週刊READING LIFE vol,116

「素敵」の効用《週刊READING LIFE vol.116「人間万事塞翁が馬」》


2021/02/24/公開
記事:なつき(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
いやん、もう素敵。
何が?
何かがーーー!
 
私は「素敵」という言葉が好きだ。「素敵」と言うと周りがキラキラしている様なそんな華やかな和らいだ気持ちになる。私にとって「素敵」は日々無くてはならない存在だ。その大事な「素敵」が何か違うもので覆われて光を放てない状況が続いていた。そんな中で本来の「素敵」を取り戻すきっかけがこの言葉だった。
 
 
 
ゴチャゴチャしてドロドロな気持ちがずっとずーーーっと続いていた。なんで私ばっかり、なんでこの繰り返し、と思っていた。苦しい。でもそう思いたくない。楽しくありたい。そんな時に脳裏に浮かんだ言葉たち。
 
私はかつてパワハラを受けたことがある。パワハラとはパワーハラスメントの略だ。今でこそ名前がついて「それパワハラ」と言えば相手にブレーキがかかるようになってきている。何をもってパワハラになるのか、被害に遭ったと思った方が決められるらしいので、どこで線引きするかによってパワハラの捉え方は人それぞれになってしまうかもしれない。それでもある程度具体的な範囲が示されているからある程度の基準は存在するのだろう。
 
では基準はどこになるのか。それは明確に分かれる部分があるように思う。それは、人格否定が含まれるか否かだ。例えば一緒に仕事をしているなら、仕事について厳しいのはパワハラではない。厳しいというのはただやみくもに怒るのではなく、相手を思って育てようとしてのものが根底にあることが多いからだ。でもそこに人格否定が含まれて来ると話は違ってくる。
 
自分がやりたいことがあったとして、一緒にやっている相手にそれを話す時どういう形になるだろうか。それがもし相手にあまり理解されなかった場合はどうするだろうか。自分の説明が分かりにくかったかな、もう少し違う言い方で説明をしよう、と思う人が多いのではないだろうか。または、相手に対し馬鹿だなと思っても面倒でも言い方を変えるのではないだろうか。
 
でもそれができない人がいる。どうして自分の説明でわからないのか、と怒る人がいる。それは言葉の暴力となって頭上に降り注ぐ。
「なんでわからないんだ」これは序の口
「おまえの聞き方が悪い」分からないから質問したらこの回答、説明下手なの相手なのに。
「何を言っているのか分からない」他の人に同じ様に言ったら分かってもらえたんだけど。
「俺の言うことが聞けないならここを辞めろ」あんたに辞めろという権限は無い。
 
何を言っても埒が明かないとはこのこと。次第に私の心はささくれ立っていった。初めからこんなに険悪だったわけでは無い。他の場所で普通に楽しく会話をしていた時もあった。だからこんなに嫌な人だとは全く思わなかった。むしろ一緒のことに関わるのが楽しそうだなと思っていたくらいだった。もしかしたら何か嫌なことがあってちょっと発散したくなっただけかもしれない。それでも八つ当たりとか勘弁してほしいけど、ちょっとくらいなら仕方ないかと思っていた。その人が他の人から怒られるの見ていたし少しくらいはと思っていた。
 
怒鳴り声が毎日響くようになった。すぐそばにいるから心が辛い。毎日当たられるのが辛い。不思議なもので毎日言われていると、悪くなくても自分に非があるのかもと思い始めてしまう。どんどん心に溜め込んで何が何だか分からなくなる。もう嫌だ。時には反発もする。それでももう嫌だ。怖い。気持ち悪い。関わりたくない。
 
1年が経った。耐えに耐えた1年だった。その場所でのやることは好きだったからその場に居続けたかった。でももう無理。ある時他の人と談笑をしていた時に言われた言葉に「よく休まないで来られるね。あれだけ言われたら俺だったら休むなあ。強いね」というものがあった。休む? 休むって何? そうか、負けたくない気持ちが休むというものを私から排除していたのか。休んでもおかしくない状況なのか。やっぱりおかしかったのか。何かがぷつんと切れた。
 
