週刊READING LIFE vol.126

メンタル不調で休職しかけた私が、自分を取り戻した話《週刊READING LIFE vol.126「見事、復活!」》


2021/05/03/公開
記事:田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
視界がぼんやりして、周りの様子がまるで霧がかかったように見える。
 
パソコンのマウスを持つ手が震えて、画面上でまるで迷子になったかのようにカーソルが右往左往する。
 
思考がずっとループして、解決しない悩みを一日中ずっとぐるぐる考え続けている。
 
これは、私がメンタル不調で会社を休みかけた時に自身に現れた症状だ。
勤務時間は8時間、毎日この調子なのだから、ただ会社に来ているだけで何も生産していない状態が何日も続いた。
 
流石にこれはまずい、とある日の帰りの電車で我に帰った私は、当時の上司に相談することにした。
上司に相談したいことがある、とメッセージを送り、次の日面談の時間を取ってもらうことにしたのであった。

 

 

 

私はIT企業に長年勤める、しがないサラリーマンだ。
社内ではそれなりに仕事の成果が認められ、何年か前に管理職へ昇格し、課長という役職についていた。
 
しかし課長といえども裁量はそこまでなく、上司と部下の板挟みになることが多い。
また、単純に部下の管理を行えばよいわけではなく、プロジェクトマネージャーとして顧客企業から請け負ったシステム開発プロジェクトや自社のシステム開発プロジェクトにおいて、プロジェクトに関わる人員や物品、コスト、技術、開発したシステムの品質など、ありとあらゆるものをマネジメントする必要がある。
大規模なプロジェクトともなると、金額は何億、何十億となるのでプレッシャーもある。
 
実際、IT業というのは他業種に比べるとメンタル不調になる従業員が多い。
厚生労働省の平成29年労働安全衛生調査の結果によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業した従業員の割合は1.2%で、金融、保険業と並び一番割合が多い。
全業種の平均は0.4%なので、どれくらい高いかがよくわかると思う。
 
IT業界がなぜ、メンタル不要になる人が多いのか、さまざまな要因があるだろう。
常に最新の技術を追い続けなければならない不安、恒常的な長時間労働、顧客のオフィスに常駐になり相談できる上司・同僚が周りにいない、などなど。
他にも社会インフラの場合は稼働させ続けなければならない、トラブルやミスが許されないことのストレスも大きい。
 
記憶に新しいところで言うと、みずほ銀行のATM障害や東証のシステム障害だろうか。
これらの障害はニュースで大きく取り上げられ、特にみずほ銀行のATM障害では実際に口座から引き出しができず困った経験をされた方も少なくないので、IT業界に携わっていない方も印象に残っているのではないかと思う。
 
ATM障害の直接原因は月末で処理量が多いタイミングで定期のデータ移行作業が重なり、メモリ容量がオーバーしたことだそうだが、トラブル対処時もさることながら、事後の原因報告に多くの人員の稼働がさかれたに違いないことが容易に想像できて、いつ我が身に降りかかるやもしれぬ、とちょっと背筋が寒くなったのを思い出す。
 
厚生労働省のサイトに「IT業におけるストレス対処への支援」というPDFが公開されているのだが、業界の関係者であればあるある!とうなずけるようなストレス要因の例が数多く載っているので、読んだことがない方は読んでみることをお勧めする。

 

 

 

私が上司との面談を申し入れした話に戻そう。
前述のように、さまざまなストレス要因のあるIT業界だが、私がメンタル不要におちいった理由は自分でも明らかに自覚していた。
 
当時、私がアサインされたチームには、リーダー格の社員であるTさんがいて、私はプロジェクトの体制上、彼の配下に配置された。
Tさんは技術面においては申し分ない能力を持っていたが、マネジメントの技量に関しては正直言って不足していた。
そのマネジメント能力の足りないTさんの配下のチームにアサインされ、数人のチームメンバーと共にプレイヤーとして作業をすることになった私。
 
確かに、世の中にはプレイングマネージャーは数多く存在して、多かれ少なかれ管理職であっても自らプレイヤーとしても活躍する人はいるだろうが、それにしてもあまりにも割り当てられた仕事の範囲が狭く、自分の能力が認められていないと感じて私は大いに不満を感じていたのだ。
 
さらに悪いことに、その与えられた仕事は私にとっては今まであまり経験したことがないもので、不慣れでなかなか上手く進めることができなかった。
 
またTさんとの人間関係も良くなかった。
どうしても彼の仕事に対する姿勢や考え方が許せないことが多く、しばしば意見が反発した。
技術的知識が高いからか、仕事に対して過信している様子が見受けられ、顧客や他部署の社員に対する態度が不親切に見えたことや、トラブルが起こりそうな予兆に対しても何ら対策を考えてないように見えたことが我慢ならなかった。
(後から考えると、彼自身も仕事を多く抱え込んでいて余裕がなかったのかもしれない。それを受け入れてTさんの相談に乗る度量が自分に無かったことは大きな反省点である。)
 
しかしこの仕事においてはポジション的にも技量的にも彼の方が上で裁量があったため、不満をおぼえながらも渋々従うしかないことが続いた。
 
年度が変わった4月にこの仕事に移動になって、半年ほどは我慢を続けていたのだが、9月を迎えるころには限界が来て、冒頭のような症状が現れ始めたのであった。
 
面談当日、私は上司にTさんとうまくやっていけていない現状を簡潔に伝え、配置換えの希望を申し出た。
 
「そうか、わかった。じゃあ別のチームにアサインしよう。ちょうど10月からが区切りがいいし、それまでは今の仕事をやり切ってもらえるかな」
 
あっさり私の申し出を受け入れた上司に、やはり私は今のチームで戦力として考えられていなかったのか、と非常にがっかりした。
 
また上司が提案した別のチームも、今のチームのように顧客がついて売上と利益を生み出しているシステムの開発担当では無かったので、正直閑職に追いやられているような気分にもなった。
 
