週刊READING LIFE vol.9

自分を知った旅《週刊READING LIFE vol.9「人生で一番思い出深い旅」》


記事:山田あゆみ(READING LIFE公認ライター)

「ビューティフル!」

あちらこちらで、感嘆符付きの興奮した声が聞こえていた。
私は、ゆらゆらと心地よく揺れる船の上で、デッキに寝っ転がっていた。
頭上には見たこともないくらい大量の星が、キラキラとただただ輝いていた。
流れ星が、カウントできないくらいどんどんと、空を走っていた。
この空を見られたただそれだけでも、この旅に来た価値があったとさえ思えるほど、その景色は、圧巻だった。

私は、その時、客船で世界12カ国から集った200人以上の青年たちと共に旅をしていた。
この旅は、内閣府が行っている国際交流のプログラムそのものだった。世界各国の人々と、寝食を共にしながら、船で数カ国を巡る。船上では多様なプログラムが展開される。レクチャーもあれば、ディスカッションや、部活動、レクレーション、それぞれの国別に準備して発表する各国のショーなどがあった。
毎日、毎日、学園祭を盛大にし続けているような、そんな日々だった。
公式に用意されるプログラムの他にも「自主活動」と呼ばれる、参加者が好きに行う活動もたくさんあって、それが船の上の様々な場所で展開される。
起きてから寝るまで、刺激的で新しい体験と活動が目白押しなのだった。
あまりに、面白いことが次から次にあるせいで、みんな寝る間も惜しんで動き続けていた。

それはもう実に濃い41日間だった。サンバをブラジル人から習い、チリ人とチリワインでパーティをし、オマーン人と、美味しいチャイを飲み、タンザニア人に伝統衣装を着せてもらい、今までやった事もないような経験を怒涛の勢いでたくさん味わった。
私も、原爆と平和についての発表をしたり、船上ミュージカルの一部分に携わったり、色々と発信もした。
本当に人生で最も新鮮さと驚きに溢れた時間だったのだが、その中でも一番心に残っているのは、人間同士の「会話」だった。

例えば、死んだらどうなるのかという話を何人かでした。
そこに集っていたのは、宗教も、生活環境も全く違う人たちだ。
当然死後の世界の捉え方はバラバラだった。
死んだら、天国へ行くという人もいれば、何もなくなり無になるという人もいる。
全然違う意見なのに、それをお互いに尊重しあって聞いていた。それが心地良かった。
否定することなく、相手をそのままに受け入れる。それも、興味を持ってしっかり聞く。

「人は、死んだら、何も残らないんだけど、でもきっとその思いみたいなものは、ずっと誰かの中に引き継がれていくんじゃないかな。あの人がいたから、今の私がいるみたいな関係の人って、いるものじゃない? そんなものすごい影響力を与えられた人だけじゃなくて、些細なことでも、自分でも思い出せないような部分にも、出会ってきた様々な人の影響を受けていると思う。人との出会いが、係わりが、人を作っているから、その意味で人は永遠に死なない」

私は、頭に浮かんだ言葉を伝えていた。
伝えながら、じわじわと身体中に興奮が伝わるのを感じていた。
私って、死についてそんな風に考えていたんだ、と初めてこの時に実感したのだった。

これまでも、きっとなんとなく死んだらどうなるのか、ということを考えていたかもしれない。
でも、言葉にする機会なんてなかった。
他の人の死後の世界に関する思いを、じっくり聞いたこともなかった。
だから、自分が何をどう思っているか思い当たることもなかったのだった。

私たちは、日常的に会話をしている。
色々な話をする。天気の話、ニュースの話、今やっていること。
だけど、死についてなんてしっかり話す機会が日常あるだろうか。それもごく自然に。
でも、それは実はとても大事なトピックなんじゃないだろうか。

他にも、ゲイの結婚は認めたほうが良いか、とか、将来何がしたいか、とか平和とは何かとか、そんな話を毎日、食事を取りながら、夜寝る前に、ソファでくつろぎながら、いっぱいした。
多様な視点を持つ人々と、そんな話題で会話するのはこの上なく面白かった。
話せば話すほど、これまで自分は本当に小さな枠の中でしか物事を考えてこなかったんだということを実感した。それに、話すということの意味をそもそも、ちゃんとわかっていなかったことに気づかせられた。
自分が本当は何を考えているのか、どういったことを大事に思っているのか、そんなことを真っ直ぐに話すことで、人と人は互いを理解し合うことが出来る。
話し合うことで、自分の考えが深まっていく。

「結婚は、決められた人とする。だから僕らは恋愛しないんだ」
その言葉を聞いた時、人生に欠かせない要素の一つだと思っていた「恋愛」が存在しない世界があるのだ、と度肝を抜かれた。
それと同時に、恋愛って何なのかについて考えさせられる。そもそもそれは本当に必要なことなのか。そんなこと、考えようとも思わなかったことだった。

「信仰を守るのは、私がそうしたいと思っているからよ」
熱心なイスラム教信者の彼女の言葉は力強く、何かを信じることで人は強くなれるのかもしれないなと思った。信じるものの話を聞くのは、単純に興味深かったのと同時に自分が抱いていた「宗教」に対する偏見を目の前に突きつけられた気がした。
私は、何かを信じているんだろうか、と考えさせられた。何かの宗教の熱心な信者ではないけれど、それとは関係なく、絶対的に信じていることというのが実際にはあるんじゃないだろうか、と。

どこまでも続く海の上を走る船の周りには、その他に光がない。
だから、船自体が光を消してしまうと、もう後は、真っ暗闇と星だけになる。
そのお陰で、いつもは見えない星の輝きを全部味わうことが出来た。
信じられないくらい美しい夜空を知ることが出来た。

同じように、船の上には、逃げ場がない。
限られたスペースの中で、テレビも見られなければ、ネットも繋がらない。
だから、そこにいる「人」に証明が当たる。
人間そのものがクローズアップされる。
今まで何を考えて、どう思って、何をしてきて、これから何をしたくて、何が大事だと思っているのか。
向かい合う相手について知りたくなる。
そして、相手を知ることは、自分自身を知ることだった。

一人一人が持つそれぞれの歴史、価値観、未来への展望は、どれも深みがあって、そのストーリーはそれぞれに違っていて、それぞれに重みがあって、魅力的だった。
知れば知るほど、自分の中にも色んな価値観が取り入れられて、多様な考えた方が生まれて、自分って面白い! と思えた。

それは、自分自身と向き合うきっかけを作った一生、忘れられない旅になった。

❏ライタープロフィール
山田あゆみ【YAMADA AYUMI1】
1988年生まれ。長崎大学教育学部卒業。九州大学大学院比較社会文化学府修士課程卒業。高等学校教員免許(英語)所持。第23回世界青年の船事業既参加青年。Reading Life公認ライター。

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2018-12-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.9

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