週刊READING LIFE vol,116

人生のプレイリストの選び方《週刊READING LIFE vol.116「人生万事塞翁が馬」》


2021/02/15/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
折しも、受験シーズン真っただ中だ。
我が家にも、大学受験を目指す高校三年生の娘がいる。
この一年間は、コロナ禍もあって、いろいろと思うようにいかないことの多い年だった。
3年生に進級したかと思えば学校が休校になるし、家の中で受験勉強をしようにもなかなかペースをつかめずに苦戦していたようだった。
頑張らなければと思う気持ちと裏腹に、周りの状況も良く分からず不安ばかりが募る日々。
何を参考にしてよいのか、こんな事態経験したこともなく、私も親としてアドバイスの仕様もなかったというのが本音である。
 
特にこの一年間、ただひたすらに走ってきたことを思うと、何とか娘が納得する形で終えてほしいと願うばかりだ。
でもこればかりは、親がどうこうできる問題ではないから、ただただ見守るしかできないのが歯がゆい。
娘が通う高校は、その生徒のほとんどが大学進学希望者だ。
娘に聞かされる友達の志望先も、聞いたことのある名前の大学が多かった。
そんな環境の中で、娘は何とか喰らいつきながら頑張ってきたと思う。親バカフィルターがかかっているのは承知だが、私が高校生の頃はこんなに勉強したことがあるだろうかと思うほどだったから、我が娘ながら頭が下がる思いだった。
 
中学受験をしたいと小学校5年生だった娘に聞かされたとき、地元の中学へ進学するものと思っていた私は正直驚いた。仲良しの友達の影響もあったのだろう、娘はやる気満々だった。それからというもの、みんなが遊んでいる中でも塾に通い、中高一貫の学校へと入学した。
今度は中学2年生になった頃、別の高校に魅力を感じ受験したいと言い出した。私はすっかり慣れてきた学校に中高の6年間通うものと思っていたけれど、本人の意思が固かったため再び受験に向けての生活が始まった。
娘が第一志望としていた学校は、県下でも有数の難関校だった。本人には言えないが、チャレンジ精神は買うけれども正直厳しいのではないかと思っていた。娘のモチベーションはどこからくるのか不思議だった。ほぼ毎日のように塾に通い、実力以上の難関コースで学びたいと娘自ら直談判しに行った結果、先生に意欲を買われてそのクラスに在籍させていただくことになった。
しばらくは、模試で厳しい判定が続いた。難関コースでは、通常のクラスとは模試の種類も違っていた。振るわない成績に、娘は時には涙することもあった。
「悔しい。悔しい。分かっていたけど、悔しい」
目を真っ赤にしながら落ち込んでも、次の日にはまた塾へ行く気力は一体どこから生まれてくるのだろう? 何度も何度も谷底に落ちては必死に登ってくる娘を見ていると、胸が痛くなって、代わってあげられるならば代わってあげたかった。しかし、夫と私は娘の生活をサポートし見守ることしかできないのだ。
 
冬が来て、いよいよ本命の試験日になった。緊張する娘と共に、校門の先の保護者の出入りが許可されているギリギリの場所まで歩いていった。
「落ち着いてね。深呼吸してね。大丈夫だからね」
その位しか言えなかった。少しでも緊張を解いてあげないと、舞い上がってしまうのではないかと心配になった。今考えれば、私の方が緊張していたのかも知れない。
私の方を見て力強く頷くと、娘は校舎の中に消えた。あとは、娘が自分との闘いを制して力を発揮するだけだ。健闘を祈りながら、試験が終わるまでの数時間を過ごした。
 
本命の結果は、残念ながら不合格だった。本人が一番行きたいと願っていた学校だったから、娘の落ち込み方は半端ではなく、発表の日からしばらくは塞ぎ込んでいた。この後は第2志望の高校入試が控えていたので、まるで燃え尽きたかのようにやる気を失っていた娘に私もどう声をかけてよいか悩んだけれど、厳しいと思いながら、最後まで諦めることなく突き進む娘によく頑張ったよと力いっぱい抱きしめてあげたい気持ちだった。
 
何とか、第2志望の高校には合格することができた。合格発表の掲示板に向かうとき、校門の前で娘の足が止まった。本命のときのショックがよみがえり、ここもダメだったらどうしようと思うと足が進まなかったそうだ。
私達より一足先に掲示板に向かった夫が、両腕で大きな丸を作りながら、満面の笑みで校門のあたりで立ち止まっている娘の元へ戻ってきた。
「大丈夫だったよ! 合格だよ!」
その声を聞いて、娘の強張っていた頬にようやく笑みが浮かんだ。ようやく、受験勉強という長いトンネルを抜けた瞬間だった。
 
