそれをついばみそうな小鳥の絵がうっすらと描かれています。
そして、真ん中あたりに書かれている「Crème de Cassis(クレーム・ド・カシス)」は、ブランド名ではなく、品質を示す言葉です。ヨーロッパでは法律で定められているくらい品質基準が明確で、糖の含有量が基準を満たしている製品だけが、「クレーム・ド・カシス」とは名乗ることができます。ちなみにクレームは、英語ではクリームのこと。フランス語では、「濃厚で甘いこと」をあらわす代名詞のように使われる言葉です。
さあ、蓋を開けてみましょう。
カシスリキュールの魅力は、なんといってもその香りです。
キャップを空けた瞬間に沸き立つ、心地よい甘酸っぱい香り。
一口、口に含むと、ベリー系なのにパッションフルーツみたいなトロピカルフルーツの香りも感じます。
さあ、どんな飲み方をしましょう。
やっぱり、定番のカシオレかな。でも、さっぱりとヘルシーに、烏龍茶と割ってカシスウーロンもいいかな。
牛乳と割って、カシスミルクもいいかもしれない。ヨーグルトみたいに甘酸っぱくて意外に美味しいから。
スパークリングワインと割ったキールロワイヤルも、久しぶりに飲んでみたいな。
食後なら、バニラアイスが劇的に美味しくなる、カシスオンアイスも最高。
肌寒い日には、ホットティーにカシスを1,2滴落とすと、ホッとする香りと味わいのカシスティーに。
ああ、こんなにもカシスが好きだったはずなのに。その代表選手とも言うべき、カシオレを全く飲まなくなってしまった理由。それはきっと、カシオレがあまりにメジャーになってしまったからなのだと思います。
だいぶ昔、カシオレが「日本人が一番好きなカクテルNo.1」に選ばれたニュースを見たのがきっかけだったのかもしれません。さらに、飲めない人が飲むお酒、若い子が飲むファーストドリンク、酒感を感じない飲みやすいカクテル、などなど、カシオレのイメージが、いつの間にか「お酒の初心者にオススメのカクテル」に統一されてしまったような気がするのです。
だいたい、なんでわざわざ4文字にしなきゃいけないの。
「カシオレ」なんて覚え方したら、外国で通じないのに。
それに最近、美味しくないカシオレが増えているのも気に食わない。
カシオレは、もう私の知っているカシス・オレンジじゃない。
当時の私はそんなことをいろいろと思いながら、カシオレからいつの間にか卒業したのだと思います。
20代前半に、バーで飲んだ感動的なカシス・オレンジを、ふと思い出しました。
当時、よく通ったバーのバーテンダーが、フロートスタイルで出してくれたカシオレです。
「カシスリキュールとオレンジジュースを混ぜると、キレイじゃないんですよね。シェイクしたりステアして、違う素材をミックスして最高の味に仕上げるのがバーテンの腕の見せ所なんだけどね。このカクテルはフロートで出すことにこだわりたい。見た目も味も、二度楽しんでもらえますしね」
こんな説明を受けながら、目の前でゆっくり丁寧に作ってもらった、あまりに美しいカシオレの記憶がよみがえってきました。
「フロート」とは、カクテルで使ういくつかの素材の比重の違いを利用して、素材が重い順に、混ざらないように入れていく、見た目も楽しめる提供スタイルのこと。カシスリキュールは糖分が高く、オレンジジュースよりも重いので、氷を入れたグラスに、まずはカシスリキュールを注ぎます。そこに静かにゆっくりとオレンジジュースを注いでいきます。すると、まるで夕焼けをみているようなキレイなグラデーションができるのです。まずは眺めて酔う、そしてそのグラデーションを自分で崩しながら飲んでさらに酔う。二度美味しいカクテルです。
でも、カシス・オレンジ、通称「カシオレ」の本来の色はやはり、濃い赤紫色ですね。
小説家、荻野アンナさんの最近の作品に「カシス川」があります。ご自身の闘病体験をもとにした、母と娘の格闘が描かれた心を揺さぶられるストーリーでした。この作品は、フランスの詩人ランボーの詩「カシス川」の引用から始まります。
誰も知らない カシス川
異形の谷間を 流転する
ランボーが、詩の中でカシス川のどんな様子を表現したかったのかは、いろいろな説があるようです。でも、アンナさんは、カシス色に染まった川が、どんな時も、どんな条件でも流れ続ける様として捉えています。カシスを思わせる濃い赤紫色の川が、よどむことなくひたすらに流れていく。それはアンナさんの生き様、そのものなのかもしれない。そんなことを思いつつ、自分でつくったフロートスタイルのカシス・オレンジの色を一気に崩しながら読みました。
この「カシス川」の色にぴったりのイメージが、天狼院のカシオレの色と味わい、そのものでした。今の私には、昔飲んだフロートスタイルの色鮮やかなカシス・オレンジよりも、しっくりくる色と味わいでした。
カシス・オレンジを初めて飲んだ日から、きっと、私はいろいろなお酒を知りすぎました。それは、お酒だけじゃないのかもしれません。それまで気に入っていたモノやコトが、新たな経験や知識を積み重ねることで、いつの間にか、無意識に「私にとってはもう既に価値がないもの」と決めつけることが多くなってきた気がするのです。
20年ぶりに飲んだカシオレは、感動的に美味しいのはもちろん、先入観の塊みたいになっていた私の思考をほぐし、柔らかくしてくれたのかもしれません。そして、20代の頃の記憶を蘇らせ、私は久しぶりにカシス女子になれました。さらにまた一つ、上手に酔えるお酒を見つけちゃった気分です。皆さんも、もし天狼院書店に行かれる機会があったら、是非お試しを。
■ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーデンタースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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