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週刊READING LIFE Vol.39

500色から選ぶ、私の最愛の1色《週刊READING LIFE Vol.39「IN MY ROOM〜私の部屋の必需品〜」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

私の家に私の部屋はない。夫ともども在宅ワークなので、古い戸建の家の一室を仕事部屋にしつらえ、そこにめいめいの机を置いている。その机が私のパーソナルスペースだ。イケアで買った、MIKKEのコーナーワークステーションという、ホームベース型の机。正面と左右に棚があって、積読や文房具が乱雑に置かれている、愛すべき私の城。
 
その机の左の棚のほとんどを、色鉛筆が占めている。
 
本格的な文房具屋でみかけるような、いろいろな色をたくさん収納できる、鉛筆棚がある。棚は4段×5列、20マスある。1マス当たりは25本の色鉛筆が入る。25本×20マス。
 
全部で、500本の色鉛筆。
そのすべて、違う色なのだ。
 
フェリシモ社より販売されているオリジナル商品で、そのまま「500色の色えんぴつ」という。初版は1992年、現在は第4版。販売数は累計11万セットという、超人気の色鉛筆なのだ。購入してもいきなり500色届くわけではなく、月に1回、25本ずつセレクトされたセットが届き、それが20カ月続く。およそ2年間、毎月色鉛筆が送られてくることになる。
 
この500色の色鉛筆が、私にとってなくてはならない相棒となった物語をしようと思う。

 

 

 

私はこの500色の色鉛筆を、親戚の姉に誘われて、確か2010年頃に購入したのではなかったかと記憶している。もともとフェリシモ社の手芸キットが好きで、よくそのカタログ雑誌を購入していた。そこに掲載されていた広告で、この尋常ではない色数の色鉛筆の存在を知ったのだった。ちなみに他社色鉛筆は、多くても200色程度までしか色数がない。文房具好きとして、その色数の多さに驚いたものの、特段絵を描いたりするわけではなし、「ホントに500色全部違う色なの……?」という感想を持っただけだった。一緒に購入しないかと声をかけてきた姉によれば、複数人で同時申込すると、ほぼ半額になるほど割引が適用されるとのことだった。半額ならいいかな。なんか持ってたら楽しそう。私は軽い気持ちで承諾し、かくして毎月色鉛筆が送られてくる生活が始まった。
 
最初に届いたキットを開けてみると、色鉛筆25本と、色の解説のリーフレットが入っていた。セット番号としては5番、500色の通し番号としては101番から125番。赤から茶色にかけて、こっくりとしたグラデーションを持つシリーズが整然と並べられていた。あれ、1番から来るんじゃないんだな。そう思ってリーフレットを見て、私はブッと噴き出した。
 
「……アルプス乙女!?」
 
リーフレットには、一色一色の名前と、説明書きが書いてある。その色の名前というのが、「赤」「浅黄」「山吹」「ビリジアン」といった、よく見かける色の名前ではなく、なんとも奇天烈な名前がついていたのだ。しかもその一つ一つに、占いのような解説文がついている。上記の「アルプス乙女」なら、こんな具合だ。
 
──この色を好む人は、心が広く、人の反対を恐れません。仕事には、自ら身をなげうって完遂します。所有欲・独占欲は、人並みはずれて強く、恋人に対しては物心ともにみつぎます。Keyword:所有欲・独占欲・炎のような恋・情熱家
(フェリシモ 500色の色えんぴつ 111 アルプス乙女)
 
色の解説なのにこの調子だ。なんというか、血液型占いやら動物占いやらの結果のように思えた。「アルプス乙女」は、色としては、赤。真っ赤というより、すこーし朱色よりの、外国の口紅のような色。リーフレットには書かれていないが、鉛筆にだけ刻まれている英語名は「ROSY HUE」。単に「バラ色」という意味らしい。ば、バラ色じゃ駄目だったのか!? そして何を根拠に、こんな占いみたいなことを書いてるんだろう! 25本の色名を見ると、「木苺ゼリー」「八百屋さんの完熟トマト」「寿のいくら」のように、確かに何かの色を示していそうな名前もあるにはあった。一方で、上記「アルプス乙女」を皮切りに、「火の鳥の舞」「コマドリの巣づくり」「こおろぎの輪唱」のように、なんというか、ものすごく個人のインスピレーションによって名付けられたのではないかと思うような名前もあった。
 
面白い!
これが、20セットも届くなんて!
 
