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週刊READING LIFE vol,120

おじさんが私に教えてくれたこと《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》


2021/03/22/公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私にはここ数年、密かに応援しているおじさんがいる。
相手の名前も年齢も知らない。ただ、勤めている会社だけは知っている。
 
そのおじさんとはいつも、8時40分に出会う。
通勤途中の横断歩道で一緒になって、同じ方向に渡っていく。
ただそれだけの関係。言葉を交わしたこともなければ、目を合わせたこともない。
 
でも、私はおじさんを応援している。一方的に。
 
おじさんは杖をついている。
ビジネスバッグを斜めがけにした体はいつも傾いていて、バランスが悪い。杖を持たない左腕が肘で直角に曲がり、キュッと体に引き寄せられている。そこから下に続く足には補助具がついていて、左足を支えている。たぶん、おじさんは左半身不随なのだ。病気か何かで脳にダメージを受けてしまったのだろう。もちろん、本人に聞いたことはない。父がそうだから、おじさんも同じだろうと思っている。その姿を勝手に重ね合わせているだけだ。
 
信号が青になる。
 
足早に渡っていくビジネスマンに混じって、おじさんは進む。
杖をつきながらゆっくりと横断歩道を渡る。
 
1歩ずつ、1歩ずつ。
幼い子供が階段を降りるようにゆっくりと、1歩進んでは足をそろえて進む。私はいつも後ろから、おじさんがスタートするのを見届けて、追い抜いていく。転ばないだろうか、無事渡りきれただろうか。歩行者用信号の音楽が鳴り止むと、決まってちらりと振り返る。
 
よかった、今日も無事に渡りきれた。
私は安堵して、会社へと急ぐ。

 

 

 

私の父は、6年前、脳出血で倒れた。
定年を迎えるわずか1年前のことだ。幸い命に別状はなかったが、左半身には麻痺が残ってしまった。歩くこともままならない。半年間の入院生活の間、父は動かない左半身に戸惑いながら、ただ職場復帰することを目指し、リハビリに励んだ。兎にも角にも、通勤できなければ復職できない。何度も立ち止まりながら、父は病院の長い廊下を毎日、毎日、杖をついて歩いていた。「復職すること」それが父にとって、暗いトンネルの向こうに見える、ただ1つの光だった。
 
半年間、父は全力を尽くしたが、残念ながら職場復帰は叶わなかった。思うように体が回復しなかったこと。会社に障害を受け入れるだけの設備がないこと。理由は様々だったけれど、答えはひとつ。30年以上勤めた会社を定年前に退職しなければならないという事実だけだった。それは、定年までわずか6ヶ月という時だった。トンネルの向こう側も真っ暗闇になり、その日から、父が自主的にリハビリをすることは無くなってしまった。
 
家にいても座っているばかりで、すっかり老け込んでしまった父に、どうしようもない苛立ちが募る。
「血圧の薬をちゃんと飲んでおけばよかったと後悔しています」
同伴した退職送別会でそう語っていた父は、今、何を思っているのだろう。何もかも諦めてしまったような目に胸が苦しくなる。背中をまるめて椅子に座る後ろ姿が、捨てられた子犬のようで寂しくて、どうしたら以前のように笑ってくれるのだろうと、私はいつも悩んでいた。
 
おじさんを見つけたのは、そんな時だった。雨の日に傘もささずに歩いている人がいる、と目を引いたのだ。おじさんは灰色のレインコートを着ていた。頭からフードをかぶって下を向いている。そのポタポタと流れ落ちる雨粒を追っていって、「あぁ、そういうことか」と思った。おじさんの右手には、杖があった。
 
傘を、させないんだ……。
 
思わず自分の傘をぎゅっと握りしめた。
おじさんは雨で濡れる道を1歩ずつ、懸命に歩いていた。普段も相当に気を使うだろうに、水たまりのできた道を滑らないように、ゆっくり、ゆっくり歩いていた。いくら暖かい季節とはいえ、雨に濡れたら寒いだろうに。レインコートからはみ出したカバンの端がびしょ濡れだ。どこまで行くのだろう。行き先はすぐ近くなんだろうか。私の傘に入れてあげようか。追うように近づくと、おじさんはふっと曲がって、すぐ隣の建物に入っていった。灰色の社屋。おじさんは、そこで働いているようだった。
 
もし職場復帰していたら、父もこんなふうに通勤したのだろうか。見ず知らずのおじさんに、どうしても父の姿を重ね合わせてしまう。
「復帰したおじさん」と「復帰できなかった父」
何が違うのだろう。おじさんを応援すればするほど、私の中の苛立ちは募るばかりだった。

 

 

 

そしてある日のこと。ついに、私の怒りは爆発した。

 

 

 

その日は、実家に帰っていた。ケアマネージャーさんから、病院の受診をするよう父を説得しほしいと連絡があったのだ。仕事と育児を言い訳にして、すっかり寄り付かなくなっていた実家に、久しぶりに顔を出した。父はぎこちなく笑って私を迎えてくれた。また、髪が白くなったような気がする。倒れる前は、若々しくて、カッコよくて自慢の父だったのに。一刻も早く帰りたくて、テーブルにつくと、私はすぐさま本題に入った。
 
