週刊READING LIFE vol,115

世紀の大逆転劇から学んだ、人生最後のモテ期を過ごす男の生き方とは?《週刊 READING LIFE vol.115「溜飲を下げる」》


2021/01/15/公開
記事:タカシクワハタ(READING LIFE公認ライター)
 
 
いきなりで恐縮だが、僕はモテる。
正確に言えば、ある種の女性にとてもモテる。
 
その日も、朝から恋の予感がしていた。
10時からのクライアントとの顔合わせwebミーティング、
画面の向こうにはクライアントの女性プロマネがこちらを見つめていた。
画面越しではあるが、
「絶対舐められないわよ」というような気迫が
こちらにひしひしと伝わってきた。
「私としてはこの『womanlife』という言葉にこだわりを持っていて、このwは絶対に小文字であって欲しいんですね。だから絶対間違えないでください」
あ、さっそく出た。
僕の心の中の「スペシャルなお客様」チェックリスト①、
「謎のこだわりとマイルールを押し付ける」だ。
 
僕はクライアントとの顔合わせの時は、必ず相手の言動をチェックしている。
それが3項目の「スペシャルなお客様リスト」だ。
「謎のこだわりとマイルールを押し付ける」
「初対面なのに、あたかも上司のように名指しで指示してくる」
「ザックリとした理由でデザイナーが考案したデザインをぶった斬る」
これまでの経験上、この3項目を満たすお客様は、高い確率でモンスター…もとい、こちらの成長を促してくださる「スペシャルなお客様」であることが多い。
 
「そこで、このコンテンツにつきましては、クワハタさんちゃんとやってくださいね」
おっと、スペシャルなお客様チェックリスト②、「初対面なのに、あたかも上司のようにこちらを名指しで指示してくる」ですね。いい感じです。
「私たちはあなたたちに仕事を振ってあげてるのよ、対等だと思っちゃ困るの」
最初から序列はきっちりとわからせておく。
その強気な感じ。ナイスですね。
 
「ちなみに前の業者さんに頼んでいたこの動画の背景デザインなんですけど、なんていうかお金を出してこれはないですよね」
目の前には、カスタマーが製品の使用感を話している動画が流れている。
特別悪いところがないように見える動画だが、どうやら無機質なスタジオの壁がそのまま映っているのがご不満なようだ。
はい、ビンゴ。スペシャルなお客様チェックリスト③、「ザックリとした理由でデザイナーが考案したデザインをぶった斬る」だ。
おめでとうございます。
今回のクライアントは「スペシャルなお客様」である可能性が非常に高いです。
朝からの恋の予感は見事に的中したようだ。
 
僕はなぜかこのような「スペシャルなお客様」にモテてしまう。
特に女性の「スペシャルなお客様」にモテてしまうことが多い。
女性の「スペシャルなお客様」は非常に厄介だ。
マイルールから1ミリでも外れるとヒステリックに怒る。
その日の気分で言うことが変わる。
よくわからない車内の愚痴を聞かされる。
このような「スペシャルなお客様」特有の言動は確実に僕らを振り回されて消耗させてしまう。
見る見るうちに顔色が悪くなり、体型が変わり、元気がなくなってしまい、最終的には病んで職場から去っていくと言う同僚も何人か見てきた。
僕も「スペシャルなお客様」のご要望に応えるため、連日徹夜をして仕上げることがあった。しかし、多くの場合は「スペシャルなお客さま」のお眼鏡に叶うことがなく、罵声と嫌味が含まれたメールとともに突き返されてきた。
そのような事態が続き、ついには私も体調を崩し、休養することになってしまった。
もともとA D H Dで苦労している私に、
抑うつの症状まで加わり、いつの間にか服用する薬が増えるようになっていた。
復帰してからは、幸運なことに「スペシャルなお客様」にあたることがなくなり、
「ああ、僕のモテ期も終了。年貢の納め時かあ」
と呑気に構えていたのだが、残念ながら僕のモテ期は終わっていなかったのだ。
「またスペシャルなお客様を担当しなければならないのか」
そんなプレッシャーに襲われていた僕は、
毎日大好きな野球の動画を見ながら日々自分を奮い立たせていた。
大ピンチを抑えるクローザー。
起死回生の満塁本塁打を打つ4番バッター。
そんな力が自分にあればいいなあと思いながら
鬱々とした毎日を過ごしていた。
 
そのうち、ある試合の動画に目が止まった。
1991年の日本シリーズ、巨人対近鉄の最終戦だ。
この試合で勝った方が日本一という試合、
マウンドでは近鉄の加藤投手が熱投を続けており、
それをバッターボックスで巨人の駒田選手が迎え撃つという場面であった。
投手の投げたボールが、キャッチャーのミットにおさまるその刹那、
駒田選手が渾身のフルスイングを見せる。
カーン。
乾いた音とともにボールが高く舞い上がる。
外野手が懸命にフェンスに向かって走るが、やがてその足を止めた。
そしてボールは満員の外野席へ飛び込み、わっという歓声が沸いた。
駒田選手の逆転ホームランだ。巨人の勝利がグッと近づいた。
ホームランを打った駒田選手は興奮した表情でベースを回っていた。
そして、駒田選手が3塁ベースに到達しようとした時、それは起こった。
「バーカ!」
えっ?
今なんて言った?
声は聞き取ることができなかった。
だが、駒田選手の口の形から、「バーカ!」と言っているのは明らかであった。
ホームランを打って、嬉しさを全身で表現する選手は多い。
中には雄叫びを上げる選手もいるだろう。
ただ、「バーカ!」と言った選手は記憶にない。
だいたいそんなことが聞こえてしまったら、大乱闘になってしまい
優勝の喜びが台無しになってしまうではないか。
それなのになぜ、駒田選手は「バーカ!」と叫んだのだろうか。
実はその伏線となっている出来事が数日前にあったのだ。
 
