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週刊READING LIFE vol,111

「這い上がって得たもの」《週刊READING LIFE vol.111「世界で一番嫌いな人」》

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2021/01/18/公開
記事:久一清志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「何でも食べられるようになりなさい!」
子どもの頃、母親から言われてきた言葉である。
食べ物を好き嫌いして、残してはいけない。
捨ててはいけないと教えられた。
どういう意味があるのかを聞いたことは無かった。
食事の前後に手を合わせて、「いただきます」と「ごちそうさま」を言う。
物心がついた時から、この習慣をしっかりと身につけていたことから、
食べものを作ってくださった方に感謝していた。
家は貧乏であったから、食べものを残すこと。捨てることは罪であると理解していた。
食べものを粗末にすると罰が当たる。
ごはんを残すと目がつぶれる。
誰が言ったのかはわからない言葉も教えられていたから、疑うことはなかった。
決して間違ってはいないし、現在もその精神は全く変わっていない。

 

 

 

就職して営業職についた時、職場の先輩に言われたことがある。
「食べものを好き嫌いする人は、人も好き嫌いする」
共に食事をしている最中のことだった。
はじめて聞いた言葉に強い衝撃を受けた。
新米営業マンの私に何かを教えてくれようとした。
その何かを実感するのには時間を要した。
営業の仕事は、たくさんのお客さまを相手にして注文をいただく。

 

 

 

「お客さまは神様である」

 

 

 

商売において、お客さまとの信頼関係は、注文を受ける上で最も重要な要点である。
その過程において、厳しい交渉ごとが伴う。無理を承知で厳しいことも言われる。
信頼関係ができたお客さまはいいお客さま。
できなかったお客さまは嫌なお客さま。
仕事は増えていけばいくほど、自分にとって、融通の効かない嫌なお客さまは、次から次へと増えていく。
自分が嫌だと思ってお客さまと接していると、その思いは必ず伝わる。
一度、信頼関係が崩れると、再編するのにはとても苦労する。
そのことを、事前に教えてくださったのである。

 

 

 

私自身、食べ物に好き嫌いはなかった。
あえて言うと、納豆だけが食わず嫌いであった。
関西出身の両親は納豆が苦手であったため、食卓に出たことはなかった。
だから、私は食わず嫌いになったのである。
 
先輩の言葉を聞いたあとは、食べものの好き嫌いを意識するようになった。
職場の先輩や後輩。友人や家族と食事を共にする際にも注目をした。
なるほど……
確かに食べものを好き嫌いする人は、人をも好き嫌いしているというような気がした。
昔の人の言い伝えは、間違っていないなぁという錯覚を覚えた。
それから、私自身は納豆を食べられるように練習した。たまごやキムチ、オクラを混ぜた。
臭いを消すために、天ぷらにしたりもした。その結果、納豆は克服し好きになった。

 

 

 

食べものを好き嫌いする人、人を好き嫌いする人が良いとか悪いとかいうつもりは全くない。
肯定もしないし、否定もしない。
ただ、嫌いなものは少ない方が良いということが私の考え方である。
それは、食べものであっても、人であっても同じ考えであった。
なぜなら、人間の悩みは3つと言われているからである。
人間関係、健康、お金。
食べものも、人も、この3つに関係する。
悩みは少ないほうが幸せである。
幸せでありたいからである。

 

 

 

営業活動は、日を重ねていく度に慣れはじめた。
お客さまにも顔を覚えていただいた。
慣れてくると、言いたいことをはっきりというお客さまも増え始めた。
新米の営業マンは弱い立場にあった。
無理や無茶をお構いなく言われた。
良い鴨にされた。
失敗を押し付けられ、嘘をつかれたりもした。
嫌いなお客さまの誕生である。
食べものの好き嫌いは、克服したのにである。

 

 

 

これは食中毒か!

 

 

 

先輩の言葉は、半信半疑になった。
そもそも、はじめから人を嫌おうとしている人はいない。
何かその人を嫌いになる要因が作用して、嫌いな人になるのである。
その判断基準は何なのだろうか?
見た目。危害をあたえてくる人。何かをうばっていく人。気分を害する人。悪いことをする人。
自分のことを嫌っている人。無視する人。傲慢な人。偉そうな人。自己主張が強い人。

 

 

 

食べものの好き嫌いは関係ないのではありませんか!

 

 

 

受け入れられるか、られないか。
許せる範囲か、そうでないかが判断基準になるのではないか!

