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週刊READING LIFE vol,120

この機会に反省します《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》


2021/03/22/公開
記事:住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「こちらに記帳お願いします」
 
知り合いにすすめられて、向かった茶会の受付でのことだ。
古いけれど、きちんと手入れされている様子の日本家屋だった。
ものすごく静かな空気のなか、着物を着て、髪をきっちりまとめたお姉さんに、名前を書くよう促がされる。
帳面はきれいな和紙でできていて、隣においてあるのは筆ペンのみ。
既に連なっている名前はどれも誰が見ても“美しい”文字がならんでいた。
 
なんで文字を書く練習をしてこなかったんだ……!!
 
いきおいで茶会に参加することを決めたけれど、厳かな雰囲気の中、私はとても緊張していた。ただでさえガチガチなのに、キレイなお姉さんが見ている前で、キレイな文字の隣に、私のヘタクソな文字を書かなければいけない。なんてこった!
 
後悔していても、その場は進まない。いきなり文字が上達するわけもない。
とにかく書いて、受付を終わらせないといけない。
目の端に次のお客さんが近づいてくるのが目に入って、気持ちはますます焦る。
 
仕方がなく、ペンを持ち、連なる名前の隣に、子どもっぽい文字で名前をつづる。
 
いつもは自分で着物を着るのだけれど、この日は気合いが入った会だったので、私も特別仕様でプロに着物も着せてもらい、気持ちはものすごく引き締まっていた。それなのに、締りのない文字は、見掛け倒しの情けない自分をあらわしているかのようだった。
はじめからこんな調子では先が思いやられる。HPはすでに底をついた。(現金なので、そのあとすぐに復活したが)
 
もう、どうしようもなく恥ずかしかった。
 
こういうことが、ごくたまにある。
 
手書きの文字が大勢の人の目にさらされることは、普段はほぼない。
ちょっとしたメモ書きだったり、友人に書く手紙だったりを手書きすることはある。だけどメモは長く残るものではないし、手紙はごく内輪なものだ。そこに緊張感はない。
 
でも、結婚式の芳名帳だとか、お葬式だとか、正式な場で「きちんとする」ことを求められるような場面が、ごくごくたまにある。
 
その度に、そのときだけ「恥かしいな」と思いながら、コソコソやりすごし、その後は忘れたふりをして考えないようにしていた。
そんなことを、ずっと繰り返してきた。
反省していないな、と思う。
 
ああ、なんで練習しておかなかったんだろう……。
 
私は字がキタナイ。
こんなことを言うのはとても恥ずかしいのだが、本当に字がヘタクソだ。
 
私は建築設計の仕事をしていている。今はほとんどの会社が、パソコンのCADで図面を描き、手描き図面を描くことはほとんどない。けれども、一級建築士の試験は、手描きの試験がある。その実技試験は、課題に沿って設計し、図面を描くと同時に、A3くらいの記述の問題もある。
資格学校の先生には、「時間がないからって雑に書いて読めないと、点が取れませんよ。ちゃんと読めるように書きなさい」と何度も何度も注意がある。聞きながら、「図星です。ごめんなさい」という顔をしていると、目が合った先生が「女の人はそれでもキレイに書くでしょ。大丈夫、大丈夫」と朗らかに笑う。いや先生、大丈夫、ではないんですよ……。
 
文字をきれいに書くことは、“身だしなみ”の一つなのではないかと思う。
 
社会人として身だしなみに注意を払っている人は多くいるだろうけれど、“文字”にまで意識を向けている人がどれだけいるものだろうか。
 
「ボタンがとれているの」とか「すそがほつれたスカート」とか「よれよれのスーツ」で人前に出るのは恥ずかしい。
考えてみれば、文字だって、同じなのだ。
 
文字は、美しく書くコツがあるのだという。
 
たとえば、横線をまっすぐではなく、やや右肩上がりにする、とか。
単純だけれど「とめ」「はね」「はらい」を意識して書くとか。
漢字を大きめに、ひらがなを小さめに書くとか。
 
ちょっとしたコツを取り入れることで、キレイに見える。
練習して出来ることなら、誰にだって「文字をキレイに書ける」可能性があるのだ。
やれば出来ることをやってないのなら、「怠けている」と言われても仕方がない。
 
よく聞く言葉に、「ヘタクソでもいいから、丁寧に書け」というのがある。
たしかに。
丁寧にかけば、誠意は伝わるかもしれない。
 
だけれども、それだけでは超えられないハードルがある、そんなふうに最近は思う。
 
小さい頃、離れて暮らす祖母と手紙のやりとりをしていた。
 
「昨日、庭の桜が咲きました。かおりちゃんが来る頃には散っているかしら。また一緒に植物園に行きましょうね」
 
内容は庭の木や花のこととか、飼っている金魚のこととか、他愛もないおしゃべりだったけれど、いつも手触りのいい和紙に筆で書かれた文字は、勢いがあって、でも整っていて、おしゃべり好きで明るく元気な祖母の人柄を現しているかのようだった。
今でも、祖母の書いた文字をみると、祖母の声が聞こえるような気がする。
 
手書きの文字には、その人の人間性が現れるような気がする。
 
教科書のお手本のような、かたい字を書く人は、しっかりとした真面目な人に見える。
角の柔らかい文字を書く人は、優しそうにみえる。
小さな文字を書く人は、控えめな人なのかな、とか。
かたち、筆圧、ていねい度合なんかで、文面の雰囲気は大きく変わる。
 
人は見た目が9割、なんて話もあるけれど、書く文字も、そのひとの印象をつくりだしているなと思う。
 
もちろん、「丁寧に心をこめて書く」ことは大切なことだ。
だけど、ヘタクソな文字が、そのままルーズさや頼りなさを表現してしまっていたら……。
考えると、ちょっと恐ろしい。
 
身だしなみは何のために整えるのか。
私は、相手に不快感を与えないよう“きちんと整える”ことで、「あなたとコミュニケーションをとる意思がありますよ」と伝えているものなのではないか、といつも思う。
 
書く文字だって、“ふるまい”の一種だ。
どんな人になりたいのか、どんなふうに振る舞ったら、それが成し遂げられるのか。
どのような文字を書くか、自在にコントロールできたら、なりたい“理想像”にだって一歩、近づけるかもしれない。
 
源氏物語では、手紙を書く墨は水を多めにして、うすい文字で書いてあるほうが繊細で女性らしくて惹かれる……というような一節がある。
はじめてこの文を読んだときは、ものすごく驚いた。千年以上も昔に書かれたものなのに、現代のグラフィックデザインの考え方にも通じる感覚があったなんて……! と。
 
現代のポスターの見出しや、ロゴのデザインでも、シャープさや軽さを出したいときは、極細字の書体を使う。インパクトや元気よさを出したいときは太めゴシック体を使ったりする。書体から醸し出される雰囲気は、伝わり方を大きく変える。
 
お化粧で武装するように、ちょっといい服を着て、テンションを持ち上げるように、手書きの文字だって、見せたい自分を演出する“武器”になる。
 
女性らしく美しく振る舞うための文字。
知的に品のあるように振る舞うための文字。
元気に、パワーのあるように振る舞うための文字……。
 
顔のつくりは、整形でもしないかぎり、いきなり「美形」になることはない。
けれど、文字は努力次第でいくらでも美しくなれるのだ。
文字くらいは、美しくありたい。
 
せめて、自分の名前だけでも、きれいに書くポイントを押さえておこう、かな。
 
(あ、これは反省していないな)
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

数年前にお茶をはじめてドハマり中。現在、京都と金沢で二拠点生活しています。どちらもお茶が楽しい町ですね。

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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