週刊READING LIFE vol.50

「書くという仕事をしています」と言える日まで《 週刊READING LIFE Vol.50「「書く」という仕事」》


記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「東京に行って、どうするの?」
これを聞かれたとき、人によって返事を変えている。
 
「妹の友人が働いている会社が募集してて働きやすいって聞いたから、引っ越し落ち着いたらそこ受けてみようと思って」
「書く仕事を自分でどれだけできるか試してみたいと思ってて。ただ、だれかと働きたい気持ちもあるから、無理のない程度にバイトはしようかなとは思ってる」
相手が安心してくれそうな答えと、わたしの本心からくる答え。
最初から後者の本心を言えればいいのだけれど、現状は「ここで書いて生活しています」と言えるような仕事はないし、バイト先も探していない。
まったくのノープランで、「東京に行って」「書く仕事をする」ということだけを決めた。
 
なにも決められていないのには、2つの理由がある。
 
1つめは、「東京に行く」ということに、逃げの要素があるからだ。
わたしは、新卒から13年、求人広告の営業として働いていた。
北海道の主要都市に営業所があり、媒体名を名乗ればだいたいの人が知っている。会社にいたころは営業がしやすくてありがたかったが、ストレスによる体調不良で会社をやめてからは、剥がしたくても剥がせない影のような存在になった。もちろん、有利に働くことは多かった。けれど、転職活動で面接を受けに行くと「あそこにいたの。○○さん知ってる?」というのは毎回。「きのう来てたよ」と言われたときには、「面接がきのうじゃなくてよかった……」と心底思った。どこでだって前職の社員に会う可能性があるから、出かけるときにはマスクをし、バレないように常に俯いていた。「会いたくない」と思えば思うほど、札幌駅ですれ違ったり、函館に行った際には回転寿司店の駐車場でニアミスする。「ここには来ないはずだ」と思っていた転職先に、入社してすぐ営業社員が来たときには、血の気が引く思いだった。
 
「いま、なにしてるの?」
 
そう聞かれるのが怖かった。
わたしが答えた内容は、あっという間に会社じゅうに伝わり、飲み会のネタにされる。いらないプライドなのかもしれないが、それがほんとうに嫌だった。
 
つまりは、いまの自分に自信がないのだ。

 

 

  

2つめは、「書く仕事をする」ということが、どれほどのことかわかっていないからだ。
覚悟が必要で、孤独で、会社員時代のように簡単には人に代わってもらえない。最後まで自分でやり切る力が必要な仕事だ。
「わたしはこれが書きたい」「わたしが書いているのはこういうジャンルです」
そう言えないと仕事にならないし、仕事として書いているとは言えない。
 
先日、地元のライター交流会に参加した。
思っていた以上にライターとして活動している人が多くて驚いたが、それ以上にそこにいた5人がまったく違ったライターだったことに驚いた。
マーケティング経験を活かした記事を書いている人、アウトドアが好きでそれがそのまま書く仕事になっている人、主婦ということを活かして生活に関する記事を書いている人、家で書くと決めて、取材音源などをストーリー化して記事にする人、書くだけではなくイベントの企画から携わっている人。
 
それぞれが違っているけれど、「書く仕事をしている」というベースは変わらない。
経験があるから書く。
書きたいことがあるから書く。
 
そんな人たちに聞かれた。
 
「井上さんは、どういうジャンルを書きたいの?」
「なにかないと、売り込むのは大変だよ」
 
わたしには答えられなかった。
 
ここ、「Web READING LIFE」で書かせてもらっているわたしの記事はどういうジャンルなのか。これまで書いてきた中で今後1番書きたいジャンルはなんなのか。それがわからなかった。

 

 

 

ライターズ倶楽部で書かせてもらうようになったころ、1冊の本を買った。
この記事を書いていて、「そういえば」と思い、引っ越し用にまとめた荷物から取り出し、頭に残っていた言葉を探してみる。
 
『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(古賀史健 著)
講義形式で進むこの本の最初「ガイダンス」にて、「文章とは、頭のなかの『ぐるぐる』を、伝わる言葉に“翻訳”したものである」と書いている。
そして、
「われわれはどうして“翻訳”をするのか?  伝えるためだ。  伝えたい相手がいるからだ」と示している。
 
そうだった。
わたしは書くことで共感してもらえたり、感謝されたり、興味を持ってもらえるのがうれしかった。
「わたしの経験を同じように悩んでいるだれかに役立ててもらいたい」
「わたしが好きなモノを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい」
伝えたい相手がいるからだ。
 
そうなれば、まず、わたしが伝えたいことやモノを整理すればいい。
そして、たくさんのライターが活躍している東京で、わたしが勤めていた会社のことを知らない東京で、顔を上げてインプットして、いろんなことを書けばいい。
 
「なんとなく書きたいと思ったから」
そんな生半可な気持ちでプロのライターだなんて名乗れない。
「わたしはこれが書きたい」
「わたしはあの人にこれを伝えたい」
1年という期限を決めて、言えるようになる。
逃げずに向き合おう。
 
それが、「書くという仕事をしています」と言えることだと思うから。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

札幌市在住。元・求人広告営業。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属し、
IT企業のブログにて、働く女性に向けての記事を書いている。
エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、映画、苦くなくて甘すぎないカフェモカ。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.50

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