 

 

 

反対に、自分は他人に嫌われていないであろうか!
基本は嫌われようとして生活している訳ではない。
どちらかというと、好かれるにこしたことはない。
けれども、嫌われなければいけない場面もある。
仕事中は特にそうであり、嫌われ役を演じるということもある。
注意したり、叱ったりすると言われた方は嫌な顔をする。
嫌われるのが嫌だからといって、何も言わずにいるのも違う。
この場面では、嫌われても良いと思って接している。
相手もわかっていることだと言える。
時と場合によって、嫌いの許容度を使い分けているのである。

 

 

 

絶対に許せない嫌いな人はどのような人のことだろうか?
私は心に傷を負わせた人だと断言する。
あなたは、自分の心に傷を負わせた奴を許せますか?

 

 

 

高校三年生になり、進路を考える時期がやってきた。
運動部に属していた私は部活に夢中で、将来を真剣には考えていなかった。
当時、私をとっても可愛がってくれていた先輩がいた。
その先輩のあとを追いかけ、スポーツで進学する安易な選択をした。
スポーツ推薦枠を利用して受験することを志望したのである。
受験科目は、スポーツ審査と小論文のみであった。
受験対策に小論文が必要であった。
困っている私に、先輩は助け船を出してくれた。
先輩の彼女は、国文科に進んだ学生で日本語を学んでいた。
1年前にも受験で論文を学ばれていたため、私の受験指導にも都合がよかった。
そうして先輩の厚意により、私の論文指導を引き受けてくれることなった。

 

 

 

はじめに1冊の本をプレゼントされた。受験のための小論文の書き方を学ぶ本でした。
巻末の数ページには、有名大学で出題された過去問題が掲載されていた。
私はその中から1つの課題を選び、原稿用紙2枚に書いて、添削を依頼するという流れだった。
文章を書く勉強などしたことはなかった。
本を読む習慣もなく、活字に目を通すこともなかった。
書けるか書けないか、得意か不得意かといった戸惑いは全くなかった。
やったことがないのであるから、考えもしなかった。挑戦するのみであった。
とにかく毎日書いた。毎日書いて、彼女に添削をお願いした。
原稿用紙に書かれた赤ペン添削は、小学校の国語の授業を思い出させた。
懐かしくもあり、嬉しくもあった。
毎日書き続けることができたのは、書くことの楽しさを教えてもらえたこと以上に
彼女に会いたい気持ちが強まったことであった。

 

 

 

こうして、大学受験を終えた。
先輩の後を追う道は閉ざされた。もう1つの推薦枠にも縁がなかった。
私は小論文以外の受験対策をしていなかったため、他の科目で受験する選択肢はなかった。
最後に、スポーツに関係はなく小論文と面接で挑む三流大学を受験して合格することができた。
半年間に及ぶ、彼女の論文指導を無駄にすることなく進路は決まった。
彼女は心から喜んでくれた。家族も同様であった。

 

 

 

私は進路が決まったことを素直に喜ぶことはできなかった。
それ以上に失ったものは大きかった。
先輩との関係である。
先輩の彼女を好きになってしまった。
しかし子どものような恋愛は、長くは続かなかった。
私は、先輩との関係を失い、先輩と彼女との関係をも引き裂いた。
私も彼女との恋愛も手に入れることはできなかった。
さらに先輩は、私(後輩)に彼女を獲られたといったレッテルを貼られた。
顔に泥を塗った格好だ。
私も先輩の彼女に手を出して失敗したと噂された。
その後、先輩とは1度も会うことはなかった。

 

 

 

これが素直に喜べなかった理由である。
この時、私は心に深い傷を負った。人を裏切った傷である。
先輩から受けた恩を仇で返した。
今でも唯一の汚点であったと自負している。思い出したくもない。
取り返しのつかないことの言葉の意味を深く知った。
人の心に傷を負わせると、それ以上に自分自身も傷つく。
そのことを学んだ。
自分の心に傷を負わせた奴はだれですか?