翌月がどのセットだったのかは忘れてしまったが、一通り眺めて笑い転げたのを覚えている。特に使う予定はないので、リーフレットを読み物として読んだらおしまい。そうして使わない新品の色鉛筆のセットがどんどん積み上げられていく。セットの数が増えると、色も賑やかになってきて、箱に入れて積んでおくだけは勿体ないな、という気持ちになってきた。そこで、フェリシモ社の「500色の色えんぴつ専用木製ラック」というのを購入した。冒頭で紹介した20マスの棚だ。1マスに1セットが入るので、私は積み上げていた色鉛筆を開封して棚にセットし、コレクションが完成するのを待った。
 
いよいよコレクションが完成した頃は仕事やら何やらが忙しかったので、特に何かするわけでもなく、ただただたくさんの色を眺めるだけだった。結婚して引越して、コーナーワークステーションを導入して、色鉛筆の置き場を定める。絵を描く趣味はなかったので眺めるだけの日々がやはり続いたが、デスクワークをする場所で、すぐ手に届くところにあると、ちょっと使ってみようかな、という気になってきた。手帳にいろいろ線を引いて区切って使うのが好きだったので、それに使ってみよう。早春の新芽が芽吹く様子をイメージして、一本の色鉛筆を選んだ。
 
選んだ淡い黄緑色は、「クリームソーダの弾ける泡」という名前だった。
 
英語名は「SILKY AQUA」。絹のような水って事かな? クリームソーダの、アイスとソーダが溶けて混ざった柔らかな色にそっくりだった。肝心の色占いは、「この色を好む女性はすぐれて器量が美しく、気立てもやさしく、立ち居振舞が優雅です。「深窓の佳人」といわれるほどです」と書いてあった。
 
「深窓の佳人か~。うへへ」
 
悪い気はしない。私はホクホクしながら「クリームソーダの弾ける泡」で手帳に線を引いた。それから、手帳に線を引く度に、500色の色鉛筆から選んだ。色は季節のイメージや、その時の気分を表す色を選ぶようにした。春のタンポポや桜の色。初夏のアジサイやバラ、盛夏の突き抜けるような青空と海。秋の柿や落ち葉の色。冬の空のような薄いグレー。うきうきした気分のような明るいピンク。冷静になりたい濃紺。ちょっと贅沢な雰囲気の紫……。500の選択肢から色を選び、色占いを読む。タロット占いより簡単で、ちょっとワクワクさせてくれる、私だけのおまじないができたようで面白かった。友達へのバースデーカードや寄せ書きをするとき、「パンジーの色」「夕焼けの色」のように、何本か選りすぐって、文字や装飾に使うのも楽しかった。そうすると、日常でのいろいろな色をよく観察するようになる。衣服に使われている色の取り合わせ。動物の羽根や毛並みの色。野に咲く花や、夕焼けのグラデーションの色。綺麗だなと思った色を、色鉛筆チョイスでぴったりのものを選ぶことができると、最高に嬉しくなるのだった。
 
使っても使っても、500色全部使うには程遠かった。いくつかお気に入りの色もできた。「乙女座宮」という名前で、ショッキングピンクの彩度をやや抑えたような色合いだ。赤紫に似ているが、それよりはもう少しピンク寄り。服でもこの色を選ぶことが多く、自分に似合っていたし、似合っているねと褒められることが多かった。色占いは「直観力にすぐれ、感性もとぎすまされています。宗教的、盲信的に一つのことに執着します。個性がユニークで、他を引き離します」とある。性格診断としては当たっているような、当たっていないような、そんな印象だ。ちょうど私の星座も乙女座なので気に入って、番号を覚えて、よく使っている色だったが、それが500色の中で一番好きかと言われると、何か違うような気がした。
 
まだ、出会っていない、素敵な色があるのではないか。
 
ちょうど、私はキャリアに行き詰まっていた頃だった。資格を取ったり、夫の仕事を手伝ったりしていたものの、自分が本当にやりたい仕事というのが分からなくなっている頃だった。お気に入りの色を自信をもって選べないというのは、今迷っている自分を象徴しているような気がして、何とも言えないモヤモヤ感を私に植え付けた。世の中には数え切れないほど仕事があるのと同じように、500色も色があるのだから、一色くらい、これだと思える色があってもいいはずなのに。
 