しかし、それでもホッとしたのは事実だ。
これでようやくイライラせずにすんで安眠できるようになるぞ……。

 

 

 

そう思っていた私が甘かった。
来週体制変更について周知がされると決まっていた週の週末、大きなトラブルが起こってしまう。
 
私たちのシステムを利用している顧客がその週末に大きなキャンペーンを行ったのだが、そのキャンペーンによって処理量が増え、結果大きなトラブルが起きたのだ。
 
その日は、万が一に備えてTさんと数名が会社に待機していたので、トラブル発生の知らせを受けて対応に当たっていた。
 
しかし、トラブル発生から数時間たってもなかなか解消しなかった。
いてもたってもいられなくなった私は、気付いたら会社に向かっていた。
 
何とかその日のうちにトラブルは収束させることができたものの、後始末が大変だった。
顧客へのお詫び対応、社内への原因報告、再発防止策の実施……。
 
おかげで10月の配置換えは吹っ飛んでしまった。
トラブルの事後対応で忙しくなった私は、今まで不調だったのが嘘のようにバリバリと対処に当たった。
毎日タクシー帰り、ある時はあまりにも時間が足りず、報告文書を出勤するJRのグリーン車の中でパソコンを立ち上げて書き上げたくらいだ。
本当はしんどかったし、休みをとりたかったけど、誠心誠意対処にあたらないと顧客に申し訳が立たない、その一心であった。
 
自分のやるべきことがはっきりしたことによって、私は徐々に自分を取り戻していった。
Tさんともいがみ合っている時間は無かったので、協力しあってトラブル対処にあたることができた。
 
その結果、事後対応を丁寧に行ったことが認められたのか、直属上司のさらに上の上司から、今のチームへの残留とTさんとのポジション交代が言い渡された。

 

 

 

その後。トラブル対応で1ヶ月の残業時間が100時間近くなった私は、産業医の呼び出しを受けた。
 
私は今まで起きた出来事を産業医に洗いざらい話した。
職場でうまくいかなかったこと、それでメンタル不調におちいりかけていたこと、トラブル対応でしんどかったこと、それらを一気に話した。
 
私の話を静かに聞いていた産業医は、聞き終わった後に私にこう言った。
 
「メンタル不調になられる方はあなただけではないし、中間管理職の方は特に多いんです。なので、自分だけかも、と思って不安になられることはないんですよ」
 
産業医の女性の言葉を聞いて、私は心がとても軽くなった気がした。
心に不調をきたすのは、私だけじゃないんだ。
不謹慎かもしれないが、同じ中間管理職の仲間がいると思うと、少し心強かった。
 
「やはり、責任のある立場で、上司と部下やお客様、他部署との間で板挟みになられる方が多いですから」
 
そう言って、産業医から今後どうしたいかを確認された。
その頃にはトラブル対応も収束し、勤務時間も普通に戻っていた。
ポジションとしてもリーダーとして立ち回れる立場に配置されたことによって安定した気持ちでいつも通り働くことができていたので、特に休職等の措置は望まないことを伝えた。

 

 

 

私の事例では、偶然起こった出来事をきっかけに、メンタル不調で働けなくなりかけた状態から自信を取り戻し何とか働き続けることができた。
 
現在進行形で同じような状況にあって苦しまれている方に私からお伝えできることは、まずは我慢しないことだ。
 
少しでも自分で様子がおかしい、と思ったらすぐに異常を上司に伝えることだ。
 
うまくいっていないのは自分が仕事ができていないから、などと負い目を感じるようなこともあるかもしれない。
だけどそれは違う。たまたま今の仕事があっていないだけなのだ。
仕事があっていないというのは、配置を考えた方にも問題があるはずだ。
 
だから、気負わずにまずは相談してみることをお勧めする。
 
人に話すことによって気持ちが軽くなるという効果もある。
休職しないことを選択したが、産業医との面談はしばらく続けてもらった。
話を聞いてもらえる、辛くなった時は相談に乗ってくれるという安心を得られることによって、精神的に安定することができた。
 
あとはやはり休みを取ることも大事だ。
責任感の強い方は、抱えている仕事があると休みをとるのも気後れするかもしれない。
 
だけど調子が悪い状態では思うようなパフォーマンスを発揮できないのだ。
思い切って休んでみることもひとつの手段である。
私自身、過去に仕事が辛くなった時に思い切って1ヶ月休みたいと上司に申し出たことがあったが、却下されるかと思いきや、あっさり受諾されたことがあった。
その時は休みを取ったことにより気分転換ができ、復帰後は新たな気持ちで仕事に臨むことができた。
 
他には産業医から緊張している状態が続くと、体がこわばって肩こりがひどくなり、それによって頭痛を引き起こして辛くなることがあるのでマッサージを受けてみるのもお勧めだとアドバイスされた。
 
確かにその時頭痛がひどく、メンタル不調から来るものだと思っていたのだが、マッサージを受けて肩がほぐれたことによって痛みが緩和された。
リラックスする手段のひとつとしては有効では無いかと思う。
 
今悩みを抱えている方にお伝えしたい。
誰しもが何らかのきっかけでメンタル不調におちいることがある。
そしてそれは決して自分のせいでは無いのだ。
 
抱え込まずに周囲に相談してみてほしい。
きっとあなたに手を差し伸べてくれる人がいるはずである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市在住。IT企業に勤める40代中間管理職。
仕事の疲れをカレーで癒す日々を送る。
ライティングは2020年から勉強中。読んだ人の心を明るくする、そんな文章を書けるようになりたい。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-05-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.126

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