週刊READING LIFE vol.126

車の運転の前に必ずしないといけないこと《週刊READING LIFE vol.126「見事、復活!」》


2021/05/03/公開
記事:服部花保里(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
まもなく夕闇も迫ってくる中、この後に及んで小雨まで降り始めた。もう雨なのか汗なのか涙なのか、よくわからない冷たいものが顔いっぱいに伝ってくる。通り過ぎる車中からは冷たい視線ならばまだしも、平気で怒声も飛んでくる。私だって、好きでこんな高速道路の真ん中で立ち往生しているわけではない。どうしてこんなことになってしまったのか。時間をこの日の朝に巻き戻す。
 

 
今日は、いくつか持っている営業案件を、新しくチームに配属された少し先輩メンバーのサチさん(仮名)に引き継ぎを行う営業同行の日だった。私が務める会社は、いわゆる雑誌編集と発行を主な業務としており、私はこの会社の広告営業マンだ。その中でも、特にブライダル関連商品を取り扱っていたため、やや女性メンバーの多いチームの一員だった。
 
「なんだか女の園って感じ。面倒なことも多そうだね」と他のグループ会社のチームのメンバーから言われることもあったが、みな自分の業務に手一杯で、他のメンバーのことをとやかくいったりする余裕がなく、そういう意味での面倒くささはなかった(気遣いということもおざなりになりがちではあった)。全国各地に支社があったため、同じ会社ながら、知らないメンバーの方が大半で、エリアごとに置かれた拠点内でも、言葉を交わしたことのないメンバーもいるような有様だった。
 
そんな会社規模の中、会社全体では日本全国の花嫁にとって、ブライダルという特別な日をより思い出深く、特別な日にしたいということを使命としていた。そのためにも、ブライダルというライフイベントにおける選択肢をより多く提供しようと、営業マンは、なるべく多くの式場を紹介したり、ブライダルリングやウェディングドレスの情報を掲載したりすることに奔走していた。
 
拠点内のチームでも、エリアごと、業種ごとに分業制になっていたので、個人プレーを基本のスタイルとしていた。いわゆる担当エリアを責任もって開拓し、新たに雑誌やWEBに情報提供をしてくれるお客様を訪問し、関係性を築きながら、集客や経営改善のお手伝いをしていくことが主な仕事だった。最低限の商品知識や営業ノウハウは身につけながら、大切なのは自分と広告掲載主との目標感の共有だったため、不思議と関係性が深まるにつれて同志のような思いが生まれることもめずらしくなかった。
 
さらには、取り扱っている雑誌が月刊誌だったため、継続的にお付き合いいただく掲載主が多かった。そのため、様々な事情から営業担当の変更がある際には、細心の心遣いが必要になった。この機会に広告主からの信頼を失ったり、クレームにつながったりすることもなくはないので、丁寧なコミュニケーションを必要とした。
 
そして、この日の営業同行は、まさに長年信頼関係の中で担当させてもらった掲載主に、営業担当の変更を伝えるためのとても大切な訪問だった。そのため、新営業担当のサチさんに対しても何かと気を配らねばならなかったし、今までお世話になった掲載主の皆さんにも心配のないようにお伝えをせねばという思いも重なり、今思えば、いつもよりかなり注意力が散漫になっていた。
 

 
こうして、朝10時には助手席にサチさんを乗せて、営業拠点の仙台から山形に向けて、高速(東北自動車道)を西に走った。仙台から山形までおよそ90キロあまりで、うまくいけば1時間弱で到着する。通常はよっぽどのことがないかぎり(大雪が降ったり、事故があったりといったこと)、渋滞することもない道だ。どちらかというと、運送系の大型トラックや営業車両などが行き交う、いわゆる産業道路で、多くのドライバーはこなれた運転で車線を巧みに乗り換えながら、1秒でも早く目的地に着きたいといった風にびゅんびゅん走っている。
 
