週刊READING LIFE vol.5

いくつになっても、〝おいしい女〟でいたい《週刊READING LIFE vol.5「年を重ねるということ」》


記事:江頭 ぴりか(ライターズ倶楽部)

「君とセックスしたいよ」
こんなことを突然言われたら、普通なら嫌悪感しかないかもしれない。
でも実際は、時と場合と相手による。
地元民しか知らないような、路地裏の古びた店の小上がりで、気兼ねなく話せる仲間と熱燗を何本も空けて、色恋話で盛り上がった後なら、こんなセリフも明るく飛び出す。
私より20近くも年下で、賢くてスタイルも良い女子がその場にいたにも関わらず、彼女を差し置いて肩まで抱かれると、むしろちょっとテンションが上がる。
セクハラは断固反対でも、セクシーと言われてうれしくない女子はいない。たぶん。
もちろん、私も相手も酔っぱらっていて、そのノリで言っていることもあるだろう。
しかし、そんな男性は一人だけじゃなかった。

なんでだろう?
最近、不思議に思う。
なんで、私は今頃モテているんだろう?

40も過ぎて、まだ結婚もしたことないし、出産はもう難しいかもしれない。
小学生の頃からある白髪は、今やアソコの毛やソコの毛にも及んでいるし、昔からやせてはいなかったが、近頃は明らかにぽっちゃりだ。
ずっと以前は美肌だと称賛されていたが、今はカサカサでしみもある。
滑舌がひどく悪いから、酔っぱらうとますます何言っているかわからない。
服のセンスは変わっているし(だから、アート好きな人にはほめられる)、映画だって奇妙なミニシアター系ばかり渡り歩いていて、事故物件サイトをチェックするのが日課の、むしろ気味が悪いやつだ。

なのに、近頃の私は、明らかにモテている。
別に、恋愛の対象というわけではなくても、相手に好意を持たれているのを度々感じる。

30代までは、お世辞にもモテるタイプじゃなかった。
どう鏡の角度を変えても、容姿には自信が持てない。
テレビ局で番組観覧のアルバイトをしたときには、一番奥の席に座らされた。番組のADがあからさまに顔を見て判断しているのがわかって、嫌な思いをした。
上京後は、華やかなキャピキャピ女子たちを目にするたびに、足の短い道産子は惨めな気分でいっぱいだった。
テレビでは、やっぱり女子高生や20代前半までの女性たちが主役だ。
「結局、女は若さと見た目だよな」
と、どこかでずっと諦めていた。

もし本当に肌のピチピチ感や、外見の美しさだけが男性を引き付けるのなら、それは私がとうの昔に失ったか、もともと持ち合わせていないものだ。
だから、今の私の魅力は、20代や30代の時にはなかったものなのだ。
あの頃にはなくて、今の私にあるもの。
それはもしかしたら、40年以上生きてきて、楽しいこと、苦しいこと、うれしいこと、悲しいこと、頭にきたこと、様々な経験を経て熟成され、遂にあふれ出てきた「味わい」なのかもしれない。

まるで、数年前から人気の「熟成肉」のようだ。
肉が乾燥する過程で付着する、ある種の微生物が作り出す酵素は、タンパク質をアミノ酸といううま味成分に変え、おいしくなるそうだ。
その上、肉がかなり柔らかくなるらしい。

私たちは、肌のハリや髪のツヤを「失った」と表現しがちだが、それは違う。確かに体型も髪の色も変わったかもしれないが、輝きが変化しただけで、何も失ってはいないのだ。
その代わり、年を重ねて培われた知識や経験が、頭と心を熟成させてどんどん柔らかくしていく。
どんな話題にもそれなりに対応できるようになったり、下ネタにも応戦できるようになったり、皮肉や苦言も笑顔で受けとめてむしろ感謝するようになったり、ひとつひとつの言動がより味わい深くおだやかになっていく。
熟成することで、人間もおいしくなるのだ。

しかし、肉はただ置いておけば熟成肉になるわけではない。有害な微生物が付けば、ただの腐った肉になってしまうし、カビが生えたところは、適切に削り取らなければならない。熟成がすすめばすすむほど、丁寧な手入れが必要だ。

私たちも、どんな知識や経験を身につけていくかが大切だ。
どんなものでもいいわけではない。そのためには、自分が尊敬できる、より熟成された人たちと積極的に交わることも重要だ。彼らの素晴らしい知識や経験は、自分自身もより一層熟成させてくれる。
同時に、時代遅れになった知識、不要になった思考、さび付いた信念を、いさぎよく捨てていかなければならない。そうしなければ、新しい知識や経験の吸収は難しくなる。
新しい空気に触れることで、また新しい味わいが生まれるのだ。

熟成肉のおいしさを知ると、やめられなくなるらしい。
私を好きだという男性も、きっと熟成された人間で、熟成のうま味を味わったことがある人に違いない。
期待に応えるために、ただの古くなった人間にならないために、私自身の手入れを日々怠らないようにしなければ。

60歳になっても、70歳になっても、100歳になっても、その年齢にふさわしい味わいを持った女性でいたい。そして、シワやシミがいっぱいのおばあちゃんになっても、
「君とセックスしたいよ」
と、男たちをひざまずかせるのだ。

 

 

❏ライタープロフィール
江島 ぴりか(Etou Pirika)
北海道生まれ、北海道育ち、ロシア帰り。
大学は理系だったが、某局で放送されていた『海の向こうで暮らしてみれば』に憧れ、日本語教師を目指して上京。その後、主にロシアと東京を行ったり来たりの10年間を過ごす。現在は、国際交流等に関する仕事に従事している。2018年7月から天狼院書店「ライティング・ゼミ」を受講、同年9月からREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
趣味は映画館での映画鑑賞とタロット占い。ゾンビとオカルト好き。中途半端なベジタリアン。
夢はベトナムかキューバに移住することと、バチカンにあるエクソシスト養成講座への潜入取材。

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2018-11-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.5

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