通っている施設の人から認知症を疑われているのだという事実は隠して、私は説得を試みた。退院してから随分時間が経っているので、改めて症状を診てもらって現状を打開しよう、という様なことを出来るだけ穏やかに語った。父も静かに聞いてくれている。その落ち着いた姿に少しホッとした。きっと了承してくれるだろう、と私は思った。最後まで努めて明るく振る舞い、精一杯の笑顔を向けると、父はこう言った。
 
「もう、いいよ。病院なんか行っても一緒だから」
 
その瞬間、私の中で何かがガチャンと大きな音を立てて割れた。みるみる怒りは膨れ上がって、何でお父さんは家族の気持ちが分からないのだと、口汚く罵った。これまで不満に思っていたことが次々と口から湧き出てくる。もう、止まらなかった。確かに父は大変かもしれないが、周りの家族だって苦労しているのだ。勝手に諦められたら、こっちの負担が増える。もう少し頑張って、自分の足で歩こうとは思わないのか。家族のために頑張ろうとは思わないのか。1人では何もできないくせに。
 
「じゃぁ、お父さんは独りで生きていけるのね!」
 
つい、滑り出てしまった一言だった。白熱していた部屋がしんとして、口の中が酷く苦い。こんな事を言いたいわけじゃなかったのに。後悔しても、もう父に届いてしまった言葉は取り戻せない。
 
「生きては……いけないね……」
 
ポツリと呟く父の声が聞こえ、私は実家を飛び出した。

 

 

 

後悔でドロドロになった翌朝、私はいつもより1本遅い電車で駅についた。遠くで信号が青に変わる。いつものおじさんが、今日も横断歩道を渡っていくのが見えた。私は父を思いながら、1歩ずつ進むおじさんを複雑な思いで見守っていた。昨日、父に言ってしまった言葉がずっと口の中でザラザラしている。赤の他人であるおじさんのことは、こんなに素直に応援できているのに、実の父に何故あんなことを言ってしまったのだろう。想えば想うほど、私たち親子は絡まってしまっている気がする。なんとなく、おじさんに合わせる顔もなくて、いつもより遠くのまま、おじさんを見守った。
 
歩行者用信号の音楽が鳴り止んで、ピッタリとおじさんが渡りきる。そこで、初めて気がついた。おじさんは、青信号と同時にスタートして赤信号に変わるまで、計ったようにピッタリと渡りきることに。それがおじさんのスピードなのだ。私にはとてもゆっくりに見えるけれど、おじさんにとっては全速力。ほんのわずか数メートルを渡るのに、これだけの時間がかかるのだ。
 
信号が点滅すると、正直みていてハラハラする。
けれど、私が焦って手を引いてしまったら、逆にバランスを崩して転んでしまうだろう。かといって、いつも誰かが背負って歩く訳にもいかない。そしてなにより、おじさんは自分がどうすればこの信号を渡りきれるのか知っている。手を出すのは余計なお世話に違いない。
 
だとしたら、変わるのは私の方だと思った。
 
父をできるだけ元に戻そうともがいて、否定して、焦っていたのは私だ。自分の病気を受け入れず、現実から目を背けているのは父の方だと思っていた。けれど、娘の私もまた、自慢だった父の姿が受け入れられずに、今を見ていなかったのだ。無理やりグイグイ手を引っ張っていたら、嫌がるのも当然だ。勝手に父を背中におぶって、全力で走って、疲れたのは父のせいだと喚いて怒って……。あぁ、謝らなきゃ。
 
その夕方、電話は父からかかってきた。
 
自分のために提案してくれたのに、あんなことを言ってすまなかったと。一度受診をしてみるから許してほしいと、半分泣きながらかかってきた。私から電話しようと思っていたのに、先に謝らないでよ。そう言って、私も泣いた。あんなこと言うつもりじゃなかった、父を独りにしたいわけじゃない。怒りにまかせて、酷い事を言ってごめんなさい。私の方こそ、許してほしい。そう言って、2人で泣いた。

 

 

 

父との関係は今も問題だらけだが、あの後悔の一言から、新しい関係が始まったのではないかと思っている。介護だなんだと周りが張り詰めたところで、結局、父の人生は父にしか歩くことができず、私が背負って一緒に歩くわけにはいかないのだと分かったからだ。けれども、隣を一緒に歩いて、信号の時間や水たまりの場所を教えてあげることくらいならできるのかもしれないと思う。そして父も、私に上手な杖の付き方を教えてくれるのだろう。
 
独りで生きていける人など、この世に誰もいないのだ。
 
おじさんのカバンにぶら下がる、やたらと可愛らしいキーホルダーを見て、そんな事を考えた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2020年8月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。2020年12月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。頑張る誰かの力をそっと抜いてあげられるような文章を書けるようになることが目標。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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