こな落語

香川県が“うどん県”になった訳《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
 
 

「おはようございます! 大家さんいらっしゃいますか」
「はいはい。お、こりゃ熊さんじゃないか。はい、おはよう」
「こんなに朝早くに申し訳ないこってすが、昨夜ちょっとウチのとやらかしちまって……」
「やらかしたって、夜激し過ぎて壁でもぶち破ったのかい? それとも、奥の雨戸を飛ばしちまったとか」
「そうじゃ無ぇんです。もっとも、雨戸はとうに焚き付けに使っちまいましたが」
「どうしてお前ぇらは、そういう乱暴なことをするかねぇ。大雨が降ったら水浸しじゃないか!」
「だから、そうじゃ無ぇんですってば」
「じゃあ、何だってんだい?」
「実は大家さん、このところ、昼飯たんびにウチの奴と言い争っちまうでさぁ。
御存知の通り、ウチの奴は四国は讃岐の出身でしょ。『昼は麺類で良いよ』なんて言っとくと、必ずうどんが出て来るんでさぁ。こちとら江戸っ子だよ、うどんみてぇに病人が喰う様なものなんか、まいこまいこ喰え無ぇってぇの。『オイ! 蕎麦を出しやがれ』って、言おうもんなら、『あれ? 蓼(たで)食う虫も好き好きって言うけど、お前さんもその口かい?』なんて、生(まないき)なこと抜かしやがるんですよ。どうして讃岐の人間てぇのは、うどんがこうまで好きなんです?」
「ほう。『蓼食う虫も好き好き』なんて、お前さんのとこのカミさんも、なかなか粋なこと言うもんだねぇ」
「誉めてどうするうです? ガツンと一発言ってやりたいんで、なんか知恵を貸して下せぇよ」
「まあな、讃岐の生まれじゃうどん好きは仕方が無いな。まぁ、熊さんお聞きなさい。
昔はな、今みたいに寒い所じゃ米が取れなかったんだ。稲は、熱帯の地域から来たものなんでね。だから、江戸以北の地域では、年に1回しか稲が取れなかったんだ。だから、麦を裏作する地域では名物のうどんが多く見られるんだ。例えば、秋田なんてぇ所はコメどころで有名だけんども、“水沢うどん”みてぇに名物うどんが有るだろ? 同じく麦を裏作している上州(群馬)辺りでは、冠婚葬祭っちゃぁうどんが振舞われるだろ?」
「そうです、そうです。先月も、埼玉の親戚に不幸が有りやぁして、おっとり(刀)で行ったところ、叔父貴がうどんを打ってくれやぁした」
「そうだろ? 自分で育てた麦でもって、自分でうどんを打つてぇのが、家長としての務めなんだよ。それにな、『このあたりじゃ育ちの良い稲が有りません。その代わり、上質な麦でお持て為しします』ってぇ寸法だ。本音じゃ、数少ない米を客人に喰わしちゃ、自分達の喰い扶持(ぶち)が減るし、年貢にだって事欠いちまうてぇ寸法だ。讃岐も同じだ」
「するてぇと何です? 暖かけぇ讃岐も裏で麦を作るんですかい?」
「おぉ、讃岐は江戸より暖かけぇねぇ。熊さん良い所に気が付いた。ところがだ、
もう一つ、米作りってぇものは、麦に比べて水をたんと使うんだ。讃岐ってぇところは、四国でも瀬戸内側で雨が少ないって聞いたことあるだろ?あの辺りじゃ“溜池”って言うとこの辺りの“肥溜め”じゃなくて、雨水を溜めとく池のことを言うんだ。だから、雨の多い梅雨時は米が取れても、雨が少ない裏(秋以降)では、麦しか作れ無ぇって寸法だ。だから、麦・うどんの出番てぇ訳だ。分ったかい?」
「へぇ、分かりやした。するてぇと何ですか? 讃岐でも葬式でうどんを喰うんですかい?」
「いやぁ、そりゃ私も知らないねぇ。多分それは無ぇんじゃないかい。夏場は十分に米が取れるはずだし。
ただ、家を新築するってぇと、先ず家長が風呂に入(へ)ぇり、湯船ん中でうどんを喰うのが風習らしいよ。
多分、良い麦が取れるからそういった習慣が生まれるし、皆うどん好きになったんじゃないかい。
それとな、うどんには必ず塩が必要だろ? 讃岐の辺りは瀬戸の良い塩が取れるらしいからねぇ。何たって、対岸の赤穂じゃ、塩成金の田舎大名がデケェ面(つら)しているらしいから」
「そんじゃ、その成金大名に松坂町の吉良様は切られたんですかい?」
「そうなんだが、それは今は余談だ。
良い麦と良い塩が取れる讃岐で、うどんが名物となるのは自然な事なんだ」
「へぇ、そんなもんですかい? 俺は、蕎麦の方が粋で旨いと思うんですけどね」
「そうそう、お前さんのカミさんは、良いこと言ったねぇ。『蓼食う虫も好き好き』だって? そりゃそうだ。
麦てえのは少なくとも“イネ科”だろ? 蕎麦は同じ穀物でも“タデ科”なんだ。だから讃岐の人から見ると、タデ科の蕎麦を好んで喰うってぇのが理解出来ねえんだ。ウチ等の名物は、米ほどじゃ無ぇがタデ科よりは、ちっとはマシってぇ誇りだ。
文句ばっかり言って無ぇで、今度カミさんの実家から地場の麦と塩を取り寄せて、そいつでうどんを打ってお貰い。きっと美味しい筈だよ」
「へぇ、分かりやした」
「いいかい。喧嘩はダメだよ。添い遂げる夫婦なんだ。仲良くしいよ!
うどんみてぇに、細く長く繋ぐんだよ」

 
 

≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります

【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

 
 
(注1)「種物」:蕎麦の上に具を乗せてあるもの
「しっぽく」:竹輪の乗った蕎麦
「はなまき」:海苔が乗った蕎麦

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2019-09-17 | Posted in こな落語

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