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週刊READING LIFE vol.25

自分を好きになりたい。本当にそれだけなんだ。《週刊READING LIFE Vol.25「私が書く理由」》


記事:戸田タマス(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「表現、内容ともに非常に素晴らしく、抜きん出ていたといっても過言ではない」
 
これは、私が中学二年生の時、テストで書いた小論文の評価である。担任の国語教師がつけてくれたものだ。
 
この担任は、確かアメリカかどこかの外国の大学を出たという、とても頭の良い人らしいという噂だった。しかし、集計を取って表を作ったり、グラフに表したりすることが何よりも大好きという、ちょっと変わった人だった。
 
進路相談で「好きな男子はいるのか?」と聞かれビックリした。いませんと答えたら「ではカッコイイと思うやつは誰だ?」と食い下がられてとても気持ち悪かった。しばらくすると、担任から「クラス内男女別人気ベスト5」の表が発表された。あれはウケ狙いだったのだろうか。今でも真意がよく分からない。残念ながら私の名前はなかった。
 
そんな担任は定期テストのたびに、一人一人、成績の伸び方を折れ線グラフでデータ化したものや教科別の正解率などを、テストと一緒に返却してくれた。今思えばこそだが、なかなかの手間だったに違いない。もっと感謝しても良かったかも知れない。
その時、いつのテストだったのかは忘れたが、「嘘のうまい使い方」というテーマで書いた小論文の出来がクラスでずば抜けていたと、クラス内の評価順とともに担任が添えてくれたコメントがこれだった。

 
 
 

私は、褒められたことは絶対に忘れない。
なぜなら、褒められることが滅多になかったからだ。
 
私の育った過程の環境は、褒めて伸ばすの真逆、「叱って伸ばす」だったように思う。テストでは良い点を取るのが当たり前なので、特に褒められることもない。逆に悪い点を取ればとても叱られた。
 
つまり、ボーダーラインが「100点」なのだから、たとえ何かをすごく頑張ったとしても、褒められるということがないのである。けなされることが当たり前という生活をしていると、どんどん自分が嫌いになる。
そんな私にとってこの担任のくれた評価は、とにかく涙が出るくらい嬉しかった。
 
今思えば、私にとって書くことが特別なことになったのは、この瞬間だったのだろう。
自分では、何がそんなに上手に書けていたのか、今でもよく分からないところはあるけれど、人より優れていると言われたことは理屈抜きで嬉しかった。
 
それ以降も、時々ではあったが自分の書いた文章が「分かりやすい」や、「面白かった」と言ってもらえることがあった。
自己肯定感の低い私は、基本的に何事においても自分に自信を持っていない。だが、「書くこと」に関しては、ちょっとだけ自信を持ってみてもいいんじゃないか? と、うっすら思えるようになっていた。

 
 
 

つまり、
私にとって書くことは「自分を好きになるため」の手段なのだ。
中学二年生の時、あの評価をもらってからずっと、私は誰のためでもなく、自分のために文章を書いている。

 
 
 

とはいっても、継続的に書き続けていた訳ではない。ブログのようなところでモリモリと書いていた時期もあれば、何年も遠ざかっていた時もある。
そして基本的に書きたくなるのは、自分の心の整理が必要な時が多い。書いていくことで冷静になれたり、考えをまとめたりしていくうちに、別の見え方が生まれ解決法が見えてくることが多いからだ。
 
近年では、一年ほど前に仲間うちで立ち上げたオウンドメディアのライティングがきっかけとなり、また書く意欲が再燃している。
 
様々な理由で書いているが、元を辿れば理由は一つなのだ。心の整理のための文章はもちろん自分のためにやっているし、情報のインプットアウトプットが必要な文章だって、自分の力試しや知識を増やすことを起爆剤にして取り組む。
 
そして、それらの文章が出来上がった時、良い評価をもらえればより一層、私はまた少し自分を好きになれる。
弱い心持ちで恐縮だが、やはり私は、周りの人の肯定をもらえて初めて存在を認めてもらえたような気持ちになるのだった。
 
反対に、あまり良い評価を得ることができない場合も、もちろんある。
そういう時、私は相当落ち込む。そして自分に何が足りなかったのかを考え、またネガティヴ思考にズブズブとはまり込んでしまう。
それは、もともと持ち合わせが少ない自己肯定を蝕むことになりとても辛い。だから、何としてでも避けたいことなのだ。

 
 
 

だからこそ、
私は書くことに関して、絶対に妥協しない。
自分をこれ以上嫌いにならないように。
自分を今より少しでも好きになるために。
私は、何よりも自分のために、心を燃やして、書き、その熱もまた自分を暖めるものにしたい。

 
 
 

得意だから、人より出来るからと胡座をかいてしまえば、あっという間に認めてもらえなくなるだろう。私は、それが何より怖い。
得意であるからこそ、励まなくてはならないのだ。
だから、どんなに辛くても、書く。書かない方が、もっと辛いから。

 
 
 

現在、私は全く別の仕事を持ち、さらに育児のかたわら、書くことを続けている。
二歳になる娘のおかけで、一秒たりとも無駄にできない慌ただしい日々を送っているが、それでも書くことをやめる気はない。
 
娘の前で、笑顔でいるために。
夫の前で、堂々と胸を張れるように。
私は私を今より少しでも好きになり、自信を持たなければならない。
そのために、私には「書くこと」が何より必要なのだ。

 
 
 

何かの使命感を持って取り組んでいるわけでもない。
本を出したい、と思っているわけでもない。
誰かのためでもなければ、こうなりたい、というお手本の人がいるわけでもない。
 
いつか、もう自分に自信がついたと思える日が来たら、私は書くことを止めるのだろうか。
本当にそう思えるならば、私は喜んで書くことを止めるだろう。
今はまだ、全く想像もつかないことだけれど。
 
本当に訪れるのか分からない、そんな瞬間をひそかに夢見て、今日も私は、必死で書き続けている。ただ、書いている間にふと見上げる窓の中の空は、いつもとても青い。

 
 
 

自分を好きになりたいから書く。本当に、ただそれだけ。
これが私のたった一つの「書く理由」だ。

 
 

❏ライタープロフィール
戸田タマス(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
滋賀県出身。同志社大学卒。
派遣社員として金融機関を中心に従事する傍ら、一児の母として育児に奮闘中。
あるオウンドメディア内でライティングを初めて担当し、「書くこと」の楽しさ、難しさを知る。スキルアップのために、2018年8月天狼院書店のライティング・ゼミ日曜コースに参加したことをきっかけに、ますます「書くこと」にハマる。
しがない三十路の主婦がどこまで書けるようになるのか。ワクワクしながら自分へのチャレンジを楽しんでいます。

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2019-03-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.25

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