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週刊READING LIFE vol,112

うさぎキャラの黄緑色のリュックサック《週刊READING LIFE vol.112「私が表現する理由」》


2021/01/25/公開
記事:伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「みんなと同じのがいい」
私は半べそをかきながら訴えた。
「みんなと同じものなんて、ダメだ」、父は言う。
 
5歳の秋、私には忘れられない出来事。
私たち家族は、子供用のリュックサックが置いてあるデパートの売り場にいた。
 
明日から幼稚園の初めてのお泊り遠足だというのに、持っていかなければならないリュックサックが用意できていなかった。そのリュックサックを買いにデパートに来ていた。
 
「どうしてみんなと同じのだとダメなの?」
私は聞いた。
「みんなと同じものなんてつまんないじゃないか」
 
そんなこと、子供に対して、理由になる?
私はつまんなくても、なんでも、同じものでよかった。
いや、同じものがよかったのだ。
 
売り場に並んでいるのは、犬のキャラクターがついた赤いリュックサックと青いリュックサック。キャラクターのポーズが違う2種類があった。
その時の流行だったのか、他の色もなかったし、そのキャラクターが書いてあるものしかなかった。
 
「もう、これしかないんだから、これでもいいんじゃない?」と母は言う。
「いや、まだ時間があるから、次行くぞ」と父は言って、売り場を後にした。
 
そう、このデパートで2軒目。私たち家族は、リュックサックを求めてデパートをはしごしていたのだ。1軒目も2軒目も同じライナップで、40年余り前の子供のリュックサックの品揃えなんて、どこも変わらなかったのかもしれない。
 
今思えば、子供のリュックサックごときに、なぜ父はそんなにこだわったのだろう。
私は、次のデパートでも「同じものだけしか置いてなければいい」、そう思った。そうすれば、何も考えずにみんなと同じものになる。みんなと同じものならば、目立たないし、仲間はずれにされることもない。
 
やっと3軒目のデパートに着いた時、もう、夕飯を食べなければいけない時間はとっくに回っていた。お腹も空いていたし、デパートをはしごして疲れていた。駐車場から売り場まで父の後をついて、ただ、とぼとぼと歩くしかない。
 
「なんでパパが選ぶの? 私が欲しいものを買ってくれればいいじゃない」
はっきりとそう思っていたことを覚えている。でも、それを強く言えるほど、もう、元気も残っていなかった。
 
「あった!」
リュックサックの売り場について、棚を見た時、父は嬉しそうに言った。
 
棚には2軒のデパートで見たものと同じもの以外に、たった一つ違うものがあった。父はそれを手に取っていた。
 
キャラクターはうさぎだった。今までずっと見てきた犬ではない。
私はそのキャラクターの絵本を持っていた。うさぎは確かに嫌いじゃない……。
でも、でも……、それは黄緑色だった。
 
「イヤ、それはイヤ」
と断固拒否した。
「うさぎ、かわいいじゃないか」と父は言う。
 
犬もうさぎも、どちらも好きでも嫌いでもない。でも、人と違うものには抵抗があった。こんなに探してやっと見つけたリュックサックだ。きっとみんなは犬のキャラクターに決まっている。うさぎはレアキャラに違いない。
 
しかも、色だ。売り場でも、その1点だけが黄緑色だった。
なんで黄緑色なの? 黄緑色なんて、男の子のものか女の子のものかわからないような色だ。
そんな目立つもの、持って行きたくない。
 
「色が黄緑色だよ。みんな赤いのに、なんで黄緑色なの? みんなと同じ赤がいい」
どんなに訴えても、父は聞いてはくれなかった。
目立つものを持って行きたくないという、子供の思いとは裏腹に、父は他の人とは違うであろう、目立つ黄緑色にとても満足しているようだった。
 
隣にいた母も、私の気持ちをわかっていたようだけれども、父を説得するほど、もう元気がなかった。
時間もない、これ以上行くことのできるデパートもない。
一緒にいた弟もお腹を空かせて、不機嫌である。
お金を出すのは父親だ。
 
