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川代ノート(READING LIFE)

「やりたいことがわからない」という53歳の母親に、25歳ゆとり世代の娘が伝えられること《川代ノート》


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電話越しの母が、迷っていた。自分の将来について、色々と考えることがあるのだという。

「私って、何がしたいのかなぁ」

それを聞いた瞬間、53歳のくせに就活生みたいなこと言うなぁ、と少し面食らった。

「やりたいことがわからない、ってこと?」
「そう」
「今まで色々やってきたじゃん。仕事も一個じゃなくていろんな職種やってるし、大人になってから大学にも通ってたでしょ?」

母は大学を卒業していなかったのだけれど、私が社会人になってから、「さきを見てると勉強したくなってきた」と言い、社会人入学をして大学に通っていた。
とにかくやりたいことに貪欲で、自分の人生に妥協はしない。アグレッシブなイメージがあったから、その母がいまさらそんなことで悩むなんてと、驚いてしまった。
けれども、電話越しの落ち込んだ声を聞く限り、母は本当に悩んでいるようだった。
記憶を辿ってみるが、母が自分自身のことでここまで悩んでいるのを見たことは、おそらくない。家族のことや、娘である私のことで悩むことはあっても。

そう、母はいつも、人のため、家族のため、友人のために悩む人間なのだ。
誰かの役に立ちたい、という気持ちがとにかく強い母は、自分について考えることなんてあまりないんだろうと思っていたのに。

「でも、最近本当にわからないのよ。私って何がしたいんだろう?」

うんうんと唸っている母を見ると、就活生だった頃の私を見ているような気分になった。
ただ、それを聞いていてもたいしたアドバイスはできなくて、悩みを解決してあげられるわけでもなく、ただ話を聞いて、電話を切った。

でも、私の頭の中には、異物感がずん、と残っていた。
母は、なぜあんなに悩んでいたのだろう。
私に何か、できることはないのだろうか?

私は今、母と離れて暮らしている。
東京で生まれ育ったので、大学生までは実家で暮らしていたが、社会人になり、3年前くらいから、一人暮らしをはじめた。最近は、福岡天狼院の担当もしているので、月の半分は福岡にいる。ここ最近は、とにかく仕事が忙しくて、実家に帰ることも年に数回になってしまった。

ああ、幼い頃、母がひどく苦労しているところを見てきたから、大人になったらちゃんと恩返ししようと、決めていたのに。
実際に自分が大人になってしまうと、自分のことでいっぱいいっぱいで、家族のことになど全く目を向けていられていないのだということに気がついた。

母は、苦労人だった。
幼い私が覚えている「おかあさん」のイメージは、「働いている人」だった。
とにかく、ずっと働いている。平日も土日も、休みなく。夕方くらいに帰ってきて、それからご飯を作ってくれる。私に絵本を読んでくれる。話をしてくれる。

今自分が働くようになったからこそわかるのだけれど、母はとにかく、パワフルだった。常に動き続け、何かをしている。

けれども幼い私にとっては、「母親」というものはそういう生き物で、世の中に存在するお母さんたちは、みんなそうして生きているのだと思っていた。働いて、それでいて子供の世話もする。そんな生き物だと認識していたと思う。

みんながみんなそうやって「お母さん」をやっているわけではないのだと気がついたのは、物心ついてからだった。思春期になり、コンプレックスが増え、周りと自分を比較するようになり、自分とは何か、と考えるようになり。そんなときに、ふと、母は、きっと「ものすごく働いている人」なのだろうと気がついた。

うちは、決して、裕福な家庭ではなかった。そのせいで、両親が喧嘩しているところも何度か見かけた。

友達の家に遊びに行ったり、学校行事で友人の親と会ったりして、他人の家庭を覗き見るようになって、徐々に、理解するようになった。
私が今、学校に行けて、好きなことをできているのは、当たり前のことじゃ、ない。
まぁ、中高生だから、生活するときのお金のイメージなんて、ぼんやりとしか浮かんでこなかったけれど、それでもなんとなく理解できた。

