「芸能人格付けチェック」のワイン飲み比べを見て、初心に帰る 《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
記事:松尾英理子(READING LIFE公認ライター))
今年は絶対、当ててやる。
元旦恒例のバラエティ番組「芸能人格付けチェック」が始まる前に、今年も決意を固めた私。
毎日のようにワインを飲んでいるのに、どちらが高級ワインなのか、いつも当てられないから。
だから毎年、今年1年の運試しのような気持ちになり、見入ってしまうのです。
高級ワインや高級牛肉と、そうじゃないものとを飲み食べ比べる。
何十億円もする楽器での演奏と、初心者用の楽器での演奏を聴き比べる。
どちらが一流品なのか? 芸能人が真剣勝負で臨み、格付けがされていく様はとっても面白い。
毎年最初の勝負は、ワインの飲み比べ。
今年は、世界のワインを代表するフランスボルドー地方の5大シャトーのひとつ「シャトー・ムートン・ロートシルト」
それも天候に恵まれ、世紀の大当たり年と言われている1959年のワイン。
一流ホテルなら1本100万円はすると紹介されていたけど、恐らく通常ルートでは手に入らないワインで、当然私も飲んだことなんてないプライスレスなワイン。そんな逸品に対して、飲み比べするワインは同じくボルドー産の1本5000円のワイン。5000円だって相当いいお値段ではあるけれど、100万円と5000円なので値段的には200倍。そりゃ、いくらなんでも分かりそうなものだと思えるけど、TV見ていると、これがなかなか難しいみたい。
熟成された高級ワインの見分け方は一応ある
今回も、多分これまで何度も高級ワインを飲んだことがあるはずのベテラン俳優さんが、不正解でした。
きっとそれは、いいワイン=飲みごたえがある=強く華やかな香りと味わい、という先入観が無意識に入っているからなのかもしれません。でも、実際は逆で、時間を積み重ねたワインは、「強い」というより「優しく」なることが多いんです。ワインは熟成によって、角がとれて口当たりは若い時よりも柔らかくなり、香りや味わいも魅惑的な味わいに変化するからです。
もちろん、TVの画面を通してだと香りや味わいは分からないので、視聴者の判断材料はワインの色。
赤ワインの色のもとになっているのは、ポリフェノール類の一種アントシアニン。ブドウの果皮に多く含まれていて、赤色や赤紫色のもとになっています。熟成が進むに連れ、アントシアニン量が減っていくので、若いうちは鮮やかな紫色をしていたワインも、熟成を経ることに赤茶色を帯びてくるのです。
その知識をもって、TV画面を凝視。
でも、今回の2つのワイン、どちらも同じくらい濃くて赤茶色をしていて。普通、60年も経っていたら、レンガ色が少し出ていてもおかしくないのに。画面からでは味や香りが分からないので、芸能人たちのコメントから当てるしかない。
芸能人たちから、重厚とか力強いとか、そんな言葉がたくさん出ているのが最初のAのワイン。その後、次のBのワインを飲むと「うーん、難しい」という反応がほとんど。
そんな反応じゃ、見ているだけの私達はもっとわからないじゃないの。
でも、Aのワインのほうが「力強い」というのなら、きっとBのワインが正解なはず。でも、結果はAのワインが正解。1959年は世紀の当たり年で、男性的で壮大なワイン。しかも最高峰のムートン。私が持っていた、いわゆる普通の「熟成したワイン」の知識は全くの役立たず、でした。
一口飲んだだけで、歴史を感じてしまうワイン
正解のワインが発表になった後、YOSHIKIがこのワインを表現した時の言葉に脱帽しました。
「シャトー・ムートンロートシルトは、1850年頃は2級ワインだったのですが、途中で1級に這い上がってきたワインです。だからなのか、このワインには執念みたいなものを感じますよね。」
「完全に深みが違います。ワインが抱えている、ストーリーが違うんです」
YOSHIKIは、自分でワインも作っちゃうくらいワイン通なので分かるかもしれないけど、今回さらに驚いたのは、ワインは飲みなれていないと言っていた20代の男優、間宮しょうたろうさんが飲んだ後に発した言葉。
「Aのワインには、ものすごいワインとして残り続けてきた、歴史みたいなものを感じますね」
ワイン通だけじゃなく、ワインをそんなに知らない人にまで、一口飲んだだけで「歴史」を感じさせてしまうワインは、どんな歴史やストーリーを持っているのでしょう。
今からさかのぼること160年以上。パリ万博を前にしたフランスでの1855年の出来事です。
ボルドーワインは、その頃からフランスの象徴的存在でした。当時の皇帝ナポレオン3世は、世界中から集まってくる外国客に向け、格付けをして展示すれば、更なる名声を得られるに違いない。そう確信して、何千あるシャトーから61のシャトーは1級から5級まで5段階に振り分けられました。ただ、そのうち1級はわずか4つのみ。
