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週刊READING LIFE vol,116

平々凡々でもよいか《週刊READING LIFE「人間万事塞翁が馬」》


2021/02/23/公開
記事:黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
変なコンプレックスを一つ抱えている。
 
普通に生きてきたことである。いや、むしろ幸せに生きてこられたと言ってもいい。
 
大いに結構ではないか、と人は言うだろう。もちろん私も、幸せに生きてきたと安心感と充足感にほっとさせられる。
 
だが、それは裏を返せば、平凡に生きてきた、ということの証明である。
これは幸いであると同時に不幸でもある。
なぜなら、そのまんま、ドラマチックな人生ではないからだ。
 
別に不幸な人生を送りたいわけではない。聞くところの過酷な人生を生きてきた人のような、壮絶な生き方をしたいわけではない。そんな人生を生きてみたいなぞとほざいたら、実際に生きてきた人から激怒されるであろう。
 
周りの人には恵まれていた。田舎特有の朴訥(ぼくとつ)さか、それとも時代がよかったのか……からかわれた記憶こそあれ、イジメと言えるようなことはなかった。皆、親切にしてくれた。
両親や家族にも恵まれていた。教員家系だったこともあり、しっかり者の両親に愛情深く育ててもらった。
 
唯一普通ではないのは、幼い頃に発症した腎臓の病である。
疲れやすく苦しく、薬の副作用も相まって、症状がピークのときは、一日一日を生きることがつらかった。
 
しかし、これもやはり環境と時に恵まれていたのであろう。
学校も、仲間も、家族も、病院のスタッフも、愛情深く私を支えてくれた。
高校生だったときも、懸命に生きている、と周りには映るためか、誰も彼もが一目置いてくれた。そうでないにしても、からかったりイジめたりするような生徒はいなかった。
 
田舎という場所、90年代という時代、そして平和な家庭が、私を平々凡々で幸せに育んでくれた。
 
少なくとも、世の中を絶望するような不幸のどん底にたたき落とされた経験はないのである。
 
故に、これは持てる者が持たざることに憧れるような、金持ちがあえて貧しい人の経験をしてみたいと言うような、そんな反発を招くことであると思う。
 
だからこそ、私はそれに……苦労をしたことのない、不幸を味わったことのない人生に、引け目を感じてしまっているのだ。
 
「お前みたいに満ち足りた人生を送ってきたやつに、不幸な気持ちが分かるわけない」
 
と言われることが(もちろん言われたことなどないが)、とてつもなく、“イヤ”なのである。
 
全くもっておかしなことに、「不幸ではない」「苦労をしたことがない」「経済面・心理面ともに満ち足りている」ということが、大変な罪であるように感じてしまうのである。
 
無論、苦労がなかったわけではない。すべてにおいて幸運だったわけでもない。特に幼少時からの病には、大変な苦痛を味わった。
 
もはや、ここまで言っていれば、イヤミか何かにでも聞こえてしまうかもしれない。
だが私は、それで嫌われることを覚悟で言うが、それに絶大なる劣等感を抱えているのである。
 
なぜか。
不幸は人生における哲学を変えるからである。不幸は人間を強くするからである。
そして、不幸は人生をドラマチックにしてくれるからである。
少なくとも、私は勝手にそう思っている。
 
我慢してお読みいただいた方も、もはや堪忍袋の緒が切れているであろう。
私はどうしようもなく、どうしようもない人間なのである。
 
もちろん、不幸になりたいわけではない。
ただ、不幸を味わったことで鍛えられる精神力とか、なにより、ドラマチックな人生がほしいのである。
 
学生特有の孤独感とか、家族の複雑なもつれとか、男女の複雑な関係とか……何か、そういうローリスク・ハイリターンな、そういういざこざ的な人生があっても良かったのに、と考えるのである。
 
しかし、私はそれらに遭遇することなく、平凡に生きてきた。幸いなことに、だ。
 
ライトノベルのような特殊な人生を味わってみたかった。
ドラマのような一風変わった人生を味わってみたかった。
映画のような壮大な人生を味わってみたかった。
事実は小説よりも奇なりというが、小説の方がよっぽど奇なり、だ。
 