母はたぶん、私が将来、自分のように苦労することを、とても危惧している。

私が進路について相談したとき、母はきまって、「安定」の道を進めてきた。

将来、何になろうかな、と話していたときに、母はことあるごとに公務員とかはいいわよ、とすすめてきた。
「コウムイン? なんで?」
「だって、公務員は食いっぱぐれることないもん。安定してお給料ももらえるし。公務員になって、休みはちゃんととって、空いてる時間には自分の好きなことできるよ」
「ふうん、じゃあ私、大人になったらコウムインになるよ」

それは強制するような言い方ではなかったけれど、きっとそんな道を選んでほしいんだろうな、ということが伝わってきた。当時の私には、公務員が何をするのかも、どんな仕事なのかもよく理解していなかったけれど、母が言うならきっとそれがいいんだろう、と鵜呑みにしていた。

それでも、母は決して、私の道を邪魔するようなことはしなかったし、最終的には私に決断をさせてくれたから、私がやりたいと言ったことは大抵、やらせてくれた。留学に行きたいと言ったら行かせてくれたり、お絵描き教室に行きたいと言ったら、いい教室を見つけて7年近く、通わせてくれた。受験のとき、どの大学を目指すのかも、母は口出ししなかった。

安定した道を選びなさい、と言うわりには、母はどんなときでも、最終的には私の味方であり、私がとった選択について、文句を言うことはなかった。
さきが、そう決めたなら。

母はよく、そう言っていた。

池袋にいるんだけど、今、会える? と母から突然LINEがきたのは、今月の頭だった。
私はそのとき仕事中で、ちょうどお昼休みのタイミングで少し話せそうだったので、西武の山野楽器で待ち合わせることにした。

お母さん、方向音痴だから、池袋わけわかんないわ、と言うので、絶対にそこを動かないでと伝えた上で、迎えに行く。
思えば、いつからだろう、母とどこかに出かけるとき、だいたい私が道案内をするようになっていた。母がいつもトンチンカンな方向に行ってしまうので、私が調べて歩くようになっていた。

私だって、方向感覚がある方じゃないのに。
いつの間にか、誰の手を借りなくても、自分の行きたいところに行けるようになっていることに気付く。

久しぶりに会った母は、一見、何も変わっていないようだった。
若い頃、アパレル業界で働いていたこともあり、昔から見た目には気を使っていて、とても50代には見えない。
会うなり早速、私の化粧が変だとダメだしをしてきた。まぁいいじゃん、と否しつつ、適当な中華料理屋に入る。

ご飯を食べていても、母は、母のままだった。

「さきの食べたいやつでいいよ」
「どうする? 分ける? こっちも注文しようか?」
「うん、お母さんは、いい。さき、食べなさい」

そう、母は、いつも私を優先する。
自分はどこかに置いておいて、私がどう考えるか、私がどうしたら喜ぶかを優先する。

それが母親なんだよ、と言われればそれまでかもしれないけれど、相変わらず、母があまりにも「母」なので、胸の奥の方がぎゅっと苦しくなってしまった。

そうだ、母は、「母」なのだ。まだ、今も。娘である私が25歳になった、今でも。

私がまだ自分のことに夢中で大人になり切れていないから仕方ないのかもしれないけれど、でも、母は、あまりにも、「母」すぎる。

私が生まれてからずっと、ずっとずっと、誰かのために、家族のために、娘のために生きてきて、あるいは、自分のために生きる方法を、忘れてしまったのかもしれない。

「おかあは、人の役に立ちたい気持ちが強い人だから」

母と別れるとき、ふと言葉が出た。

「自分のために生きるっていうのが、はじめてなのかもしれないよ」

私がそういうと、母は心底驚いたような顔をした。

そうだ。

母の人生はこれからなのだ。

母の、母だけの道を、見つけてほしいと思う。

私は一人でも歩けるから。
大丈夫だから。

方向音痴だし、道に迷うことも、自分がどこにいるかわからなくなることもあるけど、でも、私は一人でも、もう歩ける。

まずは、私がそれを示すことでしか、母を解放してあげることはできないのかもしれない。

 

❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。

 

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」木曜コース講師、川代が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-10-29 | Posted in 川代ノート(READING LIFE)

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