プロ野球の日本シリーズはセントラル・リーグの優勝チームとパシフィック・リーグの優勝チームが対戦し、7試合で先に4勝した方が優勝、つまり「日本一」となるレギュレーションである。
この年の日本シリーズはパシフィック・リーグの熾烈な優勝争いを勝ち抜いた近鉄が、シーズンの勢いそのままに初戦から3連勝した。内容も投打に渡って巨人を圧倒しており、いきなり巨人は窮地に追い込まれてしまっていたのだ。
そして事件はこの3戦目の試合後に起きていた。
「巨人はロッテより弱い」
翌朝の新聞にはそんなショッキングな見出しとともに、
3試合目に先発し、巨人打線を2安打に抑えた近鉄の勝利投手のインタビューが記載されていた。
ロッテというのはその年のパシフィックリーグ最下位のチームだ。つまり巨人はそんな弱いチームよりもっと弱いという意味の発言だった。
それを伝え聞いた巨人の選手は当然ながら激怒し、発奮した。
選手だけではない。その記事を読んだ巨人ファンも激怒し、
4戦目からはスタンドがどこか異様な雰囲気を醸し出すようになっていた。
そして案の定巨人は第4戦から3連勝し、3勝3敗の五分で第7戦を迎えたのであった。
そして運命の第7戦、近鉄のマウンドに上がった投手は加藤哲朗投手だった。
そう。第3戦であの「巨人はロッテより弱い」というセリフを吐いた張本人である。
巨人サイドとしては、これ以上のお膳立てはなかった。
そして巨人は近鉄を破り、大逆転の日本一を遂げた。
崖っぷちに追い詰められ、敵から馬鹿にされ、
そこから起死回生の大逆転で優勝する。
まさに「溜飲が下がる」勝ち方であった。
そしてその結果、駒田選手の「バーカ!」という叫びが出たというのが通説となっている。
 
しかし、この大逆転劇には後日談があった。
この日本シリーズが終わってから十数年が経過し、
加藤選手にインタビューしたところ、
「巨人はロッテより弱い」とは言っていないことが判明したのだ。
「『確かに巨人のピッチャーは素晴らしい。それに比べると打線はちょっと小粒かなあ』とは言ったんですよね。そして、記者に『ロッテの打線とどっちが怖いの』と聞かれたので、
『単純に比較はできないですけど、長打を打つバッターが少ない分巨人の方が楽ですかね』と答えたんです」
加藤選手はそのように話していた。つまり、「巨人がロッテより弱い」は記者の捏造であり、まんまとそれを信じてしまった巨人のファンと選手がヒートアップしてしまい、大逆転劇につながったというのが事の真相である。
 
「不遜な発言をした加藤投手」という敵を巨人サイドは勝手に想像してしまい、
「屈辱を与えられている」という感情も自ら作り出した。
そしてその感情をエネルギーに変えた。
なるほど、と僕は思った。
つまり人は事実と異なることを勝手に自身で作り上げることができ、
自分自身を騙すことによって、驚異的なパフォーマンスを生み出すことができる生き物なのだ。
逆に言えば、この虚像を使いこなせればあらゆる事象はコントロール可能なのだ。
僕らはいつでも加藤選手のように相手に虚像を見せることができるし、
駒田選手のように虚像を作り上げることもできる。
そう信じるとふっと楽になった。
「スペシャルなお客様」というのも僕が作り出した虚像かもしれない。
実はお家に帰ったら優しいお母さんなのかもしれないし、
愛らしい奥様なのかもしれない。
それであるならば、「普段はツンツンしているけど、本当は優しい女性」と思っておけば、変な恐れや緊張もなくなるのであろう。
 
そして、僕も「スペシャルなお客様」に何か虚像を見せていたのかもしれない。
何か必要以上に自分をよく見せていないだろうか。
変に怯えた印象を相手に植え付けていないだろうか。
少なくとも相手に変な虚像を作らせることはこちらのプラスになることはない。
あくまでありのままの自分を見せた方が良い結果が出るのかもしれない。
 
僕が加藤選手になるのも、駒田選手になるのも
自分の心の持ちようひとつだ。
「スペシャルなお客様」にモテる男は辛いのかもしれない。
でもせっかくのモテ期なのだ。
おそらく人生最後のモテ期になるのかもしれない。
それならせめて人が羨むようなモテ期を皆に見せつけていきたいと思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2021-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,115

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