週刊READING LIFE vol,119

家が消えた《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》

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2021/03/15/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
家が消えた。
 
消えた、と言っても、火事にあったとか、ローンが払えなくなって手放さざるを得なかったとか、そんな深刻な話ではない。正確に言えば、家を建てる設計をしてもらっていた話が立ち消えになった、たったそれだけの話だ。
 
けれど、無地のノートにたくさんたくさん、建った家でやりたいことを書き込んでいた。建った家の空気感、床に寝転んだ時の無垢材の香りや、青い真新しいい草の香りが鼻腔を刺激するさま……。そのノートに書かれた想いを転写した真っ白い大きな設計図は、私の新しい家の想像をくみ上げ、一歩ずつ現実化に向けて走り出していた。
 
それが全部消えてしまったのだ。
 
「たったそれだけの話」とほうきで掃くようにさっと片付けるには切ないくらい、私の夢が詰め込まれていた。
 
だが、同時に、どこかでホッとした自分もいた。自分の責任ではないところで、この家が形にならなくてよかったのかもしれない、そうも思っていた。

 

 

 

そもそも、いわくつきの話ではあった。結婚した14年前からそれは始まっていて、義両親から、義父の実家だった家が空いている、古い家だが仏壇もあるし、そこを建て替え住んでほしい。そう言われていて、その腹積もりでいた。
 
まず、建て替えるまでは仮住まいしよう、と賃貸のマンションを借りた。東京で夫が住んでいたワンルームの家賃と同額払えば、こちらでは4LDK100㎡超の広々とした分譲賃貸を借りることができた。当時、子供もいなかった私達はその広さを持て余しながらも、悠々自適に暮らしていた。
 
しかし、待てど暮らせど建て替えの話は出てこない。じりじりとしながらそれとなく義両親に聞くもはぐらかされる。さすがに嫁が直接口を出すことはできないから夫に聞いてもらうと、義両親はすまなさそう言った。
 
「あの家は、おばあちゃんが亡くなって誰も住まなくなって心配だから、おばあちゃんのいとこに世話を頼んでいるんよ。その人が住んでいてくれているけえ、むげに立ち退けとは言えないんよ」
 
そういう事情ならしかたがないが、最初からそう言っておいてほしかった。一向に話が進まないまま、いたずらに時は過ぎる。その間もそれとなく水を向けても、話が進むことはない。親戚づきあいとは古漬けの沢庵のようなものなのだということを学んだ。他人同士が身内になると核心を突く話の進め方が難しい。急がないことはうやむやになり、どうしようもなくなるところまで放っておく。気にはなっていても生活には支障がないから、こちらもなんとなく忘れてしまう。そうやって隅っこに置かれた問題は、そこはかとなくにおう。時間がたつと何が匂っているのかもよくわからなくなってくる。しかし、沢庵だったら、見つかってもおいしく食べることができるからいい。親戚づきあいは、置いてあってもちっともおいしくならないし、話も出しづらくなるからやっかいだ。
 
快適だったが、高い家賃を支払い続けるのはもったいない。私達は、夫の会社の隣にできた新築マンションを購入し住み始めた。夫は職場から近い、駅からも近く、その割に閑静で住環境は抜群だった。新築で子供が同世代の入居者ばかりだったのもあり、助け合いながら暮らしているうちに愛着もわいた。
 
かれこれ10年以上も経過しすっかりその話を忘れ去っていたころに、義父から
 
「おせわしてくれた方が介護施設に入ることになったけえ、家の話を進めてほしい」
 
と言われた。
 
ピンとは来なかったが、いよいよきた。時はだいぶ経過して、もうこのままでいいかな、とは思っていたが、子供ができたのがきっかけで食生活や、現代の住環境の問題などは気になっていたのだ。どうせ家を作るなら、徹底的にこだわって素敵な住環境にしたい。
 
結婚した当初に、とんとん拍子に話が進み家を建てていたら、安普請に適当な家を建ててしまい、取り返しがつかなくて後悔していたに違いない。家が建たなかったこの10数年の間は、神様がくれた勉強期間だったのだ、そう思おうじゃないか!
 
地元に長い間住んでいたおかげで、夫が懇意にしているハウスメーカーもできた。いよいよ家づくり! と胸を躍らせて、ショールームに乗り込んだ。
 
今どきのハウスメーカーのショールームはすごい。打ち合わせの部屋はひとつひとつがモデルルームのように色々なコンセプトであつらえられている。和風の空間、木をあしらった温かみのある空間、植物がたくさん置かれた空間、モノトーンで統一された落ち着いた空間……。一通り案内されて、テンションがあがったまま話し合いの席に着く。
 
「とにかく、身体にも環境にも優しい家を作ってほしいんです!」
 
家を作ることは意識をしていたから、友人の家を見て回って、素敵なところはチェックしてきた。それを熱く担当の人に語った。床は無垢材がいい、壁は漆喰がいい。建材も含めて見えないところもなるべく木材を使ってほしい、暖房の設備も自然にあたたかくなるもので考えたい……。伝えたことが、次の回には設計図に落とし込まれていく。
 
ダブルキッチンにして、料理をするときに、子供達がやりたいと言ったらすぐできる環境を作りたい。料理教室にも使いたいからと、地元でキッチンを作っているメーカーに見学にいった。一枚のステンレスを叩いて作るというその会社の独自の技術は、排水溝の周りに溝がないから汚れが隙間に入らない、ちょっとした違いが大きく違うことを知って感動する。こんなキッチンで、毎日料理ができるんだ。もう、設備だけで料理の腕が二段も三段も上がる気がする。
 