他の人にも言うことにした。それから半年後に私は別の場所に移った。新しい生活がスタートした。新しい場所は楽しかった。だから忘れていた、二度あることは三度ある、ということを。パワハラ男とは前に別の場所でも一緒だったことがあった。その時は大きくは関わらなかったのでさして害はなかった。
 
5年ほど経っただろうか。パワハラ男が私のいる場所に移ってきた。最初は少し離れた場所にいた。数か月後そばに来た。私は一切関わらないでいようと決めていた。それなのにまた一緒のことをやらなければならなくなった。これってなんかのいじめ?
 
関わりたくない、そう思っても関わらないといけない。あの喧々の日々は嫌だ。完全に心を閉ざした。それでも一緒のことをやっているのだから会話はしないといけない。また毎日がどす黒くなった。ただ前回と違うのは抑揚なく会話をするのでさっさと終われることだった。パワハラ男は話が長かった。世間話も長かった。それに同意しないと怒った。更には人の話も平気で取った。今で言うマウンティングで、誰かが話していても割り込んで自分の話にどんどんすり替えて自慢げに披露するというものだ。
 
パワハラ男に接する時は感情を消した。パワハラ男は文句や悪口もよく言っていた。一切相槌を打たないようにした。すると聞いてくれる相手を求めて他の人に話すようになった。時には面白い話もあったから返答しそうになることもあった。でもぐっと押さえつけた。パワハラ男が穏やかな時もあった。そういう時は手伝ってあげたくなった。でもぐっと押さえつけた。かつて、嫌でもいい所を探そうとして接したことが仇となったことがあったので繰り返すまいと押さえつけた。無関心になってから半年後パワハラ男は他へ移った。
 
ほっと胸を撫で下ろした。無関心でいたからだろうか。そんなに辛くなかった。前と違って怒鳴るのも減っていたので少し楽だったのかもしれない。それでもあの恐怖は何年経っても消えるものではなかった。それからまた5年程が過ぎた。
 
もう既に3度あったからもうこれ以上は、と思っていたある日、またパワハラ男と一緒の場所になった。最初の恐怖から10年以上経ってるし大丈夫なはず、と思ったけど駄目だった。一緒の場所にいるだけで毎日吐きそうだった。声が聞こえてくるだけで気持ち悪くなった。パワハラ男の名前を聞くだけで気持ち悪くなった。大事な作業をしていてもパワハラ男に関連した何かを聞くと頭が真っ白になった。考えがまとまらなくなった。10年以上経っているのに、あの怒鳴り声がいつか来るかもしれない、と思うと怖かった。なんでここまで、たった1人の人に苦しめられなければならないのか。毎日が地獄だった。ここでも無関心を決め込むことに、感情を消すことにした。
 
でも駄目だった。3度目に一緒だった時とは何かが違う。前以上に身体にズシンと堪えた。この場で吐けたら周りにもこの思いが伝わるのだろうか、と嫌な妄想をする様になった。姿を見るだけで気持ち悪くなるから目を伏せるようになった。
 
そんなある日、「人間万事塞翁が馬」という言葉を聞いた。良いことも悪いことも淡々と……できるわけがない。今まで耐えた。仙人の様になれというのか。
 
でもなぜかこの言葉がちらついた。私の心は氷の様に冷たくなっている。でもこれは淡々としているわけでは無い。内面は冷たいだけでなくブリザードが吹きすさぶ状況だ。そして毎日がブリザードな状況に少し疲れていた。この言葉を少し真面目に考えてみようか。
 
本当は毎日楽しくありたい。にこにこ穏やかに楽しく周りと接したい。パワハラ男以外にはそうしてきたつもりだけど、本当は分け隔てしたくない。10年以上引きずってるなんて正直馬鹿馬鹿しい。でも穏やかにしたら前みたいに仇となったらどうしようという思いもまとわりつく。どうしたらいい? 家に帰って、時折奇声をあげるくらいにまでなってしまった、どうしたらいい?
 