人間万事塞翁が馬という。
だが、特に起伏のある人生ではなかった。そして何が不幸で何が幸福なのかも、こうして見ると分かったものではない。
 
だが幸運で平凡な人生と、不幸で波瀾万丈な人生、どちらかを取れと言われれば、小心者の私は何のためらいもなく前者を選ぶ。
 
ドラマチックな人生を望みながらも、実際にそんな人生を送ったら、正直今まで生きていないだろう。
弱々しい私には、平凡で幸福な人生が一番なのである。
 
だからこそ、余計に波瀾万丈な人生に憧れを抱く。
漫画のような、アニメの主人公のような、ドラマの出演者のような、そんな平凡ではない、都合がよい不幸さを持った人生を、本当は生きたいのだと思うのである。
 
不幸には耐えられないが、ドラマチックな人生を送りたい。
この虫の良い矛盾した人生感情を、私はどう考えればよいのであろうか。
 
こう考えたとき、私はある恩師の言葉を思い出した。
 
それは、大学生時代だった。
ある知人が、それこそ私が憧れるレベルを通りこしてかなりの不幸な状態にあった。あるいは本人がそう思っていただけかもしれないが、それでも精神的にかなり参っていたらしい。
 
その人とは共通の恩師がいて、その人はよく恩師に相談をしていたらしい。
そこで、恩師はあろうことか、私と話すことを持ちかけたそうである。
これは、たまたま同じ大学だったことも大きかった。
何かしらの縁だと思ったのだろう。
 
そのときに言ったそうだ。
 
「彼は、“健康的”な家庭で育ったから、安心していいよ」
 
何が安心なのかは分からなかったが、その言葉に私は目からうろこが落ちる思いであった。
 
つまり、知人は、“不健康”な家庭で育ったらしく、今まで“健康的”な環境にはいられなかったらしい。
 
なるほど、人生における幸不幸は、ある種の健康状態なのかもしれない。
時には風邪も引くだろう。重病に侵される場合もあるかもしれない。
だが、それとて、特効薬があったり、自然と治ったりするかもしれない。
 
そして、世の中には大した病気もせずに人生を送る人だっているはずなのである。
 
風通しがよく、明るい環境で、十分な栄養素を取ることができる。
そういう健康的なところで育てば、なるほど、病気もせずに済む。
 
逆に、光の射さないジメジメとした環境で、ろくな栄養素も取れなければ、あるいは取れたとしても、その栄養が毒素の強いものであれば、病の連続である。
 
恩師が知人に私を引き合わせたとき、私は、その人を、私の健康的な環境に引っ張りだしてあげればよかったのだと思う。
残念ながら、それはかなわず疎遠になってしまい、その人は自ら人生に幕を下ろした。
 
私はひどく後悔した。私は私の健康的な人生を活かしきれなかったのだ。
 
いや、別に一緒にいたからと言ってどうにかなるとは思えない。当然、なにができるわけでもない。
ただ、あまりにも平凡な自分が、このときばかりは恨めしかった。
 
いったい、幸不幸という人生の健康状態は、何に起因しているのだろう。
なりたくて不幸になった訳ではない、と人は言うだろう。
望んで幸せになったと人は言うだろう。
 
人間、努力して悪い方にいくことは意外と難しい。逆に、努力して良い方向にいく方が、何かと自然である。
 
ならば、私は健康的なまま、ドラマチックな人生を送ることを心がけよう。
 
なるほど、不幸は心を強くし、また、人生をドラマチックにするかもしれない。反対に、幸福は、人生を平凡にし、ある意味ビニールハウスで栽培されたように、打たれ弱い人間にしてしまうかもしれない。
 
だが、幸せも不幸せも、考えようによってはすべて不幸にもなるし、すべて幸福にもなる。
考え方次第と言えば、いかにも平凡な言い方だが、どうやらそれが合っているらしい。
少なくとも、平凡な人生を生きてきた私にとっては。
 
ならばよし。
考え方次第、言い方次第でこの人生は幸福かつドラマチックな人生になるに違いない。いや、具体的に何をどうするか、なんて分からないけれど、考えや意思を持つことは大切だ。
 
この先、もしかしたら人生における重病を患うかもしれない。あるいはちょっとした風邪を何回もひくような、そんな健康状態の人生を送るかもしれない。
 
でも、やっぱり大した病気もしない人生ならば、健康的な人生ならば、その方がよい。
 
たとえ平凡でも、“健康的”と言えれば、私はまだ救われる。
そして可能ならば、この健康的な人生に、誰かを引き込める人生にしよう。
 
陰気で劣悪な環境から、少しでも健康になれる環境へ、手を引けるようにしよう。
 
きっと、そのために私の人生は、平々凡々であったのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2021-02-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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