ところで、運転にはその人の人となりが表れるというが、地域性もその運転の特徴と合わせて語られたりする。例えば、「名古屋走り」というのは、車産業で発展している名古屋の交通マナーの悪さを揶揄した表現だ。片側3車線が多い名古屋の街で、車線またぎをしながら走行して、どちらの車線にも隙あらば入ったり、整備された見通しの良い道路が多いことから、とにかくスピードを出して、黄色なら当然交差点に突っ込むというのが、その由来であったりする。かくゆう私も、以前は名古屋で営業マンをしていたこともあり、この洗礼は当然受けて、運転技術はさておきメンタル的にかなり鍛えられたと思っている。
 
しかし、ここ東北の運転もまた別の意味で驚かされることが多い。相手を信じる気持ちが強すぎるのか、三叉路や変形交差点が多い仙台の街中などは、信号ではなく相手の出方で発進が一旦停止かを見極めねばならなかったり、ウィンカーなしの右折左折にも要注意だった。そして、もはや驚きを通り越して感動すら覚えるのは、大雪だろうと走行スピードがまったく落ちないことだ。これは車だけでなく自転車にもいえる。アイスバーンをスイスイと走行する自転車を見て、自分にもできるのかと試して何度も自転車ごと転倒した。ホワイトアウトの中でも高速で右車線を120キロ以上で抜き去っていく車には恐怖を感じながらもやはり感動した。
 
そして、東北も岩手の出身だというサチさんは、私よりだいぶそういった東北の車事情にも通じており、ちょっとやそっとのことには動じませんという風情で私の横にちょこんと座っていた。何ごとも比較的オーバーリアクションの私からすると、道中の反応の薄さが物足りなくはあったが、誠実なその立ち居振る舞いは、引き継ぎに回っていた掲載主たちには安心感をもってもらえたようだった。「すごく楽しかった」とサチさんは、少し癖のある掲載主に対しても、頼もしい言葉とともに、挨拶に回ってくれた。私にとっても長年お世話になった大切な掲載主にも納得してもらえる引き継ぎとなって一安心、そう思って拠点に戻る前に、二人で車の中で缶コーヒーとお菓子で休憩をした。
 
ちなみに私たちが乗っている営業車は法人契約をしているシェアカーだ。毎回どの車に誰が乗るかは決まっていない。なので、毎回少しずつ仕様が異なる車に乗ることになる。サイドミラーの調整のボタンの位置や、エンジンスタートはボタンタイプなのか、キータイプなのか、どこのランプの点滅が何の印なのかが、それぞれ違った。この休憩の時に、サイドボードの下の真ん中あたりのボタンがオレンジ色に点滅していたようにも思える。が、シートベルトを外して休憩していたこともあり、ベルトをしていないことを知らせる合図かな、ぐらいにしか思っていなかった。今思えば、これがこの日二つ目の異変だった。
 

 
かくして、事件はこの日仙台へと向かう東北自動車道で起きた。いつもの高速の降り口は「仙台宮城IC」である。この出口に向かうまでおよそ10キロほどは山中を走ることもあって大小登りと下りを繰り返す。そして、残り5キロほどはちょっとした登りが続く。ここで出口を前に今日は少しだけ渋滞していた。なので、ギアも「P(パーキング)」に入れながら、動いては進む、動いては進むを繰り返していた。登りなので、アクセルを踏まなくても渋滞の列の中だとクリープ現象でするすると良いスピードで進む、はずだった。
 
それが、いきなりずるずるとバックしはじめたのだ。最初は周りの車が進んでいるのかと思った。この奇妙な感覚は間違いなくこの車が坂を下っている感覚だ。後ろの車にぶつかってしまう。とっさにブレーキを踏んだあと、さっとアクセルを全開で踏んだ。しかし、まったく車が前進しない。やはりバックしてしまうのだ。恐い。なぜかわからないけれど車が動いていない。そして、右にも左にも曲がれない。3車線ある高速の、しかも出口を1キロほど先にして、真ん中で止まってしまったのだ。
 