ある時、見た夜景が綺麗だった。泣きそうなほど綺麗だった。
ある時、買い物をした時の店員さんの応対が気持ち良かった。
「素敵」
久しぶりにこの言葉が口から漏れた。
あ、素敵って言葉忘れてた。あんなに大事にしてたのに忘れてた。
もう一度呟いてみる。
心が満たされた。家に帰って奇声の代わりに「素敵!」と大きめの声で言ってみる。
でもすぐに全力で否定の思いがかぶさってきた。何が素敵なんだ。素敵なもんかっ。
今の私は素敵を上手く言えない。これじゃあ大事な「素敵」が穢される。「素敵」が可哀想。今の私はこの言葉を使っちゃいけない。いけないけど、使いたい。何か突破口はないのか。
もう一度「素敵!」と叫んでみる。だから何が素敵なのさ! と内なる声が鳴り響く。何が素敵かなんてわからない。心はグチャグチャでドロドロ、でもその中に小さな光も見えた気がした。
全部そのまま出してみたらどうなる?
 
いやん、もう素敵。
何が?
何かがーーー!
 
吐き出すように言った。何が素敵か分からないからそこは何でも当てはめられるようにしてみた。何が素敵か言葉自体に盛り込んでしまうと、そう思ってなくてもそう思いこまないといけないこともあるかもしれない。そうしたくはなかった。そして言ってみて、自分で突っ込みもしていることが可笑しくなった。少し心が軽くなった。
 
それから家に帰ると毎日大きめの声で言うようになった。奇声の時にあった後ろめたさが無くなった。奇声は近所に聞かれたら恥ずかしいけど、この言葉は聞かれたとしてもそんなに恥ずかしくない。何かの台詞の練習の様にも聞こえる気もした。言った後、奇声の時とは違う気持ちにもなった。奇声でスッキリすることもあったけどその後に強烈な憎悪がました。そんな自分が嫌だった。でもこの言葉は心に爽やかな風が吹く。清々しい方のスッキリになった。
 
この言葉を言うようになって最初は自分に言い聞かせるように言っていた「何かがーーー!」に当てはまる言葉が自然に出てくるようになった。大きなことでなくていい。日常のほんの些細なことがそこにはまるようになった。
何かがーーー! 今日は歩いていて信号が青だった、嬉しい。
何かが―――! 今日はコンビニで美味しいスイーツがあった、嬉しい。
 
家に帰ってから言っていたこの言葉がもう少し使ってみたくなった。出先で使ってみたらどうなるだろうか。幸い今は外では誰もがマスクをしている。もちろん私もだ。口元を見られる心配がない。軽く呟くだけなら周りに聞かれない。そっと呟いてみる。
 
その時、パワハラ男の声が聞こえてきた。普通に話している声。それでも地声が大きいから胸に突き刺すあの声。素敵って呟いた後なのに、勘弁、そんなの素敵じゃないーー。
あれ?
突き刺さらない。それどころかいつもより声が小さい? 偶々小さかっただけかもしれないけど。でももしかして私が意識しすぎるあまりにその声だけを拾いすぎていた? そんなつもりはなかったけど、ああそれなら素敵になるのかもしれない。
 
無関心を装っているつもりで心が過剰反応してしまっていたのかもしれない。それが「素敵」を使ってみることで凪いだということだろうか。そんな単純なものだろうか。それだったら仙人にならずとも、忍耐しなくても心が軽くなるのかもしれない。姿はまだ駄目だけど、そばに来た時は嫌悪感があるけど、声は大丈夫になってきた。このままあの言葉を続けていけばそう遠くないうちに過去の呪縛から解き放たれるかもしれない。
 
家ではちょっと大きめの声で楽しく、外ではマスクをして呟くように。
 
いやん、もう素敵。
何が?
何かがーーー!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

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2021-02-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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