「…………せめて、色の方は選んでみようかな」
 
そんな風に思ったのは、令和の元号が発表される直前だっただろうか。
私はとりあえず、鉛筆棚のマスをひとつひとつじっくり眺めてみた。そのマスを見て、自分がワクワクするか、嬉しい気持ちになるか、ときめく気持ちになるのか、自分の心に問いかけてみる。ちょうど断捨離するのと同じ要領だ。そうしていくと、好きだと思っていた暖色系ではなく、エメラルドグリーン系統のマスが一番ワクワクすることが判明した。セット番号でいうところの16番だ。
 
「…………」
 
16番のマスから25本の色鉛筆をすべて出し、じっくり眺めてみる。エメラルドグリーンやスカイブルー、コバルトブルーのような、海や空を彷彿とさせる色が並んでいた。その中でも、思わず目を止めてしまうものを三本選び、刻印された名前を確認する。
 
謎めく無人島。
天馬の駆ける空。
週末のレマン湖。
 
「……なんじゃそりゃ」
 
三本とも、南国の海のような、美しい青だった。青みが違うと言えばいいのだろうか、「謎めく無人島」の方がより緑に近く、「天馬の駆ける空」の方がより青に近く、「週末のレマン湖」はその中間だった。こう書いてはいるが、真っ白な紙に並べて塗り比べてみても、よくよく見なければその微細な差を区別することが出来ない。それほど近い三色だった。
 
……私は青が好きだったんだな。
 
そんなことを思いながら、三色で塗りつぶしたり、丸や四角を描いたりして、根気よく比べていった。そうして最終的に選んだのは、「週末のレマン湖」だった。レマン湖とは、スイスとフランスの国境にある、三日月形の大きな湖だそうだ。色占いは「平和で静穏な心の持ち主です。物事にのぞんで精神性を重視し、自らも気高い個性を保ちます。Keyword:宇宙エネルギー・献身的行為」とあった。
 
……色占いも、「乙女座宮」よりはしっくりくる気がするぞ、「週末のレマン湖」。
 
何よりも、比類なく美しい色だ、と自信をもっていう事が出来た。サンゴ礁の海のサンゴの縁のところの、少し海が深くなり始めたあたりの、明るいけれども深みのある青。友人たちと行った沖縄旅行で、日が暮れ始めて、少し暗くなり始めた空の青。アナと雪の女王の、エルサのドレスの色。ハワイのセレクトショップで一目ぼれした大判ストール。南極大陸の写真集の、想像を絶するスケールの氷塊。高校生の時に綺麗すぎて使うことが出来ず、アラフォーになっても未だに私の机の引き出しの奥に転がっているマニキュア。「週末のレマン湖」の色を眺めれば眺めるほど、好きな情景や好きなものの記憶が溢れてきて止まらなかった。
 
ああ、私、本当は、自分の好きな色のことを知っていたんだな。
 
暖色系が似合うと言われ、オレンジや赤紫、「乙女座宮」のような色が好きなのだと思い込んでいたが、折に触れて、ちゃんと自分の好きな色を見つけて、記憶に刻んでいたのだ。やっと見つけたというべきか、思い出したというべきか分からないが、私は、500色の中から、最愛の色を見つけることが出来たのだ。

 

 

 

自分の好きな色を見つけることができた500色の色鉛筆を使うのはますます楽しくなった。「週末のレマン湖」を使うのはもちろんだが、それに合った色の組み合わせを考えるのも面白い。もちろん敢えて全然好みでない色を使うのも面白い。自分はこれが一番好き、大切、と知っていることが、私の心の中で安全基地のようになり、他の色をのびのび使えるようになったのだ。
 
キャリアに悩みまくっていた私も、天狼院のライティングゼミ、ライターズ倶楽部での課題作成を通して、物書きが好きな自分の気持ちを思い出すことが出来た。そして、もう絶対にその気持ちを手放さない覚悟も決めた。そうすると不思議なもので、物書き以外のことを楽しく、肩肘張らずに取り組めるようになった。何が物書きのネタになるか分からない、というアンテナを張っているのもあるが、自分が進みたい道、自分の中での優先順位付けを明確にすることができたように思う。そのタイミングが、「週末のレマン湖」を選ぶのと同じ頃にやって来たというのは、我ながらなかなか秀逸ではないか。
 
500色の色鉛筆は、大切な、私の部屋、いや私のデスクの必需品だ。好きな色を選ぶと、私の心が見える。
これから、「週末のレマン湖」以外に大切にしたい色も、少しずつ見つけていきたいと思う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2019-07-01 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.39

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