これには、いくら温厚かつテクニシャンである東北ドライバーも困惑、そして大激怒である。焦った私は、夕闇が迫る中、まずは三角板を立てて発煙筒を必死で炊いた。事故であることを示すためだ。それでも、私たちを避けつつ追い越しざまに、「脇に寄せろ!」などと怒鳴ってくるドライバーも当然いた。「それができるならこんなところに立ち往生していない」そう心で泣きながら、困った時の車のお医者さんJAFを呼び、祈る気持ちで待っていた。これが冒頭の場面である。
 
今思えば、本当に危険な行為だった。たまになんらかの理由で高速道路に出ていたドライバーが走行中の車にはねられたりする痛ましい事故がニュースになる。なぜそんな所に、と思う人がいると思うし、私もそう思っていた。だが、人はのっぴきならない理由で高速道路に出ねばならないことがあるのだ。そして、当然それは全く予想もしない形でやってくるのである。どうか、一刻も早くこの車(と私たち)をまずは道路の端に寄せてください、必死で祈るしかなかった。
 
その祈りが天に通じたかのように、そこにやってきたのはJAFではなくたまたま辺りを見回っていた高速道路のパトロールカーだった。パトロールカーを降りてきた隊員がコンコンと泣きそうな私たちに声をかけてくれた。神様のようなパトロール隊の二人は、手際よく全くびくともしなかった車を手で押して高速の端に移動して、装備をチェックし始めた。いったいなぜ急に止まったのだろう。どこが故障したのだろう。そう思って待つや否や、すぐに神様はこういった。「ガソリン切れです」。
 
それを聞いて絶句した。そんなことがあるだろうか。シェアカーはガソリンを満タンにして返すルールになっているので、いくら1日走り回ったとはいえ、ガソリンが枯渇するわけがない。それに、ガソリンはまったくのゼロになるだいぶ前に、どの車もアラートを出すものだ、とここまで思ってハッとした。たしか、高速に乗る前にオレンジの点滅を見た気がする。でも、それがまさかガソリン不足だなんて思ってもみなかった。これも後になって分かったことだったのだが、その日のシェアカーは予約が詰まっていたせいもあって、きちんと点検がされることなく、私に貸し出されている状態だったそうだ。つまり、私が満タンだったと錯覚していたガソリンは、元からそんなに入っていなかったのだ。
 
続けて無駄のない動きでパトロールカーに常備されていたガソリンを脇に寄せていた営業車に注いでくれた。すると、びくともしなかった車は、息を吹き返したかのようにエンジンをふかし始めた。雨も本降りになるなか必死でパトロール隊の二人に、そして心の中で、すべての高速道路を走っているドライバーに謝り、「本当ならば高速でのガソリン不足運転は減点だけど、これからは気をつけるように」と厳重注意を受けた。
 
おもってもみなかった出来事にぐったり疲れ切って、サチさんをみると、とても同じことを体験したとは思えないキラキラした顔でこういった「本当に楽しかったね」。なんだか途方もない脱力感を感じながらも、見事復活して軽快に走る車のハンドルを切りながら、張り詰めた思いがほどけていくのを感じた。
 
心から命の危険を感じる恐ろしい体験だったが、まずは無事に、他の事故につながることなく帰還できたことが不幸中の幸いだった。そして、大きな事件の前触れには、いくつもの小さな人災が重なっていることも身をもって体験した。この件以来、私が車に乗る時にまずすることはといえば、ガソリンチェックであることはいうまでもない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
服部 花保里(ライターズ倶楽部)

愛知県生まれ、京都市在住の東北ラバー。
2011年に縁あって宮城県仙台市に人生初の引越し。4年間東北6県を営業車で駆け巡った元広告営業マン。以後、全国を転々とするも、東北の寒さと温かな人たちが忘れられずすっかり東北のトリコに。この経験を通じて地域の力になる仕事を広くしていきたいと思い、現在は地域での起業支援にたずさわる。同時に、全国各地を旅行がてら走り回るなんちゃってランナーでもある。

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2021-05-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.126

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