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週刊READING LIFE Vol.26

その瞬間が、ターニングポイントになるかもしれない《週刊READING LIFE Vol.26「TURNING POINT〜人生の転機〜」》


記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
息が、吸えない。
両手両足の指の先から少しずつ、なにかが伸びてきて、わたしの身体を動かなくする。
なにかの呪文で、指先から凍り、全身にまわっていくような、そんな感じ。
目の前の景色が、美術館にあるような大きな絵を右上から左下に、左上から右下に何度も何度も切り裂かれる。
わたしの身体は右に左に傾いているのだろうか。
「目の前が、割れてるように見える……」
そう言いながら、わたしは母親に抱えられていた。
「もう少しだから!  吐くんだったら吐いていいんだよ!」
救急病院に入ると、受付の人が慌てて車イスが必要か聞いてきたが、なんとか「大丈夫」と答え、待合室の椅子に座る。待っている間、母親がわたしの両手を自分の手をこすって温めてからさすり、「ゆっくり、ゆっくり呼吸しなさい。大丈夫、大丈夫だから」と顔をのぞく。
 
わたしはどうしてしまったのだろう。

 
 
 

「この中で海外が初めて、という方はいらっしゃいますか~?」

11月の上旬、成田空港で30人ほど集まった中にわたしはいた。
社会人3年目の頃だった。
海外初めての人~?  と聞かれて、手を挙げたのは、わたしを含めて3人。
30代の女性2人と、当時25歳だったわたし。
女性2人は友達同士だった。
つまり、ツアーといえど、わたしは1人で初海外だったのだ。
 
正直、不安だらけだった。
海外に行くことが不安、というわけではない。
いや、もちろんその不安はなかったとは言えない。
けれど、「行きたいから行く」と決めたのはわたしだ。
 
なぜ行くことにしたのか。
 
ただ海外旅行に行きたいから、という理由ではない。
これはわたしの、「最後のリハビリ」だったからだ。
 
思えば、社会人3年目といえば、もう、10年くらい前の話になる。
当時わたしには1人後輩がいた。
 
わたしが1年目のとき、同期3人は例年に沿って、ふつうの営業所に配属された。けれど、わたしだけ、ちょっと複雑な営業所に配属された。「新人にはかわいそう」と、いろんな人から言われたが、そこしか知らないのだからどうかわいそうなのかはわからなかったし、とにかく必死だった。けれど、1番年齢の近い先輩が12コ上なのはやっぱりなんだか窮屈で、同期みんなが1つ上とか2つ上の先輩と飲みに行ったり遊びに行ったりしているのが、うらやましくてたまらなかった。忙しさも相まって、同期たちが飲み会に繰り出している最中も残業して、ひぃひぃ言いながら働き、なんとか1年を乗り切った。それが、「新人でもイケる」というなんらかの合格通知のようになり、翌年、わたしに後輩ができたのだった。
 
「よし、やってみよう!  井上!」
「じゃあ行ってこい!  井上!」
と、新人時代、体育会系のノリで指導されたわたし。
しかし、後輩は違った。
先輩に注意されるとムクれるし、先輩から預かったお客さんに対して横柄な態度をとっていた。これには先輩方も困っていたようだ。
席が目の前だったわたしは、言いたいことがいろいろあったが、先輩たちを差し置いてわたしが意見するわけにはいかない。頼みの上司も女のそういうのが嫌なのか、やんわりと、穏便に、我関せずという状態だった。
 
ちょっとずつ、わたしの頭と心の中で、小指の第1関節くらいの、小さくて黒い石が積み上がっていく。
「どうして、わたしと同じように言わないんだろう」
「どうして上司は、あの子を正してくれないんだろう」
「わたしだって、注意されるのは嫌なのに」
 
