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週刊READING LIFE vol.15

いつか鉛筆が自分のものになる日まで《週刊READING LIFE vol.15「文具FANATIC!」》


記事:相澤綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 

黒いマグネット式の筆箱を開けると、咬んでぼろぼろになった鉛筆が2本だけ入っている。今年小学校1年生になった息子の筆箱だ。6本並んだ筒の中に納められずに、折れた芯と一緒に転がっている。昨晩入れておいたはずの他3本の鉛筆と赤青鉛筆は、きっとまた学校の机の中に転がっているのだろう。消しゴムも定規もない。
自分で筆箱を準備する習慣をつけさせたいけれど、その他のことをさせるので精いっぱいだ。宿題をさせたり、食が細くて食べたがらないのをどうにか食べさせたり、YouTubeをいつまでも見たがるのをお風呂に入れたりすることなど。筆箱を含め、翌日の支度は仕方なく私がやっている。
鉛筆を齧り始めたのは6月くらいからだった。最初はすぐに飽きるんじゃないかと考えていた。齧ってぼろぼろになった部分をカッターで切り落とし、また翌日も持たせた。キャップを買ってつけたりもしたが、今度はキャップがバリバリに割れていた。それだけでなくて、イライラして曲げるように力を加えたりするからか、木の中で芯が折れ、削る間に鉛筆の先が折れてしまい、何度も削って一度に2、3センチ短くなることもあった。魚好きな彼が気に入りそうなイラスト入りの鉛筆を準備したこともあったけれど、あまり効果がなかった。
何か、ストレスが溜まっている以上の問題があるのではないかと少し心配になって、夫に小声で相談した。
「味がおいしいんだよね」
そう私に答えると、夫は息子に向かって言った。
「パパも昔噛んでいた。でも、鉛筆は大事に嚙まなきゃいけない。折れないくらいの力で」

 

私は鉛筆を噛んだりしなかったけれど、代わりによく鉛筆を失くした。鉛筆だけではない。消しゴムも、定規も……。一番頻繁に失くした鉛筆は、入学してからの3ヶ月間で1ダースという記録があり、長いこと母にその話を繰り返されたものだった。
どんな風に失くしてしまったかは覚えていない。でもその時の自分がどんな状況だったか、ということならば、鮮明に思い浮かべることができる。
新しい環境で、初めて知り合うたくさんのクラスメート、幼稚園の先生とは違う雰囲気の担任の先生、たくさんの授業。新しいものに囲まれて、それに慣れることに必死だった。その上、教科書にノートに筆箱に、その中に並べてしまわれた鉛筆。そういうものすべてを意識することは、私にはできなかった。
息子も違う形で表れているけれど、きっと同じような状況なのだろう。だから私は、毎日鉛筆を削り、新しい鉛筆を加え、筆箱に並べる。週に1回程度は教室まで足を運び、机の中にたまった鉛筆を回収してきて、それをまた使う。
「あまり噛まないでね。使ったら、筆箱の中にしまってね」
と声はかけるけれど、それ以上は言えない。

 

息子のこれからの学生生活、大学に行くとして16年間は文具のお世話になる。仕事をしてからも同じだろう。書きつけるという行為は、一言で言えてしまうけれど、目で見ながら、指を動かし、筆先から書かれた文字を目で見て、また時間を置いて目で見ることになり、何度も意識しなければいけない。だからきっと、文具とはこの先もずっと、長い付き合いになるのだ。
そしてその間に、自分のお気に入りの文具も出てくるだろう。
私には、お気に入りのシャープペンシルがあった。いつもそれで勉強して、テストの時も、予備を準備はするものの、いつものペンじゃないと落ち着いて受けられなかった。高校受験もそれで受けた。薄いピンク色で、消しゴムキャップとクリップ部分とアクセントのラインがシルバーだった。少し落ち着いた雰囲気だったけれど、大人っぽくて気に入っていた。それが壊れて、次のものを買った時には、慣れるまでテストがとても不安だった。同じものがなかったので、今度は濃いピンク色にした。新しいシャープペンシルも毎日一緒に勉強することで、少しずつ私との距離が近くなっていった。濃いピンク色のシャープペンシルも、徐々に私に欠かせないものになっていた。テストの時には、これまで一緒に勉強した記憶とともに、私に落ち着きを与えてくれた。
実は、未だに文具はピンク系でそろえている。

 
 

息子にとって、鉛筆はまだそういう存在じゃないのだ。ただただ新しい環境を構成している一つのものに過ぎない。落ち着かない気持ちを、鉛筆の頭を噛むことで、きっと必死になって抑えているのだ。でもいつか、筆箱を開けた時に並んだ尖った鉛筆を見て、いつも通りだから大丈夫だ、と思えるような時期が来るのではないかと期待している。いつか鉛筆が自分のものになって、苦手なテストがあっても、クラス替えがあっても、新しい学校に進学しても、落ち着いていられるようになるのではないかと思うのだ。
だから、そのためにも私は毎日ちゃんと鉛筆を準備してあげたいし、そして、少しずつ彼も自分で準備をするようにさせていきたいと思う。

 
 

ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)
READING LIFE編集部ライターズ倶楽部。1976年千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《1/9までの早期特典あり!》


2019-01-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.15

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