週刊READING LIFE vol.124

水道の水を「飲まない」?「飲む」?それとも……〜水需要減少社会の水道危機〜《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》

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2021/04/19/公開
記事:古山裕基(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
これから数十年の間で、水道の蛇口から今のような水を手に入れるのが難しくなるかもしれない。
それは、アフリカやアジアなどのことではない、日本のことだ。
 
現在、日本では地中に埋設された水道管の交換が急務とされている。
なぜなら、厚生労働省によると、年間で2万件を超える漏水・破損事故が発生しているからだ。
現在の水道管のほとんどは、1960年代から1970年代の高度成長期に整備されたもので、40から50年たったいま、次々に寿命を迎えている。
現在の全国の水道管の総延長は約67万キロメートルで、そのうち約10万キロメートルが交換の必要があるという。
もし、明日にでも、大震災が起これば、すぐにこれらは使用できなくなると考えられている。
 
そのために、各自治体では、耐震性のある水道管への取り替えを進めている。
しかし、耐震化は約38%にとどまり、今のペースでいくと全ての取り替えを終えるには130年以上かかると言われている。
そして、取り替えにかかる費用も問題になっている。
1キロごとに、約1億5000万円かかるという。
この費用は、もちろん私たちの水道利用の料金徴収にかかってくる。
 
しかし、水道料金の徴収額の総額は落ちてきている。
なぜなら、人口減少のために水道の利用量が減ってきているからだ。
例えば神戸市によると、水道使用量は平成16年には186百万㎥だったものが、平成26年には173百万㎥に、令和7年には160百万㎥に落ち込むと予想されている。
 
そのため、自治体によっては水道料金を上げることで対応しようとしている。
朝日新聞(2019年4月26日)によると全国平均で2006年に3056円(水20㎥使用時)だったものが、2018年には3244円と値上がりしている。
また、各自治体の発表によると、
大阪市は、2073円で全国で71番目に安い(ちなみに東京都は全国で340位、2710円)だが、取り替えが必要な水道管は、全体の49.2%もある。
いっぽうで、広島県竹原市では、平成16年に4割強の値上げを行ない2980円だが、水道管の耐震率はわずかに5.4%だ。
厚生労働省は3から5年ごとに水道料金の検証と見直しを求めており、今後も各地で上昇することは確実だ。
 
しかし、コロナのために、水道料金の免除や、基本料金のみの徴収などの特例のために、徴収料金の大幅な落ち込みがあったと思われる。
 
このような状況を変えるには、どうすれば良いのだろうか?
少し前までは、節水を呼びかけていたのに、今や、水を消費してもらいたいのが本音なのだ。
各地の水道局のHPを見ると、“水道の水を飲む”という言葉が見られる。
水道の水を「飲まない」から「飲む」へと、新たな消費行動を喚起しようとしているのだ。
 
確かに、水道の水が普通に飲まれていた時代や場所もあった。
“子どもたちが、水道の蛇口に口をつけて、貪るように水を飲んでいる”
40年前の昭和時代の小学校の校庭では、当たり前に見られた風景だ。
当時のわたしも、そんなうちの一人だった。
コロナ禍の今では、信じられないかもしれないが、誰かが病気になったこともなかった。
 
当時は、水道水はカビ臭く、そしてカルキ臭いのが当たり前だった。
都市部では特に顕著だった。なぜなら、水源である河川、特に都市部の河川の汚染のために、消毒が必要だったのだ。
その当時は、ミネラルウオーターは、まだ一般家庭で消費されるものではなかった。
 
それが、今ではペットボトルのミネラルウオーターが売られるようになり、かつ、浄水器を設置する家庭も増えた。
 
しかし、我が家では、今でも浄水器もつけていないし、ミネラルウォーターを買うこともない。おそらくこんな家庭は、珍しいのではないだろうか。
その理由は、私の海外での生活が長いために、日本と他の国の水道事情を比較したら、水道水を飲むことに抵抗はないからだ。
海外の水道は、シャワーや洗濯でさえためらうことがあった。ましてや、飲むことはできなかった。だから、現地では、飲むための水を買うのが当たり前だったので、水道の蛇口からの水が飲める日本は、世界から見ると、希少価値のある国だと気がついたのだ。
 
経済協力開発機構(OECD)によると、日本のように水道管から直接、水を飲める国は、日本を含めてアイルランド、フィンランドなどの12か国しかない。しかも、世界では全人口の30%にあたる22億人が安全な水を自宅で入手できないのだ。
 
