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川代ノート(READING LIFE)

「絵が上手い」と言われてきたけど美大には行かず中途半端なクリエイターを目指すことになったオタク女の、プライドと自意識と自己肯定感と。《川代ノート》


記事:川代紗生(天狼院スタッフ)

みなさまこんにちは、スタッフの川代です。

自分でいうのもなんですが、私は絵を描くのがそこそこ得意です。

短時間でパッと描く、というのはできないけれど、時間をかければそれなりのものは描けます。

レベル的にはこんな感じ。

 


 

ね、うまいでしょ?

……

……

あ、今、「いや、別にいうほどうまくねーじゃん」と思ったそこのあなた。

はい、正解でございます。

そうなんです。

「そこそこ」なんですよ。

ものすごく「そこそこ」なんですよ。私のうまさって。(ものすごくそこそこってなんや)

一般人に比べたらまあうまいほうに入るけど、自慢するほどでもプロになれるほどでもない。草野球チームの二番手って感じ。

でも職場とかでふと絵を描く機会とかがあったりすると、「へー、絵うまいんだね!」とちょっと驚かれるレベル。

今回は、この程度の絵のうまさの女というのは一番、肥大化した自意識に苦しめられて将来について思い悩んでしまう可能性が高いので気をつけて!!! というお話をしようと思います。

え、ちょっとでも絵うまいんだったらいいじゃん特じゃん、と思われるかもしれません。

違うんですよ。

マジで。

違うんですよ!!!

中途半端に「絵が上手い」と言われて育った人間というのはあれやこれやのプロセスを経た結果プライドが高く、こじれた自意識を持って苦しんでしまうことが多いんですよ!! とくにゆとり世代は!! 平成生まれは!!

私も日々存在感がありすぎる自意識と承認欲求とともになんとか折り合いをつけながら生活をしておりますが、もしかしたらこの自意識というのは小さい頃に絵を描いていた経験があるから生まれてしまったものなのでは? と最近の個人的な研究により気がつきました。

私は昔から絵を描くのが好きで、外で遊ぶよりも家に閉じこもって絵を描いている方が楽しい、というタイプの子どもでした。

絵を描くのが好きになったきっかけは、なんてことはありません、親がほめ上手だったからです。私の母親のほめ上手っぷりといったらプロフェッショナル級で「上手だね~!」「絵描きさんになれるよ!」「お母さんこんなすごいの描けない!」とあらゆる語彙を駆使して私をほめちぎっていました。絵を描く楽しさを知った私は、当然のように絵を描くことに関連する仕事につきたいと思うようになりました。

幼稚園児の頃の夢は絵描きさん、もしくは絵本作家。

小学生になると、インテリアデザイナー、イラストレーター、漫画家、ネイリストもいいなあ、なんて。

まあとにかく、職種はなんでもいいから「絵を描く」という作業を含む仕事をしたい、と思っていました。小学6年生のある時期までは。

12歳になり、徐々に「女」「男」の区別がつくようになってきて、生理がはじまる子も増えてきた頃、クラスでは、何より周りと「同じ」であることが正義でした。子どもから大人への脱皮がはじまったばかりで、不安定で、制御のきかない思春期の少年少女たちは残酷でした。「みんな」と違う人間を排除しようとしていました。

今までは私が教室の隅で絵を描いていようと誰も気にしなかったのに、クスクス、嘲笑の声が耳に入るようになりました。蔑みの視線も感じるようになりました。「オタク」と裏で呼ばれていると知るまでに、それほど時間はかからなかった。

以来、私は「絵を描くのが好き」という欲求を、封印しました。イラストレーターも漫画家もデザイナーも絵描きも、将来の夢リストから排除。なぜなら、バカにされるから。居場所がなくなるから。この社会に存在することを許される方が優先なんです。

「居場所がなくなるかもしれない」と、一度強く植えつけられた恐怖心というのは簡単に消えるものではなくて、私は小学校卒業と同時に、自分の中の「オタク」的な部分を封印しました。教室で絵を描くことなんて絶対にしなかったし、中学ではオタクのグループに入らないように努力しました。なるべく派手な、カースト上位のグループに居続けられるように気をつけて。

「みんなと同じ」になるために、細心の注意をはらいました。

けれども、心の奥底では、絵を描いて「上手だね」と褒められ、驚かれた経験から得たあの喜びが、興奮が、ずっとくすぶっていたのです。家に帰ってこっそりノートに絵を描き、親に見つかりそうになると、あわてて引き出しにしまったのをよく覚えています。