もう、諦めるしかない……。
 
「明日、みんなと違うんだよな……」
その黄緑色のニュックサックを買ってもらい、どんよりと暗い気持ちで家に帰った。
 
思った通り、翌日、幼稚園の園庭に整列していた子供達の中で、黄緑色のリュックサックを背負っていたのは私だけだった。男の子は青い、犬のキャラクターのリュックサック、女の子は赤い、犬のキャラクターのリュックサック。うさぎのキャラクターさえも、一人もいなかった。
 
私は、その時、子供ながらに「人と違うものを持つこと」を味わっていた。
もちろん、特にいじめられるわけでもなく、友達に何か言われることもなく……。
一番よかったことは、自分のリュックサックがどこにあるかすぐわかることだった。みんなと違うので、とても目立ち、見つけやすかったし、間違えられることもなかった。
 
「朱子ちゃんのリュックサック、黄緑色だから、どこにいるかすぐにわかるね」
大好きな幼稚園の先生にそう言われた時、誇らしささえ、感じることができた。
 
そのリュックサックは小学校の低学年まで使われることになる。
私はその黄緑色のおかげで、その後も自分のリュックサックを誰かに間違えられることもなく、遠足の写真に写れば、どんなに小さくても自分を目ざとく見つけられた。
写真を見るたびに、みんなの中で私の存在がはっきりしている、そんな気分を味わっていた。
背中にくっついたそのリュックサックは、いつしか自分らしく、自分を表すものになっていった。
 
そして、遠足のたびに父は嬉しそうに
「他には誰も持っていないリュックサックで、よかっただろ?」
と言うのだった。
 
私の父は、かなり自己主張の強い人で、「もっとアピールしないと」口癖だった。
あのリュックサックの件も、父にとってみれば、自分の満足と娘に自己主張させたいという気持の現れだった。
 
あれから私は、ことあるごとに「みんなと同じなんてダメだ。もっとアピールしないと」と言われ続けてきた。だから、「みんなと同じものが欲しい」と言って、買ってもらえたためしがない。

 

 

 

自己主張するということは、自分を主張すること。自己表現の一種である。
父にとっての自己表現の一つとして「他の人と違うこと」、「目立つこと」というのがあったのかもしれない。
 
自己表現とは、改めて言うと何か特別なことのように思うかもしれない。でも、自己表現とは、「自分」を表現すること。決して特別なことではない。
 
例えば、何か他の人とは違うものを選ばなければ、自分を表現できないというわけではない。あなたのことを「みんなと同じものを選ぶ」、と誰かが思っても、それが「自分」であれば、みんなと同じものを選べばいいのである。どんな「自分」なのか、それを何で表現するのかは、人それぞれ。
 
そして、「みんなと同じ」で何がいけないのだろうか。
みんなと同じがいいのであれば、みんなと同じにすればいい。仮に、みんなと違うものが良ければ、みんなと違うものを選べばいい。
 
一番問題なのは、「みんなと同じじゃなければならない」という考えで、好きでもないのにみんなと同じものを選ぶことだと思う。
自己表現は「他の人違うと」、「目立つこと」という、自己主張がないと成立しないわけではない。

 

 

 

コシノジュンコや高田賢三などの有名デザイナーを輩出した、文化服装学院の名誉学院長であった小池千枝さんがインタビューで答えていた。
 
「人はみんなデザイナーである」
 
デザインとは決定すること。すべての人が、みんな自分で様々のことを決定している。例えば、今日着る服も、今日することも、何を食べるかも、決めていない人はいない。だから自分の人生のデザイナーである。
 
私はそれを聞いた時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
 
デザインすること、決定することは特別なことではない。誰もがいつも、そのチャンスを持っている。
 
「すべてを自分で決定している」そう考えると、何気なくしている行動も、全てがデザインになる。そして、そこに「自分」が表現されていると考えられる。
 
例えば、着ている洋服は「自分」を表現していて、それが流行りの服で、みんなと同じものであれば、「みんなと同じでいいと」という「自分」を表現している。
逆に、みんなと違う服を着たいと思うのであれば、それも自分で決めていること。
「みんなと違う自分」や「目立ちたい自分」という自己表現になる。
選んだものにいいとか悪いとか、そういうことはなく、ただ、どうありたいかがすべてのことに現れている。
 