そんなこんなで細部にわたるまで自分のこだわりを詰め込んで、いざ、予算、というところまできた。
 
値段を見て、心拍数が1.5倍くらいになるような錯覚に陥った。す、すごい値段だ。確かに、全く予算を考えずに好き放題リクエストした部分はある。夫に言ったらどんな反応が返ってくるだろうか。急におじけづいたものの、営業担当の方が、にこやかに言った。
 
「この家が実現したら、わが社でも自慢の一軒になりますよ! キッチンメーカーさんもきっとそうです。早く建つのが楽しみですね!」
 
そうですね、とうなずくしかなかったが、あとから振り返っても、あの時の返事の出来はよくなかった。
 
急に、おかしい話だな、と思ってしまったのだ。思い切り自然派に、環境に配慮して、素敵な家を! そう思う一心だったのに、経済的には全然自然派じゃなかった。建てるまでだけではない、建った後も、暖房を使ったら電気代が月に6万くらいかかるという試算をされた。
 
なぜ、なるべく自然に寄り添ったつもりで建てる家の暖房費が月6万にもなるんだ? 自然派が行き過ぎて不自然に転がっていくのが不思議でたまらない。
 
そんなモヤモヤを全く消化できなかったときに、義理の父から衝撃的な宣告を受けた。
 
「設計も進んでいて申し訳ないんじゃが、わしゃぁ、あの家を売ってしまおうとおもうんじゃ」
 
ちょっと待て、何が起こった?? お義父さん、実家の場所に思い入れがあったんじゃない
の? お仏壇を守るのが14年来の私達の使命だったのでは? たくさんのハテナが喉から
こぼれ出そうになったが、すんでのところで飲み込んだ。
 
話の顛末としてはこうだ。その土地に息子である夫が住めば、自動的に土地の相続は済んで、相続税の心配がなくなる、義父がそう思い込んでいたところから始まった話だったらしい。実際はそんなことは全くなく、義父がなくなったら相続税にはきちんと計上されるということを税理士から知らされ、だったら、思い入れがあるわけではないから手放そう、そう考えたようだ。
 
そもそもが、義理の実家とのコミュニケーション不足から端を発していたのだ。義父は、ただ、相続のことだけを考えて、私達によかれと家を建てることを勧めてくれた。私達は、義父は実家に思い入れがあり、仏壇を守ってほしいと切に願っているのだと納得した。お互いによかれと思ったことがすり合わされていなかったばっかりに、ときにちぐはぐな事態になる。
 
結局、営業の人と一緒に考え抜いた『いわくつきの理想の住まい』は、机上の設計だけで消えたが、今回の件は、色々なことを考えるきっかけとなった。義父の実家を建て替えて住んでいれば、夫の会社からはだいぶ遠くなる。私も市街地から離れて不便になるし、子供達の学校からもたいして近くはない。理想的な建物が建ったとしても自分たちのライフスタイルに合わなければいずれ不便が生じただろう。
 
今住んでいるマンションだって、家ありきで人がそこに合わせていたのだということにも気づいた。確かに夫の会社の隣にあるので夫にとっては便利な家ではある。でも、住み始めた当時は小さかった子供達は、電車を乗り継いで1時間かかる学校に進学した。遠くてかわいそうだな、と思いつつも家がここにあるから仕方がないよな、と思ってきた。
 
いつの間にか、自分たちに合うものをそろえていくと言うよりは、固定資産を持っているから、そこに自分たちがあわせるのが当たり前になっていた。
 
来春、息子が中学校にあがる。さらに高校に行けば大学受験のための塾も考えなければいけないだろう、家ありきの視点だと、移動時間のロスには目をつぶることになるが、一時的に子供達が学校に通っている間だけでも、学校に至近のところに仮住まいして、今のマンションは貸しに出すという選択肢も出てくるなあと思えたのである。
 
今回の件を契機に、夫と将来の話をゆっくりと話し合った。子供達が学校に通う間だけ学校の近くに住むとか、お金をためておいて、子供達が独立したらもっと暖かくて、海がきれいに見えるところに移住して自分たちが気持ち良いと感じられる家を建てるのもいいよね……とか。
 
土地ありき、家ありきの目線では全く見えなかった、「自分たちありき」の心地よい住まいの選択肢まで見通せて、そちらの方がよっぽど自分にとっては自然だな、そんな風に思うようになったのである。
 
「家は、3回建てないと理想には届かない」と言われたことがある。その時には、そんなことはない、私は、一回で絶対に理想の家を建てると息巻いていた。
 
でも、私の理想の家は建つ前にあっさりと消えてしまった。
 
おかげで、次の理想の家への想像が膨らんでいく。
 
どこに建てる? どんな風な? 誰と一緒に? どうありたい?
 
理想の住まいを書き込み始めた無地のノートはだいぶ汚くなってしまったけど、私の次の理想に向けて、また書き込みを再開しよう。
 
夢の数だけ、家ができる。頭の中で沢山の家を建て、消しながら、理想の家まで近づいていこうじゃないか。
 
一歩ずつ、一歩ずつ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県在住。慶応義塾大学文学部卒。フリーライター力向上と小説を書くための修行をするべく天狼院のライティング・ゼミを受講。小説とイラストレーターとのコラボレーション作品展を開いたり、小説構想の段階で監修者と一緒にイベントを企画したりするなど、新しい小説創作の在り方も同時に模索中。

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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