水が直接飲めない国の水道は、どのようなものなのだろうか。
例えば、
わたしが、滞在したことのある東南アジアのある国では、水源となる大きな湖があるのに、長い内戦の間に、浄水場は破壊され、上水道どころか下水道も、機能していなかった。滞在したホテルは、業者から水を買い、貯水槽に貯めていた。その水は、大きな湖から汲んできたので、貯水槽には魚が泳いでいた。ホテルの職員が言うには、この魚が水中の苔やゴミだけでなく、ボウフラも食べてくれるので安心だと話していた。その貯水槽には、ネズミが浮かんでいたのを覚えている。
 
最も長く滞在していた国であるタイでは、水道の水を濾過した水を飲み水として業者から買っていた。飲み物に入れる氷もその業者から購入していたのだが、溶けた氷水が濁っていたのを見た。購入した水でさえ、衛生面では怪しいのだ。
 
南米のある国では、日本のように水道の水が飲めると言われていた。なぜなら高い山があり、そこに降った雪が、長年かけて土に染み込んで、川に流れ、それを浄水していたからだ。
しかし、急激なインフレの影響で水道局の職員の給料が実質、半分以下になり、職員のストライキのために適切な処理がなされないままの水が供給され続け、健康被害が続発した。そして、ついに水自体の供給もされなくなった。人々は、安全な水を求めて、近くの山や川、そして隣国にまで水を汲みに行くことさえあった。
 
海外の水道との比較以外で、わたしが水道の水を飲む理由がもう一つある。
それは、蛇口からの水が、昭和時代と比べると格段に“臭くない”からだ。
 
“臭くない”訳は、
平成になって日本中に設置された高度浄水処理施設にある。この施設の働きを簡単に説明すると、水の濁りを取り除くことであり、あわせてカビ臭さや、カルキ臭さを取り除くことができる。
 
また、安心感もある。
日本では、法律によって水質検査が定められているからだ。金属成分、化学物質、細菌、pH値など51項目の検査が義務付けられており、厳格に実施しているという安心感があるからだ。
 
しかし、水道の味が“おいしいか?”と問われると、どうだろうか。
いくら安全でも、水道の水を飲もうと積極的に思う人は、いないのではないだろうか。
どちらかというと“水道の水はまずい”と断言する人が多いと思う。
 
では、そんな人が飲むのは、何であろうか?
それは、ミネラルウォーターだ。
 
食品産業新聞(2021年3月31日)によると、コロナ禍でも家庭での需要が延び、ミネラルウオーターの生産量が過去最高と報じられている。
2000年には、100万キロリットルにも満たなかった消費量が、2020年には約385万キロリットル(前年比105.6%)になっている。
しかも、清涼飲料のカテゴリーでトップになっている。コーヒー、乳飲料、炭酸飲料よりミネラルウォーターを選ぶのはわかるのだが、緑茶飲料さえも、抑えているのは驚きである。
そのまま飲むだけでなく、料理にも使用するだろうし、人によっては歯磨きの時のうがいで使う人もいるかもしれない。
 
いずれにしても、コロナ禍においては、消費者のライフスタイルが変わり、家庭で過ごす時間が増え、ミネラルウォーターは生活に欠かせない普段の飲み物として受け入れられているのだ。
また、震災時のために、家庭や職場だけでなく、行政でも備蓄する量が増えているという。水道水とは異なり、ここでは震災が売り上げの一助になっているのだ。
 
しかしながら、日本国民の一人当たりの年間消費量は、2020年は33.3リットルであり、意外と少なく、やはり、水道の水が飲まれているはずだ。例えば、沸かして飲んだり、夏には、沸かした水を冷やして飲む人もいるだろうし、コーヒーや紅茶によっては、ミネラルウォーターではおいしくないというケースもあるようだ。また、水道に浄水器をつけている人もいるだろう。
 
沸かしたり、浄水器を通したなら、水道の水を飲むのに抵抗のある人は少なくなるだろう。
しかし、水道局のHPなどでは、“蛇口から直接、飲む”ことを念頭において、水道水を飲むキャンペーンをしている。
 
しかし、“水道の水がまずい”というのは本当だろうか?
東京都水道局によって、平成30年に行われた“東京水飲み比べキャンペーン”の結果を見てみよう。
このキャンペーンでは、水道水とミネラルウオーターを10から15度に温度管理し、水道水又はミネラルウォーターか分からないようにして飲んでもらうという実験をした。総計30,002人に参加してもらったところ、「水道の水がおいしい」と答えたのは40.4%、「ミネラルウォータの方がおいしい」と答えたのは44.8%だ。
つまり、あまり差がない。
ちなみに「どちらもおいしい」と答えたのは14.8%だ。
 