気づいてしまうと、もうあっという間だった。
アレルギーのように、後輩の行動がわたしを刺激する。
敏感になってしまったわたしは、もう元には戻れなかった。
 
「すみません、もう1度いいですか?」
最大の仕事道具である、左耳が聞こえたり聞こえなかったりするようになった。
あきらかにいろんなことを拒否していた。
受話器がおかしいのか?  と最初のうちは思っていたが、そのうち、めまいがするようになり、疲れているだけかな?  とこれも最初のうちは思っていたが、めまいの頻度は増える一方だった。
そして、「気分転換に」と思って仕事帰りに寄った映画の帰り、真冬の札幌の中心部で目の前の絵が右上から左下に、左上から右下に割かれるようなめまいを起こし、その場から動けなくなってしまった。
 
「内耳性めまい」
ストレスにより、三半規管がおかしくなり、めまいを起こしていた。
 
めまいがするから起き上がりたくない。
外でめまいを起こしたら大変だからどこにも行きたくない。
もちろん会社に行けば、あの後輩がいるし、なにも解決してくれない上司がいるから行きたくない。
2週間くらいだろうか。
午前中だけ出社して、午後は病院に点滴を打ちに行く。
朝、点滴を打って、午後から会社に行く。
そんなふうに会社に行っていた気がする。
タクシー代も結構かかった。
休日は、ドタキャンしても許してもらえる友人と会ったり、行く途中に体調が悪くなってドタキャンしたり。体調がよければ母親にどこかに連れていってもらい、リハビリした。外に出ても大丈夫なんだと思えるように。慣れれば、元どおりになれると思っていた。
 
けれど、慣れても、またくり返すかもしれない。
積み上がった小さくて黒い石は溜まったままだ。
原因を解決していない。
 
原因は、わかっていた。
 
思っていることを言えないこと。
 
先輩や上司を差し置いて、わたしが意見するなんてもってのほかだと思っていたから、いろんな「どうして?」が解決されず、「後輩」というアレルギーも治療されない。
 
点滴や薬を体内にこれでもかというくらい投入し、病人扱いに疲れていた。
体調が悪いことに飽きていた。
 
そんなとき、母親が「もう我慢しないで、なんでもほしいもの買ったり、やりたいことやってみたらいいんじゃないの?」と、我慢してなんになるの?  と言ってきた。
 
数日後、「部屋にソファ、買ってもいいかなぁ」と母親に聞くと、「いいんでしょ!  自分で稼いだお金なんだから自由に使いなさい!  今度見に行ってみようか?」と言ってくれた。
そういえば、やりたいこと、ほしいもの、しばらく声に出していなかった。
少しずつ、少しずつ、やりたいこと、行きたいところ、ほしいものを声に出して、実行するようになった。
 
そして、最大で最後のリハビリ。
 
「スペインに行ってみたい」
 
そう声に出していたのだ。
これには母親には驚かれたが、「いいんじゃない?  行っておいで」と言ってくれた。
そうして初めての海外旅行に、行くことになったのだった。

 
 
 

やりたいこと、行きたいところ、ほしいもの。
それを、声に出して、実行に移すこと。
 
スペインでの旅は目まぐるしく、めまいが少し前まで起きていたことや点滴を打ちに何週間も通っていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
「なんだ、全然問題ないじゃん」
たくさんの薬を毎食後に飲み、週に何度も点滴を打ちに行く生活は、いつのまにか終わっていた。
あっという間にわたしは、どこでも意見を言う存在になっていた。黙っているのが逆につらいくらいで、今となっては「そんなこともあったなぁ」なんて思いながら、これを書いている。
 
声に出して、実行すること。
 
壁が高ければ高いほど、マイナスが大きければ大きいほど、人生のターニングポイントは訪れると、わたしは思っている。
わたしにとっては、ソファを買ったことでも、スペインに行ったことでもなく、「やりたいことを声に出せた瞬間」が、ターニングポイントだった。
もし今、「なんだかうまくいかないなぁ」と思っている人がいたら、「やりたいこと」「行きたいところ」「ほしいもの」を声に出して、実行してみてはどうだろうか。その瞬間が、ターニングポイントに、なるかもしれない。

 
 

❏ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
北海道生まれ、札幌市在住。
大学卒業後、求人広告媒体社にて13年勤務。この3月から人を応援する仕事に就いている。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、文章で人の心を動かすことに憧れる。12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属中。エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、スタバのホワイトモカ。

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2019-04-01 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.26

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