今思えばあのあたりから、私の自意識は徐々にこじれ始めていたのだと思います。

高校を卒業する頃、私の夢リストは大きく変化していました。

・公務員

・外資系企業

・コンサル

と、所謂「エリート」に分類されることを望みました。

周りの友人たちも同じような方向を望んでいたし、親も応援していたし、それが正解のルートだと思い込んでいました。

オタクだと思っていたグループの子たちのなかには、美大に進学する子もいました。そっちにいけばよかった、とは思いませんでした。第一志望だった国際系の学部に合格し、進学することになった私は、当然、英語を使いこなし、世界を股にかけて働くんだと信じていたのです。

ところが、です。

なんの問題もなく順調に進んでいるはずが、あれ、何かおかしいぞと気がつき始めたのは、就活生の頃でした。

どれだけキラキラした人気企業の説明会に行っても、面接に行っても、ワクワクしないのです。「あれ、このままでいいのかな」という違和感がずっと残っていました。エリートキャリアウーマンを目指していたのは私のはずなのに、しっくりくる会社がないのです。私が行きたいのはこっちじゃない、という感覚が常にありました。同級生たちが次々に内定を獲得しているなか、私はどうしてもやる気になれませんでした。

そんなときにSNS を眺めていると、流れてくるではないですか美大に行った子たちの成長した姿が! 同級生に限らず、美大を卒業し、デザイナーやアーティストとして、自分の道を確立している人たちの生き方が目に飛び込んできました。組織に所属するのではなく、「個人」として生きていこうとしている。その姿を見た時、猛烈に、焦りました。同時に、嫉妬しました。

あれ、私が行くべきだったのってあっちだったんじゃ、なんて付いたときにはもう遅い。今から美大に入り直すわけにもいきません。そんなときに私は、とても都合の良い言葉を見つけてしまいました。

「クリエイター」という名称を。

そして幸か不幸か、時代はものすごいスピードで進化していました。知らず知らずのうちに、一般人でもネットを通して自分の考えや作品を発信するのが当たり前の時代になりました。

ちょうどその頃、就活から逃げるようにしてブログを書くようになって、私は見事に、「文章」の世界にどっぷりとはまってしまいました。なぜなら、母親の「ほめ言葉」の何十倍の承認を得ることができる時代になったからです。

自分の考えを文章にまとめてSNSで発信すれば、何十という「いいね!」がつき、知らない人からもコメントをもらえ、「共感した」とか「面白かった」とか言ってもらえる。絵では、もう勝てない。でも文章なら、今からでも間に合うかもしれないと思ったんです。

今まで心の奥底の一番暗い部分で抑制していた自意識は見事に爆発し、地面を突き破り、さらに肥大化しました。

私がすすむべき道はこっちだったんだ、と思いました。私ってクリエイターだったんだ! 私は何かを表現する仕事がしたい。表現して、共感してもらったり楽しんでもらえたりするような作品を世の中に提供し続けたい。

むしろ私のいるべき場所は、こっちだったんじゃないか。

そうして中途半端に、「クリエイター」を目指す女が誕生してしまいました。特に表現したいものも見つかっていないのに。社会に訴えかけたいものだって、明確には定まっていないのに。

就活をしていて「私、このままでいいのかな」と自分探しをするようになる学生はたくさんいるけれど、ただ、幼い頃から「絵が上手い」と言われ続けてきた人間は特に、この「自意識こじらせ率」が高いのではないかと思います。

まあ、これはあくまでも私が趣味でやっている研究にすぎず、統計をとったわけでもないので個人的な仮説に過ぎないのですが、私の周りでも絵が中途半端に上手い子ほど自意識をこじらせていて、逆に絵が下手くそな(失礼)人ほどこだわりが少ないように思うのです。自己表現? えっ何それ? いいわいいわそんなの私いいから! そんな高尚なことしなくていいわw とりあえずお金稼いでいい男と結婚していい生活したい! みたいなタイプが多いような。

で、私自身もそうなのですが、「絵が上手い」と言われ続けてきた人間が中途半端にクリエイターを目指すまでには、典型的なステップがあるように思います。

【ステップ1】絵をよく描く。絵が上手いと言われる

【ステップ2】絵を描くことで自己肯定感を満たす癖がつく

【ステップ3】絵を描く行為自体を周りからバカにされる。オタクと言われるようになる、からかわれる。「周りの目」を気にするようになり、自意識が芽生える

【ステップ4】絵を描くのをやめる、あるいは隠れて絵を描くようになる。自己肯定感を満たす手段を失う。

*描いてもリアルでは認めてくれる人がいないのでネットの世界に肯定を求める。個人でサイトを創るまたはpixivにどハマりする人も

【ステップ5】「求められる」「認められる」ことに執着するようになり、プライドが高くなる。周りから「すごいね」と言われる可能性が高い道を選択するようになる

【ステップ6】自分と同世代の、自己表現をして成功している人を見て「あっちもありだったのか」と気がつく。クリエイター的な、自己表現の方向に進みたくなる

という感じ。

まあ絵に限らず、音楽でも演劇でも、思春期に入る前に何かしら自己表現的なものにハマったことがある人は結果的にこのステップに陥る可能性が高いように思います。

で、「バカにされる」「からかわれる」というステップにおいて、その後「封印する」という道をとるか、「それでも好きなことを追求する」という道をとるかで、その後の人生は大きく変わってくると思うんですよね。