 

 

 

私は数年後、裏切られることの痛みを知ることになる。
恋愛ではないが、私の中では最大の裏切りだった。
土足で心の中に、ズカズカと入ってこられた。
高校の部活にて、同級生の女子マネージャーがいた。
三年間、部員たちと共に青春時代を過ごして引退をした。
培った友情は厚く、強い絆が生まれた。
年に1度か2度は連絡を取り合いながら親睦の機会を持った。結婚の際にはみんなで祝った。
みんな大人になり、数年が経った頃、マネージャーの主人が3人の子どもを残して突然死んだ。
主人も部活の先輩であった。個人的に、毎年命日には供花とお供物を持ってお参りをした。
10年続けることを自分に課した。そして、13回忌を経て止めた。
危うく高額な商材を買わされそうになったのである。
ネットワークビジネスへの勧誘であった。
携帯ショップの店員から、本職の幼稚園の先生に復職した報告を聞いていたものの、結局は、金に目が眩んだようだった。

 

 

 

ある年のクリスマス。突然に呼び出された。
今までにない、急な呼び出しで強引さを感じた。
クリスマスに何かをしたいのだと思い込んだ。
長年のお参りのお礼でも言ってもらえるものと期待をしたのである。
私も気を使って、子どもたちにとクリスマス用に洋菓子を買っていった。
待ち合わせ場所は、駅前のカフェでいつもと全くちがっていた。
お店に入るなり、気前よく100円のコーヒーを驕ってくれた。
今までお金を出したことがない人から、突然驕ってもらうことに違和感を感じた。
急な呼び出しに気を使っているかのようにも思えたが大きな勘違いであった。
一杯のコーヒーを飲みながら話す内容は、幼稚園の先生を辞めたことの報告と、
新たに始めたビジネスによる勧誘であった。
私は呆れて、怒る気持ちにはなれず、甘くみられていたことを悔やんだ。

 

 

 

個人的に、お参りにいくことには理由があった。
葬儀の際に、私の失敗によって同級生全員で行なう供花を飾れなかったのである。
この失敗を理由に、10年続けることを心に決めたのである。
そして実際に続けた。
ネットワークビジネスが悪いというつもりはない。大いに結構である。
ただ、自分のお金儲けの為に、私を踏み台にしたことが許せなかった。
なめられたのである。
その日を最後に音信不通にした。いっさいの縁を経った。
この時にわかった。心に負った傷は、取り返しがつかないということを。
しかし、当人はそのことに気づいておらずにいることが残念ではならない。
今でも仲間を通じて連絡を取ろうとしてくるので無神経なのであろう。

 

 

 

人生の中で、好きな人は多くても、嫌いな人は少ない方が幸せである。
わかった時点で、嫌いな人を作らないと心に決めた。
もう一度言おう。
嫌いな人を作らないという選択である。
日常生活において、人と接することは避けられず、
嫌いになる人はたくさんいる。
その中で、嫌いな人を作らないためにはコツが必要である。
そのコツとはどのようなものであろうか?

 

 

 

私の場合は、
その人を変えようとしないこと。
その人とは関わらないこと。
その人を受け入れて、受け流すこと。
言葉で言うと「他人は他人。私は私」
割り切ることである。
人を好きになる努力をすることでもある。
その人の関心に関心を持つことである。
そうすれば、気にもならない。
距離を置き、不都合が生じる場合は逃げよう。
そこでリスクをつくる必要は全くない。
但し、人間の本質的は変わらない。
余裕をもって、無視をすることなく、相手に耳を傾けることができれば理想である。
忘れてならないのは、自分の意志は相手に伝わるということである。
自分が嫌って避けていることも好きで近づき関わりたいこともすべて伝わるのである。

 

 

 

私の場合は、他人に負わされた傷よりも、他人(自分)に負わせた傷の方が深かった。
自分で感じた痛みは、深く胸に突き刺さったままで、一生そのままであろう。

 

 

 

私は現在、嫌いな人はいない。
作らないように強く意識しているからである。
人を好きになろうと努力しているからである。
あえて1名だけをあげるとするならば、過去の自分である。
過去の自分は、変えられない。大嫌いである。
人を傷つけた自分。
ひとりでは何もできない自分。
人生を楽しんでいない自分。
などがあてはまる。

 

 

 

私は裏切り者である。人の恩を仇で返した。
今、思い返しても人生の失敗である。
自分の心に傷を負わせた奴は自分。
今でもその傷は消えていない。
いや、一生消えない。この行いは最低だった。
自分で自分を許せていない。
未来は変えることはできる。
過去の嫌いな自分を見つめ、同じ失敗を繰り返さないようにして、
好きな自分づくりに奔走してきた。
人を好きになる努力をした。
自己肯定感を高めた。
人間、悩みが少ない方が幸福度が増す。
嫌いな人を作らず、人を好きになる努力をして、
自分を好きになって欲しい。

 

 

 

私は過去の自分が世界で一番嫌いである。
今の自分は世界で一番好きでもある。
 
 
 
 

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2021-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol,111

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