週刊READING LIFE vol.22

妥協と聞くと思いだす人《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》


記事:木野 トマト(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 

妥協と聞くと思い出す女の子がいる
中学の頃に通っていた塾で一緒のクラスだったAちゃんだ。
 
公立の中学校に進学して、のほほんと過ごしていた私は算数から数学という呼び名に変わった事も、難易度が急に上がったことにも慣れず、生まれて初めて5段階評価で2という成績がついた。
それまで学力面だけは心配をしたことがなかった両親にとって初めて見る我が子のありえない成績に危機感を持った。すぐに父が学習塾をいくつか見て探して、ものすごい速さで入塾を決めた。
入塾してからも、大好きなアニメをエンディングまで見てから超ダッシュで駆け込み、授業開始1分前に教室に入るくらいやる気のない生徒ではあったが、先生の面白い授業や力添えの甲斐あって成績はどんどん伸びて、中学3年生になるときに上から二番目のクラスにあがることが出来た。
その時に仲良くなった3人の女の子のうちの一人がAちゃんである。
 
覚えている限りではとにかくコツコツ頑張る勉強家。かと言ってガリ勉で周りを寄せ付けないということは一切なく、明るくてしっかりした子だった。宿題ももちろん毎回欠かさずやってきたし、志望校に向けて過去問を解きまくり、進路指導の先生の言うことも聞きながら自分の意見も持っていて、同じ志望校を目指していた私としてはただすごいなと思える存在だった。
休憩時間に4人で話すこともあったが、気が付くと3人で話していて空いている時間があれば勉強していた。
また、科目や先生の好き嫌いがそのまま成績に直結する私とは違い、どの科目もまんべんなく勉強していて、分け隔てのない性格がそのまま勉強法にも現れていた。4人の中では志望校の偏差値も上だったが、学力も頭一つ抜けていただった。
 
そして、遂に来た高校受験。

 
 
 

結果は、Aちゃんだけ第一志望に合格。
私を含む他の3人は第二志望に進学する事になった。
 
しかし、この結果で「妥協」を思い出すわけではない。私が妥協しない人とはこういう人なのかと思い知らされるのは、この半年後の出来事である。
実はこの合格発表のあと、全員別々の高校に進学する事になった私たちは、塾での最終日に「それぞれの高校の文化祭の時期になったら入場チケットを贈りあおう。そして再会しようね」と約束していたのだ。
公立高校に進む私はさておき、他のみんなは私立高校だったため、文化祭で高校を訪ねるにもその高校の生徒から招待されたという証であるチケットが必要だったからだ。
 
そして、文化祭の時期になり、約束通りチケットを送ってきてくれたのは、Aちゃんただ一人だった。
すっかり約束を忘れていた私にとって、このチケットは「だからAちゃんだけ、第一志望に合格したのか」ということを嫌という程思い知らされた。
さらに自分で落ち込んだのは、このチケットをもらったにもかかわらず、なんだかんだ自分に言い訳してAちゃんの高校の文化祭に行かず、さらには行けなくてごめんね、という気持ちを手紙に書こうと思って結局出せなかった、ダメな自分がいた事だ。チケットが無くても文化祭に来られるからぜひ来てね、というお知らせもみんなに出せなかった。チケットをもらった段階で文化祭までまだ時間があって連絡する時間が十分あったにもかかわらず、だ。これも落ち込みに追い打ちをかけた。
 
あの頃はSNSやメールやLINEなどといったツールがなかった。連絡先を交換すると言っても、せいぜい自宅の住所や電話番号くらいだ。わかっていても気軽に連絡することはなかなか難しい。
そんな時代に、片や約束を守って郵送でチケットを送ってくれたAちゃん。片や「やろう」と思いながら結局行動に移せなかった私。
 
どんな些細なことでも忘れずにちゃんとやる。妥協せずにやりきる。約束をきちんと守る。
たったこれだけのこと。
その差のあまりの大きさに、高校生ながら涙が出るほど悔しかった。そして強烈に羨ましかった。
 
この時から決めたのだ。
私に出来ないことをやってのける人がいることを、忘れないようにしようと。
Aちゃんのように完璧になれなくても、せめて、自分が納得できる自分でいよう。
やりたいこと、出来ることは、出来る限りやりきろうと。
 
社会人になってから、この想いはますます強くなった。だから仕事では妥協せずにやってきた。
今、Aちゃんはどうしているだろうか?
Aちゃんと再会したとき、少しでも近づけている自分でいるだろうか?
その答えは出ないけど、これからもAちゃんを思い出して、出来るだけ妥協のない人生をいきたいと思うのだ。
 
 

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2019-03-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.22

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