で、ですよ。

私が言いたいのは、そういう中途半端に絵が上手い女というのは地雷の可能性が高いからあんまり関わらない方がいいですよということでも、自意識こじらせつつもクリエイターを目指すみなさん、お互いがんばりましょうね☆(ゝω・)vキャピ、ということでもありません。

ただ、ほんの少しの嘲笑で、人の夢は、人生は、簡単に潰れてしまうということなんです。

たとえば、私は、自分の夢が潰れた最初の瞬間を、はっきりと覚えています。
小学6年生のときのクラスメイトの村山くん(仮名)が「漫画なんて描いてるんだってー!」と言ったあの瞬間にドッ、とクラス中に笑いが広がりました。その瞬間に、私にとって「絵を描くこと」がただの「楽しいこと」から「やってはいけないこと」に変わりました。隠れて描くようになりました。恥ずかしいという感情が芽生えました。

好きなことに、恥ずかしいも恥ずかしくないもありません。やりたいことがあればやればいいし、仕事にしたければすればいいんです。自意識と折り合いをつけ、なんとかかんとか書くことを仕事にできるようになった26歳の今なら自信をもってそう言える。しかし、子供は何も知りません。何もわかりません。知恵も知識もない。そんななかで、自分を肯定する道具を見失ってしまうと、前もうしろも見えなくなるのです。

SNSが急速に発達しだした世界で思春期を過ごし、受験をし、就活をし、大人になってきたゆとり世代の、平成生まれの私たちはとくに、こういうことで苦しめられてきたと思います。前略プロフィールやモバゲーやmixiやアメブロやFacebookやツイッターやインスタやはてブやnoteやpixivやYouTubeやメルカリの流行とともに友達を作り、親に反抗し、恋をし、大人になってきたんですから。

一般人が自己表現をするのは恥ずかしい、という風潮の中で子供時代を過ごしてきたのに、
一般人でも自己表現をするのは当たり前、という風潮の中で、働かなくてはいけない。お金を稼がなければならない。

「発信をするのが普通」の感覚で成長してきた2019年を生きる小学生や中学生にとっては、子供のうちからYouTubeのチャンネルを持つのも、メルカリで商売をするのも、起業をするのもプログラミングをするのもさして珍しいことではなくなってきました。

時代の流れが変わって、自由に自己発信できるようになったのはいいことです。とてもいいことだけど、でも、いまだプライドと自意識と自己肯定感をどうコントロールしようかと、無自覚に苦しんでいる平成生まれはたくさんいるんじゃないかと思うのです。私もそうだったけど。

別に、だから私たちもじゃんじゃん発信していこうよ! 自己表現しようよ! と言いたいわけじゃなくて、ただ、そろそろ、子供の頃の私たちを、解放してあげてもいいんじゃないかな、と思うのです。

おそらく私たち平成生まれは、「周りの目」を一番気にしてしまう世代です。
自分がどう見られているか、恥ずかしい、痛いやつと思われていないか、考えてしまう世代だと思うのです。

もう、自由になってもいいんじゃないかな、と。

「すごいと言われたい」とか「存在意義がほしい」とかそういうのを抜きにして、ただ好きだから、という理由だけで行動をしても、いいんじゃないか。

周りから笑われて心をえぐられた私はたしかに今も体の芯の部分に存在しているわけですが、そいつの存在を認めた上で、次に進んでもいいような気がするんです。そろそろ。

「クリエイター」なんて言葉にもこだわらず、ただ、なりたい自分になる、それだけでいいんじゃないかと、ようやっと思えるようになってきました。

さまざまな葛藤を乗り越えて、人は大人になります。
26歳になってようやくかよ、おせーよと思われるかもしれませんが、いいんです。

一歩一歩納得して前に進む。

妥協しない選択をし続ければ、誰に認めてもらわなくても、自分で自分を肯定できるようになる。きっと。

平成が、終わる。
新しい時代がくる。

私が私の味方でいられさえすれば、苦しくなりつつもなんとか、生き続けられそうな気がするのです。

さあ、新しい私をむかえ入れる、準備をはじめよう。

 
 
 

❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店本店「東京天狼院」店長。「福岡天狼院」店長(兼務)。ライター。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。出版業界誌「新文化」にてコラム連載中。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」木曜コース講師、川代が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-03-14 | Posted in 川代ノート(READING LIFE)

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