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川代ノート(READING LIFE)

飛行機の前の席に座ったのは、私の許可なく思い切りシートを下げる男だった。《川代ノート》


記事:川代紗生(天狼院書店スタッフ)

 

前の席に座ったのは、私の許可なく思い切りシートを下げる男だった。
札幌から仙台に向かう飛行機。JALの15:05発、通路側。ずしり、と前の席がゆがむ。見るに、でっぷりと全身に肉をたくわえたおじさんで、首が異様に太く、後頭部と首の間に一本、分厚い肉の段ができていた。身体は通路からはみ出し、苦しそうだった。

前の席の男の、通路をはさんで右隣りには彼の妻と思しき女が乗っていた。男は、女に通路をはさんでしきりにちょっかいをかけているように見えた。
ついてないな、と私は思った。あと約1時間。こういう人の席の後ろになると、ろくなことがない。
ぎゅっと窮屈になった飛行機の座席で何をするべきだろうかと、小さくため息をつきながら考えた。

 

 

私は今月、全国各地で天狼院の出張イベントをおこなう「天狼院コンテンツ・サーカス」を実行していた。
広島から始まり、北九州、広島、札幌、仙台、一度東京に戻り、その後、名古屋、大阪、京都と各地を回る。
12月21日の金曜日、私は、天狼院書店店主の三浦と、北海道は札幌に向かった。

札幌で出張3イベントと、さらにホテルから通常のゼミを生放送配信。
23日、日曜日の朝には時間術ゼミの最終講義をホテルから配信し、そのままチェックアウトして大急ぎで札幌駅へ。
エアポート号の指定席を取り、それまでの30分で大急ぎでとんかつを食らう。あわてて店を飛び出して、持ち運び式のホワイトボードとカメラ機材、三脚、ビデオなどの備品をかついで電車に飛び乗る。電車の中で三浦は秘めフォト部のレタッチを仕上げ、私は東京にいるメンバーにゼミの指示をする。

休む間も無く空港に着いて、手荷物を預けて、ちょっとコーヒーを飲んで、トイレに行って、あっという間に搭乗時間が来て、仙台空港いきの飛行機に乗り込んだ。
ああでも明日にはまた仙台でワンデーイベントがある。飛行機の中で溜まっている仕事を片付けておかなくちゃ、と思って、パソコンを開き、収納式のテーブルの上に置いた。

ひとこと、言い訳をさせてもらうなら。

疲れていたのだ。かなり、いや、めちゃくちゃ疲れていた。
移動の中で仕事をし、移動しては登壇し、普段は会えない全国各地のお客様とお話しできるのはとても楽しかったけれども、とはいえ、精神的に満たされているのと、肉体的に疲れているのは、別の問題である。
だから、飛行機に乗りこみ離陸し北海道から本州へ向かう空へと飛び立ち、さあ仕事だと一息ついたとき、心底がっかりした。

ぐい、と下がってきたのだ。前の席が。

え、とか思うまもなく、心の準備もなく、突然そのシートは下がってきた。マックスまで下がってきた。もはや作業どころではない窮屈さである。

ちらりと前を見ると、スポーツ刈りの頭皮が目についた。
髪型のせいなのか、後ろから見ると、頭の形がまるわかりである。

ああ、ついてないな、と思った。
「うしろの席の人に許可をとらずにシートを倒すタイプの人間」か、と。

飛行機の中に1時間強じっとしていなければならない状況で、前の席の人が騒がしいかとか、気配りしてくれる人かどうか、とか、そういった条件によって、飛行機内でできることはかなり変わってくる。
マナーがなっていない人が周りにいたり、うしろの席が子供で、足でガンガン席を蹴ったりするような配置になってしまった場合、「ついてなかった」としか言いようがない。

ひとことでも、言ってくれればいいのに。
一緒に搭乗していた隣の席の三浦には気がつかれないように、はあ、とため息をついた。

とはいえ、それで仕事ができなくなるのも癪なので、席は狭くなってしまったけれども、無理やりパソコンを広げて作業をはじめた。

三浦は、苦笑いをしていた。

 

けれども問題は、それだけではなかった。機内でも、男は、おとなしくなかったのだ。

通路をはさんで反対側の女とあれこれ話をしている。後ろの席の私にはよく聞こえなかったけれど、高圧的な態度をとっているように見えた。
男はおそらく、40〜50歳くらいだろう。妻はけっこう若く見える。
仕草からして、女に、偉そうに何かを語っているような印象を受けた。

言うまでもないことだが、私は、女に強く出るタイプの男が心底苦手である。
男の方がえらく、女は男に従うべきだと心の底から信じているようなおじさんが本当に苦手で、だから、たとえば冠婚葬祭のときなんかに、親戚同士のなかではっきりとした序列があるのを見るのも、あまり好きではない。自分自身も、「女はこうあるべき」などというステレオタイプにあてはめられるのがとても嫌いだ。

だから、数時間空の上という、逃げられない空間の中で、「高圧的な男」と「従う女」の関係性をしばらく見続けていなければならないのは、結構苦痛だった。

いやだなあ、と思いつつもなるべく見ないように、聞かないように、音楽を聴きながらPC の画面に集中することに決めた。

 

 

「お飲み物はいかがですか?」

離陸してからしばらくすると、C Aさんが機内サービスの飲み物を運んできた。

いくつかあるメニューの中で、お茶を選択する。

窓の外を見ると、もう暗くなってきていた。

「……え」

ふと何気なく前を見ると、ハムみたいにまんべんなく肉がついた腕があった。
男の手は、コーヒーのカップを持っていた。

けれども、見れば、通路をはさんで隣の女が、コーヒーに砂糖とミルクを入れて混ぜているのである!

