週刊READING LIFE vol.43

未払い400万円に苦しんだ日々《 週刊READING LIFE Vol.43「「どん底」があるから、強くなれる」》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
 
 

「お願いです。高利貸しの人を紹介してください」
友人に電話をした。
所持金が5000円を切った。全所持金だ。
家賃はもう2ヶ月滞納している。ガスは止まった。水道はなんとか持ちこたえている。
電気は、かろうじてついている。請求書を紛失したので貰いなおした。
あと2日はなんとかなりそうだ。
銀行口座は、とっくに、マイナスになっていた。
クレジットカードも限度額を越えた。カードローンの借り入れも3社から100万円。
もちろん、新たに限度額の増額を申請した。しかし、却下された。
当然だ。収入の見込みはない。返済は滞っている。増額できるわけがない。
ほかのローン会社にもwebから申し込む。しかし、返事は一緒だった。
「ご期待に沿うことができず申し訳ありません」
悔しかった。とても悔しかった。
 
仕事は毎日あった。朝の9時から23時まで。毎日あった。
私はフリーランスで広告の企画やコピーライティングの仕事をしている。
毎日毎日、企画をしたり、打ち合わせをしたりしている。でも、お金はなかった。
ないどころか、借金が100万、クレジットの限度額が100万。首が回らないとはこのことだった。
 
「お願いです。高利貸しの人を紹介してください」
なぜ、こんなことをお願いしなければならないのか。
 
答えは簡単だ。未払いが300万円を越えていたのだ。
もう一年以上支払われていない。とあるTVCMの仕事が終わってから一年以上経つのに、
ギャラが支払われないのだ。
 
「すみません、来月まで待ってください。来月は必ず」
毎月第3週くらいに、制作会社の担当者に電話をかける。電話にはでてくれる。
いろいろな答えが返ってくる。
あるときは、
「社長が海外旅行に行っていまして、決済できませんでした」
「会社の経理でもめごとがありまして」
「請求書をなくしてしまいました」
こんなやりとりの後の落胆は日に日に増していった。
だんだん支払いが遅れるようになってきたのだ。最初は国民健康保険、国民年金、地方税、滞納が進んでいった。数ヶ月に一度、呼び出しがくる。
「どうして払えないんですか」
区役所の係の方に聞かれる。
「ギャラを払ってもらえないんですよ」
「では、いつだったら、保険料を払ってもらえますか」彼らはおかまいなしに聞いてくる。
「来月には」と私は答える。
でも、その来月、はなかなかこない。支払うはずがのらりくらりと払ってくれないのだ。
 
保険が、年金が、税金が払えない。意外とこたえた。まるで自分が悪いことをしているような気持ちになってくるのだ。
 
「未払いがある、とあなたは言うけど、そんなものはないんじゃないの?」
などという担当者もいた。
 
それでも制作会社の担当者に強く出られなかった。
嫌われるんじゃないか。
文句を言ったら干されるんじゃないか。
 
我慢して我慢して我慢している間に
カードローンの残高は増え、自分がすり減っていった。
 
でも、嫌われたら、おわりだ、と思っていた。
 
苦しかった。そんな中、わずかな希望が見えた。
 
「次のプレゼンで勝てたら、すぐに払います」
未払いの担当者が言い出したのだ。
大手広告会社によるコンペだった。簡単には勝たせてもられるコンペではなかった。
ほぼ勝ち目はなかった。
 
でも、やるしかなかった。打ち合わせは長かった。毎晩のように深夜まで続いた。
終電で帰れない日は安いネットカフェを探して泊まった。お金はない。時間もない。
そして支払いはない。そんな中、もらった新たなチャンス。
 
プレゼンは2回戦まであった。1回戦は順当に勝ち上がることができた。
2回戦。いよいよ2回戦だった。
しかし、まだ3社残っている。
 
プレゼンの前日、私はあることを思った。制作会社にある条件を伝えた。
前の案件で未払いがあること。その未払いの返済計画を決めた覚書がなければ
プレゼンにはいかない、という条件だ。
 
いままで、未払いがあることは明文化できていなかった。
そして、それを明文化するチャンスはここしかなかった。
制作会社の担当者は、すぐに用意してくれた。
 
これは、脅迫かもしれない。私はそんな風に思った。でも、ここは甘くしてはいけない。
とも思った。
いままで、お金のことになると弱気だった自分を、変えるチャンスだと思った。
この苦しさから抜け出すためのヒントがほしい。私は心を鬼にして取引をした。
嫌われてもいい。憎まれてもいい。命を守るのだ。
 