いっぽうで、神戸市水道局で平成26年に行われたアンケートでは、水質への満足度が74%あるのに、「水道水はおいしくない」と答えた人は53%であり、「臭い」と答えた人は43%いた。
 
この臭みは、カルキ臭や塩素臭と思われる。
とくに朝、最初に蛇口から出てくる水に、塩素臭さを感じる時があるようだ。
塩素を入れない、あるいは量を減らせば、おいしく水が飲めると思うのだが、塩素注入量は法律で0.1mg以上1mg以下(1リットル)と決められている。例えば200リットルの浴槽には、0.02mg入っている計算になる。
 
この塩素を入れる理由は、
水道水に混入する病原微生物を殺菌する効果が高いことにある。
なぜなら、
戦中、戦後直後には、赤痢やコレラが流行した歴史があり、水道の水を通して拡散したことにあるからだ。
では、この塩素は身体に残留するのだろうか。
この塩素は、やがて空気に溶けてしまいやすい物質であり、口から入る量は極めて少ないと思われる。
むしろ、汲み置きの水は、いずれ塩素がなくなり、そこに雑菌などが繁殖して、腐るので長期間の保存には注意が必要なのだ。
 
だから、水道水を汲んで、塩素がなくなる直前が、臭気も少なく、安全で飲みやすいのかもしれない。
 
ちなみに神戸市では、おいしさに関する水質目標として、残留塩素を0.1mg以上0.4mg以下を目標としており、この範囲であれば塩素の臭みを感じないと言われている。
 
また、各水道局では、塩素の匂いを消して、おいしく飲む方法を紹介している。
ユニークなのは、レモン汁を数滴垂らすことだ。これで臭みが取れるのだという。
 
家計簿的には、どうだろうか?
神戸市の水道局は、価格をペットボトル入りのミネラルウォーター(500ml、100円)を毎日飲むと、約36,000円かかるのだが、水道水ではたったの20円で済むと発表している。
水道水を選べば、経済的だけでなく、廃棄ペットボトルもでない。
つまり、エコノミーかつ、エコロジーなのだ。
 
しかしだ、果たして老朽化した水道管を交換できるほどの、利潤は上がるのだろうか?
また、ミネラルウォーターとの共存も、難しいのではないだろうか。むしろ、水道管の破裂による水質の確保が難しくなっていき、ミネラルウォーターの需要がいっそう伸びるのではないだろうか。
 
唯一の可能性は、浄水器との共存だろう。水道水がなければ、浄水器も商品としての価値はないからだ。
とはいえ、これも焼け石に水ではないだろうか。
 
であれば、飲み水はミネラルウォーター、または浄水器に譲り、現行の水道水は、風呂やトイレなどに使うことにしてしまうのだ。
重要なのは、水道水のみのサービスではなく、アマゾンプライムなどと抱き合わせ価格にして利用者の利便を図るというのはどうであろうか。今や、アマゾンなどの通販は、人口減少の高齢者社会、過疎化社会にとってなくてはならないライフラインだからだ。それは、今後、ますます市場が広がる傾向にある。
また耐震性の水道管にインターネットの線を引き、地震でも強い通信ラインとして、売り出すのは、どうであろうか。水道管に単に水を流すだけでは、もったいない。
 
私が予想するのは、いずれあちこちで、水道管が破裂して、手に負えなくなり、今度は雨水を各家庭の屋根から貯めるという方向に進むのではないかということだ。つまり、水は自給する時代が来るのではないだろうか。家一軒、一軒が小さなダムになるのだ。一部の人しか使用できない太陽光発電とは異なり、雨水という自然の恵みは、多くの人にとって活用しやすいのではないだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
古山裕基(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

タイ東北部ウドンタニ県在住。
同志社大学法学部卒業後、出版企画に勤務。1999年から、タイで暮らす。タイのコンケン大学看護学部在学中に、タイ人の在宅での看取りを経験する。その経験から、トヨタ財団から助成を受けて「こころ豊かな「死」を迎える看取りの場づくり–日本国西宮市・尼崎市とタイ国コンケン県ウボンラット郡の介護実践の学び合い」を行う。義母そして両親をメコン河に散骨する。青年海外協力隊(ベネズエラ)とNGO(ラオス)で、保健衛生や職業訓練教育に携わる。
著書に『東南アジアにおけるケアの潜在能力』京都大学学術出版会。
http://isanikikata.com 逝き方から生き方を創る東北タイの旅。

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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