何故、大晦日にそばを食べなければならないのか《こな落語》
記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
「こんちわー。こんちわー」
「おやおや、八っつぁんじゃないかい。どうした。まぁ、お上がりよ。おい、八五郎さんだよ。お茶を出してやんなさい」
「いや、大家さんねぇ、今日んところは聞きたいことが有って来たんですよ」
「ほうほう、何をお尋ねだい」
「おとついね、俺んとこの二軒隣に、新しく魚屋が引っ越して来たでしょう」
「はいはい、あの人は日本橋の大店(おおだな)で修業してたんだよ」
「そんでね、挨拶だってぇんで、煮付けた鰊(にしん)と蕎麦を持って来たんですよ」
「引っ越し蕎麦ね。あたしんとこも頂いたよ。若いのに礼儀があるねぇ」
「んでね、鰊は分かるんですよ。魚屋だから。でもね、どういう訳で蕎麦を配るんです?」
「八っつぁんは、良いとこに気が付いたねぇ。あれは、今度並びに引っ越してきた、これこれこういう者で御座います、ってぇ礼儀を込めた挨拶だ」
「いやぁね、あっしが聞きたいのは、何で関係無ぇ蕎麦を配るんだってことですよ」
「八っつぁん、それはそうなんだ。鰊は、手前の店物(たなもの)で、自分の商売を紹介するもんなんだ。それで、蕎麦てぇのは、お宅の近所に越してきましたってぇ挨拶だ。近所を傍(そば)と言うだろ。そいつと蕎麦を引っ掛けた、一種のシャレだね」
「へぇー、流石は大家さん。何でも知ってるねぇ。無駄に長生きして無ぇって訳だ」
「余計なこと言わんでよろし」
「でもね、大家さん。大晦日(おおみそか)にも蕎麦喰うじゃないですか。するってぇと何ですかい、年越蕎麦ってぇのは『今年はいつまでも、あなたの傍に居ますよ』なんて、仲(遊郭)の女郎が言いそうな意味なんですかい?」
「八っつぁんは、悪い遊びしてんだねぇ。年越蕎麦は、そうじゃないんだ」
「んじゃ、どんな理由が有んです?」
「だからそれを今から教ぇえるてんだよ。黙ってお聞きよ。
八っつぁんみたいに若ぇえ者は、細く麺になっている蕎麦しか知らねぇだろ。昔は、そうじゃなかったんだよ。
それはそれとして、八っつぁんや、夜になるてぇと出回っている、屋台の蕎麦は幾らだい?」
「へぃ、“しっぽく”や“はなまき”(*注1)みてぇな種物(たねもの)ですてぇと、十六文といったところで」
「んじゃ、何で十六文になったのか知ってるかい?」
「えぇ、何でも使ってる蕎麦が“二八蕎麦”っていうんだそうで、二八が十六ってんでそうなったかと」
「ほぉ、八っつぁんも少しは学が有るねぇ。じゃ、“二八蕎麦”の名はどうして付いたんだい?」
「えぇ、この前“当たり屋”ってぇ縁起の良い屋号の蕎麦屋に聞いたんですが、蕎麦粉8割と小麦粉2割を混ぜて作るとか」
「そうなんだよ。蕎麦粉だけじゃ、なかなか麺につなげないんだよ。そこで、小麦粉を混ぜることによって、うどんみてぇに麺に出来る様になったんだよ。
でもな、安心するのはまだ早ぇぞ。
それでも、小麦粉10割のうどんに比べりゃ、ぶつぶつ切れやすいんだよ。そうだろ?」
「そうそう。この間も、“外れ屋“ってぇ間抜けな屋号の蕎麦屋は、蕎麦は太いし、ぶつぶつ切れるしで散々でしたよ」
「ほぅ、それは災難だったね。
それで、切れ易い蕎麦を大晦日に食べることで、今年起こった悪いことを断ち切るってぇゲン担ぎにしたのが“年越蕎麦”ってぇ訳なんだ」
「へぇ、ゲン担ぎとは知らなんだ。大家さんは物知りですねぇ」
「八っつぁん、それだけじゃないんだ。昔っから、蕎麦は縁起物ってぇだろ。
そりゃ、何故だい?」
「そう言ゃあ、そうですね。どうしてです?」
「私が聞いてるってぇんだ。八っつぁんは、知ら無ぇのかい。
そいじゃぁ、教ぇーてやろうか」
「へい、御願ぇしやす」
「佐渡とかで、砂金を探す時に蕎麦を使うんだ」
「え! どんな具合ぇにです?」
「お前さん、蕎麦搔(そばがき)を喰ったことは有るだろ?」
「はいはい、故郷(くに)のお袋がよく作ってくれぇやした。蕎麦粉を湯で丸めて、すましの出汁に入(へ)ぇってるやつで」
「そう、その蕎麦掻を大きくした団子で、ザルに取った川底の砂を探るんだ。
するってぇと、蕎麦の団子に砂金だけが付くてぇ寸法だ。そこで、蕎麦は金が付くから縁起が良いとなった訳だ」
「へぇ、そりゃ知らなかった。大家さん、有難うごぜぇやす。あっしもこれで、一つ賢くなったってぇもんでさぁ」
「そりゃ良かった。また何でも聞きにおいで」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説あります
(注1)「種物」:蕎麦の上に具を乗せてあるもの
「しっぽく」:竹輪の乗った蕎麦
「はなまき」:海苔が乗った蕎麦
❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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