週刊READING LIFE vol.46

あのプリンを食べるために《 週刊READING LIFE Vol.46「今に生きる編集力」》


記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

あのプリンが食べたい! 数年前に食べて美味しかったあのプリンが。以前はメニューに載っていた。それが移転を境にメニューに載らなくなった、今では幻となったプリンがあった。あるお店で、食事が済んだ後のデザートとして出されていたものだった。
 
雰囲気ある古民家で日本食が味わえるお店だ。このお店はどの食事も美味しい。前菜から焼きもの、メイン、締めの蕎麦に至るまでとてもこだわり抜いて作られている。大好きなお店で何度か通った。伺った時に聞いたことがあった。「移転前に出されていたプリンはデザートには出ないんですか」回答は、注文する人数が少ないと材料費との採算が合わないとのことだった。なるほど。それなら、
 
たくさんの人を集めて食事会をすれば、あのプリンのお願いができるかもしれない。
 
でも、でも、私が食事会を主催する? ほとんどやったことのない私が? しかも貸切となると数人の食事会とはわけが違う。参加募集をして、調整して当日も滞りなく行う。結構大変だと聞く。できるのだろうか、私に。
 
私は食べることが好きだ。皆でわいわい楽しく話しながら食べる食事が好きだ。友人の主催する食事会に何度も行った。だから、食事会を主催することの楽しさと大変さの話を聞いていた。そして主催者の友人とお店が親しげに話しているのも見ていた。その関係は、羨ましかった。あのプリンを食べたいという思いもある。そして食事会を主宰するなら、一番、みんなに紹介したい、知ってもらいたいお店でもある。
 
古民家が好きな人にもいいし、日本食が好きな人にもいい。蕎麦が素晴らしくて、デザートもほっぺたが落ちる。ずっと前から広めたくて、伝えたくてうずうずしているお店だった。そしてあと少しで毎年恒例の山菜をメインにしたコースが始まる。無農薬の山菜、これもぜひとも味わってほしい。そんな思いから、このお店で食事会をすることを決めた。願わくば、プリンの要望も叶えるため貸切にしたい。貸切には12人の参加が必要だ。
 
初めてSNSでイベントページを立て、参加募集をかけた。友人数人が興味を示してくれた。ちょうどそのお店で季節の山菜を使うという情報が流れてきた。とても魅力的な内容でそのページのリンクもイベントページに追加した。するとさらに数人から参加希望の声があった。最終的には12人の希望があり、お店を貸切にできることになった。
 
貸切になった。私の主催で貸切。とても責任感を感じた。この企画が駄目になれば、その日にぽっかり穴が開いてしまう。お店に迷惑をかけてしまう。それでも貸切になった。あの幻のプリンのことを話してみた。「あのプリンが美味しくて、もし可能ならデザートに組み込んでほしいです」すると二つ返事でOK。プリンのことを覚えていてくれて、デザートの要望が嬉しいと喜んでもらえた。そしてプリンの他にも数種類のデザートを組み合わせた素晴らしく手の込んだデザート盛り合わせになった。あのプリンが皆で一緒に食べられる、ほくほくだった。
 
このお店は美味しい焼き菓子も販売している。この焼き菓子をぜひとも参加する方に伝えたいとお土産の希望を募った。これがとても安請け合いだったと反省することになる。参加者が希望するものを買うだけなら大した問題ではない。焼き菓子を買うにあたってちょっとしたルールがあった。何個からの販売という下限数が決められていたのだ。それはHPにも書かれていたので知った上でのことだった。下限に満たないものは私が補って買えばいい、と思っていた。下限が決めらているいる理由はプリン同様の理由だった。この調整が結構な大仕事になった。それでも、食べてみてほしい一心で乗り切った。
 
当日、貸切用にセッティングされたテーブルに誰一人キャンセルすることなく揃った。食費代を先に集める。飲み物込みの会費だったので先に会計を済ませる。そして店主の挨拶。「今日はありがとうございます。楽しんでいってください」この後に信じられない言葉が。「隣のテーブルにあるのは飲み放題にしました」相談の中では一人2杯までだったはず。見ると、ビール、日本酒数種類、ウーロン茶、みかんジュース! みかんジュースも含めて飲み放題。私は興奮した。ここのみかんジュースは無農薬みかんを仕入れて手搾りした素晴らしく美味しいジュースだ。とても手間のかかる一杯600円のジュースだ。しかもそのテーブルに置かれた以外にもお代わりしていいと言う。貸切って素晴らしい、これだけで高揚した。
 
料理がスタート。前菜から「美味しい!」と歓声が上がる。ほっと胸を撫で下ろすと同時に緊張感がほぐれた。それからは和気藹々とした食事会の風景が繰り広げられていた。メインの山菜、締めの蕎麦に至るまで、美味しいという言葉は途切れなかった。そして、私が希望したプリンも、また食べたいとの言葉。開催して良かったなと思った瞬間だった。
 
自分が主催して、当日まで調整をして、当日を滞りなく行う。今まで貸切の会を殆どやったことが無かった私は主催することの大変さを知った。大変だけれども参加してくれた方の喜びが活力源になることも知った。自分が好きなお店を選んで、お店の人と何度も相談しながら調整をして、参加者に楽しんでもらう。そういえば最近、「編集力」という言葉を学んだ。何かを構成する力、という風に受け止めた。食事会も、いかに構成するか、編集力が問われることだ。そしてこの食事会で編集力を発揮できたと言える嬉しいことを聞いた。
 
後日、参加した方の中でお土産にした焼き菓子が美味しくて、リピートして買った。参加できなかった人も、私が発信したことで興味を持ってくれて、食事会を開催したという話も聞いた。美味しかったからリピートもしているとのこと。私が主催したことで、それに参加した人からまた違う人に広まった。自分の言葉で発信しそれが人に伝わり、その人も行動を起こしてくれる。これは初めての体験だった。自分でいいと思ったものを切り取って発信する。そして広がる。こんなに嬉しいことなんだと知った。
 
主催した食事会は直前まで調整が色々あって大変だった。でもその大変さは、参加してくれた人の「美味しかった、楽しかった」の言葉で吹き飛ぶものだった。人を募った食事会は、多少の根気がいるものだけど、やりがいがある。できるだけの、編集力らしきものも、なくはないんだぐらいの自身は持てた。広めたいと思うものを自分で選んで提供する、これは楽しいのでまた企画したい。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.46

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