え、この人、わざわざ砂糖とミルク、自分の奥さんにいれさせてんの?

心の中で、小さな悲鳴をあげた。うわあ、やっぱりこういうタイプの人なんだ。

これまでの人生の中で、些細なことでも「わざわざ」自分の妻に、彼女に、兄弟にやらせていた男たちの顔が、私の脳裏に浮かんだ。

たとえば、お酌させる、とか。
とりわけさせる、とか。
めちゃくちゃ近くに醤油があるのに、自分は動かないで取りに行かせる、とか。

まるで当然のように、「女は男のために動くもの」という常識のなかで生きている男を、女を、色々な場面で見てきた。

私はそれが嫌だった。

「女なのに」とか「女のくせに」とか、そういう枕詞つきで評価されたくなかった。女とか男とかの基準関係なく、ただの「人間」として判断してほしかった。

今は徐々に、そういう傾向も薄くなってきているように思うけれど、ただ、やっぱりどこにでもこういうおじさんは存在するんだな。

周りのことを考えず、後ろの人が嫌がるかも、とかも考えず、平気でシートを倒す人。そして、自分の妻に「やらせる」ことに、何の違和感も抱いていない人。

きっと私はこれから先も、こんな風に高圧的な態度をとる人に会い続けるだろう。
苦しめられ続けるだろう。

けれども、私自身は決して人のことを貶めるようなことはしないし、そして、誰が「えらい」とか「えらくない」とか、そういう価値判断で物事を見る社会は、おかしいのだと感じる心を失わないようにしようと、心に決めた。

まさか、飛行機の中で価値観を問われることになるとは思わなかった。
まもなく仙台に着こうとしている、飛行機の中での出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

……ところが、じつは、話はここでは終わらない。

「あ、持っててくれてありがとう」
「はいよ」

コーヒーとミルクを入れ終わった女は、男の手からカップを受け取り、蓋を閉めて、そのコーヒーを自分の口に運んだ。

男の太い腕は、私の前の席へとおさまっていった。

え。

にわかには、どういうことなのか、理解できなかった。

つまりは、こういうことだというのか。
女は、飛行機がガタガタしていて不安定だから、夫にコーヒーを持ってもらい、砂糖とミルクを入れていただけだった、と。

私の勘違いだったのだ。

思い過ごし。

なんだ。

いや、でも、ただの思い過ごしで、済ませていいものなのだろうか。

済ませたらダメなような気がした。

 

そのとき私は、あまりにも単純な自分の思考回路に、ぞっとした。

私は、真実を見ようとしているのではない。自分が見たいように世の中を見ているのだということに、気が付いたからだ。

飛行機の前の席に、配慮のないおじさんがきたとき、「うしろの人に許可を取らずにシートを倒す」という一つの仕草を見ただけで、「きっと女に高圧的な態度をとるのだろう」という偏見をもった。しかも、無意識的に。

本来であれば、「飛行機内で配慮がない」ということと、「女に高圧的」ということに、因果関係はないのに、私は「ここでマナーのない人は、他の場面でもそうに決まっている」という推測のもと、心の中で批判をした。強く、強く批判をした。

もし私が最後まで状況を確認していなかったら、「嫁にやらせてる旦那、最悪!」と思ったままだっただろう。

あるいは、私が見ている世の中というのは、私によって生み出された偏見に満ち溢れているんじゃないか? と恐ろしくなった。
私が真実だと心の底から信じているものは、はたして、真実なのだろうか?

私たちは、物事を、世の中を、そっくりそのままで見ようとはしない。

本当は、女をバカにする男を批判したい気持ちが私の中にあって、そのとき都合よく、批判するネタが転がってきたという、それだけの話だったのかもしれない。

私ははたして、真実を見つめる目を持っていられているのだろうか。

来年は、偏見を持つことなく、フラットに物事を見るようにしよう。
飛行機の中、窮屈なエコノミークラスの席。
心の中で小さく、ごめんなさい、とつぶやく。

前の席のおじさんに対してなのか、世の中に対してなのか。
急速にこみ上げてくる申し訳なさを吐き出すように、深呼吸をする。

「そろそろ、着くかな」

飛行機は、仙台の上空を旋回していた。

 

 

❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。

 

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」木曜コース講師、川代が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-12-31 | Posted in 川代ノート(READING LIFE)

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