死にたてのゾンビ

朝起きたら、ゾンビになっていた《不定期連載「死にたてのゾンビ」》


記事:しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

朝起きたら、ゾンビになっていた。
 
なんで自分がゾンビになったか、わかるかって? 鏡を見たら一発でわかる。この圧倒的なゾンビ感。映画で見るゾンビと違って、普通に動けるし、意識もちゃんとある。でも、肌の色が絶望的に灰色だ。
 
「お兄ちゃーん、起きないのー?」
 
一階から妹の声がする。ずっと部屋にいるわけにも行かないし、仕方ない。ふぅ、と軽くため息をついて一階のリビングに降りていく。
 
「あのさ、俺、ゾンビになったみたいなんだ……」
 
一階のリビングでテレビを見ながら、朝ごはんを食べていた妹が、ゆっくりと首を回してこっちを振り向いた。
 
「うわぁーー! お、お前……」
 
思わず声を挙げてしまった。
 
「失礼ね。そんなに驚かなくたっていいじゃない。お兄ちゃんだって、ゾンビになったくせに」
「いつから?」
「昨日の夜よ。もう一人で驚き疲れたし、悲しみ疲れたからもういいの。相談したかったのに、お兄ちゃん、なかなか帰ってこないし」
 
妹は、もう吹っ切ったらしく、再びテレビに目をやり、味噌汁を飲みだした。テレビの情報番組では『ゾンビウィルスを媒介する蚊の大量発生』の特集をしていた。
 
「おい、このリポータの居る公園、近所の公園じゃないか?」
「そうみたいね。私達もこの蚊に刺されちゃったんじゃない?」
 
妹は、ごちそうさま、と小さくつぶやいた。
 
「それにしたってお前、落ち着きすぎじゃないか?」
「そう? なっちゃったものは仕方ないじゃない。泣いたって仕方ないし、病院じゃもう診てもらえないんだし。ゾンビとして生きていくしかないんじゃない?」
 
ここ最近、ゾンビ化する人間が増えてきたせいで、病院では診察してもらえなくなった。「病院は生きている人間のためのものだ」と言われれば返す言葉もない。
 
「学校行くのか?」
「まさか。今更学校行ってどうするのよ。お兄ちゃんこそ、会社行くつもり?」
 
この圧倒的ゾンビ感の見た目で会社に行くのも気が引けた。とりあえず2,3日休ませてもらって今後どうするか考えることにした。会社に電話するとお調子者の川口先輩が電話に出た。
 
「すいません。ちょっと体調を崩しておりまして、2,3日休ませて頂けないでしょうか?」
「部長に伝えておくよ。しかし、今朝のニュースで、お前んちの近くの公園映ってたけど、まさかゾンビにでもなったとか?」
「失礼します」
 
慌てて電話を切った。

 

 

 

散歩に出た。子供の頃から、悩みごとがあると散歩にでる癖がある。歩くことで無心になって考え事に集中できるからだ。

しかし、平日の昼間に外出するのは、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。休みの日と違って、通りに人が少なくて、いつもと全く違う景色に見える。あと、他の人が仕事や学校に行ってる時に自分だけサボってる、ちょっとした背徳感が堪らない。久しぶりに味わうな。
 
気持ちよく歩いていると、さっきからすれ違う人達が、やたら俺のことを振り返る。俺の顔に何かついてるのだろうか? お店のガラスに映る自分の姿を見て思い出した。俺、ゾンビだった。
 
そこで、人目につかないように、人の少ない方へ歩いていくと、川辺に出た。川辺にはダンボールハウスがいくつもあった。ホームレスの方々が集まってるのだろうか? そんなダンボールハウスの一つから人が出てきた。出てきた人が振り返って目が合うのと、「あれ? あの人って?」と思うのが時だった。
 
「よお、高山君じゃないか」
「山口先生……」
 
山口先生は、高校の時の担任だった。学校の先生と仲良くなることは、これまでほとんどなかったが山口先生だけは別だった。色々と声を掛けてくれていた。だから、山口先生にだけは心を開いて話すことができた。授業が終わった後の教室で、将来の不安や将来やりたいことについてもよく相談していた。でも、高校を卒業してから2,3回手紙のやり取りをした後は、日常の忙しさに流されて、いつの間にかか疎遠になっていた。
 
「山口先生、どうしてここに?」
「半年くらい前に、ゾンビになってしまってな。嫁さんと娘は、そのまま家に居ていいって行ってくれてたんだけど、どうにも無理してる感じが伝わってきてな。そんな風に無理させてるのが申し訳なくって、家を出たんだ。だから、ここに来た」
 
高校時代、山口先生は良く家族の写真を見せてくれていた。とても幸せそうな笑顔だったのに。
 
「おいおい、高山くんが泣くことないだろ」
 
困ったように笑いながら山口先生は言った。
 
「高山くんこそ、いつからゾンビに?」
「今朝です」
「それじゃあ、まだ心の整理がついてなんだろ」
 
無言で頷いた。まるで小さな子どもだ。こんな心細くて仕方ない時に、山口先生に会えたことで、気が緩んでしまったようだ。
 
「さて、ゾンビの先輩として、高山くんに伝えておきたいことがある」
 
山口先生は、こちらに聞く準備が整ったかどうかを確認するように、言葉を切った。高校の時の授業を思い出す。
 
「やり残したこと、心残りなことがあれば、今すぐやること。何かあるか?」
「あるにはあるんですが、もう今更……ゾンビになっちゃったし」
「高山くん!」
 
山口先生には珍しく大きな声で呼びかけられた。
 
「高校時代にも言っただろ? 君には、周りの環境を言い訳にして自分を甘やかす悪い癖がある。もっと頭がよかったら、もっとイケメンなら、もっと運動ができたら、もっと経験があったらって。そんなことを言ってら一生なんにもできないぞ」
 