「なんでも自分できめているわけではない」、と言う人もいるかもしれない。でも、よほど小さな子供じゃない限り、自分の行動は自分で決めているはずだ。
 
もし、自分自身が自分の人生のデザイナーであるとしたら、それに気づいている人といない人では大きな差ができるような気がした。
無意識的に決定しているのと、意識的に決定するのとは大きく意味が違う。意識をすれば、その行動にはその人にとっての意味が生まれる。無意識であれば、時間の中に流されて行ってしまう。無意識の場合、それはかなり自然に行われすぎているのかもしれない。
そして、多くの人は、意識するかしないかにかかわらず、何かしらの方法で自分を表現している。
 
そう考えると、自己表現とは歯磨きをするようなものだと思った。
ほとんどの人が歯磨きは毎日当たり前のようにする。稀に、あまり好きではない人もいるだろう。サボりたくなる人もいるだろう。でも、全くしないという人は多くないはずである。頻度はともかくとして、歯磨きは必ず行われる。当たり前のようにし、そして、結構重要なもの、必要なものだ。
 
この歯磨きも、意識的に行われるか、無意識的行われるのかで、現れる結果は、全く異なる。歯磨きも無意識に任せて、いい加減に磨いていれば、虫歯になったり、歯茎の病気になる可能性がある。逆に、意識的にきちんと歯磨きをしてケアをすれば、虫歯や歯周病にならずに、可能な限りいい状態を保つことができる。
 
この意識的か、無意識的が運命の分かれ道だ。
 
同じように、自己表現も無意識的にするのか、意識的にするかでは、受け取る側の印象が異なる。意識的にしていれば、何かを誰かに必ず伝えることになるだろう。
 
私は、歯磨き丁寧にする。そして、いい状態を保ちたい、気持ちがいい状態を続けたいと思い、意識的に歯磨きをしている。
ただ、それだけだ。
 
同じように、日々、何かを決める時も、「心地よくしたい」という気持ちでいる。自分が「心地いい」ためには、何を選び、どうするのがいいのか、考えている。特別なことをしているわけではない。「心地良くないこと」を避け、「心地いいこと」を選ぶだけだ。
自分が「心地よくしていたい」と思って起こした行動の結果は、意識して行われた自己表現になっていくのだろう。

 

 

 

最近、自分が「みんなと同じもの」ではないものを選んだ時、父が「他の人と違う」ことにこだわっていたことが、少しわかったような気がした。
それは、決して、ただ「他の人と違う」ものを選べということではなかったのだ。
 
大人になり、自分を見つめていくと、おのずと「みんなと同じ」から外れてくることがある。そして、「自分らしい」を見出すことになる。
 
父が言う「他の人と違う」は「自分と同じ人はいない」ということ、そして「自分らしい」という観点を持つことが必要だということを言っていたのではないか……。
父が「他の人と違う」と表現をしていたことは、「自分らしい」ということにつながっているのではないか、そんな風にも思えてきた。
 
いや、いや、待てよ。
今の父の行動を見ても、やっぱり、単なる目立ちたがり屋?……そうなのかもそれない。
 
何れにしても、私も父の言うことが少し理解できるようになり、共感できるようになってきたということだ。
やはり親子、考え方も似てくるのだろうか。
 
あるドラマなの中で、主人公が子供の頃を回想していた。それは、みんなが持っているのと同じお人形が欲しいと言っていたのに、父親が似て異なるものをプレゼントしているシーンだった。
 
「みんなが持っているあれが欲しかった」と泣く主人公に、その父親は「人形なんだから、同じだろ」と言う。すると、母親が「女は子供の頃から、みんなが持っているものを欲しがるんですよ。そうやって足並み揃えて大きくなっていくんですよ」と言うのだ。
 
私は、そのシーンを見ながら、あの黄緑色のリュックサックを思い出した。
あの時、みんなと同じものを買ってもらって、足並みを揃えていたら、私の人生変わっていたのだろうか……。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

建築設計事務所主宰。住宅、店舗デザイン等、様々な分野の建築設計、空間デザインを手がける。書いてみたい、考えていることをもう少しうまく伝えたい、という単純な欲求から天狼院ライティング・ゼミに参加。これからどんなことを書いていくのか、模索中。

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2021-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol,112

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