それからあっという間に、3年が過ぎた。
再び大学受験というトンネルに突入した娘は、もうすぐ来るはずの明るい光を目指して奮闘中だ。学校の同級生には、超難関大学の模試判定がAなどという猛者もいて、そんな話を聞くたびに、相変わらずもがいている娘だ。
 
人と比べたって仕方ない。同じ生き方などできるはずはないのだから、そもそも比べることがおかしいのだ。
分かってはいるが、学力という物差しがダイレクトに反映する受験の渦中にいる娘にとっては、いくら頑張っても同じように報われないと、また暗い谷底にいるような閉塞感に苛まれるようだ。
 
実際、1月に行われた大学共通テストの自己採点の結果を見て、多くのクラスメイトが志望先を変えたという。特に国公立大学を目指している人は、大学共通テストの点数次第で2次試験の受験先を考え直す人が多い。
私立文系一本で、その大学の独自試験しか受けたことのない私は、現在の大学入試のバリエーションの多さに辟易した。
まず、大学共通テスト後の自己採点を見ながら、志望大学の傾斜配点に計算し直して、各予備校や塾が出している予想ボーダーを超えているかどうか確認するのだ。その時点で、無理だから志望先を変えるという人もいれば、判定が悪くても初心を貫き通すという人もいる。
私立大学に至っては、もっとバリエーションが増える。例えば、独自試験のみを行うというところや、独自の試験を実施せず、大学共通テストの結果のみを利用して合否を下すところもある。更には、大学共通テストの結果と2次試験のように別個に試験を行い、その総合で結果を出すところもあるし、前期と後期に分け、様々な複合パターンで入試を展開している学校もある。その上、大学によって受験の科目数や配点も異なっており、よく理解しなければ出願までたどり着けないという、ある意味情報戦のようなところもある。
 
大学共通テストの後、我が家では夜な夜な娘の進学先についての話し合いが深夜まで続いた。
私としては、どの学校へ行こうと、進んだ場所で精一杯頑張れば良いと思っている。娘がそこで自分なりに学ぶことができれば、それでいい。
ただ、娘としては、判定が厳しい大学を狙うのか、そうでない大学を受験するかで判断に迷いが出ていたようだ。
結局は、そこで何を学びたいのか、どこに魅力を感じるかに尽きると思うから、あくまでも娘が自分で決めることで親がどうしろというものでもない。
私にできることは、娘の決定までのプロセスに付き合うだけだ。自分が納得して決めなければ、後に後悔するのは娘自身だからだ。
 
これから先、進んだ大学や就職先が人生の分岐点となることもあるだろう。けれど、忘れてほしくないのは、どこに行くかではなく何を学んでどう活かしていくかということだ。
思い通りにトントン拍子に行くこともあれば、どんなに頑張っても上手くいかないときもある。
それは、どこに行こうと同じである。人生生きていれば、いつ何が降りかかってくるか予想はつかないし、思っても見ない幸せが舞い降りることだってある。だから人生は面白いとも言える。禍福は糾える縄の如し、人生万事塞翁が馬だ。
私たちは、目の前のことに一喜一憂し右往左往しがちだが、何かが起こったとしても、冷静に自分なりに対処できる力を養うことが、変化の多いこの時代を生き抜いていくために必須の力ではないだろうか。乗り越えていく強さや、明るく笑い飛ばすしなやかさ。そして、人を思い遣ることのできる優しさを兼ね備えることができたなら、自分の物差しを持って進んでいけるのではないだろうか。
 
娘がこれから加えていく人生のプレイリストは、まだ選択をし始めたばかりだ。この世にあまたある曲をどう選ぶかは自分次第だから、好きなように決めたらいい。どの学校に進むかはまだ分からないけれど、行った先がどこであれ、結果的に最善だったと思えるように、自分の選択に自信をもってほしいと思う。
これまで頑張り続けたことは、何かしらの糧になる。何かに打ち込んだことがある人は、困難に立ち向かっていける力を蓄えているのではないかと思っている。
娘が解いている参考書を見てもチンプンカンプンで、心の中でエールを送ることしかできない母だけれど、娘が決めたことならば応援したいと思う。
きっと、大丈夫。春には、何か一つリストに加えられていることだろう。その時は、娘のすがすがしい笑顔が咲いていることを心から願っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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