残念ながら、プレゼンは負けだった。
どっと力が抜けた。
希望はなくなった。
 
そこに追い打ちをかけるように、選挙候補者から依頼された案件も未払いになった。
未払いは約400万になった。
それだけではなかった。
 
選挙候補者から依頼された案件のデザイナーから連絡がきた。
「支払いがあろうが、なかろうが知らない、いますぐ払って欲しい」
 
こうして私は全財産5000円になった。
 
仕事をしながら、お金がもらえない、という無力感。
自分は成果をあげているのに、支払いができない、という感覚。
自分がこの世に必要ない人間であるかのような思いでいっぱいになった。
 
話は冒頭に戻る。
もう、高利貸しを紹介してもらうしかなかったのだ。
ある知人が、親戚にそういう仕事をしている人がいる、と言っていたのを思い出し、
藁をもすがる気持ちで紹介してもらおうとしたのだった。
がしかし、そうはいかなかった。
「すみません。高利貸しは紹介できません」
知人はその代わりに、と封筒を渡してくれた。その中には20万円が入っていた。
 
これでなんとか2ヶ月は暮らせる。その後には今。関わっている案件のギャラが入る。
私は今までで一番深く頭を下げた。なんどもなんども下げた。
 
とにかく目の前の仕事をやった。仕事をするだけではなかった。
みんなに助けを求めた。
「未払いで困っている」
会う人会う人に言ってみた。
重くならないように
エピソードを面白くしようと努力した。
 
「未払いの言い訳が毎回面白いんですよ」
と言い訳の部分にポイントを置いて話してみたり。
区役所のスタッフの人たちが、取立てのことばかり言って
私が困った、と言っても知らん顔するエピソードを面白く話したり
未払いが続いているのに同じ仕事をした広告会社の人が社長賞をもらったと喜んでいる話をしたり
とにかく、未払いの話が不満の話ではなく、
あるあるコンテンツとして、どうしたら面白くなるか、を考えて話した。
 
心なしか、みんな仕事を回してくれるようになった。ギャラを値切られることが少なくなった。
なんとか生活が回るようになってきて、私は、弁護士さんに相談し始めた。
 
一人目の弁護士さんは、こう言った。
「仕事のことはよくわかりませんが、契約書を結ばなかった、あなたにも落ち度はあります。
だから、全面勝訴は難しいでしょう」
二人目の弁護士さんも、こう言った。
「なぜ契約書を交わさなかったのですか。これでは全額を取り戻すことは難しいです」
 
そんな中、仕事の先輩が弁護士さんを紹介してくれた。
この方は、黙って話を聞いてくれた。
正直に話した。
たとえ、未払いが一年半以上続いたとしても、制作会社さんは発注元だ。
その発注元を訴える、ということは、フリーランスにとって、謀反も同然だと思う。
仕事の業界中にこの話が広がったら、一切の仕事をなくすのではないか、とも思った
そんな気持ちの話を聞いてくれる弁護士さんはいなかった。
最後まで聞いて、彼は、何も言わなかった。
勝てるとも言わなかったし、全額は無理だとも言わなかった。
冷静に訴状を書いてくれた。
訴訟を起こした次の日、制作会社の社長さんから電話があった。
すぐにでも支払いたい、といってくれた。
 
覚書が決め手だった。勇気をだして作ってもらった覚書が決め手になったのだ。
 
会うことになった。
 
一通り話ができたあと、弁護士さんはこう言った。
「訴えるかどうか、本当に悩んでいましたよ。その気持ちをわかってあげてください」
 
長い長い、一年半がおわった。
好きな仕事で生きていく、という雰囲気のあるフリーランスだが、
危険はたくさんある。どん底なんてすぐに落ちる。
 
仕事をきちんとやっていても、だ。
周りにどんどん助けを求めることで、私はこのどん底から立ち直ることができた。
 
恥ずかしがらずに助けを求める。
お金の話は、どこかで明文化する。
あきらめない。
 
そして、どん底は、教えてくれた。
どん底は、コンテンツの始まりだということ。
どんなに苦しくても、辛くても、どこかで客観的に自分を見ることの大切さを。
嫌われても、自分を通さなければいけない局面があることを。
 
でも、思った。
もう二度と、どん底には落ちたくない。
 
20万円を返した日、私は決めた。お金のことだけは、いい人をやめようと。
嫌われてもいい。自分の身を守るのは自分だ。
 
普通のことしか言えてない気がするけれど、
フリーランスの方々が、こんなどん底を経験しないことを祈って書きました。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
射手座右利き(天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.43

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