高校時代にも、弱気になって先生に愚痴をこぼすと良く叱ってくれていたのを思い出した。今、また同じことを言ってくれてる。叱られてるのに、心の中に温かいものが広がっていくのがわかった。
 
「ゾンビはな、死にたてが一番美しいんだ」
「なんですかそれ? 残りの人生で今日が一番若い日、みたいなことですか?」
「そう、そういうことだ。ゾンビの身体は段々傷んでいく。そして決して人間には戻れない。ってことは、今のこの瞬間が残りの人生で一番いい瞬間なんだ。過去を振り返って、もし人間だったら……って後悔して終わるのか、今できることを一生懸命やるのとどっちがいい人生だと思う?」
「今できることを、一生懸命やります! 行ってきます!」
 
これまでずっと気になっていたこと、後悔し続けていたことが、心の中で大きく広がった。先生の言葉を受けて、立ち向かう勇気が心の奥底から湧いてきた。ゾンビになった以上、そう遠くない未来に身体は傷んで動けなくなってしまうんだ。今やらなきゃ、一生やれないかもしれない。気がついたら、山口先生に背を向けて走りだしていた。
 
「また困ったことがあればいつでも来いよー」
 
背中で山口先生の言葉が小さく聞こえた。

 

 

 

ピンポーン。
 
高校、大学と同級生だった滝沢陽子の家のインターホンを押していた。学校の構内ですれ違えば会釈をする間柄ではあったが、私の自意識が強すぎて恥ずかしくて結局話しかけられなかった。結局、連絡先を交換することなく大学を卒業してしまい、会う機会がなくなってしまっていた。ただ、家は近所だったこともあり場所を知っていたのと、大学卒業後は実家の家業を手伝うと噂に聞いていたので、直接来てみた。
 
「はい、滝沢です」
 
若干、不審そうな声がした。お母さんだろうか?
 
「私、高山と申します。陽子さんの高校の時からの同級生でして、本日陽子さんはご在宅でしょうか?」

 

 

 

先程の川辺に戻ってきて、山口先生を見つけた。
 
「山口先生!」
「おお、高山くん。いらっしゃい。さっきと違っていい顔してるな。まあ座れよ。コーヒー入れるから」
「ありがとうございます」
 
山口先生は、折り畳みの椅子をもう一つ出してくれた。そして、キャンプ用のガスバーナーに小型のやかんを乗せてお湯を沸かしだした。
 
「さっきはどこ行ってきたんだ?」
「滝沢陽子さんの家です。高校時代から片思いだったんです。でもずっと話しかけられなくて。なので、告白に行ってきました。なんだかスッキリしました。逆に、なんでこれまで伝えることもせずにウジウジしてたんだろうって不思議です。先生のおかげです」
 
やかんがシューシュー言い出した。山口先生は、丁寧な所作でインスタントコーヒーを2つ作った。一つを私に渡し、そしてもう一つを自分の口に運んだ。
 
「お前、高校時代から陽子のこと気になってたもんな」
「先生、知ってたんですか!?」
「授業中もチラチラ、陽子のこと見てただろ? 教壇に立ってるとそんなの全部わかるんだよ」
 
今更ながら、バレバレだったことに顔が赤くなった。
 
「それで?」
 
山口先生は催促するように、聞いた。
 
「駄目でした。っていうか、突然の告白だったし、俺はゾンビになってるし、彼女パニックになっちゃって返事はもらえませんでした。でも、いいんです。自分の気持を伝えられただけで、俺、満足ですから」
 
山口先生は、何も言わず、目を細めてコーヒーを啜っていた。俺も黙ってコーヒーを啜った。そういえば、今日起きてから何も口にしていなかったのを思い出した。温かいコーヒーが心と身体に染み込んでいく。
 
しばらくしてから、山口先生が口を開いた。
 
「それで、次は何をする? お前、高校時代に、あれやりたいって言ってなかったか?」
「はい、小説を書くことです」
 
先生覚えててくれたんだ。
 
「どうせ、俺には才能がない。何を書いたらいいのかわからないし、人に見せるのも恥ずかしいって、書く前から逃げてたんです。俺。でも先生のお陰で、やっと向き合えそうです」
「そうか、書けたら是非俺にも見せてくれよな」
「もちろんです、最初に見せに来ますよ!」
 
長い一日だった、オレンジ色の夕日が川面に反射して、辺り一帯がオレンジ色に染まっている。今朝起きた時はどうしようかと思ったが、ゾンビになったからこそ、山口先生にも再開できて、人生に覚悟ができたっていうか、やっと俺の人生が動き出した気がする。
 
家に帰ったら早速ノートに小説を書き始めよう。書き出しはもう決めてるんだ。
 
『朝起きたら、ゾンビになっていた』

 
 

❏ライタープロフィール
しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー

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2019-08-20 | Posted in 死にたてのゾンビ

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