シャトー・ラフィット・ロートシルト
シャトー・ラトゥール
シャトー・マルゴー
シャトー・オー・ブリオン
そう。その当時、シャトー・ムートン・ロートシルトは1級に格付けされず、2級に格付けされたのです。
造り手も世間も、必ず1級を取ると思っていたのに。他の4つのワインと同じくらいの評価がされていたにもかかわらず。
「1級たり得ずとも、2級に甘んじず。ムートンはムートンなり」
ムートンの主は当時のラベルにこう刻み、痛恨の極みを表現し、ここから長い長い執念の歴史が始まります。
でも、ボルドーの格付けは土地に根付くものとして絶対で、それから100年以上、格付けが見直されることなく歴史は重ねられていきます。その間、諦めることなく、ひたすらに努力を続け、一縷の望みにかけ1級を目指してきたムートン。
そして、格付けから118年もたった1973年。
ついに、4世代にわたる努力の末、ムートンは悲願の昇格を果たします。
「われ1級になりぬ、かつて2級なりき、されどムートンは昔も今も変わらず」
1973年のラベルにはこんな言葉が記されています。
1級になったけれど、別にそれで何が変わるわけではない。自分たちは自分たちのまま。
1級になったからと言って浮かれることなく、進んでいく。
そんな強い意思が感じられる言葉です。
それ以来、格付けが変わったのはこの1回だけという事実は今も変わりません。
若い人の感性ってすごい
話は戻って、今回の格付けチェックで出されたワインは1959年。ムートンが、まだ1級にはなれていなくて、執念がピークに達していた頃のワインです。その60年後に、その歴史を知らない若者が言い当てたことに一番の衝撃を受けました。
アイドルグループ欅坂46の女子2人も、今回のワインを当てていました。
「AとB、味が違うのはわかる」
1人がそう言ってました。20歳になったばかりで、ワインを飲むことすらはじめてなのに。
これは、ビギナーズラックなんかじゃないと思うんです。邪念や余計な知識がないこと。純粋に感じたことを、そのまま表現できるからなのでしょう。TVを見ながら、自分の感性を信じてつき進んでほしいって、エールを送ってしまいました。私達世代はきっと、こういう感性にどれだけ耳を傾け、どれだけ活かしていくことができるか。これに尽きる気がしますね。
私は平成元年に20歳になりました。もう30年もお酒を飲み続けてきたわけですけど、ここまでくるともう、これまで呑んできた経験や覚えてきた知識で、固定概念バリバリなわけです。これが邪魔しちゃうことが結構あるような気がします。だからこそ、自分とは違う感性に触れないと。この番組を見て、そう改めて思い、初心に帰りました。
お酒のことになると、ついつい、
「あ、それ。私、飲んだことあるけど、イマイチなんだよねえ」
「それ絶対美味しいから。試したほうがいいよ。その理由はね……」
とか言って、これまでの自分の経験や知識を押し付けまくってきた自分。
あー、やだやだ。
今年は平成最後のお正月。
例年以上に、今年こそは! なんて目標を立ててしまいたくなりますよね。
私の場合、お酒にまつわる目標は例年通り、
次の日に「いいお酒だったなあ」って思えるお酒を飲む!
これは今年も継続としてですね。新たにもう一つ。
自分だけではなく、一緒に飲む人たちが「いいお酒だったなあ」「感動したなあ」と思えるお酒を飲む!
一緒にお酒時間を過ごす人たちの、感性を磨くお手伝いもしたいな。
そして、その時感じた感動や驚きを、言葉としてためていくことで、自分の糧にしたい。
そう心に決めて、今年も一杯一杯を大事に、記憶に残るお酒を積み重ねていきたいと思います。
❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーテンダースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
http://tenro-in.com/zemi/66768
関連記事
-
東京天狼院で、赤ワインの最強おつまみ、見つけちゃいました《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
-
全員が上手に酔う。それはあまりに素敵なことでした《雑誌「地域人」刊行記念!旬の「日本ワイン」で春を楽しむイベントレポート〜「あなたの上手な酔わせ方」番外編》
-
お燗と日本チーズの組み合わせは最強でした《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
-
この季節は、やっぱり日本酒ですね《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
-
年末なので、上手に酔う方法を考えてみました 《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》