週刊READING LIFE vol,118

あっぱれな87歳の母《週刊READING LIFE Vol.118「たまには負けるのもいいもんだ」》


2021/03/09/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「え~、またお母さんの勝ち?」
 
お正月早々、私は実家で母と娘、女三人の勝負に没頭していた。
私の実家は、家から歩いて5分のところにある。
なので、このようなコロナ渦にあっても、里帰り、帰省が高いハードルとならない状況にある。
よって、今年のお正月も実家で女三人、食べて、飲んで、遊んでという夜を過ごした。
 
毎年、12月に入ると母はいつも娘にリクエストを募る。
 
「ねえねえ、今度のお正月、何が食べたい?」
 
たいてい、実家でのお正月の晩ご飯はお鍋だ。
 
私が子どもの頃、実家は7人家族の大所帯だった。
昭和の時代、お正月ともなると、今の時代よりも特別感があった。
母が年末に何日もかけて、おせち料理を作り、お餅をついて鏡餅を飾り、家族が食べる雑煮用の丸餅をこしらえていた。
私たち子どもも、そんな大人たちの準備の段階から、お正月がとても特別な日だということを感じていた。
時に、親せきが集まり、従姉たちと遊んだり、大人たちは夜遅くまでお酒を飲んだりしていて、夜更かしも許される日でもあった。
お年玉をもらえるだけでなく、なんだかいつもと違う家の中の嬉しい騒がしさにワクワクしたものだ。
 
そんな時代からもう数十年、時は流れ、家族の人数も減り、今では実家は母が一人暮らしている。
お正月に実家に行くのも私と娘だけだ。
もうおせち料理を作ることも、お餅をつくこともなくなったが、夜のお鍋だけは変わらずご馳走を用意してくれる。
娘のお正月の晩ご飯のリクエストは、たいてい、ふぐちりか、蟹すきか、すきやきだ。
今年はすきやきをご馳走になった。
お正月の夜、早めに食べる晩ご飯の鍋の後、お茶を飲みながら例年通り、ゲーム大会が始まる。
以前は、百人一首やトランプもやっていたのだが、家族の人数の減少によって今ではドメモというボードゲームをやっている。
ドメモとは、数字の書かれたタイル状のもち札を、対戦者に見えるようにセットして、自分のもち札を予想して行くゲームだ。
1~7までの数字の札は、その数と同じだけの枚数がある。
7ならば、全部で7枚、1ならば、1枚。
その総数と、場に並ぶ自分以外の対戦者のタイルの数字から、自分のもち札を当てていくのだ。
早くもち札がなくなると勝ちというゲーム。
問題は、3人ですると、使用していないタイルもあるので、そこにどの数字が何枚残されているかはわからない。
そんなことも含めて、頭を使うゲームでもある。
それでも、ルールは簡単なので幼稚園の子から、お年寄りまでも出来る内容だ。
私の母は、今年の誕生日を迎えると88歳。
それでも、果敢にこのゲームに参加している。
この母というのが、本当にびっくりするくらい元気なのだ。
 
88歳になろうとしている今も、移動はいつも自転車だ。
それも、ヨロヨロと危なっかしい運転ではなく、颯爽と走ってゆくのだ。
日々の買い物はもちろんのこと、電車で2~3駅離れたところへも、平気で自転車で行くから驚く。
母の実家は、隣の街でもあるので、小学校時代からの同級生たちと長年交流を持っていた。
一緒に旅行に行ったり、食事会をしたり。
その食事会にも、もちろん自転車で行く。
ところが、ここ数年はそんな集まりもなくなったようなので、母にたずねたところ、他の同級生は、皆、デイサービスに行っているのだという。
そうか、88歳になるのだから、それもそうかもしれない。
だから、母は今ではもっぱら、15歳ほど年下のお友だちとお付き合いをしているという。
いやそれでも、皆さん70代だけれど。
確かに、私の友だちの親御さんたちも、介護施設に入所されたり、デイサービスに通ったりという話を聞く。
ただ、私は母を見ているので、ピンと来ないのだ。
 
母は、自分がデイサービスでケアをしてもらうどころか、私たち母娘の世話を今でもしてくれている。
私が仕事の出張で家を空ける時には、泊まりに来て娘や犬の世話をしてくれている。
しかも、その泊まりに来て欲しい日にちを前もって伝えておいても、絶対に忘れないのだ。
さらには、一緒に買い物に行く約束なども、一度も忘れたことがないのだ。
本当にありがたいことだ。
 
今年のお正月、1日の夜のドメモのゲームでは、私が圧勝だった。
母は、久しぶりのゲームにカンが取り戻せないのか苦戦していた。
娘に対しても、私は娘が小さい頃から、ゲームでも負けてやることはなかった。
大人気ないが真剣勝負をしてしまうのだ。
本来の負けず嫌いが、こんなところにも発揮されてしまう。
母は、ゲームの途中、その数字は違うと言われているのに、何度も同じ数字を言って、「忘れていた!」と大笑いすることもあったが、そのうちになれてくるとカンを取り戻したようになっていった。
そして、お正月のゲーム大会では、母がお年玉がわりに軍資金を用意してくれている。
勝った人へ、そのお金を決まった額だけ渡すのだが、1日の夜には用意するのを忘れていたようだ。
なので、圧勝の私にお年玉は来なかった。
 
明けて、2日の夜は、母は例年通り、軍資金を用意してくれた。
前日と同じように始まったゲームだが、ちょっと様子が違ったのだ。
いつもはダントツで強かった私だが、87歳の母がメキメキと成績をあげていったのだ。
娘に負けると思いっきり悔しかったが、母だと逆に嬉しかったのだ。
これだけ記憶力がよくて、ゲームの内容も理解できている、答えを出す時間も長すぎない。
そんな母をゲームの様子を通して観察できると、すこぶる嬉しかった。
 
2日の夜のゲームでは、あろうことか私が最下位だったのだ。
せっかく、軍資金を用意してくれた夜だったのに。
例年ならば、軍資金を一番頂いていたはずなのに。
いつになく、調子が良かった母はなんだかとっても嬉しそうだった。
そんな姿を見ていると、ゲームの勝敗ではなく、母がこうして私たちと同じようにゲームに興じることができることがありがたいことだと思った。
 
まあ、こういう負けは清々しいし、ホッとする温かい気持ちになれる時間でもあった。
うん、そうだね、たまには負けるのもいいもんだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2021-03-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol,118

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